HELLO! WIN!
「10時方向に火線を集中!」
「ぐれねーど!」
その合図に耳を塞いでしゃがんだ直後に、ギンコさんが片膝ついて長い筒を向ける。
「今だ、ギンコ」
「言われなくったって!」
長い筒から煙を吐き出しながら何かが飛んでいき、横でキタさんがやけに冷静にタイムカウント。
「5……4……3……2……1。だんちゃーく」
辺りを見回したスナコさんは、敵の足止めが成功したのを見ると、上体を下げながら走り出す。
「トリックオアトリート!」
合唱の様に、それに皆が口々に合わせながら突っ込んでいく。その先にいるのは……その先にいるのは!?
――嗚呼……夢なら覚めて! どうしてこうなった!
***********
町はすっかり、ハロウィーンな気配。かぼちゃの飾りが商店街を飾り付け、辺りには甘い香りが漂う。子供達が「とりっく、おあ、とりーとー」と言いながらお店を回りお菓子を貰う。そこに混ざっているたまちゃんも当然の様にお菓子を貰い、ポンチョ型の服(マヌル猫形態の毛皮らしい)の端をつまんで、おしゃまさんな感じでお礼する。
「スナ姉! ニンゲン! 沢山くれたよ!」
ててて〜と近寄って来たたまちゃんのお菓子を、戦利品の集約だとスナコさんが背中のリュックにしまっていく。
「うむ。戦果は上々だな」
「うむ〜!」
「後でちゃんと分けるんだよー。スナコさん一人で食べないでよ」
そんな事をする訳がなかろうという顔をしながら、尻尾が怪しく揺れている。――あれは食欲に負けている仕種だ。
僕は溜め息をつきつつも、こんなハロウィンな浮かれ騒ぎを楽しんでいた。
その後、うろついてあちこちでお菓子をもらいつつ、縁日の様になっている箇所では、射的や輪投げで景品をGETし続ける二人。戦利品のリュックはパンパンだし、町内の人は涙目だ。
――二人が最早ハロウィンの悪魔状態だった……。
「あ、スナコちゃん達!」
うろついていた僕たちの所に、やっと見つけたわと、大慌てでやって来る天さん。あちこち走り回ったのか汗だくだ。しかも何故か着物姿。
「他のメンバーは集まってるから、早く!」
何だか分からないまま、急かされて商店街の端にある稲荷神社へ。そこに入ると、境内を突っ切り、そのまま拝殿(あのお賽銭箱ところ)を通過して、奥にある本殿の扉を開けて中へ。
「キュウキュウニょ律令!」
何だか少し噛んだのか、照れながら天さんが強引に奥の扉を開けて進む。そのまま何度か扉を開けて随分と歩くうちに気付く。
――この神社って、ビルの合間にあるし、かなり小さかったはずなんだけど……。
そして、豪華な襖を開けると、そこにはスナコ兄にギンコさんとキタさん。左右には着物を着た二足歩行の狐の方々が畏まっている。
「さ、すぐに御目見えするから用意してね」
と言いながら、天さんの頭の上に三角の狐耳、お尻から尻尾がもっふりと飛び出す。
「えぇぇ! 天さんも狐だったの!?」
何故かいつもの狐の面々に、たまちゃんまでもが何を今更という顔で僕を見る。
――何で僕以外は当たり前に知ってるんだろうか。
茫然としていると、太鼓がドンドコ鳴らされ、奥から誰かがやってくる。
「御倉神様のおなぁーりー!」
周りの狐達がザザッと正座し、頭を深く下げる。天さん、ギンコさん、キタさんが同じく畏まり、僕も慌てて頭を下げようとして気付いた。
――チベット組が棒立ちだぁ〜!
むしろスナコさんは腕組みまでしている。慌てて天さんが注意しようとするのを奥からの声が止める。
「あ、大丈夫です。そこの方々は管轄違いますし」
「うむ」
「うむ〜」
縄張りは意識した事がないなと、続けるチベット組はやたらと強く見えた。
「えっとですね。いきなり呼んじゃってごめんなさいなんだけどね」
シルエット位しか見えない御簾の向こうから、意外と可愛らしい声が説明してくれた事によると、作物の収穫のこの時期にハロウィンの影響で狭間に穴が出来てしまい、西洋な妖怪が溢れてしまったので、穴を塞いだり退治して欲しいとの事だった。
「管轄が違う狐がいるから大丈夫かなって。いけますかねー」
妙に軽いノリだけど、意外に重要な内容な気が。勿論スナコさん達はあっさり頷く。
「ルールその3。依頼は必ず遂行だ」
◇
早速神社の外に出る。そこはいつもの町の商店街にそっくりだけど、何だか違う雰囲気の場所。辺りから悲鳴が聞こえ、こちらに走ってくるのは狐顔の人たちや、スナコさんたちみたいに狐耳と尻尾が生えた感じの人たちだ。
「こっちへ!」
天さんが先導し、逃げ惑う人達を神社に避難させると、後ろから何かがやってきていた。どう見ても中身が空洞なハロウィンなカボチャが目から火を出しながら飛んできている。
「お出ましだな」
スナコ兄がどこからともなく出したショットガンを撃ち放ち牽制する。スナコさんも胸元のジャケットから小型の銃を抜き打ち様に撃ち放つ。衝撃は与えられているみたいなんだけどダメージはほとんど無い様だ。
「あ〜管轄が違うってダメージも無いのね……」
頭を抱える天さんに、キタさんが唐突に呟く。
「西洋だから……、銀の銃弾とか聖水ならば」
「ギンコ、あれを」
スナコさんがそれを聞いて直ぐ様、ギンコさんへ何かを伝えると、当たり前の様にトランクが出てきて、中身が皆に配られる。
「これは……水鉄砲!?」
「わーい水遊びー」
中に水が入っただけの、どうみてもただの水鉄砲をたまちゃんが適当に撃ってカボチャへ当てる。カボチャは甲高い悲鳴を上げると地面に落ちて動かなくなった。
――大ダメージなんだけど……。
「一体何を用意してきたのよ!」
天さんの叫びにスナコ兄が、ふっと笑いながら答える。
「聖水……ならぬ、清水。豆腐作りの時の綺麗な水だ」
天さんと僕はあきれて、思わず顔を覆った。
その後も、次々と現れた浮かぶカボチャをほふり、何故か手足が生えた巨大ロボットみたいになったカボチャをみんなで寝技をかけて倒し、ギンコさんのシルバーアクセがキタさんにより弾丸に改造されて殴られたりしながらも、いかにも発生源な場所に来た。
「穴だな」
「穴だよね」
「なんで穴」
「穴が」
「あなおそろしあ」
最後に何か言ったキタさんが無視されつつも、空中に開いた穴を見詰めていると、その下に佇む男性が何やら喚いた。
「クッ! 我が野望を阻止しようとは、この地にも強き者共がおる様だな」
何だか左手がうずきそうな感じの人が、一人で喋り始めたのを、問答無用でスナコさんが水鉄砲で攻撃する。
「やめんかっ! 口上くらい言わせるがよい! 我が名は!」
その口を目掛けてたまちゃんが水鉄砲を連射し、のたうち回る間に紐でグルグル巻きにしてしまうスナコさん。
「任務完了だ。帰投しよう」
――慈悲は無かった。
◇
「うんうん。流石チベットの人たち他。強いねー。ありがたいよー」
猿ぐつわまでされて、じたばたしている先ほどの男性の後ろで、相変わらず御簾の向こうから喋る御倉神様。
「天ちゃんもよい働きでした。商店街にも色付けとくからねー」
勿体無きお言葉……と平伏する天さん。何か上役とかいると、どこでも大変なんだなぁ。
***********
翌日、大きなトラックがうちのアパートの前に停まったと思ったら、荷台の荷物が全部運ばれて来た。
「スナコさーん。何か大量に届いたよ!」
報酬だな、とスナコさんとたまちゃんが玄関に置かれた荷物を速やかに運び込む。と、開いているドアの隙間から小さな白い狐が僕の所にやってきて、なついてきた。
――可愛いらしいけど、何だろう。野良かなぁ。
とりあえず撫でつつ、ブラッシングしてみると、気に入ったのか、くったりとして寝てしまった。仕方ないのでそのまま抱えて部屋に入ると、またピンポンピンポンと玄関から呼び鈴が。
「開いてますよー」
「あ! スナコちゃん! 彼氏君! 御倉神様見なかった!?」
そう言いながら入って来た天さんが、僕が抱えている白い狐を見て卒倒しかける。
「彼氏君、何してるのー!? それ神様! 神様だから!」
慌てふためく天さんを見ながら、さっきの大量の荷物――梱包された大量のお菓子やら油揚げやらを取り出しては食べながら、スナコさんがボソリと呟く。
「まぁ、ここは縄張り意識無いからな」
――神様までもユルく感化されてしまっていた。
どうしてこうなったのよ〜! と、天さんの絶叫がこだまし、僕のハロウィンは平和に終わったのだった。
小坂みかん様によるスピンオフ「私の彼氏はチベットスナギツネ」(完結済み)で、天さんの秘密はもうちょっと語られています。
http://book1.adouzi.eu.org/n4390cz/




