動物園でZOO
「すまぬ、たまよ」
「えー来ちゃったのー」
珍しくスナコさんが謝る。通りがかりの怪訝な顔をした親子に、秘技メンチ切りをかまして、泣かせるたまちゃん。
「どうしても気になってな」
「言ってくれたらよかったのに」
僕は周りのチラチラとした視線に、気が気じゃない。
――どうしてこうなったのか……。
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「最近、たまがどこかに消えるのだ」
スナコさんが「エアろくろ」みたいに、手元にある食べまくったプリン容器をもてあそぶ。一体一人で何個食べたのか気になる所だけど、それよりも気になるのは、たまちゃんの事。そもそもが猫だから、この町に縄張りでも作ったりしてるのだろうと思っていたんだけど、スナコさんいわく、車に乗ってどこかに消えているらしい。
「たまちゃん免許持ってたの!?」
真顔で首を横に振るスナコさん。
「そもそも足が届かないはずだ」
――そうだ、あのサイズじゃ無理だ! じゃなくて、誰かが運転している車にわざわざ乗ってどこかに行くだなんて怪しい……。僕らは尾行を決意した。
「いってきまーす」
朝御飯を食べ終えると、いそいそと着替えて出掛けていくたまちゃん。
――何と無くお洒落している気までするぞ。
スナコさんと目配せをすると、僕らは変装の為にお互いの服を交換し(なんてこった! 着れてしまった!)、たまちゃんの後をつけたのだった。
ある意味定番の「あの車を追ってくれ」というスナコさんの言葉に、大喜びしてノってくれたタクシーの運転手。刑事ドラマが大好きらしい。そうこうする内に、たまちゃんを乗せた車が停まったのは……。
「動物園……?」
かなり大きな動物園の近くで車は停まり、たまちゃんを下ろすと手を振るたまちゃんを置いてどこかへ走り去ってしまった。それを目で追っている間にたまちゃんの姿が消える。
「すまぬ。釣りは要らぬ」
ピッタリの額を出しながら車を飛び出すスナコさんに、何故か感動する運転手を置いて、僕も慌てて車を降りる。
「あそこだ」
動物園の園内にチラリと見えるたまちゃん。僕らは入場料を払い、尾行を続けた。
「見失ったか」
「さすがに日曜日だし、この人混みじゃね」
そう、園内は凄い賑わい。パンダは二時間待ちの列だし、猿山も、人の山だ。フラミンゴのゾーンも、遠足なのかまるで見えない。「手の空いている者は左手側を見ろ。フラミンゴの群れだ」とか聞こえるけど、見えない。
「とりあえず、ソフトクリームが美味しいらしいし、ちょっと休まない?」
という僕の提案に、スナコさんはああと素っ気なく返事しながらも、尻尾を凄い勢いで振るのだった。
「甘い美味い」
当初の目的を忘れたかの様に喜ぶスナコさん。耳がずっとピーンとしてる。確かに美味しいなぁこのソフトクリーム。他にも何かを頼もうかとメニューを見つめ始めたスナコさん。その後ろを歩いて行ったカップルが話している内容は、僕ら二人の動きをビクリと止めた。
「マヌルネコ可愛かったねー」
「本当さ、ひんむき顔もやばいよな」
二人して顔を見合わせると、僕らは小動物ゾーンへと向かった。
「スナコさん、食欲出さないでね……」
「だが、だが……ナキウサギが……」
ウサギやらハムスターやら、小動物達が集められたゾーンは、ちょっと大きな建物の中にあり、僕はともかく、スナコさんが入った瞬間に気配が変わる。周りのお客さんが不思議そうな顔をする中、僕は近くのケージを覗いてみると……。
「あちゃぁ……」
耳を伏せ、必死に隠れるウサギや、子供達の前に、盾になり震えているハムスター。……他にも捕食者に怯える小動物達の気配が場を充たしていた。
「スナコさん、抑えて」
「うぅ……。後でチョコモンブランマウンテンを頼む」
さりげ無く恐ろしいリクエストをしてくる。――高さ五十センチはあるあのデザートを所望とは、勇者め。そして僕の財布のライフはもうゼロよ!
少しだけ殺気(食い気)を抑えたスナコさんに、辺りの気配が和らぐ。そして、お目当ての一番奥まった所にあるケージに向かうと……。
「きゃーひんむいてる! やばーい」
「寝てる時との落差すごいなぁ。さすが太古の猫」
「マヌルネコさーん。目線下さーい」
「キャー! お肉食べた! 超ぷりちぃ」
大人気コーナーと化しているマヌルネコのケージ。そして、どう見ても言葉が分かってる感じで、きっちり反応して愛想を振り撒くマヌルネコが一匹。
「たま……」
「たまちゃん……」
ドサリと荷物を落とした僕らに気付いたたまちゃんが、ハッとした顔をしたと思ったら腹話術みたいに口を動かさずに何か音を発し始めた。スナコさんも似た音をしばらく出していたと思ったら、僕の手と荷物を持って移動し始めた。
「え、あ? スナコさん?」
「チベット語だ。後で話す」
戸惑う僕を連れて、スナコさんはどこかへと向かって行った。
「もー来るなら無料券出したのにー」
「すまぬ……。財布に悪い事をした」
何やら謝る所やら怒る所がよく分からない二人。
ここは、園内に隣接する従業員用の食堂だ。何故かメニューに「生肉」とか「すごい肉」とか書いてあるのに、一抹の不安を感じる。
何でも、ここで働いているマヌルネコが怪我をしてしばらく出れない為に、チベット経由で、比較的近くに住んでいるたまちゃんに依頼が来たらしい。
――そんなネットワークがあるなんて動物界隈は半端ない。スナギツネとか狐界隈も大概凄いけど。
ちなみに、今はお昼休憩らしく、マヌルネコのケージには『おやすみちゅうだよ! ちょっとまってね』と貼り紙があるから大丈夫らしい。――たまに見るああいう貼り紙はお昼休みだったのか……。
「お、たまちゃんお疲れー」
「はーい、お疲れ様ですー」
通りがかりに、たまちゃんに挨拶してく人が結構いる。ワニ革の服を着てる紳士な感じの人とか、ウルフヘアーのイケメンさんとか。後はボーダーの服を来た背の高い馬面な人とか……。――大体動物なんじゃないかな……。
「まだ結構かかるから、園内回ってきたら? スナ姉なら、ここ気になると思うよ」
そう言って、たまちゃんが渡してくれた園内マップの印を見て、スナコさんが絶句する。
「そう……させてもらおう……」
ずっと無言のまま歩くスナコさんに連れられて、まるで人気の無い園内の最奥、丘の上へやってきた。
「ここだ」
そう言って、何やら石の前に膝をついてしゃがむと、両手を合わせて無言で祈り始めた。
――ああ……これはお墓だ。
ひどく静かな場所で、一心に祈るスナコさんの横で、僕も黙祷した。
「ここには英雄がいるのだ」
何でも、大きな戦争で武勲を上げたうえに、しっかりと帰還し、さらにはこの動物園を作った狐がいたらしい。
「祖父が一度だけ会った事があったそうだが、威厳のある立派な方だったそうだ」
自分もいつかその様になりたいと、その話を聞いた時に思ったもんだと、ポツポツと語るスナコさんは、何だかいつもよりも弱々しくて、僕は静かに手を繋ぐのだった。
閉園後、自分のケージをデッキブラシで掃除しているたまちゃん。
――掃除ってセルフだったのか!
いい汗かいた感じの、良い顔をしながら出て来たたまちゃんと三人で歩いてると、相変わらず声をかけられまくる。
「お、たまちゃん。彼氏かい? いいねぇ」
「えー違うよー。ブラッシング担当だよぉー」
さりげ無く扱いが酷いけれど、スナコさんが僕の手を握りながら、握力でプレッシャーをかけてきたので黙っておく。――帰ったらいつもより丁寧にブラッシングしておこう……。
***********
後日、スナコさんにブラッシングしながら、お兄さんに聞いてみた。あのお墓の狐はどんな凄い武勲を立てたのかと。
「うむ。油揚げ用の菜種油を改良したのだ」
――やっぱり、そういう内容なのか!
参考にした動物園はありますが、架空の動物園です。




