第三話 「閉ざされた心」
●桜井美奈子の日記より
みんなと別れた後、私は一人で予備校に向かおうとして、足を止めた。
後ろに未亜がいた。なんだか、とても言いづらそうな顔をしていた。
「どうしたの?」
「ねぇ、美奈子ちゃん、どうして?」
「何が?」
「水瀬君、首に口紅付けてたよ?」
「だから?」
「きっ、気にならないの?」
「別に?」
「うそつかないほうがいいよ。私達、友達でしょ?」
「悪友ってほうが正しい気がするけど」
「……わかった。じゃ、いい」
結局、未亜は何が言いたかったんだろう?
電話をかけたけど、何故か返事がなかった。
明日、聞いてみることにしよう。
もう、今日は早く寝よう。
なんで?
そう思うから早く寝るの!
寝るったら寝る!
寝てやるんだから!!!
●未亜のブログ日記より
美奈子ちゃん、完全に怒っていた。
理由は簡単。
あの30分の間で、美桜さんと水瀬君の間に何があったか、察しちゃったからだ(それが正しいかどうかは別ね?)
美奈子ちゃんは、本当に怒ると、他人どころか自分の言葉にさえ耳を貸さなくなる悪いところがある。
殻に籠もっちゃって、一番大切なモノさえ無視してしまう。
だから、多分、ううん、絶対、今の美奈子ちゃんは、某アイドル並に暴走すべきはずなのに、何も気づいていない。
それで、人との関係を壊しちゃうんだから世話がない。
村上先輩の時だって、このせいで全部壊れたのに。
あれだけ泣くハメになったのに。
美奈子ちゃんは、何一つ学んでいない。
美奈子ちゃんは、何一つ変わっていない。
また、同じことを、同じ失敗を繰り返すつもりかなぁ……。
そう思うと、なんだか腹が立ってくる。
今、何度目かの美奈子ちゃんから電話あったけど、無視。
きっと、水瀬君のことじゃない。
私が何で怒っているかを知りたいだけ。
そんなことに答えるのは、友達じゃないよ。
ここは一つ、親友が肌を脱いであげましょう!!
……あっ、別に本当に脱ぐわけじゃないからね?
例えだよ?た・と・え(^_^)
●瀬戸邸台所
グゥオオオオオオオオォォォォォッッッ―――!!!
由里香は、突然家中を揺るがせた轟音の正体を、とっさには理解できなかった。
特撮映画で怪獣がうめいているような音に家中の家具が悲鳴を上げる。
「?」
夫と見合わせた後、その音の出所が、娘の部屋だとわかった由里香は、ため息まじりに台所から出た。
(どうせ、悠理君が浮気しただのどうのだろう)
由里香にして見ればささいなことだ。
「誰それと仲良くしていた」
娘は、いつもそれだけで暴れまくるから世話がない。
「殺る時は殺れ」と諭してはいるものの、それでも娘の対応は稚拙すぎる。
「殺る」なら「殺る」で、二人きりの時、思う存分「殺れ」ばいいのだ。
なのに……。
あの娘と来た日には―――。
体育館裏で「殺る」程度ならいい。
だが、人前で、他人を巻き込んで「殺る」のはまずい。
「殺る」のは、あくまで刑罰であり、本人の骨の髄、いや、DNA、もっといって原子レベルで浮気するとどうなるかをたたき込むためだ。
周囲への見せしめのためではない。
それがわかっていない。
大体、娘は自分の立場がわかってるのか時々疑わしくなる。
アイドルになると決めた時、絶対迷惑をかけないと泣いて約束してきたのはあの子の方だ。
別にこっちから頼んだわけではない。
それでも誓ったものは護ってもらわねば困る。
にもかかわらず、ここの所の娘の凶状はどうだ?
傷害(未遂含む)、殺人未遂、器物破損、恐喝、買収―――。
もみ消し工作に義理の父(になる予定……というか、なってもらわなければ、娘の嫁のもらい手がなくなる)にどれだけ迷惑をかけているかわかってるんだろうか。
アイドルともなれば、世間体には人一倍、神経を使ってもらわなければならないというのに、娘はそういうことに頓着しない。
事務所から何度も怒られているのに、何も変えようとすらしない。
いかに悠理君しか見えていないとはいえ、娘の今のありようは問題だ。
入れ替わりの早い芸能界。稼げるのはあと数年しかないが、それでも、自分の老後の安泰のためにも、娘にはもう少し考えてもらわねばならない。
ただでさえ、自分は魔力が強いために他の人より寿命が長いのだ。
由里香は、自分の老後のために、娘の部屋の扉を開けた。
●瀬戸邸 綾乃の部屋
「ですから、悠理君が浮気したというのね?」
一体、何度同じ質問をしたのか、由里香は50から先を数えていなかった。
「でなければ、何でキスマークなんてつけるんですか!?」
確かにそうかも知れない。
由里香は思う。
昭博さんがキスマークなんて付けてきた日には、ミンチにする程度ですませはしない。
娘の心境がわからないわけではないが、
「綾乃、もう少し落ち着きなさい。それだけでは浮気の確証とはならないでしょう?」
「じゃあ、お母さんは、お父さんが同じ事したら、どうするの?」
「そりゃ、殺しますけど……」
しまった。と思った時は遅すぎた。
「ほらぁ!」
綾乃は我が意を得たりといわんばかりに詰め寄ってきた。
「お母さんがするなら、私がしても問題は」
「あなたは、もっと自分の立場をわきまえなければいけません」
由里香は語気を強めて娘を諭した。
「あなたは高校生、しかもアイドルですよ?そんな立場にある者が、凶状に及べば、世間様にどれだけのご迷惑をおかけするか」
「だって浮気するんですもの!」
ダメだ。
由里香はメビウスのリングのような、娘との会話のループに、いい加減、うんざりした。
堂々巡りもいいところだ。
「で?その相手の人はどんな人なのです?」
「……それは」
「知らないというのですか?」
「知っている人なら、弱みを握るなりして潰しています!でも、知らない人だからこそ、決定的な手の打ちようがないわけで」
わーんっ。綾乃は泣き崩れた。
「酷すぎます。私、ずっと信じていたのに……浮気するなんて……」
綾乃はテッシュペーパーの箱をバラバラに引き裂きながら言う。
「もう、悠理君を信じられません」
声を詰まらせ、涙を流し続ける娘を前に、この時、初めて由里香は娘の変化に気づいた。
普段なら、暴れるだけ暴れて満足するはずの娘が、妙に弱気になっている。
「でも、その人を見たことがあるんでしょう?」
「とても綺麗な大人の女性でした」
「……悠理君、年上好みだったかしら?」
「相手がショタかもしれないじゃないですか!あのナターシャさんみたいに!」
しばらく、二人は沈黙した。
由里香は、じっと娘の顔を見つめたまま、何も言わない。
「―――つまり、あなた、「負けた」って思ったのね?その女性と自分を比較して」
沈黙を破るように、由里香は開口一番、綾乃に問いかけた。
「……はい」
それは、由里香が聞きたくない答えではあった。
だから、しょぼんとする娘をしばらく見つめた後、由里香は言った。
「だからダメなんです」
「―――え?」
「いいですか?あなたも倉橋直系の血を引く身、そんな弱気では、私の人生設計が―――いえ、倉橋の血が泣きます!」
「お母さん?」
「あなたは内心で、悠理君の浮気を認めているんです」
「べっ、別に認めているわけでは」
「いいえ!確かに、悠理君も異性に関心を持ち始める年頃です。エッチな方にも興味津々のはず。それはしかたありません。ですが、それが他の女に向かうと言うことは、悠理君の心と魂を、あなたが掴んでいないからです!」
恐ろしいことを力説する母の弁に、綾乃は次第に引き込まれていった。
「あなたの学校の先生でいますよね?桜井先生。先生はこの前の父兄会ですばらしいことをおっしゃっておいででした。夫婦の愛情についてです」
普通なら、嫌な予感に駆られるものだが、そこに綾乃はいなかった。
「『海兵隊より早く神はこの世にあった!心はジーザスに捧げてもよい!だが貴様らのケツは海兵隊のものだ!』―――と。たとえ話でしょうが、私は、『信心はともかくも、夫の肉体から生み出す旨味は、すべて妻のモノだ』と解釈しています。それを確かにするためにも、妻は夫をコントロールしなければならないのです!!あなたはまず、それができていません!!」
「お母さん……」
「悠理君が奥手だと、以前、あなたは漏らしていましたけど、それはあなたの甘えでしかありません!
押して押して、押しまくるのです!
それでダメならもっと押しなさい!権謀術数蠢く倉橋家の巫女は、代々、そうして夫を選び、手にしてきたのです。
昭博さんだって、私が小さい頃からあてがわれた数ある候補の中から選び抜き、あの手この手で婚約者の地位を押しつけたのです。
御母様だって、強請、恐喝、暴行、洗脳、呪詛と、およそ考えられるあらゆる手段の末、夫を二人も手に入れたのですよ!?
倉橋の女に退却という言葉は存在しません!その血を引くあなたが、ただ泣いているなんて、許されはしません!」
由里香はどこからか出したお茶を飲み干しながら続けた。
「あなたには立場があります。それでもです」
「それは、そうですけど……」
「夫の浮気は妻の落ち度、悠理君が浮気したというなら、それはあなたの落ち度です!」
「!!」
「妻とは、浮気と死闘することを運命づけられた戦士なのです!その覚悟が、あなたには欠けています!だから、そんな弱気な態度になるのです!」
この時、録音でもしておけば、自分の発言が如何に一般的な母親として常軌を逸しているか、イヤでもわかったろう。
しかし、この時の由里香は、娘以上にタガが外れていた。
「ど、努力はしています。でも、悠理君が浮気性で」
まだ、少なくともこの瞬間までは理性があった綾乃は弱々しく抗議したが、由里香の耳にすら届かなかった。
「由忠さんの悪癖は知ってます。その遺伝でしょう。しかし、遥香さんだって常に全力で戦い抜いています。傷は浅くはないですが、偉大な戦いを繰り広げてきました。それは、同じ女として、妻として、最高の賛辞に値すると信じています。あなたは、いずれ義理の母となる方の、偉大なる栄光に泥を塗るつもりですか!?」
「!!」
「確かに、私から見ても、悠理君は抜けているようで抜け目がありません。間違いなく、あなたに隠れて浮気するなど、朝飯前にやってのけるでしょう」
綾乃の脳裏を浮気現場光景が、G1レース出場馬顔負けのスピードで駆け抜けていった。
「ど、どうしたらいいんでしょうか」
青を通り越して白くなった綾乃は、母にすがりついて訊ねた。
「教えて下さい!」
「言ったでしょう?倉橋の女に退却という言葉は存在しないと。手段は問いません。水瀬君の魂を鷲掴みにし、そして、敵はすべからく殲滅するのです!!」
「は、はい」
母の激励と解釈した綾乃は涙を流して母を見つめ直した。
戦いを繰り広げてきた、頼れる歴戦の戦士にして、偉大な師匠が、そこにいた。
「私の老後のためにも、勇気を出して。あなたは、私の子です」
「はいっ!」
綾乃は言った。
「私、私、絶対、水瀬君を死守して見せます!」
同じ頃、母娘の筒抜けの会話を聞いた昭博が、人生を呪いながら布団をかぶって震えていたことなど、母娘が知ったことではなかった。
そういわれても……。
それが、ルシフェルの偽りのない感想だった。
正直、ルシフェルは困惑していた。
「お願いします!力を貸して下さい!」
「あ、あのね?」
「水瀬君を力づくでねじ伏せるには、どうしても力が必要なんです!」
「……」
目の前で力説しているのは綾乃だ。
問題は、その力説する内容が、あまりに滅茶苦茶すぎることだ。
(浮気者の水瀬君を懲らしめたいから、力を貸してくれ)
というのが、綾乃の申し出だった。
しかし、その疑惑のそもそもの理由を知っているルシフェルとしては、それはとても受け入れられるものではない。
「あ、綾乃ちゃん、あの、少し落ち着いて?ね?」
「私は冷静です!あの浮気者の水瀬君にギャフンといわせるまで、怒りの虫はおさまるはすが」
「それが、もう冷静じゃないっていうの。そうでしょ?」
「そんなことありません!」
で、話が元に戻る。
その度に出てくるため息を隠そうともせず、たまりかねたルシフェルが言った。
「でも、そのなんとかいう女の人と、肉体関係にあるっていう、確固たる証拠もないんでしょう?」
「どこどうすれば、キスマークつけて香水の匂いまでするんですか!?」
「―――まぁ、とにかく、本人に聞いてみるのが一番じゃない?水瀬君、プライベートじゃ、なかなかウソつける人じゃないから」
「そうなんですか?」
「っていうか、そこまで信じていないこと自体が、まず問題だと思うけどね」
じっとルシフェルの顔を見つめた綾乃は、決心したように言った。
「……わかりました」
しかし、綾乃が動くより先に、水瀬はその身柄を拘束されていた。
「というわけで」
教室では、すでに水瀬がロープで椅子にくくりつけられ、その周囲を、異様なオーラを放った男子生徒達が十重二十重に取り囲んでいた。
「なにが、というわけなの?」
「黙れ。これより、水瀬悠理に対する人民裁判を開始する」
男子生徒達の真ん中に立って発言しているのは、品田だった。
「何ソレ」
「被告人に発言権は認められない。当軍事裁判においては――」
「人民裁判じゃなかったの?」
「誰か、被告人に猿ぐつわさせろ―――よし。ええか?水瀬。お前は、綾乃ちゃん、美奈子ちゃん、そして萌子ちゃんをたぶらかし、あまつさえ、美桜さんにまで手を出した!力ずくでや!これは全人類に対する犯罪行為に他ならない!」
品田の発言に、他の男子生徒達が無言で頷く。
「アイドル、委員長、妹、そして年上!お前の幅広いフェチのハイブリットさには感服する。だが、しかし、だからといって、この未曾有の全人類的犯罪を見逃すほど、わしらの法廷は甘くはない!」
そもそもの問題は、明光学園に普通コースや芸能コースで入る男子生徒の目的とは何か?という所まで戻らなければならない。
芸能コースに在籍していたとしても、将来、少なくとも今を芸能人として活躍している女子生徒と違い、ほとんどが大した才能がなく、将来も渇望されていない。
そういう意味で、男子生徒のほとんどは、女にとってカスがほとんどなのだ。
そんな男子生徒達が、それでもこぞって明光学園に入学する理由。
それは、「アイドルと仲良くなりたい」そのもの。
「可愛い彼女が欲しい」ともいう。
しかし、ほぼ99%の男子生徒達はそれをかなえることが出来ない。
当たり前といえば当たり前の話だが、だからこそ、モテまくる他の男子生徒達は、神に逆らう悪魔以上の存在になる。
わかりやすく言えば、「女にモテやがってこの野郎!」となる。
トップアイドル瀬戸綾乃
報道部きっての美少女とされる桜井美奈子
ポスト瀬戸綾乃とされる加納萌子
そして大人の魅力で赤丸急上昇中の須藤美桜
この4人を手玉にとる(彼らの主観による)水瀬の存在は、絶対に許せるものではない。
「さぁ、水瀬!判決は選ばせてやる!私刑と死刑、ついでに極刑、どれがいい!?」
「どこがどう違うのか教えて欲しいんだけど」
「私刑はここでフクロにしたあと、プールに沈める、死刑は焼却炉に放り込む!いわば水葬と火葬や。極刑はそのセットコース。お得やろ!?さぁ、どれがいい!?」
「ろ、老衰がいいな。できれば畳の上で」
「生きたままコンクリ詰めか?いい度胸や!」
誰かコンクリ買ってこい!
ドラム缶探してこい!
畳探せ!なければゴザでもいい!!
にわかに騒がしくなった教室に入ってきたのは、綾乃とルシフェルだった。
その異様な雰囲気に、二人とも驚きを隠せない。
「ど、どうしたというのですか!?」
「綾乃ちゃん」
品田は格好をつけて綾乃の肩に手をやると、まるで諭すように言った。
「水瀬は、遠くに旅立つんや」
「はぁ?」
「遠くに旅立って、生まれ変わるんや。そやな、どっかの宗教家が言っていたな。こういうの、ポアするって。寺育ちのワシからいえば、解脱やな―――そういうことや」
「????」
困惑する綾乃をいたわるように、品田は言った。
「いままでのことは、野良犬にかまれたとでも思って忘れていいんや。この害虫は、ワシ等がきちんと始末するさかい」
「あ、あの……何を言っているんだかさっぱり……」
「辛かったんやな」
「はぁっ!?」
「美桜さんもそうや。きっと力ずくやったんやろう。―――いやいや、言わんでもええ!女として味わわされた綾乃ちゃん達の屈辱は、ワシ等がきっちり晴らしてやるさかい」
「美桜さんも……って」
「美桜さんはな?昨晩、水瀬の慰み者にされた挙げ句、今日は寝込んでいるそうや」
「ど、どういうことです?」
「尚武に泥棒が入ったそうや。ところが、何も盗まれてはおらん。そのかわり、美桜さん、朝から寝込んでいるそうや。つまり!敵の狙いは美桜さんただ一人!しかも!美桜さんをストーカーの如く付け狙っていると噂されていたのが、この下半身無節操男や!」
「……」
ちらと水瀬を見る。
すでにどこからか持ち込まれたドラム缶の中に放り込まれた水瀬は、首がもげるかという勢いで横に振っていた。
猿ぐつわがきいていて、しゃべることさえ出来ないが、必死に否定しているのだけはわかる。
「ちょっと待って」
止めに入ったのはルシフェルだった。
「尚武に泥棒って、本当なの?」
「ああ。ルシフェルさん。泥棒ってなっとるが、こいつが夜ばいにいったに違いないんや!」
「あ、あの……だから、ちょっと待って」
ルシフェルは困惑したように言った。
「あのね?昨日は、夜遅くまで水瀬君、家にいたよ?お父さんの仕事の手伝いで」
「そんな庇わんでもええ!ルシフェルさんにまで手を出していたなんて!」
おおっ!
周囲がざわつき出す。
水瀬を殺せ!
血祭りに上げろ!
挽肉にしてしまえ!
あちこちで物騒な声が上がる。
「みい!みんな怒っとる!正しい、まさに正義の反応や!二人とも、安心していいで!こんな色魔、ワシ等が始末したるけん!」
「始末するのはいいけど、えん罪はちょっと後味悪いし」
「ルシフェルさん、悠理君を庇ってくれているんですか?殺そうとしているんですか?」
「半々ね。で、話戻るけど、尚武に泥棒っていうのは、本当なのね?」
「ああ。倉庫の換気口がこじ開けられていたそうや。だっけど、あんなちっぽな店、襲ったところで」
「それ、違う」
「?」
「あそこは元々、近衛の式典で使う儀礼刀まで作っていた所だから、刀もかなりのものが揃っているんだよ?」
「あんなちっほけな所に?まさか」
「私の刀も修理で出したばかりだけど、その時は確か、国宝級の刀が倉庫にゴロゴロしてたんだもの。私、何振りか試しさせてもらったし」
「ホンマか!?」
「うん。近衛の倉庫に眠っていた刀、今、大量に尚武にあるんだもの。でも、それすら目もくれないなんて」
ルシフェルは、しばらく考え込んだ後、思い出したように言った。
「とりあえず、水瀬君をコンクリートから引き上げて。何か知ってるかもしれないから」
「えーっ!?このまま沈めちまえよ」
「ダメ。美桜さんが悲しむでしょ?」
「あの、悠理君の命の心配は」
「……そうね。香典、もったいないから、でいい?」
「……」
バシャバシャバシャ……ポチャン
南雲と秋篠が中庭にある大きな池の側を通りかかったとき、大きな水音がしていたが、まるで力尽きたように不意に止まった。
池の側には、ルシフェルが立っている。
「ナナリ、何をしている」
「あ、南雲大……じゃない、先生」
横にいた博雅の顔を見て、慌てて手にしたものを後ろに隠すルシフェル。
「どうした?―――ん?ワイヤーか?それ」
「え、ええっと、なんでこんなものが落ちているんだろうと思って」
「バシャバシャやっていたものはなんだろうな。ルシフェル、何か知っているんじゃないか?」
博雅に問われ、慌てて否定するルシフェル。
「し、知らない!別に水瀬君を放り込んだとか、そんなのは……」
「いや、そうらしいな」
南雲の呆れた声に凍り付くルシフェル。
「え?そ、そんなことは―――」
「じゃ、ナナリ、あれはなんだ?」
南雲の指さす先、そこには、ワイヤーで縛り上げられ、池に浮かぶ水瀬の哀れな姿があった。
「あ、あははははははっ!!」
「……」
「……」
二人の冷たい視線を浴び、わらってごまかそうとして大失敗したルシフェルは、小さくうなだれながら言った。
「ごめんなさい」
「生乾きのコンクリートを落とすなら、シャワー室でも使わせればよかったでしょう!?」
「えーんっ!ごめんなさぃぃぃっ!!」
放課後の生活指導室で、救急車で水瀬の搬送に付き添った南雲の代役として、泣きが入るまでルシフェルを延々説教しつづけたのは、博雅だった。
ただし―――。
説教が終わってから出てくるまでにかかった時間が1時間。
その間、説教が終わった二人がナニをしていたのか、それは誰にもわからない。




