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地藤鈴蘭編:第五話 友達として

 同居人が派手な一発をかましてくれたおかげで、昼飯がパンとなり、物珍し気な感じでヤンキーと元アイドルがこっちを見ていた。

「珍しいねー、いっつもお弁当だったじゃん」

「そうだな、今日はおかずをあげられないな」

「楽しみにしてたのになー」

「そうだな、といっても、お前さんだって弁当作ってきてるだろ?」

「私の全部、冷凍食品だもの」

 おいしいよねーと呟いていたが、その意見には同意だ。

「なんで今日は弁当じゃないわけ?」

「片付けとかいろいろしてたら作っている暇がなくなったんだ」

「片付け?」

「……家事だよ」

「そういや、ベランダから聞こえてたっけ。おもらししたとかなんとか?」

「ああ、そうだそうだ。いや、待て、どうしてお前さんが知っているんだ。ベランダから?」

「言ってなかったっけ、私の部屋、二人の上だよ」

 元アイドルがそんなことを言う。嘘、知らなかった。

「まじかよ」

「気づいてなかったの? まぁ、確かに時間帯的に、ずれて戻っていたし、私の方はたまに見かけてたけどね。朝、一緒に仲良くいってるのに邪魔はできないよ」

「……仲良く歩けてたか?」

「変なこと聞くね、一緒に暮らしてるんでしょ?」

「そうなんだが……」

 今朝は慌てていたこともあって鈴蘭とどんな会話をしたのかよく覚えていない。

「あんたさ、そういうところあんまり見せないほうがいいんじゃないの?」

「何を見せてるって?」

「考え込んでるところ。どう見てもさ、不安を与えちゃうよ。相手、小ぢんまりしてるじゃん」

 お前さんと同年代なんだけどな、元アイドルよ。小ぢんまりは関係ないだろう。

「考えこんじゃう癖があるんでしょ。深刻なんじゃないかって周りが見たら思っちゃうって」

「そーそー、石像のようになってる」

 千鶴の言葉に自分じゃ気づけないもんで、顎に手を置こうとして、指さし確認される。

「そう、それ」

「気を付けるよ」

「何か困っているんなら話に乗るよ? こう見えて結構、人と接してきたから悩み事なら大丈夫。真面目に聞くって」

「こっちも引き受けるぜ? 隣の席のやつの悩みだしな」

 からかうつもりはないんだろう。真剣さを帯びた二人の表情に自嘲気味に笑ってしまった。

「心配してもらってありがとな。ま、今のところはまだ他人に相談する段階じゃないな。こればっかりは自分の感情だからさ」

「嫁さんの事?」

「厳密に言うと違うんだが、まぁ、そうだな。感覚が違うから上手く仲良くできてない、そんな気がしているだけだ。二人でちょっと話し合いでもしてみるよ」

 俺が考えこんでいる間、鈴蘭はそんな俺を見ているんだろう。そんな時、彼女の表情を俺は見ていない気がする。彼女のことを保護対象か何かとして見ているんじゃないんだろうか。

「まーた、考えこんじゃってるよ」

「そうそう治るような癖じゃねぇな。鼻の穴に指でも突っ込んでやろうか」

 筆記用具に何か用事でもあるのか、千鶴はがさごそやっていたがさすがにやめなさいよと空に突っ込まれていた。

 放課後、普段は鈴蘭の方からこっちに来てくれていたが俺の方から彼女の机へと向かう。

「鈴蘭」

「あ……冬治君。何?」

 どこか弱々しいというか、俺と目を合わせようとしない。この感じ、朝のことを引きずっているか。

 見下ろすようだって視線を低くし、鈴蘭の机の上に顔をのせる。

「一緒に帰ろう」

「え?」

「お前さん、何か心配しているようだが、昨日の夜から朝にかけてのことは何か言うつもりはないんだ。俺だってガキの頃は怖いもんを見た気がして、粗相したもんだよ。今は怖いもんがなくなったからな……怖い夢を見たんだろ? そんで、安心しちまったからいけないんだ。今度から、俺がトイレに連れて行ってやる。恐れ知らずの俺が連れて行ってやるんだから、安心しろ」

 自分でもあんまりなことを言っているようで、周りの生徒がすごい顔をしている気もするが、今は鈴蘭だ。彼女の事だけを考えよう。

「いいの?」

「行きたかったんだけど、本当はひとりで行けなかったんじゃないのか?」

「うん……」

「よし、お前さんの頼み事、それを一つ聞いてやるよ。その代わり、俺の言うことも一つ聞いてもらうぞ? これで俺たちは平等の関係だ」

「え、うん。何でもいいよ?」

 何も心に引っかかりがなくなったのか満面の笑みで言うことを聞いてくれるとのことだ。

「一緒に帰ろう」

「それがお願い事?」

「ああ」

 夕焼けを受けてぽかんとした調子で俺を見ていた。しかし、どこかほっとした表情に変わって、悪戯を思いついたガキの表情を見せる。

「しょうがねーなー……冬治君のものまね。似てる?」

「にてねぇ」

 俺はそんな感じで言わねぇ。

 下駄箱まで歩いてきて、一つ思いついた。

「校門過ぎたら手でもつなごうか?」

「うん? いいよ」

 約束通り、校門を過ぎたら手をつないでみる。ちっとも、ドキドキしないなと考えていたが、すぐさま鈴蘭の顔を見てみた。

 俺の方をボーっと見ている。そんな姿があほっぽくて鼻で笑ってしまった。

「どうしたその顔」

「え? ううん、何でもない。冬治君だっていっつもこんな顔をしてるよ?」

「そうか? 嘘だよな?」

「うん。私と一緒にいるときは、結構多い……なんだかそこにいる気がしなくって、寂しい」

「寂しいか。そうか、悪い。普段、考え事が多いんだ。そういう時は名前で呼びかけてくれないか? そうしたら、ちゃんと鈴蘭と話をするさ。ま、これからそういうことがなくなるかもしれないがね」

「うーん? わかった」

 本当にわかってるのかね。

「あのさ、私もごめんなさい、おもらししちゃって。まだ謝ってなかった。怒られるかと思っちゃって」

「怒ったりはしないさ。ただ、自分でそれだと嫌だ、どうにかしたっていうのならよくしていけばいいじゃないか」

「うーん……よくわかんない。今はあんまりしてないし」

 たまにしてるのな。怖い夢を見たときだけじゃないのか。

「寝る前は飲み物をあまり飲まないようにとか、夜目が覚めたらトイレに行くとか。もちろん、俺も一緒に行くさ、お前さんが何かこうしたら解決できるんじゃないかっていうものがあったら言ってくれよ。積極的に行動してくれた方がたぶん、いい方に向かう」

「そうかな?」

「そうだよ。俺だって今日さ、初めて鈴蘭の席まで歩いて行って、少しだけ勇気が必要だったよ。俺から声をかけていいのかなってさ、普段、鈴蘭が声をかけてくれていてばっかりだ。俺たち二人で暮らしてるだろ? 俺ができないことだって、鈴蘭が実はうまかったりするかもしれない」

「そんなことないよ、冬治君が全部やってくれてる。私、何もやってないよ」

「そうだな、だが、今日から少しずつお前さんにもやってもらう」

「私にもできるかな?」

「できなくたっていいさ。今日できなければ明日、明日もできなければその次。俺たちはまだ一緒に暮らし始めたばかりだ。話をする時間はたくさんあるし、たとえ家事ができなくたってその時は俺がお前さんからご褒美をもらうようにする」

「ご褒美? お菓子とか?」

「お菓子は別にいいかな。膝枕してくれ」

 俺は、俺は何を言っているのだろう。まともに、鈴蘭の顔なんて見ることはできない。

「いいよ?」

「……そうか、その、いろいろとお願いしていくからな、ご褒美をさ」

「じゃあ、私もできるようになったら冬治君からご褒美もらえるの?」

「あ、ああ。もちろんだよ。膝枕でも、お菓子でも、何でもやるよ」

「前借とかしていいの?」

「前借かよ……うーん、ま、一つだけならいいだろう」

「やった」

 ぴょんとその場で飛び跳ねた。よほどうれしかったらしい。今日の晩御飯をエビフライにしてくれとか、勉強を無しにしてくれとか、そんなお願いだろうか。

「今日から一緒に寝ようね」

「あ? あー?」

 え、こいつ、何って言った。一緒に寝ようだと?

「冬治君、意識がどこかに行ってるよ?」

「考え事してたわけじゃねぇ。軽く驚いていただけだ。これからちょっとだけ考えるぞ」

「うん」

 二人で道を歩き、その先はスーパーへと向かっている。無意識でも買い物をしないといけない。そう思っているのだから板についてきたと言える。

 スーパーを前にしてようやく答えが出た。

「いいだろう」

「わー」

 こんな風にしていたってドキドキしないし、そもそも鈴蘭はそういうつもりで一緒に寝ようなんて言っちゃいない。

 しかし、それはそれでどうかと思うんだ。許嫁だよなぁ。

「冬治君ってば」

「あ、すまん」

「罰ゲームです」

「は?」

「私に一回、ちゅーしてください」

「……罰ゲームでちゅーはダメだ」

「じゃあ、ご褒美で」

「なんでだ。ご褒美やるほど何もまだやっちゃいないだろ」

「冬治君の返事、ずーっと待ってました」

「ずーっとだ? まだ数分程度だろ」

「けど、待ったもん」

 く、屁理屈を。

 屈するというのか、屁理屈をこねさせたらなかなかの腕前と言われるこの俺が、この小娘に。

「……よし、いいだろう。だが、ちゅーしたらお菓子は買わないからな」

「えー」

「どうする? 俺はちゅーしてやってもいいんだけどなぁ。鈴蘭のお菓子、そろそろもうなくなるだろ?」

「う、うーん」

 よしよし、悩んでる悩んでる。

 悩んだ末に鈴蘭はお菓子を取り、ちゅーを免れた。

「次のご褒美は、ちゅーだからね」

「はいはい、ちゅーでも何でもしてやるって」

 まぁ、なんとかなるだろう。適当にごまかしておけば目先のものにとらわれるだろうし。

 冷蔵庫に入っているあまりの食材と、安くなっているものをざっとみて献立を決めていく。休み時間にケータイでちょいちょい広告の品を確認しつつ、日用品、洗剤やら歯磨き粉やら足りないものを考え、まだ大丈夫だと判断。

「今、何考えてるの?」

「思ったよりも歯磨き粉の減りが速いかなって」

「なんで?」

「二人分だからな。一人の時とは違う。二倍の速さだ。そうだ、歯ブラシを買っておこうか」

 毛先が駄目になると気になるし、歯医者に連れていくことになったら嫌がりそうだ。何か薬も先に買っておこうか。おなかが急に痛くなったと言われると大変そうだし。

「歯ブラシ、どれにする?」

「違いがよくわかんない」

「俺もよくわからん」

 全体で見て真ん中ぐらいのやつを買うことにした。

「これがいい」

「……電動歯ブラシか」

 予定していた予算よりもだいぶオーバーしている。しかし、電動歯ブラシか。

「勝ったらちゃんと使うのか?」

「うん」

「本当かよ。ちゃんと面倒くさがらず、歯を磨けよ?」

「磨くよ。だって、歯を磨いてないのでちゅーしたら、冬治君も嫌でしょ?」

 まるで普段から頻繁にやってる言いぐさである。

「まー、そりゃ、嫌だけど……さ」

 曲がり角を曲がったら、ヤンキーと元アイドルがいた。

「何をしてるんだ、二人とも」

「それはこっちのセリフだってーの。さっき、お前ら……なんだ、えっちな発言してなかったか」

「いや、してないぞ」

「ちゅーがどうとか聞こえたんだけど」

「冬治君がね、歯を磨いたらちゅーしてくれるって」

「言ってないぞー」

 こういう時に普段のおこないというものがものをいう。

「へー、そんな毎晩してんの?」

「してないよ」

「やってないんかい」

 流れによるボケと、突っ込みがスムーズに入っていた。普段話をしていないのにうまいもんだ。

 女三人集まると姦しい、そんな文字が生まれて初めて浮かんだ。

「なー、ちょっと俺、買い物を買ってきたいから鈴蘭見ててくれないか」

「これから冬治をいじろうかと思ってたのに」

「最悪、後で相手するからさ」

「今度何か奢ってくれたらいいかもな」

「わかったよ、んじゃ、頼んだぞ」

 意外と物おじしないのか、鈴蘭は二人と話し始めて歩き始めた俺に気づいていないらしい。まぁ、別に常に俺と一緒にいる必要があるわけでもない。

 目的の品を買って、三人のところに戻ると千鶴と空が口を開けていた。

「え、どうしたよ」

「あ、あぁ、なんでもねぇ」

「あんた、意外とすごいんだね」

 また鈴蘭が余計なことを言ったのか、ほら吹きばかりしていると後でろくなことがないぞとお灸をすえることにする。

 さすがに二人の前で注意するのも鈴蘭にとって良くないかもしれない。

「で、何喋ってたんだ。言っておくが、ちゅーどころか、手をつなぐことだって普段あんまりしてないんだぞ? あんまりからかわないでくれ」

「いや、家の冬治の話をさ。ずっと家事してるんだって? 晩飯とか、朝飯とか、弁当も全部作ってるんだってな?」

「一人暮らししているところは大体そうだろ」

「いやいや、私も一人暮らしだけどさ、さすがに二人分とか大変じゃない?」

 しばし空は何かを考えたのち、手をたたいた。

「あんた、私の家で住みこみやらない? 普段は鈴蘭ちゃんの旦那でいいから」

「……はー?」

「給料も出すし。家事が終わったら私の事、本当に何でも好きにしていいから」

「お前さん、今、さらっとすごいこと言ったな。ダメだよ」

「ちぇー、幻滅だわ。幼な妻に膝枕ご褒美ねだるとか、人を見る目がない」

 やはりというか、鈴蘭のやつしゃべっていやがったか。

「じゃあさ、じゃあさ、おれんちは?」

 千鶴が自己主張激しく手を振っている。

「……ダメだ」

「なんでだよー、柄悪く見ているんだろうけど、おれ、こう見えても純情だって」

「そっちじゃねぇよ。お前さんの家、仕事が多そうだ。こき使われそう」

「やりがいある仕事だろー」

 搾取もいいところである。

 話の流れで二人とも家にやってくると言い、それなら何かお菓子でも追加で買ってこようと考えた。

 それから二人とも晩飯まで食って帰ったもんだから大変である。もっとも、家事をしている間に鈴蘭が相手をしてくれていたので事なきを得た。



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