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最後の果実

 ボクは一人、病院のベッドから外を眺めていた。


「もって……後二ヶ月でしょう……」


 ボクが寝ていると思ったのか、廊下から漏れ聞こえたお医者様の声。

それは、ボクの希望を削ってしまった。

 窓から見える場所には大きな木が生えている。部屋は三階だというのに、木は隣人の様に窓に近く、葉は瑞々しい。ボクとは違い、生命力に満ちている様だ。

 正面に何やら実がなっているのが見える。まだ小さいけれど、明日への希望に満ちたそれは日々大きくなる。


 ――あの実が大きくなって地面に落ちた頃にはボクは死ぬのだろうか。


 ズキューン! ボトッ!


 目の前で実が落ちた。流石に目が点になる。呆気に取られていると、フックの様な物が窓枠に引っ掛かり、誰かが登って来た。


「すまない。邪魔をする」


 頭の上に三角の耳が生え、目付きが鋭い女の子だ。窓枠を乗り越える時にお尻に短い尻尾まで見えた。

 ボクがまじまじと見詰めているのが気になったのか、彼女は持っていた実を前に差し出しこう呟いた。


「先に私が目をつけていたが、食べたいのならやろう」


 丁重にお断りした。




 久々の話し相手に、話が弾む。彼女は映画が好きらしく、特にB級映画と油揚げの話には饒舌じょうぜつだった。


「サメ映画はいい。理不尽だからな」


 砂地をサメが泳ぐ映画があるそうだ。他にもサメが空から降ってくる物もあるとか。――確かに理不尽だ。


 そんな話をしながらも、陽が沈み始め面会時間が終わりに近付く。彼女は窓枠に寄りながらボクに告げる。


「また会おう。映画の解るヤツよ」


 颯爽さっそうと降下していったのだった。




 彼女はそれから定期的に来てくれた。何故か毎回窓から現れるのはいつの間にか気にならなくなった。たまに二人で午後の映画ショウを見る事もあったけれど、基本は色々な話だ。曰く、チベットにはハードボイルドな狐がいるとか、油揚げの戦隊ヒーローがいるとか、とある映画会社は従業員が大体狐だとか……。

 彼女が来てからの日々は楽しく、あっという間だった。




 だが、今度大きな手術があると分かった時に、改めてボクは余命二ヶ月と聞こえたあの言葉を思い出す。手術が失敗して死んでしまうのじゃないか。そもそも、手術をしても余命的に無駄ではないのか……。夜が怖かった。


 明くる日、久々にやって来た彼女にその話を思わずしてしまった。それを聞くと彼女は腕組みをして言い放つ。


「野生では弱いヤツから死ぬ」


 弱肉強食の話だ。確かにボクは弱い死ぬヤツなんだろう。

 だから……と彼女は何処からか取り出した銃をボクに突き付けると、重々しく宣言する。


「私が先に殺してやろう」


 ガチャリと撃鉄を起こし、カチャリとボクの額に冷たい感触。――本物だ。ボクは身震いし、彼女を見るが、彼女の目は本気だった。

 言葉が出ない。彼女の雰囲気が圧迫感の様に高まる。嗚呼……!


 カチリと、引き金を引く静かな音の後、何も発射せずに冷たい鉄の感触は消えた。


「弱いお前は死んだ。後は生きたいと思う強いお前だけだ」


 確かに死んだ気分だった。だけど、確かに今は怖くない。そうか……彼女はこの為に。


 礼を言おうとしたボクに背中を向けると、彼女は余計だったかなと、口の端で笑うと、夕闇の中、窓から消えていった。「元気になったらまた会おう」と呟きながら。




   ***********




 最近スナコさんが、忙しいとか言って暫く消えるから、これは浮気かと疑ってしまった。でも、ある日一年生を一人連れて来てサークルの皆に告げた。


「気骨のあるヤツだ」


 確かに彼女は根も上げずにビクトリーしていた。長く入院していたらしいけど、それを感じない位の女の子だ。何故か一人称が『ボク』な上に、たまに語尾がおかしい事をのぞけばいい娘だ。


「本当に、スナコ先輩にはボク助けられたんダギャ」


 思わずスナギツネ顔で僕とスナコさんが見詰めると、えへへと舌を出してこう話すのだった。


「すいません。うちの父の口癖で」


 私は普段から耳と尻尾は出してないから、初めてスナコ先輩を見た時に、思わず見つめちゃいましたよ、それに余命二ヶ月って隣の部屋の方の事だったみたいで、でも奇跡的に復活したらしいんですよ。……等という言葉は僕らの耳を素通りしていった。


――どうしてこうなった!?

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