黄金鈴:第三話 不可思議ガール
落ちつける和室となってしまった部室を改めて見渡す。一体、誰がこんな風にリフォームしたのだろう。
「で、一体どういう事なのか……説明してもらおうか」
「は、はい」
ハンカチで拭いたと言えど、涙の後は残っているし、目は少し赤くなっている。何だか俺が泣かしたみたいで罪悪感が襲ってきた。まぁ、事実、そうなんだろうけどさ。
「ハンカチ、返さなくてもいいんですか?」
「いいよ、気にすんな。要らないんなら捨ててくれ」
「た、大切にしますね」
「……好きにしてくれよ。それで、なんであんな事が起きたんだ?」
「あの、みてもらった方が理解してもらえると思うんです」
恥ずかしそうにそう言った鈴に俺は自分のテンションを上げるため、ボケてみた。
「え? 生で見せてくれるの?」
「生? 確かにそうかもしれません」
「ああ、駄目だ、駄目だっ。そっちの方向を無理に想像してもこの展開は必ずスプラッタ系に繋がる予感がする」
生かぁ……野球部部室、女子マネージャーと二人きり……そして、生で見せてくれるときた。会ったばかりの男女の初めてが部室とかなかなかいいんじゃないだろうか。
こんなにピンク方面に話を持っていこうとしても、非現実的な現実は待っちゃくれない。そもそも、ホラーにピンク要素ってよくあるけれど基本的に死亡フラグじゃないか!
襲われて一番対処できないと切って寝てるときじゃなくてやってる最中だよっ……何をやっているときかは言わないけどさ!
「えっと、白取先輩は人体のどの部分が好きですか」
来たよ……人体のどの部位とかもう、ね。でも、一応気付かないふりをしておこう。
「どの部位? どういう事だ」
「やっぱり、だ、男性ですから……お、おっぱ……胸が好きですか?」
顔を真っ赤にして覆っている。可愛いなぁ……言いなおすところがまたいいね。鈴だけみると可愛いのに、俺の勘は真反対の方へ行くと告げている。
そう言われたからには仕方がない、相手から許可も下りた事だろう。存分に胸を見させてもらおう。
「……」
ちょっと恥ずかしそうに鈴は胸を隠そうとして、やめる、という動作を繰り返していた。
それを見てわびしさだけが俺の胸に残る。
「……あ、そのー、俺は胸とか好きなわけじゃないから。適当でいいよ、うん」
気にする必要はないよ、その言葉はかろうじて飲みこんだ。
お嬢様っぽいからいいもん食って発育も凄いんだろうなぁと思ってたよ。
人差し指を天に向けてそのまま下ろしてほしい……それが、実にうまく伝わる方法だと思う。
まぁ、これはこれで、需要あるんだよーと友人の七色が言ってたっけ。
「し、白取先輩は……紳士なんですね。素敵です。お母様が仲の良い男子生徒と二人きりになり、女性の方から誘うと襲われると言っていましたが……白取先輩はそんな事ありません。素晴らしい人です。でも、やはり部位を決めてもらわないと……」
「それなら腕でいいよ」
羨望の眼差しでみられているけど、色々と事情があるんだよ。
鈴のおかげで場が和んだので少しほっとした。
「良く見ててくださいね」
「……ああ」
そういって鈴は自分の腕を引きちぎった。
もう一度言っておこうか。
鈴は自分の腕を引きちぎったのだ。
あんな非力そうな少女が、自分の腕を引きちぎるなんて出来るわけがない。たとえ、非力そうな腕を引きちぎるにしても結構な力が無ければ不可能だ。
「ロケットパンチか」
「ロケット……パンチ?」
どうやら俺が突っ込みに回らないとボケっぱなしになるようだ。
「とりあえず元の位置に戻してくれ。話はそれからだ」
「はい」
ここで『じゃあバーニアあるか確認してみます?』と言って断面を見せられても敵わないからな。あまつさえ、『ロケット頭突きも出来ますよ!』と来られたら俺が窓からロケットのように飛び出す事請け合いだ。
「で、こりゃ一体……どういう事だ?」
あっさりくっついた腕に首をかしげるしかなかった。
触らせてもらってもただ、柔らかいだけだ。継ぎ目なんて存在しなかった。
「……」
ついでに、胸の方も改めて盗み見た。うん、大人しい性格だからそっちも大人しいんですね。中々悪くないですよ。
「私、多分……改造人間なんだと思うんです。生まれたときからそうだったんです」
『イー』と言いながら襲いかかってくる全身タイツをバッタが蹴っ飛ばした映像が頭の中で放映される。そもそも、生まれたときからってそれは改造人間じゃないと思う。
「さすがの改造人間でも首が取れたら死ぬだろう? つーか、取れただろ?」
「……じゃ、じゃあゾンビですかね」
最近のゾンビって感染タイプばっかりだよなぁ…。死肉をあさるモンスターっていったら俺はグール派だけどさ。
「ほら、見ての通り首が取れても大丈夫なんですよ?」
「おっと……」
おい、ちょっと照れながら首を外して俺に渡してくるな。にこっと笑うな。危うく、落としそうになったぞ。
あと、抱きとめたときに表情をいきなり変えるんじゃない。心臓が止まるかと思ったわい。
「そうやって他人に首を投げるのは辞めるんだ」
「は、はいっ。今後は気を付けます」
首を戻してため息をつく。どういう構造なのか、首は離れても……喋る事が出来るみたいだ。
「うーん……やっぱり継ぎ目とか、無いよなぁ」
改造人間ならそう言ったものがありそうだ。でも、鈴の周りをぐるっと周ってみても見受けられない。
「……」
あ、でも横から見たら胸がちゃんと自己主張してるな。
「また身体を触っていいか?」
「ら、乱暴に扱うと……その、すぐにバラバラになってしまうので……優しく、してください」
これが小煩そうなツーテールとかだったら突っ込み入れてバラバラにしやるところだった。
「ああ、気をつけるよ。ところで、この事を知っているのは学園でどのくらいいるんだ?」
身体に触らせてもらう。
ふむ、やっぱり柔らかいな……時折、悩ましげな声が聞こえてくる気もするが……別に変なところは触ったりしていない。
「知っているのは白取先輩と、野球部の面々だと思います」
メンタル面が弱い事で定評のある野球部だ。しかも、何か記憶が改ざんされていたりするしそっちは大丈夫だろう。
ゾンビの線もなさそうなんだよなぁ……肌も白くて綺麗だし、鼻を近づけても変なにおいはしない。
ただ、色々試すと鈴の顔が真っ赤になるだけだ。
「心臓はどうだろ」
その胸に耳を当てる。
「し、白取先輩?」
「うん、ちゃんと動いてるな」
しかも、かなり活発に動いているようだ。
鈴から離れ、俺は一体鈴が何者なのか……ゾンビなら、どういった存在なのか考えてみることにした。
「……最近よくある噛んだら感染するタイプか? 鈴、ちょっと噛んでみてくれ」
「いいんですか?」
顔をまだ真っ赤にした鈴が俺に近づいてくる。
「ああ」
こんな可愛い子に噛まれてゾンビになるのならそれはそれで良い終わり方かもしれないな。
「どこを噛めばいいんでしょう」
「首……は、ゾンビじゃなくて吸血鬼ポジションだしな」
ここで股間と言えたらどれだけいいだろうか。
無論、相手が大人しい子なら当然そんな事を言えるわけもない。
「無難に腕で」
「じゃあちょっと失礼しますね」
跪いて、俺の手をあまがみしてくる。上目遣いが噛まれていると言うのに何だか変な事をさせているようだった。
「ひょーへすか?」
俺の腕を噛んだままの状態で聞いてくる。
「なんともないから大丈夫だろ。それで、どの程度の力で取れてしまうんだ?」
最初から取れるとわかっているのならもう一度触って確かめたほうがいいだろう。
「や、優しくしてくれるのなら……試してみてもいいですよ」
「ああ、そのつもりだ」
そういうわけで改めて触らせてもらった。女の子ってこんなに華奢で柔らかいのか……と、思いつつ腕にちょっと力を入れてみる。
「ぁふ……」
あっさり、取れた。ドアノブを回すぐらいの力で取れてしまった。
「悪い、痛かったか?」
「い、いいえ……ちょっと驚いてしまっただけです」
腕をくっつけ、そろそろやることも無くなった気もする。
「そういえば……」
「何か他にも試す事が?」
その目は何かを期待しているようだった。しかし、これは私事である。
「宿題の提出日が明日だ。今日まとめてやろうと思ってたんだわ……そろそろ帰らないとまずいかもしれん」
明日やればいいと先延ばしにしてきたからな。そのつけがあったのだ。
「というわけで、今日は帰るよ。またな、鈴」
怯える必要もない後輩の前を通り、俺は入口へと歩いた。
鍵を開けて、夕焼けに目を細める。
「あ、あのぅ……ありがとうございます」
「え?何が?」
後ろを向くと先ほどみたいに俺にかなり近づいていた。
現金なもので、さっきと事情が違うだけで……彼女のそんな態度にどきっとしてしまう。
「普通だったら、逃げると思うんですよ」
ちょっと暗い感じの笑みを浮かべ、鈴は言った。
軽く力を込めた右手は彼女の(小さな)胸の前で握りしめられている。
「実は私……学園に入学するため、こちらのほうに引っ越ししてきたんです。ううん、本当はこんな体質がばれてしまって、向こうで仲の良い友達から……化け物だって言われたりしたんです。だから、さっきも先輩が慌てて外に出た時、ああ、この人も……」
「その通りだよ」
鈴の頭をとって言ってやった。
「お前の事が恐くて仕方がなかったよ。ま、話を聞いたらそうでもなかった。お前は単なる女の子だ……ほら、こんな感じで抱きしめると凄く、柔らかい」
この前会ったばかりの少女を抱きしめるのにはかなりの抵抗があった。
「し、白取先輩?」
友達だって、ハグぐらいするさ。
「鈴の友達になりたいんだ。一度、お前の事を恐いと感じた俺が言うのは駄目かもしれないけどさ」
「あ、あのっ。こ、こちらからお願いしたいです。わ、わたしとお友達に……」
俺に抱きしめられた鈴の体はそれまで強張っていた。
しかし、少しまごつきながらも俺の背中に腕を回そうとしてくれていた。
それを待っている必要もないので、俺はすぐに離れて、彼女の頭を定位置へと戻す。
「そうか、それじゃ、これからよろしくな」
「え? あ、は、はいっ」
「それじゃあな」
「さ、さよなら……です」
振り返る必要もないだろう。
野球部の部室前には顔を真っ赤にした鈴がいるだけだ。
何より、こっちの顔が真っ赤なので振り向きたくない。
「夕焼けの所為にしとくか」
とりあえず、家に帰って宿題をしようと思う。




