Jingle All the ウェーイ
「静かにしていれば悪い様にはしない」
丸っきり悪役の台詞を吐きながら、スナコさんが手慣れた様子でデスクを漁る。すぐに何かを見付けたらしく、書類を読み始める。
「そうか。分かった。つまり、社長からプレゼントを強奪すればよいのだな」
うーうー唸って、抗議する相手に、明らかに逆の反応をするスナコさん。
「そんなに喜ばなくても、任務は必ず遂行する。作戦名ホーリーナイト行くぞ」
――だから、そんな聖夜は嫌だって! 今年も静かな夜は来ないのか! どうしてこうなった!?
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ジンゴベールな音楽が鳴り響く中、大学のクリスマスパーティが終わり、シャンメリーで酔っ払った雰囲気だけ楽しむ健全な僕ら。後は家で、買っておいたクリスマスなケーキを食べようと意気揚々と帰宅している最中だった。
「……スナコ……」
苦しそうに片腕を押さえながら、スナコ兄がよろけてアパートの階段でうずくまっていた。
「スナにぃ!」
「お兄さん!?」
思わず駆け寄る僕らとは対称的に、冷静に見るスナコさん。
「誰にやられた」
「今はそんな事はいい。スナコ。これを」
お兄さんが、懐から出した紙束を受け取ると、サッと目を通すスナコさん。
「任務は」
「絶対」
「時間は」
「厳守」
何か合言葉の様に二人で言葉を交わすと、部屋へ向かうスナコさん。
「お兄さん……」
「大丈夫だ。ギンコ達を呼んだ」
だから、スナコを頼む。そう絞り出す様に言葉を吐き出すと、お兄さんは意識を手放した。
その後すぐにやってきたギンコさんとキタさんにお兄さんを任せると、部屋に用意してあった戦闘服に着替える様にスナコさんに指示される。たまちゃん用の小さいのまできちんと用意されていたこれは……。
「サンタ服だよね……これ」
「ねぇねぇ、たまちゃんこれ似合う? 似合う?」
何故かやたらと生地も縫製もしっかりとしたサンタ服。ミニスカサンタとかじゃなくて、足元まできちんとカバーしているタイプだ。僕らが着替えたのを確認すると、いつの間にか着替えたスナコさんがどこかに電話をかける。
「よし。用意はいいな。行くぞ」
――裏山にある神社で、白い息を吐き出しながら待つ僕ら。
「ねぇ、スナコさん。一体何が……」
僕が言いかけた時に、シャンシャンとベルが鳴る音が頭上から。
――頭上!?
見上げると、赤い鼻のトナカイが橇を引いてきてゆっくりと降下してくる。橇にはプレゼントらしき袋はあるけれど、誰も乗っていない。と、やたらと渋い声が僕らに語りかける。
「今年は妹の方か……。見せて貰おうか、スナギツネの本気とやらを」
ゆっくりと声がする方向を見ると、トナカイがやたら眼光鋭くこちらを見ながら話し掛けてきている。
「ああ。任務は必ず遂行する」
任せておけと、答えるスナコさんをしばらく見詰めた後、ふっと息を吐くとトナカイは顎で橇を指す。
「乗りな。イブは待っちゃくれねぇ。赤鼻のメリーさんをがっかりさせるんじゃあねぇぞ」
やたら可愛い名前だけど、威圧感バリバリのトナカイ、メリーさんの指示の元、僕らのミッションが開始された。
サンタクロースが一人だった場合、世界中にプレゼントを配るためには、時速2万8000キロの速度が必要で、プレゼントの総重量は38万トンにものぼると聞いた事がある。
そんな事をメリーさんに訪ねたら、今は派遣やら委託やら契約やらもあるそうだ。世知辛い。
オーストラリアだったら、サーフィンで配達だったんだろうか……。そんな事を考えていると、スナコさんにバズーカを渡される。
「依頼書によると、原則、プレゼントは各家庭にロックオンして撃つだけでいいそうだ」
たまちゃんが早速乱射しているのを見てみると、高速でプレゼントが飛んでいき、窓を透過して家々に吸い込まれていく。
「俺たちの場合は個別訪問じゃないからな。見惚れてないでさっさと撃ちなボウズ」
メリーさんにどやされ、僕もバズーカを撃ち始めたのだった。
バズーカに直結された袋の中身が、大体空っぽになった頃、大きな会社の真上で橇が停止する。
「いいか……。プレゼントが物じゃあない場合もある。イレギュラーだ」
ゆっくりとパイプ(シナモン)をくゆらせるメリーさん。
「つまり、プレゼントを確認し、叶えればいいのだな」
片目をつぶって、ご名答と低音のいい声で答えるメリーさん。
「反応的に、あの部屋だな。任せたぜ」
そう言って橇が近付いて行き、だいぶの夜更けなのに、まだ灯りがついているオフィスに横付けする。
「窓が開いてないと思うんだけど……」
「問題ない」
手をクロスさせたスナコさんが、ガラスを割りながら突入。歓声を上げながら、たまちゃんも飛び込む。
――無茶苦茶だぁぁあ!!
僕は失礼しますと、一応呟きながら割れたガラスで怪我をしない様に窓を開ける。中を見ると、大きなデスクで仕事をしていた、頭の上から茶色い三角耳を立て、尻尾を逆立てた人が追い詰められている。
「き、貴様ら! なんなんダギャ!? 人を呼ぶダギャよ!」
――何でアブリャーゲな会社なんだぁぁぁあ!
無言で近付いたスナコさんが、目深に被ったサンタ帽の下から低く響く様に、告げる。
「貴様の願いを叶えに来た」
「絶対嘘ダギャぁぁあ! そんな怖いサンタが……ぐふっ」
ついにたまちゃんが背後から取り付き、猿ぐつわを噛まし、黙らせた。
――これは最早強盗じゃなかろうか……。
強引に願い(?)を聞き出した(デスクをあさった)スナコさん。それによると、年末年始の過密業務の撤廃と、さらに三が日の休暇が欲しいという事だった。
「そりゃあ叶えてやるしか無さそうだな。行くぞてめぇら」
願い事の内容を伝えると、ふむふむと頷くメリーさん。橇に乗り込むと、赤い鼻から何やらビームみたいなのが出て、猿ぐつわされたダギャー社員は眠りこけ、割れたガラスは直り、猿ぐつわ等も解放された。――便利過ぎる。
「お前の鼻は役に立つと、よく言われているからな」
照れた様に呟くと、メリーさんは高速でどこかに向かっていった。
「ふぅ。年末も大忙しダギャ。レイカの願い事を叶えるのは今年も難しそうダギャ」
明らかにセキュリティの厳しい会社の建物も、メリーさんの鼻が赤外線探知の怪しげなビームで掻い潜り、僕らは社長室らしき部屋の真横へやってきた。スナコさんがたまちゃんと僕に目で合図すると、まずスナコさんが、またもやガラスを割りながら突撃する。一応たまちゃんと僕も室内へ。
「なんだ、なんなんダギャー!」
ゆらりと立ち上がったスナコさん(白ひげを引き上げたばーじょん)に、ヒッと声を上げるダギャ社長。そこに静かに返すスナコさん。
「サンタが町にやってきたのだ」
*ダギャ社長はボタンを押して警備員を召喚した!*
「全く。ジングルなベルを鳴らさなくてはならない様だな」
現れた警備員が「ホーリーシット!(ふざけるな)」と呟くのに対し、トーントーンと、足でリズムを取り始めるスナコさん。バズーカとかで援護しようとした僕を、たまちゃんが止めながら耳打ちする。
「あれは、チベスナ流格闘術の一つだから、スナ姉にまかせておけば大丈夫」
取り押さえようと突っ込んで来た警備員Aに、スナコさんは下段中段と二連続でキックをお見舞いする。そしてすぐに下がって、またトーントーンとリズムを取る。立ち上がった瞬間にまた二発連続。相手が動かないのを見て、次のターゲットへ。これを繰り返し、四発ずつで確実に相手をノックアウトしていく。
「奥義。逝き渡り」
地鳴りの様な低音で告げるスナコさんに、ダギャ社長が恐れおののく。
――それ、違う文字を書く「ゆきわたり」ですよねー!
僕のツッコミは静かに心の中で轟いた。
メリーさんの催眠光線により、年末年始は働きませんという文書を作らせる事に成功した僕達。――もうこれ何なんだろう。
「よし、サイレントに夜は更けたな」
「うむー」
黙って机に突っ伏しているダギャ社長に、床で静かになっている警備員達。最早、僕のツッコミは追いつかない。部屋の隅に何故か置いてあった大きな靴下にバズーカが反応したから撃ち込んでみたら、何かが入っていった。
「いい仕事っぷりだったぜ。さぁ、帰還するぞ。おめぇら」
事後処理も完璧に、僕らは橇に乗って自宅へと帰るのだった。
***********
「スナコ先輩! 僕ね! 僕ね!」
翌朝、スナコさんのガラケーに電話がかかってきた。何でも、レイカちゃんがずっとサンタさんにお願いしていた「お父さんと一緒に家族旅行がしたい」という夢が叶ったらしい。
「サンタさんって本当にいるんだね!」
それに柔らかく笑いながら、スナコさんは返す。
「ああ、とても任務に忠実なやつだ」
――経過はどうであれ、いい方向に転んだみたいで、僕は一応一安心するのだった。




