沈黙の洋裁
僕の目の前で、お兄さんが地面に倒れ動かなくなる。
――え!? あのスナコ兄が!?
それを見下ろしながら大柄な男性がポツリと呟く。
「歯ごたえがないな。危く殺してしまうところだったぞ」
どうして、どうしてこうなった……!
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大学の講義も終わり、スナコさんとサークルに向かおうとしていると、突然の電話。
「兄からだ」
「お兄さんいつもメールなのに珍しいね」
そんな事を言いながら電話に出た途端に焦ったスナコ兄の声が漏れ聞こえる。
「スナコ、逃げるんだ」
あまりにも緊迫した雰囲気に、息を飲む僕とスナコさん。そして、僕たちの目の前に降って来るスナコ兄。
「兄よ。一体何が」
「お兄さん大丈夫!?」
息も絶え絶えに立ち上がったお兄さん。その後ろからゆっくりと歩いてくる人影。
「さて鬼ごっこもこれ位にして、知ってる事を洗いざらい話してもらおうか」
「俺は関係無いと言ったはずだ」
「怪しいヤツはみんなそう言うんだ」
そう言いながらお兄さんよりも大柄な人影は、ポニーテールの様に背中に垂らした髪の毛を揺らしながらお兄さんに迫る。必死になって繰り出したパンチは上からはたき落とされ、さらにその殴りかかった勢いを使われて、空中で一回転して地面へと
キスさせられる。
――この人、とんでも無い強さだ……!
「兄に何をする」
スナコさんが思わず銃を取り出そうとしたのを見付け、素早く何かを投げてくる。それ――手裏剣ぽいものを、取り出した銃で払いながら、地面に何かを叩きつけるスナコさん。
「撤退させてもらうわ」
咳き込む僕と、倒れているお兄さんを引っ掴むと、スナコさんは素早くそこから走り去った。
町外れの廃工場に逃げ込んだ僕ら。お兄さんに手当しながら、事情を聞き出す。いつもの様に油揚げの取引をしている時に、あの男性が突然入って来て現場を荒らし回ったのだという。
「こっちは真っ当な取引をしているだけなんだがな」
「それにしても、あの技。合気道の達人の様ね」
確かに無茶苦茶怪しい感じだけど、中身は油揚げだし、油揚げギャングに邪魔されない様に、ああやってるだけで実は違法性は無いしね。
「しかしあの調子ではまた荒らされてしまうな」
考え込むお兄さんに、スナコさんが少しだけ考えて応える。
「私にいい考えがあるわ」
「これが今回のブツだ」
「ほう、これはこれは」
受け取ろうと手を伸ばした先で、トランクが宙を舞い、壁際に激しい音を立ててぶつかる。
「また性懲りも無く取引か。反省の色もない様だな」
案の定やってきたポニテの男性。首をコキコキとならしながら、隙の無い足取りで近寄ってくる。
「さて、それはどうかな」
壁際にぶつかったトランクを見て、ポニテの男性が狼狽する。――そう、その中に入っているのは、ただの片栗粉だ。ついさっきスーパーで買ってきた物だ。そして取引相手は……僕だ!
僕が怪しい帽子を取り去ると、入り口を完全装備のスナコさんが塞ぐ。
「お礼はしないといけない。父からもそう教育されているからな」
「そいつはいい親御さんだなぁ」
「そして兄が随分と世話になった様ね」
そう言って、一切容赦せずに、どこからか取り出した大量の武器をいきなり全弾発射。さらに油断せず弾幕で煙が上がる中に、トリモチお揚げランチャーも叩き込み、動きを封じる。
「やったか」
「歯ごたえが無いな。道が足りないんじゃあないか」
当たり前の様に、煙幕の中から出てきてスナコさんの背面を取り、暴れるスナコさんを軽々と投げて地面へ。しかも受け身も取れない様に腕は塞いだ状態でだ!
声も無くスナコさんの意識は刈り取られ、力無く倒れ伏す。
「スナコ!」
思わず叫んだお兄さんの方を向いて、首を一捻りし、ゆっくりと近づいていく男性。お兄さんがやはりゆっくりと歩きながら肩を大きくグルンと回すと、それが合図の様に二人は激しい攻撃を始めた。
激しい応酬に目が奪われる。お兄さんがパンチを放てば、その攻撃してきた腕を起点に、勢いが逆に相手方の攻撃に使われる。かといって、攻撃しなければ、あちらからどんどんと攻撃される。意識が戻ったスナコさんも、二人の攻防に手をこまねいている。
――このままじゃ負けちゃう! なんとかしないと!
思わず動いた僕がぶつかった物、これは使えるかも! 僕は自分の近くにある物を思い切り蹴倒すと、スナコさんにハンドサイン。気づいたスナコさんが、寝そべった状態から撃ったゴム弾はそれ――ドラム缶にベコンと音を立てて命中。隙間から穴が開き、中身がこぼれる。
「うお! なんだこれは」
足元に広がる廃油。不法投棄ぽいけど、これで場が変わる。そしてこういう普通じゃない状態は、お兄さんが得意とする所。
「なんだと……!」
油で滑る床を、逆にその滑る力を利用しながら、ぬるりと攻撃をするお兄さん。攻撃をいなそうにも、そもそも、ぬるっとしていて捉える事が出来ない。ぬるぬるとした連撃を食らって、転倒した相手にさらにお兄さんが技をかけようとした時だった。
「お父さん!」
「フミ! 何故ここに!」
突然入ってきた女の子が全てを止めたのだった。
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「えろうすんまへんなぁ」
何故かコテコテの関西弁で謝るポニテの男性。娘さんが怪しい組織にさらわれたと聞いて、あちこちの取引現場を回っていたらしい。そしてこれでも警察みたいなものらしい。
「私、ちゃんと日本に旅行に行くって言ったでしょ! また聞いてなかったの!?」
「せやけど、フミ……」
娘さんには物凄く弱い様だ。
「本当に父がご迷惑をおかけしました」
ほら行くよと、娘さんに連れられて去っていくポニテの男性は、トボトボと消えていった。
「一体何だったんだろう……」
「まぁ、世の中には色々いるからな」
顔から流れてくる何かを拭いながら喋るお兄さん。とりあえずお兄さんはそのぬるっとしたものを早く洗い流して欲しい。
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「あ、ニンゲン! 始まるよー」
「待って待って、はいたまちゃん、珈琲」
スナコさんが今度出演する映画の宣伝番組をやるとの事で、家でたまちゃんと待機してて見ている。
「では出演されるスティーヴン・コャールさんにまずお話を伺いたいと思います」
この間のポニテのおじさんが、何故か両手の全部の指に絆創膏を付けて出てきた。
「今回は、裁縫にチャレンジしたとう事で、かなり大変だった様ですねー」
ボロボロになった指を見せながら、如何に大変だったかを、語るおじさん。耳と尻尾が出てきて、へにゃっとする。
「こう見えても疲れまんねん」
「工夫が足りないんじゃないか」
「歯ごたえが無いな」
スナコ兄妹が突っ込むのに、へにゃっとした笑いで答えるコャールさん。
「それでは、新作バトルアクションダイナミック裁縫映画! 『沈黙の洋裁』。それでは見どころ映像をどうぞ!」
場面が切り替わったけれど、僕は動けなかった。横でたまちゃんが「映画出てみたいなぁー」とか言ってるけど、僕の脳内は、ひたすら突っ込むのだった。
――この人も狐か! どうゆう事なの! どんな映画なの!? どうしてこうなった!?
配給:世紀末ふぉおっくす
宣伝番組:有料映画チャンネル・ふぉっくすてぃびー(スナコさんに契約させられた)




