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地藤鈴蘭編:第三話 必要な傾斜

 同居が始まって一週間が経った。

 朝飯、学園での弁当、晩飯、全て俺が担当。ゴミ出しも俺、買い物も俺、洗濯も俺がやって、掃除なんかも俺がやっている。鈴蘭は家事が基本的にからっきしだ。

 なお、やる気があるので非常に困る。キッチンをしっちゃかめっちゃかにし、ごみは重たかったのか、こけてぶちまけるし、掃除をしようものならがんがん洗剤を使用して空っぽにする。

 こうなってしまっては出来るほうがやるしかない。そうなってくると当初の予定では家事が鈴蘭の分担だったが、俺に変わった。なぜなら、俺たち二人で同居しているからだ。

 まぁ、テーブルにお皿を出してもらったり、ごみの分別も彼女の担当だし、ネットに入れるものやらポケットに何か履いていないかの確認や、ちょっとした汚れはすぐにきれいにしてくれるから役に立っている。

「私も冬治君に料理食べてもらいたいなぁ」

「できるものからすればいいじゃないか」

「目玉焼きぐらいしか作れないよー」

「徐々に覚えていけばいいさ。俺も今のところ、できるものしかやってない」

「そーなの?」

「ああ、だからそのうち、こればっかり飽きたーとかお前さんに言われそうだ。そんときゃ、何か本を買って新しく知識を仕入れるさ」

「ふーん、そういうものなんだ?」

「ほかのことも徐々にやり方を変えて、負担を減らすようにしていかないとな。まだ慣れてないんだよ。ところで、ちゃんと学園から出されてる勉強はやってるか?」

「うん、やってるー」

 リビング以外にも寝室は別にしてあるから、そっちに机も置いてもらっている。そこで互いに勉強の時間を取ってやっているんだが見なくていいかな。

 いや、見る必要ないか。そこまで俺がしてやることもない。

「ねー、冬治君さ、あんまり学園じゃ話しかけてきてくれないよね?」

「あ? そうだな」

「どーして?」

 テーブルに頭をごろごろ転がしながらそんなことを聞いてくる。

「そりゃあ、お前さんの方は他の友達と仲良くやってるからな。俺が行くと周りが遠慮しちまうんだよ、旦那が来たとか言ってよ。それに、学園で話す必要性もない。何かあってもこうして帰ってきたら話をできるし、二人っきりだからな」

「二人っきり、そっか、そうだよね」

 それから学園でこんなことがあって、とか友達のだれだれちゃんが、とか話をしてくれた。俺はそれを聞いていたわけだが、そんな子、クラスにいたっけかと考える羽目になった。

 俺の方は今一つクラスメートと馴染めておらず、やたらちょっかいを出してくる隣人の不良と、アンニュイな元アイドルだが今では落ちこぼれ臭のする後ろの人にこれまたちょっかいを出されている。こいつら、他に友達がいないんかな。

「ねー、冬治君もあの二人と友達なんでしょ? どんな事話してるの?」

 あの二人、そういわれたら不良少女、山野千鶴と元アイドル、天導時空になるんだろう。

「あー、うん、そうだなぁ。宿題見せてとかそんな感じか。あとは昼飯を取られたり、ジュース買ってきてとか、そんな感じ」

「……いじめられてない?」

 優し気な視線を向けられた。

「いやいや、宿題は代わりに見せてくれるっていうんだけど字が汚いし、間違ってるしで別にいいかなって。飯も食いかけのパンを渡されたりして返してもらってるよ」

 ほかに持ってなかったからなぁ。あとは体育館倉庫だとか、保健室でゆっくりしていこうぜって誘われる程度だ。

「……ずるい」

「え、そうか?」

「ずるいずるい」

 その後はずっと、晩飯を出すまで駄々をこねていた。いったい何がずるいのか教えてくれなかったが、ここまで文句を言われたのは初めてかもしれない。

 次の日、連れだって千鶴と空がいなくなったところで一人の男子生徒が俺の机にやってきた。

「やぁ、冬治」

「どちら様で?」

「んが、それはさぁ、さすがにしつれないんじゃないの。俺、クラスメートよん?」

 ああ、こいつはあれだ。お調子者だと思っていた生徒か。いったいそのお調子者が今更、何の用事だろうか。

「転校生の旬はもう過ぎてるぞ。いじって遊ぼうっていうのなら、もうちょい最初に声かけやがれ」

「ぶっきらぼうだなぁ。暇そうにボーっとしていたところに話しかけてきたんじゃないの」

「何が狙いだ」

「こりゃまた、人間不信な一言だこと。いやね、あっちの許嫁ちゃんがさ、話しかけてあげてほしいとお願いしてきたもんで」

 まるで隠すように、相手に気取られないように人差し指を向けた先、楽しそうにクラスメートと話している鈴蘭の姿がある。

「鈴蘭がぁ?」

「そうそう、君ら、許嫁だとかとびっきりすごい間柄なのにあんまり話さないよね。帰りは一緒に帰ってるっぽいんだけど、こういう関係って学園じゃドライなのかい?」

 こっちの関係性を考えて話しかけたというよりも、本当に鈴蘭からお願いされたから話しかけてきたようでどことなく興味なさそうにしている。

「学園じゃ、友達がいるだろ? 俺が無理に話しかけたら鈴蘭に友達ができなくなるかもしれない」

「しょっちゅう仲良く話していたらそうかもしれないけど、君の言うとおりのようなことはなかなか起きないと思うけどなぁ。ま、許嫁ちゃんのことを考えているわけね。おっけーおっけー、割といい人そうで良かった。転校初日に、女子の膝の座る普通に危ない奴だと思っていたけどそうでもなさそう」

「ふん、一回の奇行で変人扱いされるのは困る」

「ははは、いやー、ないね。その一回っていうのは残り回数ゼロの状態だよ。よく考えて行動しないと、この学園じゃ、やってけないよ。悪目立ちはもうしないほうがいい」

 お調子者っぽい奴がそういうなんて、この学園はどんな学園なんだと首をかしげる。

「ここの学園長、会ったと思うけどさ、結構お堅いんだよね。あんまり態度が悪いと呼び出されることもあるし。俺も何度か呼び出されて、お次は補修室行きだよ」

「なにしたんだ?」

「ちょーっと、女子生徒がらみのことを、ね」

 軽薄そうに笑ったわけでもないんだが、スケベなことでもしたんだろうな。今のご時世、そういうのうるさいからなぁ。

「俺よりやばいんじゃないのか」

「君には負けるよ。ま、そんなわけでヤバイやつがやばい奴と話していたらクラスメートにチクられて危ない立場になっちゃうわけ。個人的に興味はあったんだけれどさ、さすがに停学とかなったら嫌でしょ」

「まーな」

「けどさ、小さい子の頼みっていうのはなんだか人として断りづらくって、たまたま誰かを探していたようでその時に目があっちゃってねぇ」

 おれもただでお願いされるなんて落ちたもんだよとため息をついていた。

「っと、悪いね。名乗ってなかったよ。ちなみに、おれの名前ってわかる?」

「わからない」

「だろうねぇ。君、あんまり学園生活に興味なさげな顔をしているし。まぁ、あんなにかわいい許嫁がいるのならそれもそうかな。この学園に編入されるぐらいならお勉強の方もできそう、体育もざっと見た感じできる程度には手を抜いている感じがするからね」

 この男、軽薄な感じだがただものじゃないとみた。

 お調子者というのは空気を読むついでに人も見ているのか。チクリと何か言ってやろうとしたが、友達になろうとしてくれている相手にそれは冷たすぎる。

「悪いな、正直に言うと転校生二人のインパクトが強くてどうもな。覚える努力はしているんだが、出席番号一番から覚えていっているから、お前さん、結構後の方だろ。タ行か、ナ行だっていうのは覚えてる」

「努力はしているならいいよ。俺だって、変わった苗字だし、転校生だから覚えたっていうのもある。そもそも、このクラスやけにガタイのいい連中ばっかりでむさくるしいし、顔もどことなく似ているのが多いからなぁ」

 マッチョが狭い教室でひしめき合っていると考えてくれればいいかもしれない。実際は空間的に余裕あるんだが、廊下側の机はマッチョが寄せられている。

「それには違いない。本当に俺たちと同じ年齢なんだよな?」

「彼ら全員が嘘ついているのなら違うかもしれないけどねぇ。さすがにそれはないんじゃないかな。ま、全員読書部だから本に興味があるんなら部活に入るのもいいんじゃないかな」

「……全員、運動部じゃないのか」

「文字とか超きれいに書くよ。書道部に入っている人もいるし、柔道部より強かったりするからね」

 割とうちの学園って文武両道が好きだからねと笑っていた。

「おっと、話がそれちゃったね。おれの名前は只野友人。よろしく」

「ああ、よろしく。改めてだけど、俺は夢川冬治だ」

「おっけい、冬治ね」

 握手を交わしたところで友人が頭をかいていた。

「あのさ、一つ聞きたいんだけど、あんまり学園でも許嫁ちゃんに話しかけないのはまずいんじゃないの?」

「なんでだよ?」

「気づいてないだ。こりゃあ、意外とマイペースだ。冬治がさ、他のクラスメートに話しかけられる理由が少ないの、君の奇行だけじゃないんだよね」

 なぜだか教室の扉の方を見て、誰かが帰ってこないかを見ている。大丈夫だと踏んだのか、話し始める。

「まず、さ、山野千鶴なんだけど見ての通りの素行の悪さで結構教師から目をつけられているんだよね。いい子ちゃんが多いこの学園だし、見た目に反して成績がいいかというと大したもんじゃない。レッテルを張られた以上、そういうのと関わり合いになりたくない人も多いってことだね」

「俺もそうだと」

「ま、そうだよね。君の場合は彼女が言いふらしていたせいもあって噂に尾ひれがついている感じが否めないけどね」

 レッテルを張るに十分だな。適当なことを吹聴しまくったんだろうさ。

「そんで、次がもう一人の天導時空ちゃんね。こっちは元アイドルってことだけれど……いんや、やめとこうか。ま、彼女も話しかけようとするとあんまり人と関わり合いになりたくなさそうだし、何より君ら二人を話に加えようとするからほかの人から見るとなかなかに話しかけづらいってことだよね」

「不良と変な奴のダブルガードか」

「君本人がそういうのならおれは構わないんだけどね」

「そしてもう一人、変態が今日追加されるわけか」

「さすがにおれはその輪っかに入る自信ないなぁ。君はともかく、残り二人と話、そもそも合わなさそうだし」

「友達を選ぶっていうのか」

「さすがにおれ個人が学園に入って問題を起こしすぎちゃったからね。君たちが初日から一緒にいたら絶対に話しかけていたよ」

「そんなもんか」

「そんなもんだよ。武将だったら、全国統一目指してたかもしれないね。もうちょっと早く出会いたかった」

 敵役が言いそうなセリフだな。

 なんだかんだ言いつつ鈴蘭に気にされているもんだなと考えているとヤンキーと落ち目のアイドルが戻ってきたのを見て、友人は俺に片手をあげたのだった。

「んじゃ、またね」

「そうか、戻るのか」

「ああ、許嫁ちゃんによろしく」

 二人が俺の隣と後ろにつくと、さっきの光景を見たようで俺に顔を近づけてくる。

「何話してたんだよ」

「別に、なんだっていいだろう?」

「あいつ、スケベで有名なやべーやつだぜ。あんなのと話すのやめとけよ、お前、ただでさえいい噂がないんだから注意しとけってんだよ。まったく、世話が焼ける」

 口は悪いものの、俺のことを心配してくれているらしい。奇しくも、さっきの友人の言葉を思い出させるようなものだった。

「……俺って案外、周りから心配されてるのな」

「私も心配してるよ。転校生仲間だからね」

 背中をつつかれて、言葉を投げかけられる。その後にやたらなでなでしてくるのは何故だ。

「ありがとよ。骨身に染みる言葉だね」

「そーそー、今度昼飯奢れってんだ」

「厚かましい奴だよ」

「すごい許嫁引き連れてくるとはねー、さすがにあの子とは仲良くなるの、難しそうだよ」

「そうか? 普通にいい奴だよ。仲良くしてやってくれ」

「冬治がそういうのなら、考えとくよ」

「こっちも考えてやるよ」

「……はー、いや、やっぱり悪影響が出そうだからやめてくれ」

 鈴蘭の方を何となく見たんだが、どうにもご機嫌が斜めなようでふくれっつらで俺を見ているのだった。


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