油揚げに身体を張れ
「おはよーございますー」
「おはようさん」
入口の守衛に挨拶をして、手の代わりに尻尾を振る。耳をパタパタと忙しなく動かして走ってきた者もいたりと、朝は入り口も落ち着かない。
イギリスの有名な鐘の音が鳴り響く中、今日も就業が開始される。
『え~皆様おはようございますダギャ。今日も一日頑張って働くダギャー』
――油揚げギャングの朝はそれなりに早い。
**********
「えーではですねー。いけね……ではですねーダギャ」
社長がいない所では、緩みがちな彼ら。しかし、今日は朝から重要な会議があった。
【打倒! チベットスナギツネ対策本部】
この部署から重要な発表があるとのことで、本社勤めの社員並びに各所のお偉いさんが呼ばれたのであった。
市民体育館並の大きな建物に、社員が集まっていく。壁側には飲み物のサーバーが置かれ、珈琲・紅茶にお茶うけも用意されている。勿論あの油揚げだ。誰も手をつけない。
三々五々、場内の椅子や床に引かれたシートに座りのんびりとするキツネたち。と、ステージ場に一人が上がって演台の前で咳払いすると空気が少しだけ固くなる。
『えー、本日は遠方からもお集まり頂き真にありがとうございます。本日は社長も不在との事で皆様口調も緩めて頂き、ご歓談しながらのんびりと過ごして頂ければと思います』
湧き上がる歓声。片付けられる油揚げ。その代わりに、とある商店街の「とある豆腐屋さん」で買ってきた油揚げが置かれると、凄まじい勢いで無くなっていく。涙すら流して受け取る者もおり、自社の油揚げの人気が伺える事であろう。ホッとした空気が流れたのを見た後で、壇上から声が再びかかる。
『では、にっくきチベットスナギツネの最新情報が入手出来ましたので、映像と音声にて紹介させて頂きます』
拍手と和やかな雰囲気。もはやただの映画鑑賞会の様なノリである。
【千部スナコ:戦闘力S】と、テロップと共に表示された映像には、町中で隠し撮りしたのか、際どい角度からの、にくき千部スナコが表示される。しかし、その顔はいつもの仏頂面では無く、口の端を上げた笑顔である。
「いいか、出来立ての油揚げの勝る物は無い。こんな物を出されたら、キツネは一網打尽だ。香りといい色といい、見てくれコレを!」
そうして、カメラがその手の先を追うと、なんという事でしょう。黄金色の湯気が立つ出来立ての油揚げが、油を切るために並べられているのであった。どうやらここは、豆腐屋の前の様である。場内から感嘆のため息。そして「いいなぁ」と、うっとりした声が漏れる。
「でもさスナコさん。猫舌だからこれは食べられないでしょ?」
「たまちゃんも無理ー」
それぞれを写す為に、カメラが移動し青年らしき者を正面に捉えかけた所で幼女のような姿が割って入る。テロップで【マヌルネコたま:戦闘力A】と表示される。
「でもこれすごいね! 熱々で油が跳ねてるんだけど本当いい香りで……」
会場内のため息、熱に浮かされた様な恍惚の声は最高潮だ。そしてブツっと映像が切られ、場内からブーイングが上がる。
『えー我らの宿敵、千部スナコと新参者のたまですね。横にいる人間はどうでもいいので割愛します』
まだ文句が上がるのを手でおさえて壇上の司会は先を促す。
『ではですね。次の映像をご覧頂きたいと思います。こちらです』
テレビの録画映像らしい物が再生され、コマーシャル明けの画面にデカデカと美人キツネの顔がアップで写りこみ、場内の男性社員から歓声が上がる。
「はいはーい。現場のギンコですー! 今日は私達【突撃隣のまかないご飯】は、アクシデントにも負けず、こちらのお宅にお邪魔する事になりましたー。では行ってみましょー。こんばんはー!」
「え、あ! ちょっと、ギンコ!? いきなりはマズイって。え、カメラこれ撮ってるのちょっと待って。ちょ……」
美人キツネと同じ位顔が整ったイケメンのキツネが、しかし物凄く慌てふためいた状態で映される。【ギンコ:綺麗さS】【キタ:器用さS】と後付のテロップが表示される。ざわざわと「モデルのギンコさんだ。綺麗だよなー」とか「俺、実はサイン持ってるんだぜ」「まじかよ!」等の声が上がる。画面では、すったんもんだの挙句、結局キタが食事を作る事となっていった。
「まずはですね。油揚げをこの様に短冊切りにします。先ほど切っておいた野菜と一緒にさっと炒めて、後はこのごま油と一緒にした和風のお出汁をかけて、かつおぶしもかけて召し上がって下さい」
冷静になったキタは、芸能人並に鮮やかな口調と手さばきで、華麗に料理を披露していく。会場内から腹の音が鳴る者も出てきて、最早ただの飯テロ動画である。
「うん! これ美味しいー! ねぇねぇ、あんた番組でレギュラーコーナー持ちなさいよ!」
会場内で耳と尻尾を興奮して動かし、激しく頷く女性社員達多数。
「でもなぁ、独創的なのは作れないからなぁ。あ、後ね、さっきの料理とは別にね……」
ブツンと映像が切られ、またもや会場内からはブーイングが上がる。
『はい、というわけで、チベットスネギツネのサブメンバーでした。そして……最後に最強の二人を紹介します。皆様、心して下さい』
今までと打って変わった口調に、冷房も入れていないはずなのにまるで冷たい風が吹いた様に皆、背筋を震わせる。そして始まった映像にさらに緊張感が高まる。
「ふむ。スナコが〈お世話〉になった様だね……。こりゃ……〈お礼〉をしないといけないね。ねぇ、お兄ちゃん」
「ああ。舐められたままでは問題だな」
やけに、言葉の一部を強調して喋るもっふりと太った様なチベットスナギツネの下に【千部紺三郎:戦闘力∞】、スキンヘッドのガタイのいい男性の下に【千部スナ彦:目が可愛い】とテロップが表示される。会場内で、誰かがゴクリと喉を鳴らす。
「しかし、君。アジトの場所を〈吐かない〉んだね。お兄ちゃん〈アレ〉行こうか」
「うむ」
何故か大量に用意されている団子に、会場内に悲鳴が上がる。
「絶対に……、絶対に吐かないんダギャ!」
「どこまで強気にいけるかな。さぁ〈始めようか〉」
縛られた油揚げギャングの口に、団子が一定のペースで運ばれる。口を閉じて、必死に食べまいとするギャングに、スナコ兄がボソリと呟く。
「食うだろうか。ね、食うだろうか」
油揚げギャングはふるふると震えながら、いやいや口を開けると運ばれた団子を食べた。
「こんなに美味しい、きびの団子。いくらだって食べれるんダギャ……」
「そうか。いつまでそうやって、強がっていられるか見ものだな。――食うだろうか。ね、食うだろうか」
その後、映像は15分は同じ状況を映し出し会場内は完全にパニックになった。何かを思い出したのか泣きながら謝る者まで出始める。そう、キツネ界隈ではこの台詞と共に団子を出されたら食べなくてはいけないのだ。────古事記にもそう書いてある。
映像の中では、団子を食べ続けて白目を剥いて気絶した彼を中心に場の動きが止まる。
「首を洗って待っておいで」
そう言ってスナコ父が、初めから分かっていたとばかりにカメラに目線を投げながら、ゆっくりと振り返り呟く。
「今度〈お土産〉を持っていってあげるから」
団子をカメラに見せつける。さらにスナコ兄の声だけが「食うだろうか。ね、食うだろうか」と呪詛のようにこだまして、映像は砂嵐に変わった。最早会場から冷静な者を探すのが困難な状態だ。
『皆様、これが我らの宿敵の恐ろしさです。捕まった彼は最後まで、この場所を吐かなかったそうです。あまりにもあっぱれなその姿勢。彼に【油揚げ十字勲章】を授けようと思います』
感動と、先ほどの恐怖からの開放からか割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
**********
「何だか最近見られていた気がするな」
「たまちゃんもー」
二人が豆腐屋さんの新作、おからを使ったドーナッツを頬張る横で、お兄さんが巧みに珈琲を淹れながら答える。
「そういえば【天】も油揚げギャングらしきヤツが商品を大量購入していったと言ってたな」
しかし、語尾にダギャが無かったそうだからきっと違うのだろうと、皆に淹れ立ての珈琲を渡す。
「なんかねー私は急にファンレター増えたわ~。後、キタさんも出して下さい! って制作会社に手紙がいっぱい来てるのよ」
珈琲を冷ましながらギンコさんが言うの見てキタさんが面倒くさそうな表情で珈琲を飲む。キタさん以外は猫舌の様だ。――まぁキタさんは、黙っていて、ちゃんとしてればイケメンだしね。
「そういえば、スナコさん。お父さんから何か小包が来てたよ」
それを聞いて、スナコさんとお兄さんが何故かニヤリと笑う。
「ああ。〈お土産〉だ」
* キタさんの今日のお料理 *
油揚げ・好きな野菜(色合い的に、玉ねぎ・小松菜・人参等が目にも鮮やか)・醤油・みりん・ごま油・鰹節・和風出汁(顆粒の物で構いません)・レモン汁(ぽっきゃレモン他)
1.具材を食べ易い大きさに切ります。油揚げは短冊きりに
2.サラダ油(ごま油以外にする)で野菜を炒めてから、油揚げを入れる(油揚げにさらに油を吸わせない為、後入れ)
3.ごま油・醤油・和風出汁・レモン汁を混ぜた物をかけて、盛り付け時にかつおぶしをかけたら完成。
一手間加えたい場合は、先に油を引かないフライパンで油揚げを炒っておき、取り出す。盛り付け時に足す感じにすると、お揚げが引き立ちます。
作者より:おからドーナッツの案は、恵美子様より頂きました。感謝でございます!




