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黒葛原深弥美:第五話 理想は誰でも口にできる

 自分は夢の中にいる……そんな感覚が半年に一回はある。

 この前も道端で大金を拾う夢を見た。その時、『うわーさすがに一千万円分の札束が落ちてるわけないわ―』と妙に醒めた気分になり、目が覚めた。

 そして、今回も夢を見ていると自覚できた。

「……夢だよなぁ」

 夜空に星なんてないし、月も出てはいない。

「……暗いけど、こっちは間違いなく道だよなぁ」

 それでも、都合良く道は開けているし、自分がどこに立っているのかすぐにわかる。

 これは学園からの帰り道だ。

 しかも、最近見た事がある……多分、今日の出来事だ。

「此処を曲がると確か…」

 光りなんて存在していなかったはずの場所に、灯りが唐突に灯った。

 お葬式か、お通夜をしている家……希薄な人達が背景として現れた。

「そして、この後は確か……」

 玄関が静かに開いた。いいや、玄関なんて元から存在なんてしてなかった。

 ただの闇だ。闇がこの世界を作っているのだろう。

 黒葛原さんが中から出てきた。

「……」

 闇を濃密にしたような黒衣を着て、手には巨大な鎌をもっていた。

 相手は最初から俺の事を待っていたようで黒衣をはためかせる。それと同時に、いつもは顔を隠している前髪が背面に向かってなびいた。

「黒葛原さん?」

「……」

 まがまがしい感じが……何となくする。それでも、俺の知っている黒葛原さんに変わりはない。何かのコスプレをしているだけかもしれない。

 鎌を握りしめ、寄ってくる黒葛原さん……しっかりと顔を確認出来たところで俺はいつも思っている事を口にする。

「……やっぱり、前が見ないほうが可愛いよ!」

「……そ、そう」

 そういうと、照れたようで前髪だけが顔を隠してしまった。ちっ、惜しい。

 黒衣を着て鎌をもっているその姿はさながら死神に見える。夢の中だから、幻想的で…いつもより可愛さが二割増しだ。

「……」

 向こうから威圧感を出しながら一歩一歩近づいてくる。

「どうせ、夢の中だしな。ぐえっへっへー、黒葛原さーん」

 相手か近づいてくるので、俺も近づいてみた。そうすれば、はやく近づけるからな。

 遠慮なく黒葛原さんに近づこうとすると、相手は驚いたように一歩下がった。

「避けられてるってちょっと、傷つくなぁ」

「……」

「いや、ね、最近迷惑かけてばっかりだけどさ……わざとでやってるわけじゃないから」

 夢の中でどれだけ弁明しても意味がない。それでも、やらないといけない気がした。

「本当だぜ? 何だかそうなるんだよ。俺達さ、噛み合っているようで噛みあってないのかも……って、ちょっと逃げようとしないで! 俺の話を聞いてってば!」

 そういって肩を掴もうとする。しかし、するっと手は抜けて……身体でぶつかってしまう。やっぱり、そのまま押し倒してしまった。

「あいたた……だ、大丈夫?」

「……う、うん」

「そうだ、どうせ夢なんだしこのまま勢いで言っちまうか」

 最近、黒葛原さんの事ばかり考えてしまう。

 きっかけはなんだったか……そんなものは無いのかもしれない。

 いつからだったか、最初からだったのか……黒葛原さんの事が気になって仕方が無いのだ。

「黒葛原さんっ」

 押し倒した状態で肩を軽く掴もうとして、前髪をどける。

 雪のような肌の白さにちょっと驚きながら、しっかりと目を見据える。

「……!」

 黒葛原さんはびっくりしているようだった。近くに落ちている鎌とか、真っ暗な空の下のせいで実感がわかないんだろうなぁ……ま、夢だし。

「俺と、今度の日曜日デートしてくださいっ」

「……う、うん。デートなら……いい、かな」

「っしゃ! やったねー!」

 夢の中とはいえ、クラスメートの女の子を誘えたのだ。

 告白しようと思ったけど、さすがに恥ずかしくて出来なかった。

 倒れていた黒葛原さんを抱き起こす。

「……」

 きゅっと、黒衣を胸の前でしっかりとつかんで直している。

 落ちている鎌も手渡してあげた。

「はい、これ。死神みたいな格好だけど何か刈るの?」

「……刈る、つもりが逆に、狩られた」

 一体何を狩られたのだろう。

「じゃ、俺は行くから」

 こういうときってお約束として……自分の家に戻って布団に入ると起きるんだよなぁ。あれ? それじゃあ俺ってただ約束取り付けただけの道化じゃね?

 夢の中だけで満足して、起きたらがっかりするパターンか……ならば!

「ああ、そうか。今度の日曜日と言わず、これからデートじゃ……駄目かな?」

 俺、天才かもしれないね。

 夢の中だから遠慮もいらない。

「黒葛原さんっ。俺とこれからデートしてくださいっ」

「………!」

「最近、黒葛原さんと一緒に居て楽しかったんだ。だから、俺とデートしてくださいっ」

 思いっきり頭を下げた。ついでに、右手も差し出しておいた。

 待つこと数分、『こいつは駄目だ』と脳内の天使が肩を叩いてきそうになった。

 悪魔なんて俺の大好きなオレンジジュースを用意してくれている……しかも、グラスを三つと、高級お菓子まで準備してくれていた。

 しかし、俺の残念パーティーは開かれる事がなかった。

「……う、うん」

 ぎこちない言葉で俺の手を掴んでくれた黒葛原さん。そんな彼女の態度に、俺は諸手を挙げてくるくると周って見せるのだった。

「じゃ、行こうか」

「……うん」

 それから世界は暗くなくなった。黒葛原さんと手をつないで道を歩いている。

 さぁ、これから水族館に入るぞー…と、意気込んだところで携帯電話のアラームが鳴り始めた。

「……ふぁ」

 布団の上で目を覚ます。

「……あれ? 何だか凄く楽しい夢を見ていた気が…する」

 さっきまで、実際に手を掴んでいたような気がした。にぎにぎと右手を動かしてみると感触が残っている錯覚さえ覚える。

「はぁ……やれやれ」

 女の子の手を掴んでこれまでドキドキするなんてなかったかもしれないな。

 おそらく、俺は夢の中で黒葛原さんと仲良くしていたのだろう。

 もっと黒葛原さんの事を知りたくなってしまった。

 それならやっぱり、俺の方から行動しないと駄目だ。

 夢は見るもんだ。そして、現実で叶えればいい。


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