四月は誰が、うそを
「わぁ~私怖い~」
僕も正直怖い。でも一番怖いのは、今も掴まれている腕に当たる柔らかな感触。嬉しいはずなのに、何故かとても怖い。
「ね、怖い人から離れてあっちに行きましょ?」
上目遣いで可愛くオネダリされて僕は喜ぶべきなのか。でも、でも! これがスナコさんなんだから、僕は逆に何かを疑ったりしてしまうのだ。
――どうして! こう! なった!
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朝、いい香りに目が覚める。今日は僕がご飯当番だったんだけど、スナコさんがお腹空いて先に作ったのかな。
身動ぎした僕の気配に、フリフリの可愛いワンピースを着込んで、メイドさんみたいなエプロンを付けた女の子がやって来る。
「おはよ。早めにご飯作っちゃった。ね、食べよう?」
――ドナタデスカ。
僕の目の前にいるのは、髪の毛の隙間から狐耳(灰色)を出し、腰の辺りから短い尻尾を出しているスナコさんのはずの女の子。
「す……スナコさん?」
思わず疑問系で挨拶する僕に、ニッコリ笑顔で手を口元に当てて、彼女は僕を軽く、本当に優しくつつく。
「も〜。愛する彼女の事忘れちゃったのー。私よ。スナコよ」
――僕は悶絶した。
今日は日曜日。たまちゃんは早めに動物園にお仕事に行ったみたいだ。つまり予定は何も無い。だけど気まずい。何だろうこのかつて無い緊張感。横にニコニコと笑っているスナコさんがいるだけだというのに。この前スナコ兄と話した時に、冗談で言った理想の女子みたいだ……。
「あ、分かった! 撮影なんだね! 1日密着みたいな! ね、そうなんだよね!?」
僕がこれだ! と立ち上がってスナコさんに伝えると、スナコさんは柔らかく微笑みながら僕の手を握り締めて答える。
「撮影でも何でもないわよ。今日は私もオフの日だし、デートでもしましょう?」
――僕は混乱した。
「うーん。いいお天気!」
「あ、うん。そうだね」
僕はカメラがあるんじゃないかと、山に入った時の様に集中力を高めて辺りの気配を探りながら歩く。――きっと何か裏があるに違いない。こんな一見素直そうなスナコさんは怪しい。怪しいんだっ!
そんな挙動不審気味な僕の手を、スナコさんはギュッと握った後に胸元へ。
「もうっ。あちこち見なくていいから私を見てよ。可愛い彼女がおめかししてるんだから」
絶対にスナコさんが着ないだろう清楚系なワンピース。清楚系なロングスカートがふわり。パニエ(スカートの下の骨組みの様な、ふわっとさせるやつ)まで装備して、甘ロリ風というやつだ。さらには顔を赤らめて上目遣い。
――僕は正気度を失いかけた。
ウィンドウショッピングを楽しみ、その後に恋愛映画を見ながら、スナコさんにそっと手を握られる。しかも映画を見て感動して涙を流すスナコさん。
――僕は異世界に来ていたのだろうか。きっとそうだ。僕は転生した勇者なんだ……。
段々と混乱が増してくる僕を尻目に、喫茶店でパフェをあーんしてくるスナコさん。
――僕の脳味噌は大分処理が追い付かなくなってきた。
そんな時だった。陽も暮れて二人でやってきた公園。そこは何だかムーディーな雰囲気が漂う。ベンチで座る僕とスナコさん。僕じゃない僕が脳内で叫ぶ。――今だ、今こそ男を見せるんだ!
ふぇっとなりながら、横に掛けているスナコさんを見ると、恥ずかしそうに俯きながらこちを期待した様に見ている。
――これは……僕にでもワカル。これは……ちっすですね。ちっす……。
脳内がぐらんぐらんしてきて、なんかもうどうでも良くなって来て、スナコさんの肩に手をかけて、僕は……僕は……!
「やってらんねーダギャー」
酔っ払いの声で我に返る。近くのベンチでいちゃついていた他のカップルたちに、幾つもいちゃもん付けた酔っ払いは、こちらを見付けると酒臭い息を吐きながらやって来る。
「見せ付けやがって、なんなんダギャか。若いもんはいいダギャーねー」
僕が肩に置いた手の下でスナコさんが震えている。――僕が守らないと。
何か言おうとする僕に、思い切り酒臭くなった息をかけながら指差す酔っ払いさん。
「全く、リアルがじゅうじゅうしやがってダギャ! リアじゅう爆発しろダギャー!」
しまいにゃ油揚げまで投げて来た。幾つも飛んでくるそれを僕は身体を使ってスナコさんに当たらない様に守っていたんだけど、一枚が神業的な軌道を見せてスナコさんの顔にべチャリと張り付く。
「大丈夫!? スナコさん!?」
ふるふると震えていたスナコさんは何事か呟いた。よく聞くと段々とその声が大きくなる。
「……そうか……。爆発したいのだな。任せておけ……」
顔を上げたスナコさんは、目がスナギツネの狩人の目に完全に変わっていた。僕が何かを言う前に、懐から放たれたいつものぐれねーどは、僕らを巻き込んで爆発した。
「リアルに爆発した~ダギャ~!」
飛んでいった酔っ払いダギャ氏には、同情なんて出来なかった。
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焦げた服のまま早々に家に帰ると、スナコさんは得意の早着替えでいつもの格好になると、もう寝る! と宣言し、顔を壁に向けて寝袋に入っていった。
僕は、色々な疲れでクタクタになりながら、とりあえず癒す為にココアを入れて落ち着こうとした。そこへ当たり前の様に入ってくるスナコ兄。
「なんだスナコはまだ寝ているのか」
当然の様に僕のココアを飲むスナコ兄。飲み干しながら語り始める。
「今日はエイプリルフールだというから、スナコに、この前に聞いた【理想の女子】としてもてなす日だと嘘をついてみたのだが、何も無かった様だな」
ハッハッハッと、いい声で笑うスナコ兄の後ろで、無言で寝袋が動き出す。
「さすがに日本での生活も二年目だしな。騙される様なスナコでは無かったな……むぐぅっ」
寝袋から手が二本生えてお兄さんの首を絞め落としに入る。――これ、かなりマジなレベルだ……。
「私が今日一日どれ程苦労したか……。私が……今日一日どれ程恥ずかしかったか……。その命で購ってもらおう……」
完全に意識を刈り取られる前に、スナコ兄はぼふんと煙を出してチベスナモードになると玄関から走り去る。それを追い掛ける寝袋。
しばらくして、離れた所から
「乙女を弄んだ罰だ……」
という恨みのこもった叫びと、お兄さんチベスナの鳴き声がこだましたのだった……。
一日遅れのエイプリルなフールなお話でした。




