ビチビチ・シャーク
「先輩、本当凄いですね。迫力が半端ないダギャ」
訂正すら忘れて見入るレイカちゃん。僕も呆然としている。――だって、陸上をサメが泳いでいるのだ。
「各自、距離を見誤るな! サイズで目測がズレるぞ!」
スナコさんの通信を聞いて、イエスマムという掛け声と共に、ざんざか発射される弾はほとんどが命中。そして、僕はやはり心の中も外もこう叫ぶしかないのだ。
どうしてこうなったーー!!
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「いつ来てもここはいい所だな」
いつぞやに被っていた麦わら帽子を装着したスナコさんが太陽を仰ぎ見る。辺りは一面の大豆畑。10月には、これが茶色に色付いて大学の備品であるコンバイン(大豆専用)で収穫となる。
ここは、大学の飛び地。山もあれば、ちょっと降りれば海もある中々素敵なロケーションの畑。ゼミの関係で、ここに定期的に様子を見に来ているけれど、随分育ったなぁ大豆。丁寧に雑草を抜いたり、畝を作ったりと頑張ったものだ。今日もしつこく生えてきた雑草を抜いたり、空気が入り易い様にきちんと畝を直したりと、色々忙しい。でもお楽しみはこの後なのだ。
「というわけでカンパイー!」
ゼミの関係といいつつ、結構サークルの面々がいるので、涼しくなってから夕方位からバーベキュー。夏を満喫しているね。青春だね!
「ニンゲン、たまちゃんこれもっと食べたい」
「はいはい。野菜も食べてね」
文句を言うたまちゃんに肉と野菜を皿に盛りつけて渡す。人型状態だと、動物ではアレルギーな物も問題ないらしい。――便利だ。
スナコ兄が、豪快に焼きそばを作り、皆に喜ばれ、レイカちゃんが丁寧に盛り付けたり、野菜を切ったりし、僕やスナコさんが配ったり。楽しい時間はあっという間に過ぎた。
しばらくは、この畑の近くにあるバンガローに皆で宿泊することになる。食料は買い込んであるし、冷蔵庫も業務用のがあるから問題無し。夏休みならではの、のんびり感。そう思っていたんだけど、やっぱり僕に日常なんて無かったのだ。
――深夜。トイレに行きたくなり、大部屋でぐちゃぐちゃに寝ている状態から這い出る。たまちゃんが梁の上で寝ているのが見える。スナコさんと兄は壁際で寝袋で熟睡している。レイカちゃんはハンモック。他は大体床に布団だ。
皆を起こさない様に、バンガローから出て、ちょっと離れたトイレへ向かう。――これだけが、面倒なんだよね。
そうして用を足して戻ろうとした時、畑の方から何やらバキバキと薙ぎ倒す様な音が。イノシシはシーズンじゃないし、何だろうと、覗きに行くと何やら大きなモノと目があった。
――え!? サメが畑に!?
僕は考える暇も無く、突撃されて意識を失った。
僕が朝陽で目を覚ました時、辺りは凄い事態になっていた。大豆畑の半分は壊滅。枝豆状態だったから、栄養価が高いと気付いたのか食い荒らされてしまったらしい。
「ひどいなぁ……。みんなで頑張ったのに」
サークルの部長がボソリと呟き、レイカちゃんが横でダギャーダギャーと泣いている。そして、クシャクシャになった大豆の茎を拾い上げたスナコさんの尻尾が、これ以上も無い程にピンと伸び頭の上の耳が、細かく震える。
「誰に……喧嘩を売ったのか……分からせてやる……」
正真正銘、本気でスナコさんが怒り狂った。
「よいか、敵は何故だか地上でも移動が可能なサメだ」
やはり何故だか持ってきているエアガンを調整しながら、神妙な面持ちで聞くビクトリーをやり遂げた面々。それにしてもサークル内で、一週間でコアマッスルも鍛えた彼ら彼女らの迫力は違う。
「現状目視で確認されたのは一匹。だが複数いた場合、早晩大豆畑は壊滅してしまうだろう」
ゴクリと、誰かが静かに唾を飲み込む音が響く。
「皆の命を私にくれ」
戦場が展開される合図だった。
「敵影認ム! 数、七!」
太陽が沈んだ後、予想通りにサメは来た。スナコさんがバンガロー内の即席の司令部で尻尾を動かす。映像出ます! というレイカちゃんの言葉と共に、大きめのモバイル端末の画面にスマホで動画撮影されたサメの姿が映し出される。人と同じか少し大きい位のサイズだ。――それにしても文明の利器が便利過ぎる……。
「偵察部隊は速やかに第一エリアへ後退。迎撃を」
「イエスマム!」
GPSでマーカーが示され、付近の地図の中で数名がバリケードにまで下がって行くのが見える。夜の闇の中なのに、みんな素早い。
「こちら第一エリア。交戦開始する」
兄からの通信に、スナコさんが一言。
「気を付けて」
「俺を誰だと思っている」
その言葉通りにあっという間に蹴散らした。映像で見ていたけれど、余りにも鮮やかだった。――なんと鍛え上げられた精鋭達なんだろう。
「こちら第一エリア。片付けた。これから帰投する……なんだこれは!?」
スナコ兄の慌てた声と共に、地響きの様な音が聞こえ、その後は無音になった。
「マーカー消失! 応答もありませんダギャ……」
呆然としたレイカちゃんの横で飛び出すスナコさん。僕も慌てて追い掛ける。第二エリアでのんびりマヌル溶けしてるたまちゃんに事情を話してバリケードを進み、第一エリアに向かう。そこは残骸だけが残っていた。倒れた誰かがいるかと思えばそれも無い。――何が起きたんだ?
『スナコ先輩! 第二エリアに巨大な反応が。たまちゃん第二エリア迎撃を!』
『たまちゃんにお任せ~。え!? ウソ!? 無理無理無理……あぁぁあぁ……』
――沈黙。
「スナコさん。何がどうなってるんだろう?」
僕が尋ねたけれど、スナコさんも首を横に振るだけだった。
――そして……
僕たちが司令部に戻った時、バンガローは無かった。そして誰もいなかった。状況を確認しようと、残骸の中に何か無いかと見ている時に、僕のスマホに留守電が入っているのに気付く。スナコさんを呼んで再生してみる。
『先輩! 巨大な……巨大なサメが! あぁ! そんな。あんなサイズ無理ダギャー!』
何か飲み込まれる様な音と共に留守電が切れ、ツーツーと音だけが鳴り響いた。
スナコさんは、残っていた銃火器を持ち、僕はバンガローにあった作業用のチェーンソーを持って海岸へ向かう。バンガローからここまで、余りにも巨大な何かを引きずった様な跡があったのだ。
「スナコさん……。僕たち勝てるのかな……」
お兄さんですら、一瞬で負けた相手。僕ら二人だけで勝つ事が出来るのだろうか。
「勝てるのか、ではなく。勝つしか無い」
いつもよりも、ちょっと自信が無さそうだったけれど、スナコさんはそう言い切る。そして、頼りにしていると付け足して歩みを進めたのだった。
砂浜へ、そして海岸沿いの洞窟へと何かの跡は続いていた。スナコさんが武器をいつでも撃てる様に次々と装弾していく音だけが響く。
「今日は持ってきている装備が少ない。もし……私が負ける様なら……チベットか、ギンコ達に連絡して……逃げてくれ」
カシャン……カコン……ガシャリ……音が僕の沈黙の代わりに喋ってる。スナコさんが負ける……もしそんな時は、僕は……僕は……。
「用意が出来た。行くぞ」
僕の返事を待たずに、スナコさんは振り返らずに洞窟に入って行く。スナコさんも不安なんだろう。普段絶対に弱音を吐かないのに。だから僕は後ろから付いて行きながら一言こう告げるだけだ。
「つがいだから。僕は付いて行くよ」
フッと、笑った様な息が聞こえた。
ソレは、余りにも……余りにも大きかった。洞窟のサイズもやけに大きいと思っていたけれど、10トントラック位はあるんじゃないだろうか。ソレ――巨大なサメは、静かに眠っていた。
「これは……凄すぎる……」
僕もスナコさんも、流石に圧倒される。でも、これだけ大きいならば、飲み込まれても消化されるまでに時間がかかるはずだ。そして、スナコさんが手榴弾のピンを外した瞬間!
サメが吠えた。そして、スナコさんに向かって物凄い速度で突っ込んでいく。
「スナコさん避けて!」
洞窟の壁を蹴って、高く飛び上がったスナコさん。三角飛びの様にサメの巨体に一瞬足を置くと、さらに高く飛び上がる。
「一斉射撃。喰らいなさい!」
スナコさんの手が閃きの様に動くと、持っていた銃火器のほとんどが現れ、片っ端から撃ちまくる! 僕はその間に、サメの後ろに回りこむと、手榴弾を投げつける。
――光と音が激しく、しばらく視界が見えなくなる程……。そしてサメは動きを止め……止めなかった!
地面に降り立ったスナコさんにではなく、前が見えないのか僕に向かってサメが突っ込んで来る。さっきよりは遅いけれど回避が間に合わない。スナコさんが慌てて連続でピンを外して手榴弾をありったけ投げる。サメの口元がボロボロになる。額付近に穴が開く。それでも動きは止まらない。
「逃げ…」
スナコさんの言葉は、終わりまで聞こえなかった。僕が必死に振ったチェーンソーも虚しく弾かれ、手から吹き飛ぶ。バクリとサメの巨大な口が開くと僕は飲みこまれた。
「スナコさぁぁぁぁん!!」
僕の絶叫がサメの口の中にこだました。
「ふざけるなぁぁぁあ!」
地面に落下したチェーンソーを拾い、紐を引っ張りギュオンとエンジンを起動。スナコはどこかのアニメの様に、身体の前へとチェーンソーを構えると、少しずつ速度を上げ、そして走る。
「どうしても、どうしても私を怒らせたいらしいな!」
巨大な牙が迫るが【遅い】。スナコのトップスピードに比べれば、そんなものは止まって見える程。そしてもう一つ、スナコは今猛烈に怒っていた。このサメに。そして大事な人を守れなかった自分に。
フェイントで、一度空中を噛ませ、すぐに身体の横で腰溜めにチェーンソーを構えると、勢いをそのままに、口の端から一気に刃を疾走らせる!
グォォォォン! ギュイイイイン!
必死に暴れるサメ。さらにスナコはサメの身体の横を斬りながら走り抜けた後、尻尾側から、一気に駆け上がる。狙うは額。先ほど穴が開いた箇所。
「誰に……喧嘩を売ったのか……分からせてあげるわ!」
スナコは可能な限り飛び上がると、チェーンソーを真下に構えた。自分の体重と落下の力。それが一気にサメの額に突き刺さる。辺りに沢山の血が飛び散り、その血で溺れそうになりながらも、チェーンソーを離さず地面まで貫通させる。
ついに、サメは断末魔の悲鳴を上げると、ドウと地面に倒れ動かなくなった。
***********
誰かの口が僕に当たった気がした。息が吹きこまれ、思い切りむせる。
「かはっ……」
「おぉ、目を覚ましたな」
目を開けると周りには飲み込まれた面々。ここはまだ洞窟の中らしい。ぼうっと辺りを見回すと、スナコさんが顔を赤くしながら、目を逸らしてボソボソと話しかけてくる。
「……その……大丈夫だったか……」
良かったと、安堵の表情を浮かべる。それを見てレイカちゃんが、ほっぺたに手を当てながら、きゃあきゃあ言っている。
「スナコ先輩って、普段クールなのに、取り乱して、必死に人工呼吸……」
その先は、黙れ! と顔を真っ赤にしたスナコさんに遮られて続けられなかった。一体どうしたんだろうスナコさん。でも、みんな無事みたいで良かった。
たまちゃんや、部長、お兄さんまで、何だかニヤニヤしている。一体何なんだろう。
「ニンゲンやるねー。頑張ってたよーエライ!」
「いやー一時はどうなるかと思ったけど、助かったよー」
そして、スナコ兄が自慢気に胸を張りながら僕に告げる。
「最近、三日間通って【応急救命の普及員】の認定を取ったんだ。ビクトリーの面々に教えようと思ってな」
――僕は素晴らしく嫌な予感が脳裏をよぎる……。まさか……。
「スナコが人工呼吸をしようとしたのだが、やはり慣れた俺がやる方がいいと思ってな」
上手くいって良かったと、笑顔でキリリと告げるスナコ兄を僕は呆然と見詰める。
――そこは、そこはヒロインが人工呼吸でしょぉぉぉおおおお!
まだ、意識が戻ってすぐで叫ぶ事が出来ない僕は心の中でひたすら絶叫するのだった。
周りではサメの血で顔を真っ赤にしながらも、皆が無事を喜び笑い合っていたけれど、僕の心の中は、洞窟の中の様だった。
――どうしてこうなった……どうしてこうなった!
農林水産省ホームページを参考にしました。
大豆収穫用のコンバインは実際にあります。
応急救命普及員は、消防署での認定を参考にしています。指導する事が可能です。




