お母様狂騒曲
「もう~お母様ったら!」
僕の腕を取りながら彼女がウフフと笑う。それを見て、僕の母さんもアラアラと笑う。僕は状況についていけず冷や汗を流す。
「ダーリンったら。どうしのたよ~」
「アッハイ」
二人が笑う中、僕の脳内は混乱を極める。
――どうしてこうなった!?
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日曜日。今日はサークルも無いし、ゆっくり寝る予定だったのにメールの着信音が鳴り響いて僕を叩き起こす。――誰だよこんな朝早くから~。
しかし、僕はメールを見て文字通り飛び起きる。
「えっ! ちょっとー!」
僕が思わず上げた叫び声に、スナコさんとたまちゃんが起きてしまう。
「ごはんー?」
「どうした。まだ早いはずだが」
もぞもぞと起きだしてしまった二人にメールの内容を伝える。
「大変だよ! 今日いきなり僕のお母さんが来るんだって!」
それは一大事だと、眉毛と耳を上げたスナコさん。少し考えた後、たまちゃんに言い放つ。
「たまよ。これは重大ミッションだ」
「うむー!」
二人でこそこそと何か打ち合わせた後、僕に待ち合わせ場所や時間を尋ねる。
「うむ。ではヒトヒトフタマル|《11:20》に山の上公園噴水前に集合だな」
そう言うと【仕込み】があるから時間を頂くと言って、スナコさんはたまちゃんを伴ってどこかへ去って行った。
別に母親に会うだけだし、僕は簡単に朝食を取った後に普段着で公園へ。スナコさんも来るから11:00前には噴水前に着いたんだけど、麦わら帽子にワンピースの女の人がいるだけだ。と、僕に気付くと嬉しそうに手を振って来た。
「あ! 来た来た! やっほーダーリ……」
何故かバッチリ化粧したギンコさんが笑顔で手を振っていたと思ったら、言葉を言い終える前に、何か横の茂みから飛び出した影に連れて行かれた。 ――今のは一体……。
そして5分程経過した頃、遠くからこっちに走って来ながら僕を呼ぶ声が。
「ごめーんお待たせヤジさー……」
さっきよりも高速で連れて行かれた。何故情報がバレている……。そしてキタさん……何故女装していた……。
思わず額を抑えて、溜息をついていると僕のその腕を取る人が。 ――今度は誰だよ。
そこには、麦わら帽子から長い髪の毛がサラリ。そして涼し気なワンピース。清楚な感じで爽やかに微笑む美少女の姿が……。――今度は誰!? 一体誰!?
「お母様が来るまでに立て直すんだ」
スナコさーーーーーん!!!!!!
バックアップも完璧だと思ったら、たまちゃんか! しかし、スナコさんが最早変身レベルで変わり過ぎて頭がついていけないよ!
「あらあら、ラブラブね。ちゃんと紹介しないさよ」
そして時間ピッタリに母がやって来た。スナコさんが一言ボソリと呟く。
「任務開始だ」
その直後から、僕の混乱はさらに加速するのだった。
「そうなのね、うちの子ったら~」
「そうなんですよーお母様~」
自己紹介の後に物凄い早さで打ち解けた二人が、ウフフアハハと、軽やかに笑い合う。スナコさん、アゲレンジャーの時のあの超絶可愛い声だ。真横で聞いてて、化粧もバッチリだし違う女の子状態過ぎる! ――これが女子が化粧で変わるってヤツですか……。
と、公園の中を歩いて、日曜日になると出ている屋台の方へ行こうとした目の前を、見覚えのある姿が。
「久々にちゃんとお金も入ったしー。たまには買い食いするダギ……」
ダギャーと言い終える前に、恐らくたまちゃんであろう影に退場させられていった……。――今回何もしてないのに……。
「あら、今何か」
「気のせいですわよ、お母様~」
ねー、ダーリーンと可愛い声で言われて、僕はもう「ああうん」としか返せなかった。
薔薇園を覗いたり、ポニーに乗ったりと、まったりとした時間が過ぎ、ようやく僕も緊張がほぐれて来た。そして時間はあっという間に過ぎて行き太陽は夕暮れ近く。
「随分と色々楽しんだわね」
「お母様に楽しんで頂けて何よりです~」
と、ちょっと離れた所に人気のクレープの車内販売が。――あれ凄い人気なんだよなぁ。
「ちょっと甘い物が食べたいわね。ほらお金上げるから三人分買って来なさいな」
「あ、私も一緒に行ってきますー」
「こういうのは男の子に任せておけばいいのよ」
という訳で僕が買いに行くことに。案の定凄い並んでるんですが……。これはいつ買えるかな。甘い香りが食欲をそそる。
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「さて……スナコちゃん」
「何かしらお母様?」
自分の息子がクレープに並び、こちら側が見えなくなるのを確認すると、母はいきなりモーション無しで強烈な踏み込みと共に、蹴りとパンチの連撃を放つ。対するスナコは、スカートを翻しながら、素早くそれを腕でガードしつつ後退し、そしてハッと自分のその行動に呆然とする。
「あなたはそっちの方が魅力的よ」
「バレておりましたか、母上様」
喋り方を普段に戻すと、連撃で吹き飛ばされた麦わら帽子を拾う。その頭の上に出ている三角の耳を見ながら母は続ける。
「別にね。耳があろうが尻尾があろうが構わないのよ私は。昔からあの子動物に異常に懐かれてたし。それにね」
不安そうなスナコに、母はニッコリと微笑む。
「私もあの子が生まれた時には辞めてるけど、元自衛官だからね。たまには身体を動かしたいのよ」
だから、そんな子があの子と結婚したら楽しいでしょうね。と、不敵に笑う。
「あ、でもうちの畑は荒らされると困るかな」
「そこは問題ない。私も土壌改善の勉強に日本に来ている」
しばし見つめ合うと、二人は力強く握手したのだった。
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やっとクレープを買って戻ってきてみれば、スナコさんが帽子を手に持ったまま、母さんと凄く話が盛り上がっていた。しかもいつも喋り方で。――え? えっ!?
「戻ったか。実はお母様とこれから女子会に行くことになった」
「というわけで、そっちの茂みの中の人達にクレープあげちゃっていいわよ」
茂みから動揺した気配が伝わってくる。――バレテイル!
そして、スナコさんと母さんは、【同じ速度】で、山に分け入って去って行った……。
深夜に戻ってきたスナコさんが、キラキラした目で、何故か汚れてもいない服のまま語ってくれたのによると、山で狩りをしていたらしい……。
「女子会とは素晴らしいモノだな」
――僕の知ってる女子会と違うよスナコさん!
まぁ……とにかく、スナコさんと母さんが仲良くなったのだけは良かったと思いたい。うん。
後日、映画会社のロゴの入ったジャンパーを着たスタッフが家にやって来た。
「おつかれーす。世紀末ふぉっくすですー。あ、千部さん衣装とウィッグはそのままでいっすよ。こっちで洗っとくんでー」
「すまんな」
「そういや、千部さんがこの前紹介してくれた猿の人、いっすねー。めっちゃ働くし、いいっすわー」
この間の大猿さんは就職していたらしい。ナンテコッタ。




