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赤井陽:第十話 負傷した冬治

 夏休みに出された宿題はさっさとケリをつけねばならない……それを教えてくれた友人は五年ぐらい前に転校していった。今では不良街道まっしぐらである。

 そして、その友達は警察にお世話になった。連れて行かれる時のセリフが『あの時夏休みの友をちゃんとやっていればよかった』というのは俺の知り合いの中で結構有名である。

「と、とーじくーん……」

「何だ」

 隣のゾンビは夏休みの友がいかに大切か教えてくれる人が居なかったようで苦しんでいる。

「助けて、助けてよぉ……あたし、今日までに宿題終わらせないと……四季先生とずっと合宿だよぉ」

 夏休みの友でマジ泣き出来る奴は中々いないぜ。

「あのなぁ、お前が勉強をしてないのが悪いだろ。このクラスでやってないの赤井だけだぞ」

 どうした、学年二位……その程度の力しかないのか? と、行ってみたい気持ちもやまやまだけれど、この子はプライドを軽く捨てるからな。無意味だ。

「うう、あたしが悪いのは事実だけどさ……」

 夏休み前に『夏休みの宿題を終わらせられなかったら合宿です!』と四季先生に言われている。結構これがハードらしくて、去年経験した奴らは全員やってきたそうだ。

「学年二位だから免除とかないかなぁ」

「それは無いだろ。逆に出来ていなかったら学年二位専用罰が下されそうだな」

「うう……」

 机に突っ伏し、泣きに入る赤井……自業自得とはいえ、少しだけ可哀想だ。

「……あのさ、宿題見せてくれたら……あたしとデートを……」

「いや、遠慮しておく」

「……酷い」

「酷くない。ほら、さっさと冗談言っている暇があるなら終わらせた方がいいぞ」

 ぺしぺし頭を叩くとようやく上半身を起こした。

「じゃ、じゃあ…さ、尻尾を触らせてあげるよ。好きなだけ……これでどうかな? やっぱり、駄目?」

「何ぼさっとしてるんだっ。ほら、早く先生が来る前に写すんだ!」

 こうやって宿題を見せるのは重罪だ。ばれれば、反省部屋で課題が出される。

 宿題に関してうるさいこの学園では告げ口も推奨されているので周りのクラスメートたちにも気を使わねばならない。

 不良がガリ勉クンに勉強を見せた場合はもう、酷いのだ。

「義務教育じゃないんだ、勉強する意思がねぇんならやめちまえ」

 そう言われて退学を喰らうそうだ……もちろん、不良だけではなく度重なる違反行為をすれば成績優秀者とてほっぽり出される。つまるところ不正が大嫌いらしい。

 何とか宿題を終わらせた赤井にため息をつく。

「本当、綱渡り好きだな」

「綱渡り? 別に好きじゃないよ? 落ちたら危ないって……それより、何でいきなりそんな話をしだしたの?」

 こんな奴が学年二位なんて神様はいじわるが好きらしい。

「約束は守ってくれるんだろうなぁ?」

「う、うん。勿論だよ」

 俺はどこで触らせてもらおうか考える。

「今日は午後から休みだし、教室だと危ないよなぁ。それなら屋上か? 屋上も人が気そうでちょっと怖いな」

「そ、それならさぁ……あたしの部屋に来ない?」

「おう、そりゃいいな」

 そこでなら邪魔が入らないだろう。学園で隠れて、もふっていると危なそうだし。

「最近仲がいいね」

 脈絡もなく七色がよってきた。

「んー、そうか? 元からこんな感じだろ?」

「そうだったっけ? 赤井さんが結構積極的になった気がするよ。特に、白鳥君に関係するとね」

「あ、えっと……」

 七色の言葉は曖昧だった。赤井は顔を真っ赤にしている。

「べ、別に仲良くないから! ね?」

「いや、そこまで否定されるとちょっと悲しいぜ」

「ふーん?」

「こ、今度は何?」

 赤井の顔を見つめて七色が一つ頷いた。

「うん、ま、頑張って」

「頑張るって……何を?」

「赤井さんがわかっていればいい事だから。白取君は知らなくてもいい事だよ。あーあ、どこかにいい男は転がって無いかな―」

 そういって七色は去って行った。

「何のためにあいつは来たんだ? それと、さっきのはどういう意味だ?」

「さぁ? あ、あたしはわかんない。ほら、行こうよ」

 手を引っ張られ、一緒に歩き出す。

 見慣れた赤井家につくまで赤井は何かを言おうとしていた……が、結局言う気はなくなったらしい。

 途中から変な空気も消えて笑っているだけだ。

「じゃ、あがって」

「おう」

 部屋にあげてもらって、見渡す。

「ちょ、ちょっとっ、そうやってきょろきょろするのは禁止だから」

「悪かった」

「次したら罰金だからね?」

「気をつけるよ」

 部屋内は比較的整頓されていた。

 枕の隣に古ぼけたぬいぐるみが置いてあった。

「狼のぬいぐるみかぁ」

「うん、これお気に入りなんだ。お母さんが作ってくれたの」

 子供が掴んだらきっと抱きしめられる比較的大きめのサイズだ。

「狼になった後のあたしを参考にしたんだって」

「……小さい頃の赤井か」

 それはさぞかし、変身したら可愛かったんだろうなぁ。

「タイムマシンがあったら、間違いなくそのころに行って赤井を抱きしめていただろうな」

「……変態。警察呼ぶよ?」

「おい、勘違いするな。俺は顔を埋めたいだけだ」

「あ、すみません警察ですか?」

「ちげーよっ。もふもふしたいだけだよっ」

 これ以上話して居たらどんどん深みに入っていきそうだ。

 俺は本題へ入ることにした。

「約束は守ってくれるんだよな?」

「え? あ、あー……そうだったね。でも、狼にならなくちゃ駄目でしょ? 満月は出てないし、早々興奮する事も特にあるわけじゃ……」

 あっという間にもふもふになった狼を見てため息をつく。

「相変わらずいい体躯してるよなぁ……腕枕してもらったら悪夢を見そうな筋肉だ」

 抱かれたい腕、ナンバーワンだろうよ。

「どのくらい力の差があるのかやってみたいな」

「腕相撲でもやってみる?」

「お、それいいな」

 尻尾をいじるのはその後にしよう…。

「一応、手加減してあげるから」

「本気出してくれよ」

「え?いいの?」

「おう」

 狼人間の本気ってどれだけだろうか。

 この時の俺はアホだったんだろう。

「えいっ」

「グワッジ」

 その後、俺は病院へ連れて行かれる羽目になった……狼人間との力の差を見せつけられた右手は見事なギブス腕に変身したのであった。


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