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地藤鈴蘭編:第七話 それなりの悩み、その程度の惑い

 ある日のこと、鈴蘭と一緒に学食で食べてきた帰り。学園長先生と隼太さんが一緒に歩いてきている姿を見た。

「あれ、隼太さん?」

「お父さんだー」

「おや、二人とも。こんにちは」

 そういって鈴蘭に近寄って持ち上げようとしたが運動不足のようで難しかったらしい。

「すまない、つい、非常識的なことをしてしまいそうになった。これでは冬治君の父親に似てしまうな」

 人前で父親と平気でディスってる。さすが隼太さんだな。

「はぁ、まぁ、鈴蘭が嫌じゃなければいいんじゃないですかね」

「公衆の面前で娘を持ち上げる。ダメだろう?」

「そうでしょうか?」

「君がもっといかがわしい目で娘を見るに違いない」

「そういう考えがいかがわしいんです。そんな父親、けがれてますね」

「そこまで言うか。じゃあ、君は娘と一緒に生活しているのにそういう目で見たことないというのか。仮にも許嫁だろう?」

「……ないですよ」

「その間はあるということだ。おとなしく認めたまえ、悪いことではないんだ。しかし、いったいどこに欲情したんだ」

「こほん、恥ずかしいですよ、お二人とも」

 学園長先生に軽くお説教を数分され、道行く学園の生徒たちが俺たちを見て笑っている。くそう、隼太さんのせいだ。

「で、どうして隼太さんが学園に?」

「今度、君のお父さんの講演会があってね。その段取りをするためにやってきたんだ。やはり、普段お世話になっている学園の長に直接会って話をするのは有意義なんだよ」

「俺の父ちゃんは一緒じゃないんですね?」

「いいや、装置として持ってきているよ」

 そういって鞄の中から円形の装置を取り出した。青色と白色のトランクス、そして半袖のシャツを着てテレビを見ているおっさんの後姿が映ったのち、気づいたのかスーツ姿のダンディズムの化身にすぐさま変わった。

「やぁ、冬治」

「気づくのなかなか早いな」

「だらしのない恰好を他人に見られるのは良くないさ。そうだろう?」

「しっかり見られていたんだが……まぁ、いいや。今度学園に来るのか?」

「そうだな、私たちの研究している人間の意識をデータ化して、望む世界、望む姿、望むものを与えられて楽しく日々を過ごす。将来的にはそういう世界もある。えぇと、プロジェクト名は……」

「エンジェル・エスケーププロジェクトです。EE計画ですね」

 一つ咳払いをして隼太さんが注意をするような視線を向けた。自分の関わっている計画名を忘れるなんてとんでもないといった具合だ。

 鈴蘭は自身の父親が語る言葉についてさしたる興味を持っていないようで、窓の外の景色を見ている。視線の先にちょうちょを見つけたようだが、カマキリに食べられてしまっており、何とも言えない表情になった。

「ま、詳しいことは講演会で話をしようと思う」

「……へー」

「興味がないって感じだな? この世界でバルドゥルさんはすごい存在なんだ」

「父ちゃんは父ちゃんなんで、実感がわかないんですよ」

「むぅ、望まれた立場にいるのに、もったいないぞ」

「隼太さんだって似たようなものでしょう? あの父ちゃんについていけるんだからすごい科学者でしょうし」

 俺の言葉に対して隼太さんは一瞬詰まった。一緒にしないでくれと言った感じだが、まぁ、確かに父ちゃんはどこかねじが外れているところがある。

「将来的には私の息子になるんだからな、覚悟しておいてくれ」

「お手柔らかにお願いします、お義父さん」

「まだ早い!」

 すでに俺の父ちゃんよりもお父さんっぽいな。どことなく頑固そうだ。

「それでは、私は失礼するよ」

「二人とも、ぜひ講演会には参加するといいわ」

「はーい」

 わかっているのか、いないのか、鈴蘭だけが元気よく返事をした。俺の方は正直な話、鈴蘭と遊んでいるか、勉強でもしていたほうがまだ楽しそうに思える。あくびを連発して一発退場か、机に顔面を強打してからの退場など、最終的にレッドカードをもらいそう。

 クラスに戻ったところで空と千鶴が俺らに手を挙げた。鈴蘭も嬉しそうに手を挙げて二人に近づいていく。気づけば仲良くなったようでよく話をするようになった。レッテルを貼られていた千鶴も鈴蘭を通して他の女子とも交流を深めているようで以前のように素行不良も目立たなくなったと聞く。

「千鶴さんねー、最近君らと話していて、よく笑っているから。それまで少し様子見していた人たちも鈴蘭ちゃんがいると場が和むってことで、怖くないみたい」

「……そうなのか」

「友達って、大事だよねーって話」

 やぁと手を挙げて俺に近づいてきたのは友人だ。

「それと、天導時さんね、こっちも以前のように突っぱねるっていうか、どうでもよさげみたいな態度も減って、先生からも評判いいみたいだよ。なんだかこの前、女子で結構話す機会があったそうでさ」

 体育の一件以降、確かに良く他人と話しているのを見かけるなぁ。俺も結構女子から話しかけられるようになったし、大体の内容が鈴蘭の事だけどさ。

「これも許嫁ちゃんが空ちゃんになついているっていうのもあるみたいだけどさ。無碍にしないっていうか、面倒見が良いところを見せて姉ポイントがあがってるって」

「姉ポイントってなんだよ。鈴蘭がね、すげぇーな。俺と、お前さんのポイントはどんな感じなんだ?」

 転校生たる存在の一人、夢川冬治はどうだろうか。

「……ふーん、芳しくないね」

「マジかよ」

「最近じゃ、不良の男子生徒とよくつるむようになったって噂が流れてるよ。何でも、割と教師陣にも知れ渡っているほどのやらかしをやった人でねぇ、どこの誰かまでは特定できなかったけどね。人付き合いを考えたほうがいいんじゃないの?」

 心当たりが一名いるんだが、その一人は誰なんだろうと気づいていない様子だ。鈍感すぎるぞ、おい。

「男子からの評価は……単純に許嫁なんてまじかよ、くたばれ」

「わからんでもない」

「逆に、女子からも鈴蘭ちゃんがいるし、友達としてなら他の人で間に合ってるし、男子としてみるのなら強敵がいっぱい過ぎて近寄りたくないんだって」

「鈴蘭がいるから仕方ないな」

「鈴蘭ちゃんは能天気っていうか、マイペースっていうか。それでいて遅刻もしていない、宿題も忘れていない、ほぼ毎日お弁当で女子力そこそこ見せてくる、なごむ。こんな感じ」

 くそ、お弁当はそこそこレベルで止まっていたか。もう少し腕を上げねば。今日あたり、本屋によって新しいレシピを習得するしかないな。

「妹にしたい、許嫁にしたい、新聞部が近く、結婚式のリハーサルの件についてそろそろ騒ぎが落ち着いてきたから教師陣に取材を申し込みたいって話しているそうだよ。この項ラスに他の生徒たちがあんまり来なかったのもそういうお達しがあったそうで、あの程度のことで騒ぎ立てるようではいけませんって学園長先生が言ったとか」

「よほど慕われているんだな、学園長先生。抑え込めるもんなのか」

「なんでも、どこかからそれなりの寄付金があったそうでね」

 隼太さんと父ちゃんか。

「それとね、許嫁っていう刺激的な言葉のわりに当事者である君が今一つの反応だったからね。半分が行き過ぎた悪ふざけ、もう半分が確かに将来は誓い合っているけれど今は恋人同士だろって感じかな」

 面食らってどう接していいのかわからなかった時期が効果を発揮したようだ。

「俺もそこまで人付き合いが得意って方じゃないんだよ」

「初日でかました膝の上事件、あれが一発で霞んだからね。それ以降、変人で見る人がいないっていうか、許嫁ちゃんのほうが有名になっちゃったっていうのもあるけどさ。どう、目立たれた感じで悔しいところある?」

「多少は」

「じゃ、今から二人で頑張ってみる?」

「……次、騒いだら停学もあり得るんじゃないのかよ」

「そうだねぇ、だけどやっぱり目立ってみたいじゃん」

「この前のテニスの勝負、あんな感じで体育頑張ればいいんじゃないのか」

「なーんか、そういうのってキャラじゃないっていうか」

 どこか飄々としている。斜に構えて、本気出さないアピールか。

「悪くなかっただろ、普通にかっこよかったぞ」

「……そう?」

「ああ、このクラスは真面目な奴が多いからお調子者してるんだろうが、運動で言えば周りのレベルが高いんじゃないのか」

 筋肉もりもりなうえ、やたらと運動神経が高く、それなりにクラスの勉強のレベルも高い。鈴蘭に勉強を教えているうえで俺も手が空いたらかみ砕いた表現をする必要があり、おかげで復習予習共にばっちりである。

「おれは別にそういうつもりじゃなかったんだけど、そっか、かっこよかったかー……」

 表情は嬉しそうだが、こっちから視線をそらしている。男のテレ顔なんて、みたくないんだがなぁ、たまにはいいか。

「……君じゃなくて、女子に言われたかった」

「お前さんは一生お調子者でいたほうがいいかもしれない」

「そうやって掌返してくるから、信用ならないんだよねぇ」

「はっ、よく言う。そういう言い方、どうかと思うぜ?」

「ふふふ、この前は仮病使って逃げたようだけど、今回は逃がさないよ」

「望むところだ」

 その後、互いに言い争いとなってトントン相撲で勝負した。なお、この争いで互いの評価は下がった。騒がしく、実に子供っぽいとの意見が出たためである。勝負の行方は勝って、負けて、引き分けた。次に持ち越しせよと先生から言われたのだった。

 放課後、こちらの顔を窺う鈴蘭と一緒に本屋へと向かう。

「どうした?」

「ねー、どうして喧嘩してたの?」

「……ふーむ、仲が良くなったからじゃないのかな」

「え?」

「本音で言い合っているとついつい周りが見えなくなる。それに対して茶化されたからなぁ」

「私ともいつか、喧嘩するかな」

「そうかもしれない。けど、まだしないと思うよ」

「どうして?」

 鈴蘭はなんというか、子供っぽい。

 俺もたいして世間を知らないが、こっちの方がどこか危なっかしい。

「喧嘩したいのか。俺は出来たらそういうのはあまり得意じゃないんだ。できたら喧嘩をしないほうがいい」

「最近冬治君、学園でも話しかけてくれるようになったけど……空ちゃんや千鶴ちゃん、他の人たちとも話してるし。なんだか、嫌だ」

「嫌って言ったってな……」

「私は冬治君と一緒にいたい」

 それはさすがにわがままってもんだが、真正面から俺を見る目は逸らされることがない。体は俺より小さいくせに、俺より強く、大きな意志だな。

「鈴蘭は俺のことを見てくれているんだが、他のみんなは鈴蘭を見ているんだよ。俺だって、その一人さ。今日は友人から鈴蘭の話を聞いたぞ」

「私の話を?」

「ああ、お前さんがみんなと仲良くしてくれているから、みんながうれしいと思っているそうだ。それを聞いてな、俺もうれしくなった。もう少し、鈴蘭のために何かできないかつい、考えちまった」

 鈴蘭の視線を受け止め、ジーっと見る。伝わるだろうか、こいつに。

「そっか」

「おう、ただな、みんながみんな……鈴蘭みたいに気持ちをきちんと伝えられるわけじゃない。つい、恥ずかしくって少しずれた言葉で伝えようとする。俺は鈴蘭のことが好きだけど、そう、言わずにごまかそうとする。鈴蘭は俺がそうしたらどう思う?」

「……あんまり、うれしくない」

「だろう? そういう人もいるっていうことだけはわかっておいてくれ。もちろん、鈴蘭はこれまで通りでいい。すべてを受け入れてくれる人なんていやしない。ただ、俺はお前さんをできるだけ受け止めるよ。もちろん、それは理由がある。お前さんが俺を受け止めてくれているからだ」

「言葉が難しいよ」

「大人ぶりたいんだ。ガキだからな」

 ぽかんとした顔を向けられたが、話すことはもうない。

「さ、もう行くぞ」

「えー、わかりやすく話してよー」

「ゆっくり説明してやるさ、おいおいな」

「じゃあ、膝枕してあげるからー」

 この前膝枕をしてもらったが、足がすぐに痛くなったと言われて俺がする羽目になった。おかげでちっとも気分を味わえなかった。

 今日あたりでももう一度してもらおうか。しばらく考えて、脇腹にパンチを入れられた。無視して歩いているからその罰らしい。俺に一発与えるなんて、成長したもんだ。

 俺は少しぐらい、成長できてるんだろうか。


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