黒葛原深弥美:第三話 HはハイパーのH
運動会に向けて、二人三脚の練習……相手はもちろん、黒葛原さんだ。
「っしゃー! 頑張るぞー」
「……」
足をしっかりと結ぶ。取れないように、相手が苦しくないように紳士的にやったつもりだ。まぁ、本場の紳士は二人三脚なんてしないだろうがな。
「ジェントルメンが二人三脚するって思う?」
俺の問いに黒葛原さんは少し考える様子を見せた。
「……すると思う」
「お、マジで?」
黒葛原さんの脳内にはハットを被り、ステッキを所持するあしながオジサン的な何かが映っているのだろうか。
しかし、彼女は俺を指差して言うのだった。
「……紳士」
「え、俺が?」
「……うん」
「黒葛原さんから言われるなんて嬉しいなぁ!」
「……変態紳士」
「え? 何か言った?」
「……空耳」
「そっか」
他の生徒達も練習を始めたので、俺達も練習を開始することにした。
「外から出す?」
「……どっちでも、いい」
「そう。じゃあ外側から出そうか」
一歩をゆっくりと踏み出す。歩幅の調整だって怠らないぜ? だてに黒葛原さんから紳士と呼ばれてないんだぜ?
「……」
「……」
開始数分、それまで喋っていた俺たちは真剣そのものになっていた。
「おーい、冬治」
「集中しているから話しかけないでくれ。こっちは忙しいんだ!」
何せ、初めての二人三脚…女の子とな。粗相があってはいけまい、こけやすいし、情けないところは見せたくない。
それに、お約束としては俺が転倒し、まちがって黒葛原さんの胸を揉む……それからは変に意識してしまい(俺だけが)再び転倒すると言う悪循環に陥ってしまう。
「冬治ってば!」
「だから、集中してるんだってばよっ」
「胸を揉むのにそんなに集中してるのか?」
「は?」
「……」
気付いた。俺の腕のほうが長くて、脇の下からしっかり、胸を掴んでいた。肩を掴んでいるとスピードを出した時にすっぽ抜けて転倒した事があるから対策を立てたつもりだったのだ。
どんだけ、胸が好きなんだ、俺。どっちかと言うと、やっぱり巨乳のほうが好きです。
「あ、こ、これはちが……あっ」
「……!」
歩いている最中に慌てたのがまずかった。
二人で思い切りこけてしまったのだ……いつものように押し倒すかに見えたが、いい加減慣れてきたりする。
俺の上に黒葛原さんを乗せるような感じで何とか無事に(?)倒れる事が出来たのだ。
これも二日に一度は曲がり角で黒葛原さんを押し倒している賜物である。
「押し倒して胸揉まなくてよかったぁ……じゃない、ごめん、またやっちまった!」
「……」
俺の顔を覆うように髪が降りかかる。首を振って邪魔な髪をどかすと初めて黒葛原さんの顔を至近距離でみる事が出来た。
「……」
「えっと……黒葛原さん?」
じっと、俺の目を見据えていた。
深く、どこまでも黒い瞳。
烏、影、闇、そして死……そんなものを感じた。気のせいなんかじゃないだろう。
それでも、黒葛原さんは黒葛原さんだ。
「えへっ」
何だか、怖い雰囲気だったので(そりゃそうだろう、しょっちゅう押し倒して胸揉まれてれば誰だってそうなる)笑っておいた。
「……」
「そんなにじっと見られちゃうと、照れちゃうぜ」
それでも、黒葛原さんは俺から視線を逸らそうとしない。
「……あまり、仲良くしないで」
「え? 今なんて言ったんだ?」
シリアスいっぱいの表情で何かを言った。しかし、俺は彼女の顔に見惚れていたので、それどころではなかったのだ。
「……もう、いい」
どうやら呆れられたようで、黒葛原さんは俺から顔を離してしまう。
「あ、そんないきなり立ちあがったら危ないって!」
ただ、足を結んでいたのを忘れていたようだ。彼女はよろけて俺の腹にお尻を乗っけてきた。
「ぐへっ!」
思ったより想い衝撃(いや、軽いんだよ? でもさ、がけっぷちで子どもに抜き打ちタックルされてみたらわかるよ)に苦しみながら息を吐く。
「……あ、ご……」
「い、いいんだ……最近黒葛原さんに迷惑かけてばっかりだからな。たまには痛い目を見ないと……つり合いが取れないだろ」
パンチラ見たり、押し倒して胸揉んだり、勝手に鞄の中身を見てしまったり……と、結構やってきたよ。
「……」
それ以上、何を言うでもなく黒葛原さんは立ち上がった。ちょっとだけ、御免と言ってくれるのを期待していただけにショックだった。
うん、いいんだけどね。事故とは言え、胸揉んだりしてるんだし、本来なら絶好もんだよ。
「……大丈夫?」
でも、黒葛原さんは俺に手を差し出してくれたのである。
「ありがとう」
黒葛原さんは優しい子だった。
そして、俺はアホだった。
差し出された手を思い切りつかんだのである。
想像するに難くないと思うが……対して運動もしていない女の子が男子生徒一人を引っ張るなんて無理だろう。
黒葛原さんも当然、無理だった。
「ぁぅっ」
「いたた……」
結局、二人でまた転んでしまった。
ま、倒れるのも手慣れたものさ。俺の上には黒葛原さんが乗っている。
周りから何やってんだと言う言葉も容赦なく飛んできた。
「闇魔女とあそこまで仲良くできるのはあいつぐらいだな」
「彼氏筆頭かぁ?」
周りがからかっていたからなのか、黒葛原さんは縛っていた紐をとると俺に渡す。
「……今日は、帰る」
「あ、……うん」
怒ってるのだろうな。今日はこれ以上黒葛原さんと練習をしていても成果で出ないっぽいな。
今の俺が出来ることは一つだけ。
「おい、お前らにいっとくぞ」
「何だよ」
「闇魔女とか言ってんじゃねぇよ。そういうのは中学生で卒業だろうが!」
一緒に練習はできなくても、一緒に帰ることはできるはずだ。
すぐさま黒葛原さんを追いかけて、その隣に並ぶのだった。
「……ついてきたの?」
「ああ、二人三脚は二人じゃなきゃ、出来ないからな。闇魔女なんて変な事を言った奴には言い返してやったから」
「……そう」
やはり、黒葛原さんはクールじゃないといけないな。
「黒葛原さんってクールだよなぁ」
「……そう思わない」
「へぇ、じゃあどう思ってるの?」
「熱血」
俺の言葉に黒葛原さんは即答するのだった。




