地藤鈴蘭編:最終話 結果は過程、過程はまた別の結果として
俺たちの始まりは肝を物故抜かれるような感じだったわけだが、その再現なんてしても刺激は少なめになる。
鈴蘭が圧倒的な存在感を見せつけ、クラス内でも独特の立ち位置を作り上げたのは本当に偶然だったんだろう。また俺が同じことをしたところでそういった立場になることはできない。
「あー、夢川冬治は夫として、妻である地藤鈴蘭を支えますか?」
「支えます」
「では、妻となる地藤鈴蘭ちゃん……」
「愛してます!」
「よろしい、ならば子供を授けましょう」
「ばぶー」
「わたし、おおきくなったらパパと結婚するね」
そして押し付けられるヤンキーの赤子と元アイドル。昼休みに始まった茶番はクラス全員に受け入れられ、厳かな雰囲気の中、やっつけ気味の神父として友人が起用された。友人代表としてのスピーチは他の人がやってくれたわけで、担任教師からの一言もきちんと用意されていた。
「それではお父さんたちからの一言です」
「お邪魔するよ」
「隼太さん……」
ここで出てくるとは思いもしなかった相手が涙を流しながら登場した。まるで本番みたいだという誰かの一言に、今日が本番なんだという返しを隼太さんが見せた。
「娘は小さいころから……」
隼太さんのスピーチは非常に長く、それだけでかなりの時間を要した。もう、お昼休みが終わりそうだ。
熱い思いを語ってくれていることにクラスの半分はそろそろ疲れてきたようで、先生が手をたたいて遮り、隼太さんは退場していった。
「冬治君」
「は、はい」
「娘を、頼んだぞ」
「はいっ」
そういって屈強なクラスメートたちに両脇を抱えられて退場していった。在りし日の宇宙人が連れていかれる場面を思い出した。
本番というわけではない結婚式のリハーサルのリハーサル、すでにリハーサルは終わっているんだから何なんだろうと思って鈴蘭に聞いたところで意味をなさい。
「楽しいから冬治君との結婚式、たくさんしようね」
それはする方も、呼ばれる方も将来すごいしんどいことになるだろう。
「はい、じゃあ、二人目は私ね。二回目の結婚式、冬治の相手する」
赤ちゃん役をしていた空が立候補してきた。右手の伸びは素晴らしく、指先から宇宙のような広がりを感じ、収束しうる。
「はいはいはーい、じゃあ、こっちは三回目な。四回目も予約しとく」
さらに千鶴が右手と左手を上げて主張していた。さらにその先まで想定している先見の良さを見せるものの、費用などについてはおそらく考えていなさそう。
「うん、いいよ」
そしてまさかの本妻である鈴蘭がオッケーを出した。
「え、本当にいいの?」
「結婚式だぜ?」
考え直した方がいいんじゃないのかという空気の中、鈴蘭は満面の笑みを見せてくれた。
「いいよ。けど、一番冬治君が好きなのは私だから。ね、冬治君?」
最後に一発花を持たせてくれたわけだが、視線の矛先たる俺は、みんなからの視線をそらして天井あたりに口笛を吹いて助けを乞うてみた。
その後、クラスからは逃げられず、純情なんだよ、わかってくれよという情けない言葉で締めくくらせてもらったわけだ。
いつもとちょっと違うが日々の一つが終わり、二人で帰る。
「俺に最後、丸投げしたのはダメだろ」
「冬治君ならうまくまとめてくれると思ったから」
「信じられんね。二本指、鼻に突っ込んでやってみたらどこまで耐えられるか……」
「ひどいよ! ちゅーならいいのに」
俺の腕にしがみついてくる鈴蘭をよけてみると不満の塊となった。
「あー、よけたー。最近冬治君、私に優しくしてくれなくなった」
「そりゃー、一緒にいればそうなるさ。距離感、わかってきたからな」
「……ねー、一つ聞いていい?」
「おう、なんだよ」
「冬治君、お父さんの事好き?」
これまた難しいことを聞いてきたもんだなぁ。隼太さん、とっつきづらいところあるんだけど、今日のあれだけ見るとツンデレ系パパみたいな感じなんだよなぁ。
「……まぁ、そうだな。最初は慣れないかもしれなかったけどさ、鈴蘭と一緒だ。一緒にいたら、相手のことをわかってきた気がするよ。そのうち自然体で接することができるようになる。好きって言葉は適切じゃないんだろうが……どんな感じで接すりゃいいのかわかるから」
俺の言葉にどれほど感銘を受けたのか知らないが、普段見せるうれしさとはまた違う笑顔だ。俺の腹に顔をこすりつけてすりすりしている。そんなに父親のことを好きだと言われたのがうれしいのか。
「すごいね、冬治君は」
「そうか? まぁ、確かに人によってはなかなか難しいことかもしれないんだが……」
後日、感涙した俺の父親が最高の息子だと言ってきたので、どうやらこの時、鈴蘭の言っていることを間違えていたらしい。
いや、この年齢になって面と向かって父親を好きだというなんて照れくさすぎる。一生、心の奥底にしまっておこうと決めた。
「ねー、冬治君。聞いてほしいことがあるんだ」
少しだけにやにやとした感じでスマホを取り出してきた。
「待ち受け画面、冬治君にしていい?」
「許可は別にいらないだろ」
「そうかな? 冬治君って結構そういうの気にするかと思ってて」
そこで驚いたような顔をしてきた。
「どうしたよ」
「そっか、そうだよね。もうそっちは私の待ち受けにしてるんだよね?」
してないんだが。
「え、うん」
つい、流れで嘘をついてしまった。
「……嘘だよね」
「ばれたか」
「嘘つくときさ、冬治君って右手を一瞬だけ動かすからわかるようになった。あとね、あとね」
嬉しそうにいろいろなことを話す(友達のこともだが)鈴蘭の姿を見て、俺たちは最初どんなふうに接していたのか思い出せなかった。
「どうしたの?」
「あー、いや、思い出に浸ってたんだ」
「思い出? あんまり一緒にいられなかった」
「そうか? 結構一緒にいるだろ、今は」
「けどもっと思い出いっぱい、二人で作ろうよ」
「思い出ねぇ。どんな感じの方向性がいいんだ?」
思い出の方向性を決めたりするのは大事だ。突拍子もないことをいきなり言われたら大変。いきなり学園で、制服姿で、とか言われても対応に困るし。
「まずね、このまま冬治君と一緒に暮らす」
「思い出になるのか、それ」
「写真を撮って、文章を冬治君が書いてくれれば、あとで私が読むから」
絶対読まずに、引っ越しするときに気づくパターンだろ。
「読むんだな? 絶対に読むんだよな? だったら、書くけども」
「……読むよ」
「その間は絶対に読まないフラグだ。まぁ、いいだろう。そんで、他にあるのか」
「次は冬治君のやりたいことでいいよ。一つ一つ、順番でいこうよ」
そうか、なるほど。とても相手のことを想ってくれている一言ですね。もう隼太さんから頼まれたんだし、ちょっとぐらい、なんというか……そういった思い出があってもいいよね?
「ほ、本当に俺のやりたいことを言ったらやってくれるのか」
「うん」
無垢なる笑顔で返されて、良心がチクリと痛む。
こういう時、俺の態度を見て俺の気持ちを察してくれる相手が鈴蘭、そんなわけがない。そういったお願いを、していいものか、よくないのか。
まだ早いんじゃないんだろうか、急ぐ必要もないんだし。頭の中で保守派が一言。他の派閥も妥当なところじゃないでしょうかとほぼ満場一致だ。
「そうだな、ちょっと抱きしめてもらおうかな」
「今?」
「お、おう」
「もー、冬治君はしょうがないねー」
なかなかに好感触の反応と見た。両手を広げて俺を迎え入れる準備はとっくに万端らしい。
普段はそのまま、抱きしめあうのだが、今日はその鈴蘭の成長に乏しい胸に顔をうずめる。
「わっ」
一瞬驚いたようだが、そのまま受け入れてもらって後頭部をなでなでしてもらえた。非常に落ち着くんだけど、若人のリビドー的な、このまま試しにお尻を触ってみるか、胸を触ってみるかという気持ちが一切わかないのはなんでだろう。
あれやこれや、試してみて非常に平穏たる水面のごとし。今なら、一キロ、二キロ先の物体も弓矢で射ることができる。おかしい、心がざわついてそのままベッドに押し倒したっておかしくないはずなのに。
「冬治君っ、触りすぎだよっ」
「あ、申し訳ない。拙者、あまりに精神統一しすぎて外部の音が耳に入らなくなっていたで候」
「なんでお侍さんみたいになってるの? そういう感じでやろうと思ってたの?」
「心が落ち着きました、ありがとう」
俺の返答に大変不満を持っている様子であったが、そっちの番だよといったらうなり始めた。
「花畑でちゅーがしたい」
「わかった。じゃあ、次は俺の番だな。そーだな、一緒にどこかにご飯を……」
「ちょっとまって、花畑でちゅーすることにかんしての感想をもらってない!」
よくわからないが怒っている。うちの彼女様が怒るのはめったにないことだし、急いで対処方法を考えよう。
「いいと思う。その、かわいらしくて」
「大人っぽくって、いいと思うんじゃないの? 大人っぽくないといけないんでしょ?」
「どうしたんだ、鈴蘭。別に大人っぽくなくてもいいだろ」
花畑でちゅーなんて、全然大人っぽくない。
「さっき、お触りしてたくせに私にはさせてくれないし」
「そ、そうか? 確かにそうだな。好きなだけ触っていいぞ」
「やった」
「常識の範囲内でな」
「え?」
「え」
そして訪れる静寂。
「ずるい」
「ずるくはないさ」
「好きなだけ触っていいって言ったじゃん」
「いやー、いいよ、触って。あー、そこはダメ」
ちょきで鼻の穴に突っ込んで来ようとするのでNGを出す。
「どうしてダメなの? 好きなだけ触っていいぞっていったじゃん」
「鼻の穴に指を突っ込まれたらくしゃみが出るからな」
「うー……一度くらいならいいじゃん」
「そうだな、そうかもしれない。ただ、もしもの話で悪いが……お前さんにそんなことをされて悦んだらどうする?」
「え?」
「そうしてもらえるのがとっても楽しくて、学園でも、外でも、馬鹿面を下げている姿を他人に見られて……鈴蘭は恥ずかしいだろう?」
俺の適当な理論に鈴蘭はしぶしぶといった調子でうなずいた。
「うーん、そうかも」
「だろう? 俺は別にされたってかまわない。鈴蘭にやってもらえると最高なんだよと周りに言いふらす。ただ、それは思い出としては良くない。」
「じゃあ、これは?」
親指を立てた状態で、俺のこめかみに触ってくる。不満があるのは大変分かった。
これ以上ここでやっていては歯止めがきかなくなりそうなのでここは外に出よう。外に出て自然に触れ、腐れきった自分の脳内の妄想を消し去るとしよう。
ケーキを買いに行こうと提案して、鈴蘭が断ることはない。まだまだ甘いなと思いつつ、その方法がきかなくなったらどんな風に対応すべきなんだろうかと考えたりもする。
駅前を歩いていたら正面から歩いてきたおっさんと肩をぶつけてしまう。
「おっと、すみません」
「おお?」
身長二メートルとちょっとありそうな感じで、とっても筋肉質。鈴蘭なら何人ぐらい乗れるだろうか。
「ぶつかっちまったか。すまんな」
「いえ」
俺たち二人を見て何か思い出したようで、平手の上にぐーを乗っける。
「なんだ、お前ら二人、隼太とバルドゥルの息子と娘じゃねぇか」
「パパを知ってるの?」
「ああ、このまえ学園でえーと、公聴会かなにかあっただろ? 学園の一環だかなんだかで結婚式をしてたっけな」
恥ずかしいようなことを隼太さんはやっぱり話していたらしい。見ず知らずの人からこうして、覚えてもらうぐらいにはやってくれている。
「俺の娘もこっちの学園に通っていてなぁ……いかん、時間だ。これ、ぶつかった詫びだ。使ってくれ」
そういって渡されたのはケーキ屋さんの五パーセント引きのクーポンだった。
「あ、どうも。って、いない」
「行っちゃったよー」
ずんずん歩いていく様はビルをなぎ倒していく怪獣のように見える。
「ケーキ屋さんに行くか」
「割引剣もらえるなんて、あの人と運命感じるね?」
「……できれば遠慮したいなー」
ぶつかったおっさんと運命感じるよりも、曲がり角で女の子とぶつかって運命感じたほうがいいな。
「……えいっ」
「おっと」
「なんでよけるの!」
道端にこけて少し涙目となった自分の彼女に呆れてしまう。
「お前さん、なんでいきなりぶつかってきたんだよ。あっぶねぇな」
「運命感じてもらいたかったんだもん」
「はいはい、俺はお前さんと運命感じてるよ」
「本当?」
「本当本当」
違うと言ったらぶーたれるわけだし、ここは適当に流しておこう。
気を良くした鈴蘭に引っ張られ、俺は今後の彼女の成長を心から願った。
以上で鈴蘭編終了。単なる日常的な話で済ませましたが、別個に設定として結構複雑なことが起こっています。冬治の父親であるバルドゥル、鈴蘭の父親の隼太。こちら二人も鈴蘭とかなりかかわっていましたが過去の話で、今の関係性に落ち着いたと、作者の頭の中で妄想していました。手帳の中身にその時のことなどを隼太が残しており、それを冬治は見ることができませんでした。知ってしまうと引き戻せないことが起こるため、冬治は何も知らなかったという少しばかり後味がうーんな感じになってしまう気もしますが、十話で終わらせられないのでそっちの都合だったりもします。次回からは転校生のお金持ち編を開始予定。こちらは現段階で話だけがばんばん頭に出てきている状態で、この感覚、大事にしていきたい。




