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校舎裏、血に染めて

大豆はお腹に膨れます。

今年は南南東を向いて、むさぼりくうのです。

 鬼を追い出す為に豆を投げる。そんな単純なルールのはずだった。


「くそっ! やられた……。野郎、何て腕してやがる」


 高速で飛来した物体が的確にこちらを狙う。木に隠れきれなかったメンバーが仰け反って倒れる。――そう、豆が飛んでくるのだ。鬼側から。


 スナコさんがハンドサインで目を閉じる。きっかり3秒立って何かを投げる音、そして閉じたまぶたでも分かる強烈な光。さらに時間差で強烈な音が辺りに広がる。その中を僕らは走る。――待っていろ鬼め。必ず仕止めてみせる。


「年の数だけ喰らわせるわ」


 鬼を倒すまで、僕らは帰れないのだ。どうして、こうなった!




   **********




 ――節分。


 中国の鬼払いの儀式と、季節の行事が混ざっていって今の形になったとかなんとやら。この間なんかの講義で教授が語っていたけど、豆を年の数だけ食べるというイメージや、無言でお寿司をむさぼり食う行事という、なんか食べる系の印象ばっかりがある。


 という訳でお昼時の大学の食堂は、無言で壁に描かれた恵方に向かって太巻を食べる学生達というシュールな状態が繰り広げられています。スナコさんだけは余り普段と変わってないんだけどね。と、そんな集団へ傷だらけの迷彩服姿が数名、よろけながらやってきて注目を集める。サバゲ部の方達みたいだ。


「今年の鬼は強過ぎるわ。去年の3倍の速さはあるだろ、あれ……」

「一人で5隻分は潰したとか聞くぜ」


 チベットの狩人は化物か……と、サバゲ部員の一人が静かに呟くとそのまま倒れる。食堂内の空気が一気に重くなった。


「くっ! 衛生兵~!」

「傷は浅いぞ! くそう! あのサングラスめが……!」

 

――まさか……。


 それとなく話を聞くと、サバゲ部は毎年この時期に節分鬼退治イベントを行うのが恒例なのだそうだ。鬼役に大豆弾を当てて厄払いするぞ~となるはずが、今年の鬼を担当した人がとんでもない強さだったらしい。午前の部は豆を当てる事すらも出来ず、参加者が全滅してしまったらしい。午後の部の参加予定者も怖がって既にかなり減ってしまったし、賞品も出す予定だというのにどうするんだ……と、サバゲ部員達は青ざめていた。


 そしてひたすら無言で六本目の太巻きを食べていたスナコさんは、それを聞いて耳を大きく動かすと目を光らせたのだった。




「よいか。我々の目的は鬼の退治だ。包囲し殲滅せよ。質問はあるか」

「ありませんマムッ!」


 声を合わせて敬礼する我がサークルの精鋭メンバー。僕は自分が何のサークルのメンバーだったのか、段々記憶が薄れてきたよ。

 ショットガンモード(広範囲)と、フルオート(連射)での2パターンに切り換え可能な大豆発射銃を構え、迷彩服を異様なまでに着こなすメンバー。そして極僅かの怖いもの見たさの一般参加者達と共に、僕らは午後の部のイベントに参加するのだった。


「行くぞ! エントリー!」

「イエス! ビクトリー!」


 学校隣接の森に、綺麗に声はこだましていった。




 銃を丁寧に辺りに向けつつ進む一群。一般参加者はさらに後ろからだ。――統率が取れ過ぎて怖い。


 イベントの舞台となる森は、落葉樹は少ないから、足元はそんなにガサガサ言わないけれど、木の間は葉っぱが生い茂っていて見通しが悪い。と、前方に人影が見えた。スナコさんが手を上げすぐさまそれを見て全体が停止する。続くハンドサインで、前方の二名が警戒を緩めずに、人影に近付き躊躇(ちゅうちょ)無く大豆を発射する。


「やったか!」

「いや、まだだな」


 僕の頭上から聞き慣れた声がしたかと思うと、あっという間に周りで人が倒れる。余りの速さでよく見えないけれど、赤い影が手刀で気絶させているらしい。――なんというワザマエだ! 俳句を詠む暇もない!


 赤い影に気が付いた人が連射モードで撃ちまくるけれど、もうそこには誰もいない。まるで彗星の様に影は消えていた。




 野生を解き放ったスナコさんのお兄さん――もとい体を赤く塗った【鬼いさん】を、その後もあの手この手で追い詰めるも、回避され続け逆に減らされていく参加者達。陽が沈みかけた頃、スナコさんが観念した様に声を上げた。


「この技だけは使いたくなかったが」


 と、スナコさんはおもむろに胸元を緩め、服をちょっとだけはだけると、地面に横たわり声を出す。


「いやーヤメテー。テイソウの危機がー。イヤー」


――酷い、酷過ぎる。余りにも酷い棒読みだ!


 感情もこもらない投げやりな台詞に、残っていた他の参加者達も呆然と立ち竦む。銃を取り落とす人までいる。――いや、こんなのに引っ掛かるような相手なんていないでしょ! もういい加減やめさせようと僕が近づいた時だった。


「どうしたスナコ!」


 黒と黄色の迷彩パンツに上半身を赤く塗りたくり、角まで装着したスナコ兄が木の上から降ってきた。慌てふためいてスナコさんに近付く。そして、そんな妹思いなお兄さんを、スナコさんはあっという間にホールドした。


「確保ー!」


 それはわずか5秒にも満たない最速の技だった……。――マジデスカ。




 お兄さんの運び屋さんのお仕事は豆腐屋。豆腐の原材料は大豆。節分だからプロモーションに来ていたのだけど、調子に乗り過ぎた……と、正座させられながらポツポツと語るスナコ兄。貴様はやり過ぎた、やり過ぎたのだ、と参加者全員から凄まじい勢いで射ちまくられていた。


「年の数だけ喰らいなさい」


 だめ押しでスナコさんも連射し、大豆を大量に喰らわされた鬼は倒れ、無事に節分イベントは終了した。




 優勝はぶっちぎりでスナコさんだ・表彰台へと上がってドヤ顔しているスナコさん。――あー尻尾まで膨らませて、でもあの技が無かったら終わらなかったしなぁ。

 拍手の中、少し照れたスナコさんに手渡される景品。しかし、商品を受け取ろうと手を伸ばした姿勢のままスナコさんは固まった。


「優勝者には、今話題のアゲレンジャーグッズが進呈されます! サバゲ部員で必死に集めたDVDに、何と! プレミアものの変身セットです!」


 おぉぉぉと盛り上がる参加者たち。――えっなんでそんなに人気なの!? 


「いいなあ、アゲレンジャーグッズ! 羨ましい!!」

「俺、アゲリンゴが好きなんだよなぁ。リンゴって、あれ、絶対声優さんだよな、声が滅茶苦茶可愛いし」

「分かるわー! 中の人も、きっと凄い可愛いんだろうなぁ!」


 ざわざわと盛り上がり、白熱したアゲレンジャー談義を始める参加者たち。彼らの中でゆっくりと商品を受け取ったスナコさんは俯いていた。その横顔が赤くなっていたことは、多分、夕陽に紛れて僕以外は気付かなかったはずだ。


――きっとね。お疲れ様、アゲレンジャーリンゴ。


挿絵(By みてみん)

兄よ~ 俯かない~で~

チベットの高地に 輝く星は~

兄よ~ お前の倒した~ 撃墜数~

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