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赤井陽:第三話 密室の二人

 転校してきて初めての学園行事が大掃除とはどういう事だろうか。

 体操服に着替えて俺らは体育館の掃除を頼まれている。

「じゃあ、赤井さんと白取君は旧体育館倉庫から古いボールを籠に入れて持ってきてくださいね」

「はーい」

「はい」

 先生の言葉に俺たちは仲良く返事をする。

 セット販売みたいな感じで最近は落ちつき、俺も転校生として扱われる事もあまりなくなってしまった。

「さ、行こうか」

「そうだな。ちゃちゃっと終わらせるか」

「うん」

 二人で向かおうとするとクラスメートがはやし立ててくる。

「おいおい、そう言う事はちゃちゃっとやるんじゃなくてだな……早すぎる男は嫌われるんだぞ」

「うっせー黙ってろ」

「え? 何が早すぎる男は嫌われるの?」

 食いついてきた赤井さんに男子生徒達はにやにやしながら俺を見た。

「イイコトだろ」

「イイコト?」

「ばーか、するわけないだろ」

「イイコトって何? 教えてよ」

「さて、急がないとなー」

 訊ねてくる赤井さんを無視して、目的の場所へと向かう。

 目的地である旧体育館倉庫は旧体育館の奥にあった。体育館から離れているし、ここは取り壊される予定なので掃除をする事もないそうだ。そのせいで、人っ子ひとりいなかった。

「ここか」

「通称、あいのす」

「嘘だろ……」

 本当にここでいちゃいちゃしてるのかよ。

 そう思うと転がされているマットを踏みたくなくなったぜ。

「何だか染みが出来てるな……」

「告白されて男子が一人で泣きくれるから、哀しみの哀だね」

「そっちの哀か。そして、そいつらの涙の痕か……もしくは怨念か」

「うん、それでね……」

「ストップ。話は終わらせてからにしようぜ」

「それもそうだね」

 くだらない話をして遅くなり、また何か言われるのも癪だ。

 二人で入り、一番奥のボール入れを取り出そうとする。

「うーん、重いね」

「……」

 うんともすんとも言わない。しかし、今の俺にはこんなもの片手で大丈夫という奴がいる事を忘れていた。

 考え込んでいる俺を見て、赤井さんはにやけていた。

「ブルマ姿だからってエッチな事考えてた? やらしー」

 勿論、こんな相棒に付きあって居られるほど俺はノリが良いわけじゃない。

「変身してまずはここらを片づければいいんじゃないのか?」

 狼人間ならこんなの楽勝だろう。彼女の疲れないだろうし、俺も疲れない。そして時間も短縮できるはずだ。

 俺の提案を聞いた赤井さんは眉根を寄せた。

「あのねー、そう簡単に変身できないって。満月なんて出てないし」

「でも、興奮すればいいんだろう?」

「そうだけどさ」

 興奮させるにはどうすればいいんだろう。うーむ……。

 考えたってわからない。こういうときは本人に聞くに限る。

「どういう時に興奮する?」

「いきなりそんな事を言われても困るよっ。ただでさえ男子と一緒に……た、体育館倉庫に居るのに……そもそも、興奮する前に、緊張しちゃうよっ」

 そう言った赤井さんの姿はしっかり狼人間になっていた。相変わらず視線だけで人を恐怖に陥れそうな眼をしている。

 きっと子どもが見たらトラウマになるぜ。

「よし、変身完了だな。誰か来たら困るし、扉は閉めておくぜ」

 扉を閉めると俺の目の前にもじもじしている狼人間がまだいた。

「早く」

「は、早くって……扉を閉めて何をしようっていうの? ほ、本当にブルマ姿に興奮しちゃったの?」

「さ、はやくここを片づけてくれたまえ」

「うー、何か言ってくれてもいいんじゃないの?」

 洒落にならない冗談には付き合わないようにしているんだ。

「ほら、早く」

「……仕方ないなぁ、今度何かおごってよ」

「はいはい」

 乱暴に積み重なっている荷物を放り投げていき、あっさりと目的の品物を引っ張りだす。うん、こりゃあ、凄いね。

「よし、外に出すかーって、あれ?」

 赤井さんが乱暴に荷物を放り投げていたせいで、扉の前にバリケードが出来ていた。しょうがないのでそれを退かし、扉に手をかける。

「……ん? あれ? びくともしねぇな、おい」

 どんなに力を入れても開かなかった。押してダメなら引いてみろ理論も通用しない。

「赤井さん、開けて……って、戻ってるし」

「ふぅ……どうしたの?」

 俺は首をかしげる人間の赤井さんに扉が閉まった事を告げるのであった。

「扉があかないんだ」

「えっと、閉じ込められたって事?」

「うん」

「もうっ! どーしてくれんのよーっ」

 ぽかぽか殴られる。これが狼人間状態だったら今頃ミンチの出来上がりだぜ。

「おちつ……いや、このまま興奮させれば変身するかも」

 ちょっと卑怯だけど抱き寄せたら顔が真っ赤になった。

「え、ど、どうしたのいきなり……」

 そして、そのまま眼が金色に変わり、耳と尻尾が生えてくる。

「よし、もうちょい」

「はっ! そうだった。またいいように使われないように……落ちつけ、落ちつけあたし……ふぅ、落ちついた」

 熱しやすく冷めやすいのか、落ちつくのもかなり早い赤井さん。もうちょっとで変身完了だったのにな。

 顔を触って毛が生えていない事を確認した赤井さんは満足したようだ。

「どう? 戻ったでしょ」

「中途半端に耳としっぽだけ残ってるぜ」

 犬耳にもふりたい尻尾がブルマから出ていた。

「え、嘘……」

 頭とお尻に手を持って行き、今度は青くなった。

 そんな赤井さんを見て俺は一歩近寄る。

「……赤井さん、ちょっとだけ触らせてくれない?」

「だ、駄目っ。駄目だよっ。何だかマニアックだもん。白取君のエッチ!」

 胸を隠すような赤井さんへ俺は憮然とした表情を見せる。

「何か勘違いしてないか?」

「え?」

「胸を触らせてくれなんざ、これっぽっちも思っちゃいない。尻尾を触らせてほしいんだ。別にいいでしょ? 前も触ったんだし」

「う、ショック……」

「で、どうなの? どの道引っこまないと出れないんだし……ほら、櫛も持ってきてるからブラッシングするよ」

「……う、うーん」

 もうひと押しかな。

「犬の尻尾を触っても変態! とか言われないでしょ?」

「うーん……そうかも。わかった、いいよ」

 そう言って尻尾を俺に触らせてくれる。ポケットから櫛を取り出し、といてみた。

「……ちょっと、気持ちいいかも」

「そう?」

 マットの上に寝そべり始めた赤井さんは結構気が緩んだ姿をしていた事だろう。

 健全な男子としては、そっちの赤井さんに注意をもっていくべきだったかもしれない…だが、この時の俺は本体そっちのけで、尻尾に櫛を入れていたのだ。

「この地道な努力が後に思う存分尻尾をもふることが出来るわけだ」

「……ぐぅ」

 完全に寝入ってしまったところで扉が叩かれる。

「おーい、いるかーっ。お前らマジで何かしてるんじゃないだろうな?」

「何もしてねぇよー」

「………ぐぅ」

 寝てしまった赤井さんの尻尾と耳が引っ込んだ。ちょうどいいタイミングだろう。

「早く出てこいよー」

 声をかけてくるクラスメートに今の状況を端的に説明する。

「いや、無理だわ。閉じ込められちまった」

「え? マジか」

「マジだ。助けてくれ。こっちからじゃ扉が全く開かないんだよ」

「待ってろ、今力自慢のクラスメートを集めてくる」

 助けられたのは数分後、怪我をしていないかと心配してくれたのは嬉しいのだが……。

「すー……」

「勘違いされないように先に言っておくが、赤井さんは扉を開けようと全力を使って寝ているだけだ」

 ろくでもない噂が流れたのは想像に難くない。

 俺も気にしていないが、本人も特に変に騒ぎ立てる事もなかったのですぐさま噂が消えたのは良かったと思う。


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