地藤鈴蘭編:第二話 関係者、父お二人
引っ越してきたばっかりの部屋には段ボールに詰まったまんまの荷物がまだあるわけで、今日はそれを取り出す時間と決めていたが父ちゃんに会うこととなった。
正確に言うと、サーバールームで会社にお邪魔して通してもらう感じだ。ホログラムで父親の姿が映し出される。なお、肉体はとっくの昔に消し去ったと公言しており、ベッドの上で眠った次の瞬間にはネットの方で目が覚めたらしい。
「久しぶりだな、息子よ」
「ああ、そうだな」
私に似て男前だなと言っているが、ザ、ダンディな見た目の父親と俺が似ているとはかけらも思っていない。しかし、他の人からは良く似ていると言われることも多い。
「しかし、地藤鈴蘭についての情報なら電話のままでもよかったぞ?」
「こういうのは会って話をしたほうがいいだろ」
「む、なるほど。息子の言うとおりだな。立派に育ってくれて父親は大変うれしい。この喜びがお前にわかるか?」
「……よくわからん」
「だろうな、こればっかりはいかにお前と言えど、わかるまい」
勝ち誇った父親の顔に息子として何か言ってやりたかったが相手をすると長いし、面倒だ。
「そうだ、忘れるところだった。地藤隼太君を呼んでおいたぞ」
「どうも」
扉が開いて軽く会釈をしてくれる。
「おれのこと、覚えているかな?」
「すみません、ちょっと……覚えてないです」
「そうだろうな。無理もない、あの頃はまだ小さかった。子供が悪さをしても、ある程度は許されるものだからな」
残念な顔をされたが、まぁ、許してほしい。さすがに覚えてないのを覚えてますと嘘つくわけにもいかないし。
「さっそくで申し訳ないんですけど、鈴蘭が言っていたことは親として本気なんですか。見ての通り、知らない男の嫁にするような流れで転校してきたんですが」
「その通りだ。何せ君は知らない子ってわけじゃない。君のお父さん、バルドゥルさんからよく話を聞いていたし、成長を見てきた」
「定期的に息子の成長記録を取り、我が息子通信として親しい人たちには送っていたからな」
自信満々に父親がそんなことを言うとすっごく恥ずかしいんだけど。そしてどことなく隼太さん、上から目線な感じがしてやりづらいな。
「これで君の心配事は終わりかな? 本気で話してくれて構わないよ」
「本気で? そうですか……じゃあ、はっきりと言いますけど迷惑ですよ。こっちの事情も知らないで、あんなことをされたら誰だって驚くし、対応に困ります。あなたたちがかかわっているんだろうからあそこまでド派手なことをしたんでしょうけれど、彼女の意思っていうのもあるかと思いますが」
「あれについては鈴蘭のやりたいことをやらせただけだ。大人は、子供の夢を全力で叶えさせるだけの力がある」
「俺がもし、彼女をあの場で全否定していたらどうするつもりだったんですか? すごい気まずいですよね、それ」
俺の言葉に父ちゃんは悩んでいたが(考えていなかったらしい)、隼太さんの方は笑っていた。
「君はとても良い子だ。うちの鈴蘭のことをしっかりと考えてくれているな。だったら、やっぱり俺たちの目に狂いのない相手だと言える」
「はぁ?」
「君たちには同居生活をこれから送ってもらう」
「そんな、まともじゃない。生活するためには金もあんまりないし、場所だって……」
いや、待った。母ちゃんが教えてくれたアパートの住所、そういえば一人暮らしするには割と広いマンションだったような気がする。
「場所はあるだろう?」
「……子供のままごとじゃないですか、社会にも出ていない二人が一緒に生活するなんて、現実的じゃありません」
「君の意見は実に正しいと思うし、君はとても大人びている」
こうして肯定してもらうと、そんな場合じゃないんだけれどもちょっと嬉しかったりする。
「大人の余裕を感じさせる、だからそうだな、子供の遊びに君がどこまで付き合ってくれるのか見せてくれないか?」
「え?」
「もちろん、ただとは言わない。報酬金額はこれぐらいで、失敗したとしても鈴蘭のケアはこちらでする。何があったとしても、君には一切の責任も問わない」
その眼は狂気に満ち溢れていた。
いや、これが正しいと言えるか。俺の父ちゃんだって態度が柔らかいだけでやっていることは人を越えようとしてよくわからない電子生命体になってしまったのだし。そこらのおばちゃんに僕の親は電子生命体ですって言ってきたらどうなるかわかると思う。
娘である鈴蘭を何かの計画だかに利用しようという魂胆なんじゃないのか。もともと、父ちゃんの勤めていた会社はあまり人様に自慢できるようなものじゃない。
なお、父ちゃんの方はホログラム映像の中でも未来を夢見て妄想している最中で、おじいちゃんかと呟いていた。あっちはダメそうだ。
「黙りこくって、どうした?」
「俺がやらないと言ったら鈴蘭は悲しみますか」
「さぁ、知らないな。ただ、今後ずーっと、君に張り付いて逃がした魚は大きかったなーと言わせ続けるつもりだ。どうだ、怖いだろう?」
怖い、え、怖いかな、それ。
どこかずれているのはこっちの父親もそうなんだろうか。計画とやらが失敗したら本人の方もちょっかいかけてきそうである。
「えーと、じゃあ、隼太さんは失敗したときに俺に対して何か……」
「君、隼太さんと呼ぶんじゃない。お父さんだ」
「待て、お父さんは私だぞ」
この後の珍騒動はあまり言いたくない。いい年したおっさん二人が争いを始めたからだ。ただの張り合いにも見えるが、落ち着くまで俺は別室でコーヒーをもらって優雅な時間を過ごした。
「とりあえず、今はまだ隼太さんで結構だ。それで、何の話をしようとしていたのかな?」「……契約書とかあるんですかね? 言うとおりにやるんで、もう帰ろうかなと」
率直に言おう、疲れた。
つかれた以上、もう帰って休みたい。せめて明日の朝から対応していきたい。鈴蘭の事なんて全然知らないんだがな。お父さんの方が濃い存在だと知ったんだから許してもらえるだろう。
手書きで適当に作った契約書にサインをし、いびつな笑みで、くっくっく、もう戻れんぞと言う顔をしてくる隼太さんと父ちゃんに帰ると告げた。
「おっと、忘れるところだった。これが鈴蘭のすべてだ」
隼太さんがそう言って鞄から分厚すぎる辞書っぽいものを出してきた。
「……え、これは何です?」
「見ての通り、鈴蘭の好きな食べ物やら、嫌いな食べ物、よく聞いている音楽他、情報だ。情報を制するのものは人間を制する。事前に鈴蘭の嫌いなことをするよりも、幸せにしてくれるのならそっちの方がいいだろう」
読み終わるのいつになるかわかったもんじゃない。しかし、受け取らないわけにもいかないしなぁ。
「幼少のころからの写真もある。ほら、このページ、幼いころの君だ。君にとって鈴蘭はそうでもないのかもしれないが、うちの子は運命を感じていた」
「これはあの、鈴蘭と一緒に仲良くなった時に見てこういうことがあったんだよっていう一つの驚きというか、イベントなんじゃないんですかね」
なんで中年のおっさんから聞かされないといけないのか。
「おっと、本当にその通りだ。忘れてくれ」
「無理です」
方向性がおそらく同じで、かなりいびつな父親だが娘のことは大切に思っているんだろう。この分厚さに、父性を感じまくる。
今後も干渉してくるのかなぁ、そうなったら面倒だなぁと思いつつ、サーバールームを後にした。
そしてマンションへと戻ってきた。
「はー……明日から考えよう」
管理人さんに挨拶して自室のある二階へと向かう。俺の部屋はなぜだかすでに開いていて、玄関には脱ぎ散らかされた靴が一足。
「あ、おかえりー、冬治君」
とてとてと歩きながらだぶだぶのエプロン姿で鈴蘭がお出迎え。
「……ただいま。あの、さ、今日は疲れているから……いや、話がある。この後すぐにちょっといいか?」
「う、うん」
どうして赤く顔を染めるのかわからないし、ちらちらと寝室のある方を見ているのは全然わからない。俺は真面目な話をするつもりだ。
コーヒーを淹れて、鈴蘭には牛乳を渡した。二人で面と向かって座りなおすと相手はやはり緊張するらしい。
「わ、私……まだちょっと怖いかも。ごめんね、冬治君」
「はぁ……意味の分からないこと。あのな、そもそも俺は今の鈴蘭のことを全然知らないんだよ」
「え?」
「たとえ小さいころに会っていたり、遊んでいたとしてもそれはお前さんの頭の中だけの存在だ。人っていうもんは出会ってないと意外と変わっていたりするもんだ。あこがれだけで俺のことを見てないか? お前さんはそれで本当に満足なのか? もう少し、行動を起こすのならその後でだって遅くはないんだ」
できる限り、わかりやすく言ったつもりだ。
「うーん、ごめん、ちょっと難しくて何言っているのかよくわからない。あ、冬治君が恥ずかしがってるってこと?」
「……よーし、スカートを脱げ、尻をこっちに向けろ。わからずやはお尻ぺんぺんだ」
「もうそんな年じゃないよ!」
コーヒーを口にし、頭を落ち着ける。少し、俺もつかれているんだ。濃い父親、そしてその同僚で鈴蘭の父親と会って話をしなければうまく鈴蘭に説明できていたはずなんだ。両親が悪い、両親が悪いってことにしておこうと思う。
滾々と説明をし、ようやく鈴蘭にもなんとなくだが話は伝わったらしい。
「えーと、冬治君にとって寝耳に水だったと?」
「そうだ。驚いている。驚かせるのにも限度っていうもんがある。あまり良くない驚かせ方だった」
「わかった、気を付けるね」
もうあんなレベルの驚きはないだろうが、気を付けてくれるのならありがたい。
「よし、二つ目の問題に移ろうか。お前さん、本当に俺の事好きなのか?」
「好きだよ」
言っちゃった、えへへとはにかんでいる姿はかわいいと思う。ただ、いざ許嫁だ、嫁だと言われても今一つぴんとこない。
「そのすきだというのはな、今のところ鈴蘭から俺への一方通行だ」
「一方通行?」
「ああ、そうだ。俺からみたら今日鈴蘭と出会ったばかりで、小さい頃の友達と久しぶりに出会ったぐらいにしか思っていないんだ」
「友達?」
「そうだ。俺がお前さんを好きになるまで花嫁だーとか、許嫁だーとか、学園の連中に話を広めたりするんじゃないぞ。からかわれたりするからな。こういうのは二人の問題で、外野がとやかく言うもんじゃない」
脳内にマッドサイエンティストといってもいい二人のおやじの姿が映ったがそれが最たるものだろう。対応させられるこっちの身にもなってみろっていうんだ。
「そうなの? 冬治君のお義父さんからこれ、もらったけど」
そういって机の上に重たそうな辞書を置いた。夢川冬治パーフェクトブックと書かれていた。
「……情報っていうのはな、日々進化するんだ。この本に書いているのは過去の俺のことだと思う……俺もお前さんについての本をもらった」
そういって鞄から個人情報の塊を出しておいた。
「あ、それ、お父さんが作ってた。冬治君ってもううちのお父さんと会ったんだ?」
「たまたまな」
「すごいねー。けど、これでおそろいだね」
嫌なおそろいだ。
恥ずかしさは捨てよう、覚悟を決めよう。
「これからその、同居生活をするんだから嫌な部分も目にするはずだ。これはお互いにありうる。だからな、事前に情報を持っていたとしても、相手に見せていなかった部分を見せるかもしれないんだ。それで鈴蘭は俺に対して幻滅するかもしれないし、そもそも俺の方は鈴蘭のことをよくわかっていない」
「……あー、うん」
うん、一応頷いておきました感があるな。どうも伝わっていないっぽいぞ。
「とりあえず、やってみて考えよう。それであわなければまた話し合おう」
わからずじまいで話を進めるとダメなタイプだ。危機に直面しないと、現状を見ることができないらしい。
「うん、それがいいと思う!」
「じゃあ、これからよろしくな、鈴蘭」
「冬治君もよろしくね」
鈴蘭には悪いが、この生活はどちらかの譲歩がなければすぐさま破綻するだろう。
こんなもの、子供のままごとである。




