北北西に進路を取れ!
「誰だ!」
「俺だ」
お兄さんが両手を広げて姿を見せると、相手は安心したのか警戒の姿勢を解く。
「あんたか。全く勘弁してくれよ。この時期はどこから豆が飛んで来るか分かったもんじゃねぇんだ。驚かさないでくれよなぁ」
そうだな、とスナコ兄が答えている内に、僕らはそっと進む。お兄さんが相手に見えない様に僕らに行けとハンドサイン。スナコさんと僕は、頷くと内部への侵入を開始した。
――それにしても、どうしてこうなったんだっけ……?
**********
「スナコよ。すまんが手を貸して欲しい」
ある日の昼下がり。お兄さんが学食まで来てわざわざそんな事を言って来た。
「珍しいわね」
確かに、お兄さんがこんな感じでわざわざスナコさんにお願いをするなんて珍しい。一体何があったのだろうか。
何でも、コードネーム:FUKUの名を持つ運び屋に連絡が取れなくなり、お兄さんに捜索依頼が来たそうな。
「俺も直接会った事はないのだが、凄まじい物を運んでいる、凄腕と聞いている」
――お兄さんがそこまで言うなんて、相当なんだなぁ。
「とりあえず、目星は付けたが俺一人では難しいミッションだ。二人共頼むぞ」
――えっ!? 僕も?
僕の疑問はスルーされ、お兄さんの高級な車に詰め込まれて運ばれてしまった。
「さて、最後に確認されたのがここらしい」
僕らが連れてこられたのは、人気の無い古びた神社。今もまだ陽が高いのに参拝客の気配も全く無い。
「ここで最後にメールで一言あった後、連絡が取れなくなったらしい」
そう言ってお兄さんが見せてくれた端末の文面には【北北西】とだけ書かれていた。ここから北北西の場所は地図上ではただの空き地になっているらしい。だけど、実際に足を運ぶと何やら建物があるとか。――露骨に怪しいなぁ。
「潜入ミッションという事ね」
「ああ。そこでお前たち二人にお願いしたい」
早速該当の方向へすすむと、怪しげな垣がずっと続いている。――これはヒイラギの垣だ。チクチクして痛そうだ。
そして、ようやく隙間があったと思ったら黒服のいかつい感じの男性が立って睨みを効かせている。一応辺りを一回りしてみたけど、ここ以外に中へ行けそうな場所は無いみたいだ。
「俺も念の為に調べたが、やはりここから侵入するしか無い様だ」
「強引にというよりも、ばれない様に潜入するしかないわね」
――そういえばスナコさん、お兄さんと喋る時は女の子らしい口調になるんだなぁ。
とか思っていたら、青いツナギを渡され着替える様に指示される。横を見たらスナコさんはもう着替え済みで僕を見ている。いつ着替えたんだか相変わらず分からない。ちなみに、宅配業者に見せかける装備だそうな。
「俺が気を引く。その間に頼むぞ」
車を少し離れた所に停めると、お兄さんはゆっくりと立っている男性に近付いていく。途中で気付いた男性がお兄さんを制止する。
「動くな。誰だあんたは」
「俺だ」
名乗ってもないし、余計に怪しいお兄さんの返答だけど、何かを勘違いしたのか、いきなり親しげに話し始める男性。
「なんだあんたか。驚かせないでくれよ。この時期はどこから豆が飛んでくるか分かったもんじゃないんだからな」
「ああ、すまんな」
お兄さんも少し戸惑いつつも、話を合わせて少しずつ男性をその場から引き離す。そしてハンドサインで行けと僕らに合図。
「行くわよ」
僕は無言で頷くとスナコさんと二人、内部への侵入を開始した。
外からだと分からなかったけれど、建物の中は和式の作りになっていた。畳の部屋を抜けると廊下は板張り。音が鳴らない様に慎重に歩く。
でも、一部は古かった様だ。足元でギィと板が鳴り、僕はスナコさんと二人して思わず固まる。
「おぅ、誰だい」
誰かが、障子越しに声を掛けてくる。――まずい!
何か名案を思い付く間も無く、障子に影が近付いてくる。僕は咄嗟にスナコさんに段ボールを出して中に隠れてもらう。
「なんだい? お前さんは」
障子を開けて強面のお兄さんがねめつけてくる。この眼力だけで心拍数は急上昇。――明らかに堅気の眼じゃないよ……。そして存在感ステルスも効果が無い様だ。仕方がない……。
「あ、えっとお届け物です。FUKUさんに……」
思わずターゲットの名前を出してしまったけれど、もう後戻りは出来ない。段ボールの中でスナコさんが戦闘体制に入る。――さぁ、どうなる……!
「あーFUKUさん関係か。あんちゃんも大変だなぁ。あの人なら、そこを右に曲がって突き当たりを開けな」
なんとあっさりと教えてくれた。お礼を言って、スナコさん入り段ボールを持ち上げると、中でスナギツネモードになってくれたのか簡単に持ち上がる。そそくさと去ろうとした所で背中から声を掛けられて冷や汗が流れる。
「おっと、待ちなあんちゃん」
「ひゃい! なんでせう」
――まずい。ばれた!?
「ほら、お駄賃だ。あそこは金がかかるだろうしな。お疲れさん」
何故か優しげにそう言われ、結構な額のお金を頂いてその場を後にしたのだった。
スナギツネモードのままのスナコさんに、何だったのかと声を掛けても
「コャア(分からんな)」
としか返ってこない。僕はスナコさん段ボールと、謎を抱えたまま、目当ての扉を慎重に開く。そこで僕が見たものは!!
「あひゃひゃひゃー! お酒足んなーい」
「おいおい、飲み過ぎだぜFUKUちゃんよぅ」
何だか幼い感じの女の子が盛大に酔っ払っていた。呆然として思わず落としてしまった段ボールからスナコさんの文句が聞こえ、ぶつぶつ言いながら出てくる。
「これは一体……」
立ち尽くす僕たちを見て、カウンターの中にいた大柄な男性二名がこっちに気付いて声を掛けてきた。
「へい、らっしゃい。ちょっと御一人様酔ってますが、何を握りやしょう」
「ヨッテナイーヨッテナイヨー」
「FUKUさん、いや福の神さんよぉ。いくら節分が終わったからって羽目を外しすぎじゃあねぇかい」
よく見たら、御倉神様みたいに、何だか神々しい気配が。でもそれ以前に凄い酔っぱらいだ。
「うひひー。赤井さんも、青二さんもスキー。キャッ! 言っちゃった」
そう言いながらカウンター中に入って行った福の神様を、赤い服を着た方……赤井さんがつまみだす。
「ほらほら、鬼は内、福は外だ。ちゃんと待ってなって」
溜め息をついた赤井さんの頭から角がにょっこり。奥にいる青二さんも、よく見なくても鬼だった。
結局、延々と絡み酒をし続けた福の神様は寝こけて静かになった。僕らに恵方巻きを出しながら、鬼の二人が申し訳なさそうに謝ってくる。
「鬼と福の神が仲良くしてるなんて、世間様にばれたら中々にまずいからな。お客さんご内密にお願いしますぜ」
――恵方巻きって鬼が巻いているのか……。何だか複雑な気分になりながらも、僕とスナコさんはお腹一杯ご馳走になるのだった。何せ美味しくて!
完全に寝入った福の神様を僕が背負って外へ出ると、お兄さんと話していた人がほっとした様に僕らに頭を下げる。
「隠していたわけじゃねぇんだが、まぁ大目に見てやってくんな」
それにしても、二人はいつ入ったんだっけか……と、悩み始めた男性の頭にもよく見たら角が。僕らはあれこれ言われる前に退散したのだった。
「もう~福ちゃん。一仕事終えたからってー。みんなありがとうですよー」
お兄さんが連絡をすると、御倉神様が飛んできた。今回依頼したのはこの方だったらしい。そして福の神様を回収すると御礼はまた今度ねと、凄い速度でまた飛んでいった。いやもう、文字通りに飛んでった。
そういえば、お兄さんは何だか知られていたみたいだったけど、何だったんだろう。
「ああ……。以前の節分の時の格好が本当の姿として鬼業界に広まっていたらしい……」
どこの業界でも有名になってるお兄さん。スナギツネの縄張り意識の低さというかなんというか。
「全くどうしてこうなったんだろうな」
お兄さんは僕の台詞を奪うと、軽やかに車を走らせるのだった。




