地藤鈴蘭編:第八話 出しゃばるパパ
父親に叱られるのは非常に久しぶりだ。子供の頃に悪戯を仕掛けたとき以来だろうか。
「冬治、お前は間違っている。女性のパンツはぞんざいに扱ってはならんのだぞ?」
「はーい……」
家長の言うことは絶対だと思っている節があり、それには責任を伴ううんぬんかんぬんと稀に話しているのでそれには従っている。いまだ食わせてもらっている身だからな、たとえ内容があんまりな物であっても本人は真面目に言っているのだから仕方ない。
「きちんと聞いているのか? すぐにそうやって考え事をする癖は相変わらずだな」
「聞いてますよ、パンツは丁寧に扱えと言っているんでしょ」
「そうだ、だが、今の答えは半分しか当たっていないぞ」
何も俺は変なことに使っていないぞ。洗濯物を畳んでいただけであって、パンツが色あせていたから新しいのでも買ってやるか、これは捨てようかなと引っ張って遊んでいたところにテレビ画面に親父が出てきたのだ。
ネットにつながっていれば親父はどこでも現れる。それだけその存在はすごく、扱い方を間違えば危険な存在なのだ。
もとより、うちの父親は割とモラルにかけるところがあったらしい。人間を人間だと思わないところもあってマッドサイエンティスト寄りだと考えてもらってもいい。そういうタイプからパンツの大切さを真面目に怒られるのは常識を否定されているようで微妙な気持ちになる。
「父親の言うことは聞いておきなさい。社会に出て、間違えていると恥ずかしい思いをするんだぞ?」
しかし、こうして今ではごくごく一般的な父親だ。自分の技術力をもってして世界に混沌と破滅をもたらす科学者だと言っていたが、実際はどうか知らない。そもそも彼が目立つようなことをしでかしたのは俺が生まれた後、電子生命体になってからだと聞いている。
「何より、今は許嫁がいる身だろう? 冬治がそのようでは鈴蘭君も悪く思われる」
「まー、そうだけどさ。しっかし、父ちゃん本当に俺と鈴蘭を結婚させるわけ?」
「む、そういうのは本人たちの意思によって決定されるものだ。仲良くやれているか?」
「その気になれば監視できるんでしょ?」
今だってカメラもないテレビで話をしているんだから不思議だな。まぁ、話をそらせたんだからいいとするが。
「息子の生活を垣間見ることはしない。そんなことをしてはお前が会いに来てくれなくなるからな」
「確かに。話すことなくなるかもしれん」
「だろう? 相手にかもしれないと思わせてはいけないぞ? なぜだかわかるか?」
「さぁ?」
「疑心暗鬼に人間は一度なってしまうと人を信じる気持ちを失ってしまう。この一瞬だけでもそうなってしまうとじわりじわりと、心に不安がにじむのだ。それは非常に良くないことで、危険なんだよ。自分では気づけていないかもしれないがちょっとした言葉遣いや、態度に出てしまう。場合によっては相手に不快感を与えてしまうからな。だからこうして、意見をのべ、場合によってはぶつけあって禍根を残さぬようするのだ。ごまかしてその場をしのげたとしても、徐々に悪い方向へと進んでしまう」
本当にこの人、昔は悪かったのかね。
「仲良くやれてると思うよ。今は空のところに遊びに行っているけどさ」
「そうか、友達はいいぞ。価値観が違うと厳しい時もあるが自分にはない視点を持っているとアドバイスが的確。客観的に見ることの大切さを改めて教えてもらえる時もある」
「ほー、父ちゃんがそんなこと言うなんて珍しいな。隼太さんって、結構ずばずば言ってきそう」
「む、別に隼太くんは友達ではない」
「そうなの?」
「そうだ」
「隼太さんってどんな人なの?」
「人として落第点の男だ」
ずばっと父ちゃんが切り捨てるように言う。さっきまで信じる心がどうだとか、言うような人の言葉じゃない気もする。
「傲慢で、人を見下し、他の人間たちのことはモルモット程度にしか思っとらんよ。娘の鈴蘭君には甘いが、しょせんやつも人の親だということか。条件によっては本当に、冬治を義理の息子として差し出すか悩んだが……さっきの冬治の言葉を聞くに鈴蘭君と仲良くやれているのなら私がとやかく言うことではないな」
今、さらっと父ちゃんも条件だとか差し出すだとか怪しい言葉を使ったんだがな。
「それは聞き捨てなりませんな」
玄関に続く引き戸を引いて隼太さんがぬっとあらわれた。
「いたのか、隼太君。盗み聞きとは君らしいな」
「ええ、鈴蘭に直接会いに来ました。しかし、二人の愛の巣まで覗き込むようになるとは、人としてあきれ果てました。一言でいうと肉体を捨てるとそこまで性根が腐るということですね。計画の見直しが必要ではないのですか」
なるほど、隼太さんに対しての父ちゃんの評価もあながち間違っていなさそう。
「いうようになったな、隼太君。見直しが必要なのは私も同意見だ。そもそも、名前が今一つと言える」
「何?」
名前なんてどうでもよくないだろうか。隼太さんが見たこともない顔をして怒りを抑え込んでいるように見えるんだけど。
「君のプロジェクトはいちいち微妙なネーミングセンスばかりだ。エンジェル・エスケーププロジェクト、リターントゥーアースプロジェクト、エターナル・ハッピー計画……私ならもっといい名前を付けるがね」
「ほぅ、ワールドインワールド計画なんてつける男がどの面下げて言うのでしょうか。似たり寄ったり、いいや、私よりは低いですね」
計画の中身で勝負するんじゃなくて、名前で喧嘩するのか。
どっちもダサい気がするが、肩入れするともっと揉めそうなので早くどっか行ってくれないかなぁと考える。
「ただいまー」
「冬治、ケーキ買ってきたわよ」
ここで鈴蘭と空が入ってきた。さすがに隼太さんも父ちゃんも続きをするつもりがないようで初めて会った空に視線を注いでいた。
「おや、君は……」
「あ、初めまして。天導時空って言います。上の階に住んでいて、鈴蘭さんや冬治さんとは同級生なんです」
余所行きモードの表情、普段からそんな笑顔で俺にも接してくれたらいいのに。
「ああ、知っているよ」
「え」
「こう見えて娘の同級生たちの顔は知っているんだ」
嗜虐性の強い顔を覗かせていたが、何か思い至ったのか父親の顔を見せる。
「うちの娘がお世話になっているからね、何より、今度学園で講演会があるんだ。学園長先生とも話をさせてもらったよ」
「うわー、すごい。学園長先生ってよほどのことがない限り、他の先生とかに対応させるんですよ」
「そうなのかい? そういわれるとなんだかうれしいね」
メギツネとタヌキオヤジのやり取り、序の口のようだ。まるで互いの本音を隠したまま、相手の腹の内を探ろうとしている感じが黒い。
しかし、同級生の父親、片方は単なる元アイドルだから互いにやりあう必要もないと思うが。
「あー、こほん、隼太君。ちょっと私に挨拶させてもらってもいいかね」
「え、嘘……テレビ?」
ぎょっとした感じを見せたものの、すぐさまにこりと笑うが父ちゃんは首を振った。
「冬治の父親のバルドゥルというんだ。君が大人の表情を見せる必要はない、冬治の友達として接してほしい」
こちらはズバリと思ったことを言っているようだな。
「あー……はい」
威厳ある大人の風格を感じた。普段からこうだったら俺もちょっと嬉しいんだがなー。パンツのことで親から説教受けたくないし。
「ありがとう。学園で鈴蘭君と冬治の様子はどうかね。あまり良くない噂を聞いているんで、親としてちょっと不安なんだ」
相手に乞うような感じを出し、上から目線の隼太さんとはまた違った感じだな。どちらが正しいってわけでもないから良し悪しは別として、この場は父ちゃんが支配した感じだな。
「気を使っているってことが多いですね。一歩引いた立場で物事を見たり、自分を中心に周りを動かそうとしません。相手をたてるタイプの人間です。時には悪目立ちして、それを続けるんじゃなくておとなしくしているから噂を気にするタイプの人は……正直、彼に近寄りません。ここでやめますか?」
「続けてほしいな。息子の話だが、一人の人間としての意見を聞いておきたい」
「わかりました。彼が何のためにそんなことをやっているのか。それを知る人間は、彼を欲しがるでしょう。今、彼の周りにいる人間にそういう人はいませんね。周りに悪い人はいませんし、仲良くなった人たちも冬治君のことを尊重しています」
「冬治君、君、同級生に丸裸にされているようだが隙にしゃべらせていていいのかね?」
「俺が全部否定すれば済む話ですから」
「当たっていそうな事を否定できるのかい?」
見透かしたように言ってくる隼太さんに目をそらすしかなかった。
「なるほど、君は大人びた考えをしているね。意外とうちの息子みたいなタイプかもしれない」
「誉め言葉ですか? あ、いいや、ありがとうございます」
こちらからは微妙に顔が見えなかった。空はどんな顔をして返したんだろうか。
「君、うちの娘はどうかね?」
やはり高慢な態度は隠さず、空がこちらを振り返る。いやそうな顔をしていた。
「……鈴蘭ちゃんはとてもいい人ですね。ま、お父さんとは真逆だと思いますよ」
「それだけ聞ければ十分だよ、君は大人に対しての態度がなっちゃいないね。どう思うかね、冬治君」
「多数決で外圧を取るなんていい大人がしちゃいけませんよ」
「君も子供だな。大人というものは使えるものは使うものだ」
「その意見には賛成しますね」
せせら笑うような空の表情だったが、隼太さんは何故だか笑みを浮かべている。
「君は将来、いい大人に育つよ」
「ありがとうございます」
「ねー、いいからケーキ、食べようよー」
「あー……うん」
「隼太君、私たちはそろそろお暇しよう。では、失礼するよ」
「そうですね」
父ちゃんがではまた今度とテレビのモニターから消えた。隼太さんもこちらに背を向けた末に……くるりと、娘の鈴蘭に近づいて顔を寄せる。
「鈴蘭、これ、お小遣いだ」
胸元を探して一枚のお札を取り出した。しかし、それは非常にくしゃくしゃである。もちろん、金額はこの国の最高紙幣だ。
「え、いいの?」
「いい、いいんだが……お友達と一緒にご飯に使うんだよ? 学校の生徒でいる期間っていうのは人生を通してなかなかに限られている」
煌びやかな学園生活を送るためにはお金も必要なんだよと言う話から始まっていろいろと話し続け、モニターに再度父ちゃんが現れて咳ばらいをすると今度こそ、こちらに背を向けた。
「冬治君」
「はい?」
「……娘をよく見ておいてくれ」
「はい」
「……わかっていると思うが、学園生活で、だ」
「……了解ですよー」
「では、私もこれで帰らせてもらう。邪魔したな」
矍鑠とした態度、背中で語る大人という感じだった。
「はー……めんどくさそうな人」
「うん、お父さんねー、ちょっと変わってるから」
「あれを変わってるだけで済ませるってすごいわね。冬治、あのおっさん何者なの?」
「科学者、だと思う」
「思う?」
「俺もよくわからん。父ちゃんの同僚程度だな」
父ちゃんから聞いた話をそのまま伝えるのもやめとこう。
「あ、そうだ。父ちゃんで思い出したがよくもまぁ、本人がいる前であんな堂々と言えたなぁ」
「かっこよかったよー、空ちゃん」
「えー、そうかな? うーん、二人の前だからちょっと頑張っちゃった」
嘘コケ、変人みたいないい方しやがって。普通に仲良くやってます程度でよかったんだ。
「もし、鈴蘭が俺の事聞かれてたらどんな感じで言ってたんだ?」
俺のイチゴを狙う許嫁のフォークをつかみ、聞いてみた。
「えっとねー、優しいけど変わってて、物知りっぽくふるまってて、あとね、少し甘えん坊」
「お前さんも好き勝手言ってくれるな」
「甘えん坊、さん? どんな感じで甘えるの?」
「その先は言わなくていいぞ」
「私のモンブラン、すこしあげようか?」
「わーい」
悪戯心が芽生えた人間というものは時に他人を破滅に導くものだ。そしてな、人は絶対に負けてはいけない瞬間がある。今この時、俺の人生なら空の悪戯をなんとしてでも止めることだ。
「俺のイチゴをやろう、半分だけな」
「え、いいの?」
「いいぞ、黙っておいてくれたらさらに半分をやる。ただし、空からもらったら俺のイチゴはあげないからな。どっちにする?」
「うん? うーん……どっちがいいのかな?」
「イチゴ、好きだろ? 早くしないと俺は提案を取りやめるかもしれない……甘くておいしそうだと思わないか? さぁ、どうしようか? 鈴蘭はどうしたい?」
「イチゴにする」
ふふふ、交渉成立だな。
「あんた、この短時間でよくそこまで考えるわね」
「さっきは空にやられたからな。あまり友達ばかりが目立つのも癪だろう?」
さすがにバラされたら俺の沽券にかかわるからな。学園に広まったらあらやだうふふ、処すわね、みたいな感じになりそうだし。後ろ指生活待ったなし。
「そこまで必死に隠している時点でお察しだけどさ。案外、甘えてそう」
「うん、この前も膝枕してほしいってせがまれたー」
それを聞いて空は俺の肩に手を置いて、お疲れと呟いた。
「俺はさ、鈴蘭の許嫁だから……いいはずなんだ、くっ、いいよな?」
「私に同意を求めないでよ」
強くありたい。そう思ったが、それはおそらく難しい。




