地藤鈴蘭編:第四話 滲む夢、思い出の切れ端
父親からたまには顔を見せてほしいと言われたので会社のサーバー室までやってきた。その際、鈴蘭もつれてきてほしいとのことだったので引っ張ってきた。
「うわー……」
初めて来たようで、サーバー室までの道のりやら、機材やらを見て驚きっぱなしだった。アニメで見たことあるかもしれないといっていたりするが、だいたい悪の組織の幹部がいそうな部屋だと思う。
「ほっ」
「はっ」
そして俺と、鈴蘭の父親は二人でVRテニスに興じていた。鈴蘭の父親の方はわかるが、父ちゃんの方は別に必要ないのにご丁寧に映像にまでVRゴーグルをつけていた。さすがにアニメでこんなのはあるまい。
「隼太君、君さ、手加減なかなかしてくれないよね」
「ははは、そりゃあ、そうですよ。勝てる相手にはかつ、負ける勝負はそもそもしない。それが人生ですよ」
「それさ、ずるい考えだよねぇ」
「正々堂々を良しとするのは若者ですよ」
「ふーむ、確かにそうかもしれない」
「俺たち、帰っていいですかね」
興味津々に鈴蘭が見ているわけだが、VRなんて買ったら家の中で家具やらにぶつかり、痛い目見そうだ。
「おっと、すまない。遊びのつもりだったが真剣になりすぎてしまったようだ。冬治に鈴蘭ちゃん、いらっしゃい」
「遊びこそ、全力でやるものでしょう」
ゴーグルを外してこちらを見てくれたわけだが、隼太さんはしっかりと振りぬいてからの挨拶である。これで勝敗は喫したも同然で、普段感情を表に出さない父ちゃんが憎々し気に見ていたのだから相当なものである。
「いいかい、二人とも。まっすぐに成長するんだよ? こんなずるいことをするようになってはいけない」
「勝ってから言うと、なおのこと良かったのですがね」
「ここに私の肉体があれば、君の顔面には私の拳が突き刺さっていたことだろう。神に感謝するのだな」
「たとえ肉体があったとしても、私が勝ちそうなものですがねぇ」
「減らず口を……」
「あー……帰ろうか」
「うん」
帰ろうとした二人を、親父二人がなだめすかして止めるのに数分を要した。
「こほん」
父親の威厳を取り返す立派な咳をして、俺たちを見る。
「で、俺たちの顔を見たいってことでしたけど何の用事です?」
「なぁに、二人で一緒に生活をしているのは知っているからな。うまくいっているかなと思っただけだよ」
「もし、喧嘩をしているのであればそうならないようにしてあげるのがおぜん立てした我々の責任でもある」
さっきまで一触即発の関係を見せていた二人に役立てることはない。
「鈴蘭、冬治君とは仲良くやれているかな?」
どこか冷酷そうな顔をしていた隼太さんも娘にはにこにこ顔で質問をしている。俺に対してどこか冷たいのに、ちょっと残念だ。
「うん、けどね、ちょっとほかの友達と、特に女の子と仲良くしてるのが気になる」
「冬治……」
「冬治君」
悩まし気に二人して俺を見てくる。
「ちょ、ちょっと何か誤解がありませんかね?」
「いや、いいんだ。男たるもの、そういうこともあるだろう。だがな、冬治。そういうのはやめておきなさい。女性というものは繊細かつ、気難しいところもあるんだよ」
「一時の気の迷いはな、家庭を破壊することがある。君は遊びだと思っているかもしれないが、案外、相手はそうでもないときがあるんだ」
お説教をしたいのだろうが、本当に間違いである。
「友達だってば」
「……む、そうか」
「つながりの深い、関係の濃い、友達だというまくらがつかないのか?」
「たんなる友達です!」
「本当か? 少し気になってしまうな」
これで、変に学園まで顔を出されると面倒だ。隼太さんはともかくとして、俺の父ちゃんの方は一部の人間には有名だからな。
三次元を超越し、二次元になったおかげでいろいろとできるようになったのもまた事実。技術の最先端とまで言われている存在だ。偶然うまくいっただけで、本来は失敗する可能性が高かった計画を自身の体で試し、成功させた科学者ということになっている。
「くぎを刺しておくがな、冬治よ。あそこの学園長と私は知り合いなんだ。母さんを通じてだが話をしたこともある」
「だから違うっての」
しかし、母ちゃんが出張ってくると厄介だな。今は仕事が忙して隣町にいるが、目と鼻の先。その気になればこっちに来るだろう。母ちゃんの方が癖が強いし、余計なことは言わないでおこう。
「あのさ、父ちゃん、俺も転校生だから隣の席の子と、後ろの子とも仲良くなるさ」
「むぅ、だがな」
「大丈夫だって、この前なんて鈴蘭が声かけたおかげで男友達もできたよ」
「ほう、そうかい」
「少しスケベらしいけどさ」
冗談でそういったのだが、隼太さんの眉が顰められた。
「それはよくないな。学生の本分は勉強だ」
「えー、じゃあ、冬治君と恋愛してちゃいけないの?」
「そうではないよ、と言いたいところだ。鈴蘭はしっかりと勉強をしているか?」
父親の言葉にどこか目線をずらしていた。
「冬治君、今度のテストの際に彼女が赤点だとだめだ」
「ダメだとは何か全然伝わってこないんですけど。何が言いたいんですか」
「むろん、学園に私が向かう。学園長先生と話をさせてもらおう。鈴蘭との甘い学園生活は場合によって厳しいお目付け役が必要になるかもな」
その俺がなんというか、めちゃくちゃ鈴蘭とよろしくやっているような笑みをたたえるのやめてもらってもいいですかね。お触りなんてしてないし、手をつないで帰ったことすらないんだよこっちは。
「勉強をお願いしたいところだが、君の方ももしかして手いっぱいかね? そうであれば私が雇った家庭教師でもつけようと思うが?」
「ご心配なく、俺の父親はそこそこ有名な科学者でして。それなりに勉強はできますよ」
親指を立てて父ちゃんに微笑むと不敵に笑っていた。
「隼太君、父親はこの私だ」
「……頭でっかちめ」
「なんだかとても失礼な言葉を聞いた気がするよ。まぁ、その言葉を返したいところだがここは息子の出番というわけだ。鈴蘭君の勉強をしっかりと見てあげてほしい」
「任せてくれ」
うまく乗せられた気がしたのは家に帰ってからだった。
「飯を食べて勉強するのと、飯を食べる前に勉強するのどっちがいい?」
「お風呂」
「じゃあ、お風呂に入る前に勉強するのと、お風呂に入った後、どっちがいい?」
「テレビ」
屁理屈をこねるガキのようだ。
「……よし、テレビの前に勉強だ」
「やだー」
「何を言っているんだ。大した時間、勉強しないよ。まずは今日の授業のノートを俺に見せてくれ」
「はーい」
どこかふくれっ面だがまずはどのくらいできているのか、授業をどの程度聞いているのかノートを見させてもらおう。
持ってきてもらったノートには丸っこい字が並んでいるようだが見た感じ、きちんと授業は聞いているようだ。ちょいちょいゲル状の生命体が書かれているがこれは何だろうか。
聞こうか、聞くまいか悩んで勉強には差し支えないと判断。さすがに子供っぽい鈴蘭と言えどテスト時にこのモンスターを書いて提出したりもしないだろう。
「……よし、今日の授業のこのあたり、覚えているか?」
「うん」
ノートに書いている数式やら、日本史に登場している人物やらを確認。そして白紙に適当に文字を書いてそれを渡す。
「今日のテストだ」
「え? これ、さっき聞いた内容だけど?」
「それだけでいいよ」
俺の意図がわからないようだが言われるままに先ほど口にした答えを書いていく。
「これでいいの?」
「ああ、うん。テレビでも本でも、好きなことしてていいぞ」
「うん」
要領を得ない表情で俺を見つめたまま、鈴蘭は動かない。俺は自分の筆記用具から赤ペンを取り出して問題に丸を付けていく。数もさしてないために、優秀な生徒として差し支えない結果だった。
「今日は満点だな」
不思議なものを見る目で俺を見ていたので、赤ペンで鼻をつついてやろうとすると逃げられた。
「もっと問題解けるよ? まだ冬治君に教えてもらったりしてない」
「今日はどのぐらいか、見せてもらっただけだ」
あと、いやいやさせても意味ないからな。徐々に慣らしていくしかない。予習はともかく、復習しておけばある程度はテストの成績も取れるし、今後勉強をやっていくのなら習慣づけさせておくのが一番だ。
「こっちこい、ご褒美やるよ」
「えー、何くれるの」
「肩もみしてやる」
露骨に微妙な顔をされるが、俺の方から近づいて背後に回る。
「ふむ、ぜんぜん凝ってないな」
「若いし」
「……まぁ、そうだな」
許嫁ねぇ。
「冬治君……」
俺の指に自分の手をのっけて、頭を寄せてくる。髪の毛がさらさらしていて気持ちいい。
だが、正直に言うと戸惑いの気持ちがわいてくる。どうしてだろう、許嫁だと言われても全くぴんと来ない。そんなに誰かに想いを寄せられるようなことを俺はしただろうか? 結果には過程がつきものだ。こんな風に率直に好意を寄せられても疑問視か湧いてこない。
子供の遊びだと隼太さんに煽られていたが、こうも一緒に生活しているとやはり普通の友達だとは思えなくなってくるな。
「黙っちゃってどうしたの?」
「腹が減っただけだ」
「食いしん坊だ」
「いやー、さすがにおなか減るわ。お前さん、何が好きなんだ?」
「エビフライ」
「俺も好きだから、今度の休みにでも食べに行くか」
「え、いいの?」
「ああ、近くにファミレスがある」
無邪気に喜ぶ鈴蘭をみて、ちらつくのは俺の父親と、鈴蘭の父親だ。二人が何の関係もなしに、子供の遊びと思って俺たちの同居を許す。そんな話、あるだろうか。本当に恋人同士で紆余曲折の果てにその関係に落ち着いたのなら理解できる。
鈴蘭が実は腹に一物抱えて、何らかの事情があって俺に近づいてきているのなら納得出来る。しかし、この無垢な表情、何も考えていなさそうな目、もう頭の中にはおそらくエビフライの事しか考えていない。
そんな人間が、この俺をやり込められるはずがない。それならば、あの二人の方が実は目的あってこの状況を作ったと考えるほうが自然で、鈴蘭も単に巻き込まれただけのように見える。
「気持ちいいなぁ……」
全体重を俺の方へと寄せてきて、ほぼ抱きとめるような形になった。いまだ、この時点でもピクリともちょっと悪戯してやるかという気持ちはわいてこない。邪な気持ちで手を出せば、それ見たことかと窓から、もしくはテレビに親父が映し出されていかんよー、学生諸君とか言ってきそうである。
こちらに顔を寄せ、何かをねだっているようにも見えるが、両親たちの掌で踊ってやる必要はない。
「今日のご褒美はここまでだ。飯にするぞ」
「あ、うん」
どこか腑抜けた様子の鈴蘭を立たせ、ノートを鞄にしまうように言う。リビングに置きっぱなしで忘れましたではさすがに俺の責任だからな。
鞄を持ってきてノートを入れる際、一度物珍しいものをテーブルの上に置いた。
「なんだそれ」
「これ? 日記」
まるで魔法でも唱えられそうな装飾が施されている鍵付きの日記だ。初めて見た。
「日記付けてるのか?」
「うん、見せないよ?」
「誰が見たいと思うか。落とさないように気を付けておけよ」
「もちろんだよ」
猫のバックプリントのパンツをはいているような女の子の日記を誰が読むかよ。たいしたことも書いてないだろうし、日記を秘密にするぐらいなら俺が洗濯物畳んでいるときに自分でやるぐらい言ってこいや。
その日の晩、怖い夢を見たといって俺の部屋にやってきたわけだが、悩んだ末にOKを出してしまった。そして今度は安心したようで、盛大にやらかしてくれたわけである。
次の日の朝、俺は鈴蘭のおねしょに対処する羽目になり、その日は弁当が作れなかった。




