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チベットスナギツネは、欺けない

「いや、スナコさんそれは食べちゃ駄目だから!」


 何故だ? という顔で僕を見上げるスナコさん。――何故だじゃないよ! だって、あなた今の自分の状態分かってるの!?


 食堂で当たり前の様な顔をして、スプーンを手に持ってカレーを食べているスナコさんを、僕は必死で止めるのであった。


――全くどうしてこうなったんだ……!




   **********




 目覚ましの音がピピピピと僕を起こす。今日は月曜日だから、大学の講義はこれとこれだから~と、寝ぼけた頭で荷物の用意をする。その後に今日は僕が朝ご飯当番なので簡単なものを作り始める。

 先にスナコさんとたまちゃんを起こしても無駄なのだ。食事の匂いで釣らないとあの二人は目覚めない。――現金だよなぁ。


「二人共、ご飯出来たよー」


 天井近くのキャットウォークでもぞもぞと、たまちゃんが目覚め服を着て降って来る。未だにベッドの上の塊は動かない。――珍しいなぁ。いつも朝にはお腹空かしてすぐ起きてくるのに。


「ほら、スナコさん朝だよー」


 無理やり布団を剥いで、さらに寝袋のチャックも開ける。そこにいたのは……。


「コャア……」


 スナギツネが当惑した顔で僕を見つめていた。僕も当惑した。




「スナ姉、あの日かぁ〜」


 腕組みして大袈裟にうんうんと、首を縦に振るたまちゃん。――あの日……とは。


「え、ニンゲン知りたいの〜。このハレンチさんめー」


 脇腹を高速でつんつくしてくるたまちゃん。地味にというか、普通に痛い。スナコさんもスナギツネモードのまま、こゃこゃと突き刺してくる。


「痛い痛いって! って、もう時間やばいよ。遅刻するよ!」


 僕らは急いで朝ごはんを済ませると、とりあえず人間状態になれないらしいスナコさんを、いつものスナコリュック(軍仕様のやたらと丈夫なの)に無理矢理詰めて、大学へと向かった。




「間に合った……。ギリギリだった……」

「余裕だよ!」


 ぜぇはぁしている僕の横で、たまちゃんは余裕のピースサイン。講義室の椅子によいしょっとよじ登って座ると、周りから優しげな視線が集まる。――たまちゃんにはちょっと椅子が高いからね。

 僕も椅子にかけつつ、横の椅子の上に、

『荷物、荷物、スナコ』

の順番に置いて、黒板を見える様にしてあげる。


「スナコさん、講義はちゃんと受けるんだね」

「コャ」


 こそこそと話しかける僕に普通に返すスナコさん。明らかにスナギツネが座っているのだが、誰も気にしていない。――これも縄張り意識の薄さの影響なんだろうか。


 そして講義が始まったのだが……。


「で〜あるからして〜」


 朝から大慌てで大学まで走った状態で、教授の睡眠音波には耐えきれない。僕は気が付くと五分程寝ていたらしい。ふっと顔を上げると辺りが騒がしい。


――まさかスナギツネがいるのがばれた!?


「この間の小論文形式のテストを返却するぞー」


 ざわざわとする中で、順番に名前が呼ばれ前に出て受け取っていく。――何だ、この間のテストのあれか。僕がほっと息を吐くと、横でスナコさん耳をピンと立てて、集中し、伸び上がる。


「千部~」

「コァ」

「たま~」

「はーい」


 てくてくと歩いて行き、当たり前に受け取るスナコさん。教授も当たり前の様に、かがみ込んでスナギツネに小論文を返す。たまちゃんにも少し屈んで目線を合わせて渡してあげる優しい教授。


「この二人の小論文はとくに素晴らしかった! 皆もチベット組を見習う様に!」

「コャ」

「わーい」


 何故か教壇の上で四つ足で誇らしく佇むスナコさん。たまちゃんも横でにまにましている。

 さすが千部さんやるなぁ。千部さんって真面目だよね、たまちゃん連れて帰って甘やかしたい、千部さんって目付きスゴいよね、たまちゃん……と色々言われている。 誇らしげな顔をしているスナギツネに誰もツッコミは入れない。


――何故だ!? 僕以外にはいつものスナコさんに見えているのか!?


 僕は脳内で叫びまくっていた。




 何故だかあの後も、あちこちでいつもよりも注目され続けるスナコさん。そして誰も触れないスナギツネモード。僕の脳内はツッコミの嵐で疲れ切っていた。


 ようやくお昼。学食に向かい、スナコさんを両脇から抱え込む様に持ち上げて料理を選んでもらう。


「チキンソテーもいいし、ハンバーグもいいなぁ」

「たまちゃんお子様ランチでいいや」


 たまちゃんが大学に来る前からネタで置かれているお子様ランチは、隠れた人気メニューだ。オモチャまで付いてくる謎のこだわりに、学食のよく分からない気合いを感じる。


「コャッ!」


 スナコさんが、ビシリと前足で指したのはカツカレー。これも定番の人気メニューだ。さらにティラミス、ストロベリームース、杏仁豆腐、生チョコクレープを頼んで、何往復かしながら料理とスナコさんを運ぶ。――ちなみに、スナコさんが通常状態で食べる量と同じなんだけど、スナギツネモードで食べきれるのだろうか。


「いただきます」

「いただきまーす」

「コャコャー」


 当たり前の様にスプーンを使って猛然と食べ進めるスナコさん。原理が分からないが何故か綺麗に食べている。そして僕は気付てしまった。カレーには玉ねぎがっ!


「スナコさん駄目だっ! 玉ねぎは狐には毒だったはず!」


 手を伸ばしてスプーンを奪い取ろうとするとスナコさんが僕を威嚇する。――ここで野生の血が!?


 高さを一切変えないスライド移動。迫るスナギツネ顔。……近い。……でかい。……渇いてる……目が。

 

 しばらくまばたきすらしないで僕を見詰めたスナコさんは、フッと鼻で笑う。おもむろに、お冷やのグラスにちょんちょんと指(前足)を入れて濡らし、テーブルに何かをし始めた。……これは文字!? 無駄に器用過ぎる!


【毒は少しずつ体内に入れる事で克服したぞ】


――そういう、問題じゃ、ないっ! そもそも、テーブルの上で、四足歩行は、行儀が、悪い!


 僕は全開でツッコミを吠え、たまちゃんだけは口の回りにプリンをつけながら冷静につっこむのだった。


「もう~ニンゲン落ち着いて食べなよー」




◇◇◇




「すっごい疲れた……」


 ようやく放課後になった。大学の講義がこんなに長く感じたのは入学した頃以来だろうか……。サークルでみんなと遊んで来るというたまちゃんを置いて、僕はスナコさんを背中に担いで帰宅する。


「スナコさんさぁ、スナギツネモードでも変わらないよね」

「コャ」


 何で変わる必要があるのか、何で変える必要があるのか、何だかそんなニュアンスが伝わってくる。


「コァコャコアン」


――私は私だ。そう聞こえた気がした。


 僕は背中のリュックに手を伸ばして、ちょっとスナギツネのお腹辺りを揉み揉みしながら帰るのだった。




   ***********




「食事が出来ているぞ」


 翌朝、当たり前の顔をしてスナコさんが仁王立ちで僕を見下ろしていた。


「ニンゲンはやくー。冷めちゃうよー」


 ジャコウネココーヒーの良い香りが部屋に漂う。


「おはようスナコさん」

「ああ、おはよう」


 僕に背中を見せてテーブルに向かうスナコさんの尻尾は機嫌良さそうに揺れている。そして背中越しに一言。ありがとうと聞こえた。


「スナ姉、顔赤いよー」


 いいから早く食べて出撃するぞ。敵は待ってくれないからな等と言いながらトーストの端をグサグサとフォークで刺すスナコさん。僕は顔がにやけるのを止められなくなりながら、そこへ向かうのであった。

「結局、人型モード(?)になれなかったのはなんでなんだろう」


 スナコ兄がやたら渋くコーヒーを飲みながら答えてくれた。


「あぁ。たまにあるのだが、今回はチョコレートにまみれたからだろう。去年も一度あったぞ」


 俺も去年もなったが、大変だったな。とダンディに笑いながら語るお兄さん。


――またチョコレートかっ! 一体チョコレートに何があるんだっ! そしてお兄さんもスナギツネモードになっていた時があったのか!? いつだ! いつなんだ!


 僕は結局今日もツッコミ続けるしかないのだった。

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