地藤鈴蘭編:第一話 EE計画の始動
つい今しがたの出来事として、元アイドルの転校生、天導時空が俺の後ろに着席した。そして、いまだ(一部の男子の)興奮冷めやらぬ中、先生が手をたたいて静かにするように言った。
「はいはい、じゃあ三人目の転校生が来るからね」
「え、まだいるんですか」
こういったのは俺だ。変人という目で見ていたであろうみんなが確かにその通りだという視線を送ってきた。
俺、元アイドル、つづいてさらに謎の転校生だからどうなっているんだろう。一日にこんなことってあるのかと言いたくなった。
「そうですね。しかし、夢川君が知らないんですか?」
確かに、転校生なら事前に打ち合わせがあってもいいんじゃないかという周りの視線を受けたが、転校生同士で顔見せするなんてあんまり聞かないだろ。
まるで打ち合わせ済みとか、事前に顔見知りが来るようなそぶりだが転校してきた俺が知るわけもない。
「えーと、はい」
「お、これは……」
四季先生が運命の出会いを感じますねという表情をしていた。あれ、もしかして先生との運命ってことだろうか。先生ってかなり見た目のわりに幼い感じで、俺たちと変わらないと言われても全く違和感なし。そんな先生と俺が運命を共にするか。うん、普通に勉強をしこたま強要され、良い大学に入らされそう。
「じゃあ、三人目の転校生を呼びますね」
先生が教室前の窓側に移動し、入ってきてくださいと声をかけた。すると、教室前の扉が開いて、知らないおっさんが、初老の方が一名、入ってきた。何だろう、詳しく知らないから適当に言うんだけどさ、神父さんか司祭さんか、牧師さんに見える。
「あー……こほん」
外国人の牧師さんは教壇に立つとどよめいた教室を右手で押さえ、静かにさせる。すごい技術だ。あっけにとられたクラスメートたちをしり目に、窓の方を見るようにゆっくりと手を動かす。
「うおっ」
クラスの誰が口にしたのか知らないが、その驚きは皆に共有できただろう。通路眺めのタラップ車、天井開放型のそれが窓に直付けされていた。空港か、旅客機が似合いそうなそれだったが、それだけでも驚くのに、上には上がいるものだ。
結婚式で使用されるだろうあの曲が流れ、タラップの手すりには白いリボンやらお花で装飾されている。絨毯の上に載っているのはウェディングドレス姿の花嫁。
いったい、我々の身に何が起こっているのか把握できるわけもなく、だからと言って永遠にこの時が続くわけもない。
奇人、元アイドルを差し置いて登場したその人物は身長が低く、窓から入ってきた際も特に困らずにやってきた。
「こほん、夢川ぁ、冬治君」
「お、俺ぇ?」
つい、変な声をあげたことでこれまでの時間が動き始めた。白いヴェールに包まれたまま、俺の隣まで花嫁がやってくるあたり、というか存在感がすげぇ。勉強するという気概が全く感じられない。いかに、服というものが大切なのかわかっていただける光景だ。
そのまま流される形で教室真ん中を移動しつつ、教壇へと向かった。
「あー、こほん」
この後の流れは容易に想像がつく。うすらぼんやりとした意識のまま、式が続けられる。
「……これにて、リハーサルは終了です。皆様、ご協力ありがとうございました」
初めてのことで手が震えましたよと神父さんが俺に笑いかけてきてくれる。俺はおそらく、これまでしたことない笑顔で返してしまっただろう。そこだけが少し、悔やまれる。
「というわけで、転校生の地藤鈴蘭さんです」
「はーい、みんなよろしくお願いします」
午後一の授業にていろいろと着替え終わったんだろう転校生が普通の制服姿でやってきた。
おかっぱ頭でちっちゃい、それでいて元気がひしひしと感じさせるので存在感がそれなりにある。言いなおそう、この学園で一番の存在を醸し出すだろう。
「先生、質問が」
クラスのお調子者っぽい人物が右手を挙げた。そこにお調子者っぽさは一切なく、単純な質問というか、戸惑いも混じっているんだろう。
「さっきのあれは、いったい何なんですか」
三人目の転校生、そして先生以外を外したみんなの心を代弁する形だ。
「リハーサルですよ、結婚式の」
「誰と?」
「夢川冬治君と」
「もう一人は?」
「私でーす、地藤鈴蘭です!」
誰と誰だよ、両方とも知らないよという雰囲気、俺もそう思う。当人がそうなんだから、他の人たちからしたらそうするしかないだろうさ。彼女の登場のおかげで俺はほかの休み時間、授業が終わると同時に走り抜けて屋上でケータイをいじって過ごした。いったい何がどうなって、こうなったのか。当初はヴェールで顔がよく見えなかったからわからなかったけれど、確かに小さいころに何度か会って話をしたこともあるし、遊んだこともある相手だった。
転校初日においての休み時間というものは貴重な物であり、友達を作る土台足りうる。なんなら、みんなとできるだけ時間を共有することが大事だ。話を合わせたのちに仲良くなり、そして徐々に自分を出していくことで人間関係というもの形成されると考えている。よって、初動が肝心。
しょっぱな、目立つ行為をするのであればそれもまた手段の一つなれど、それを超える圧倒的存在が現れた今、俺の奇人具合は霞となった。花嫁のおまけ扱いの俺は、俺としての話をされることではなく、学園のみんなからいったいあの花嫁は何なんだという説明を求められる。そして俺はそれに対する答えをまだ持ち合わせてはいないのだ。
「冬治君、よろしくねー」
常識的なことを考えて、あえて言わせてくれ。
目ぇ、あわさんとこ。
おかしな人には関わってはならない。それはなぜか? カテゴリに普通人、夢川冬治ではなく、奇行に走る人間、夢川冬治として決定づけられる。何か目的があれば奇人呼びでいいが、俺だって普通の学園生活を送りたいのだ。
「あれ、聞こえてないのかな? おーい、冬治くーん」
煽られていませんかね、これ。
反応してはならないと思ったところで、肘でお隣さんから小突かれた。背中もつんつん押されている。
「手、振り返したほうがいいんじゃないのか、泣くと思うぞ」
「それ、私もそう思った」
ろくすっぽ話もしていないのに俺に対して的確なアドバイスと連携の取れた行動。これを無視するとお隣、そして後ろの人とも仲良くなれそうにない。
俺は覚悟を決めて右手を天高く挙げた。反応してくれたことに嬉しくなったのか手をぶんぶん振っている。子供じゃないか、俺はお姉さん系が好みなんだ。
「質問が。俺、何も知らされていないんですけど」
そういうとどよめいた。
「確認したところ、サプライズだそうです」
「な、なるほど。それは……仕方ないです、ね、はい」
最初からこっちの都合考えていないのか、いや、待てよ、こんな大掛かりなこと、あっちだけでできるわけがない。俺の関係者、俺がここに転校してくることを知っていた人物は学園関係者以外にも身内にいる。そう、両親だ。
さすがにサプライズなら夫側も知らないのかーという言葉に、俺は先ほどの質問が悪かったことに気づいた。俺にとってすべての事、あの子が俺の花嫁だという認識。周りは結婚式のリハーサルだけだと思っているが、そうじゃない、そうじゃないんだ。
「はい、じゃあ地藤さんは窓際一番前です」
「えー」
「あなたを後ろにしてしまうと、先生が当てられませんからね」
このクラスの人たちは身長が平均二メートルいってそうだからな。男子は半分が体ごりごりで、むさくるしいほどだ。
いや、正直それをかき消すだけの存在感ならあっちの地藤鈴蘭っていう子の方が大きいんだけどさ。
それじゃあ、しょうがないと彼女は小さいながらも大きな一歩でクラス最前線、教師の視線を真っ向から受ける配置へとついた。
今季、完封負けからのスタートを切った感が否めない状態で、授業もほぼ聞き流し状態。こんなことで今後、大丈夫かなぁと思うこともなく、休み時間はどうすればいいのかわからず屋上へと逃げ込み、下から聞こえてきた転校生の話をちらりと聞いて夕焼けに代わるだろう町の方を眺めるに至った。
そして、みんな大好き放課後のお時間だ。
来るだろうと思っていたら、案の定、来た。転校生が、俺の席に。俺だって転校生なんだが、周りから見たらあっちの方が転校生としてのインパクトが強すぎてまるでずっと一緒に過ごしてきたクラスメート感があるだろうさ。
「冬治君、一緒に帰ろう?」
「すまん……いろいろと言いたいことやら聞きたいことがあるんだけど、無理だ。今日俺、この後さ、親と会うつもりなんだ」
「あ、そうなんだ」
「いろいろと驚かされてな。事前に聞いていたらまだよかったかもしれないんだが……悪いな」
「ううん、それじゃあ、またね」
彼女が自分の席に戻るともう友達ができたようで何人かの女子と仲良さそうに話している。それだけ見るとほほえましい。
そして俺の方はというとケータイを片手に鞄を持って廊下に出ていた。話す相手はクラスメートではない、今朝の事件の被疑者である両親だ。
まず、父ちゃんに連絡を入れたがこちらはダメ、不在だ。母ちゃんの方にかけてもダメだった。
「くそう……いったい何がどうなってんだ」
下駄箱を出たところでもう一度父ちゃんに電話をする。するとすぐにつながった。
「驚いたか?」
どこか無機質な感じの声が聞こえてくる。ノイズ交じりだったが、この感じ、俺の父親だ。
「ひでぇぞ、父ちゃん」
「何がひどいだ。あんなにも愛くるしい女性が、花嫁姿でサプライズ。私も嫁にやってほしいぐらいだ」
「それを息子にするのは価値観が違いすぎる」
くそ、俺の父ちゃんとはほぼ意見が合わないタイプだ。常識的な俺の立場から言わせてもらえば、うちの父親はまともじゃない。
「何? 馬鹿な……そんなことが?」
ショックを受けているが、この調子だと俺が本当に喜ぶと、いや、驚くとは思っていたようだ。
「驚いたけどさ」
「……そうか、それならよかった」
「良くないだろ」
「良くない? なぜだ?」
「俺はあの子のことをほぼ覚えてないぞ」
「む……?」
父ちゃんが押し黙った。
「地藤、鈴蘭。お前が過去、川でおぼれたことがあってな、その後、より仲良くなって彼女から結婚の申し出があった。すると冬治、お前は男前にも立派に幸せにして見せると答えて、晴れて二人は将来を誓い合う仲となったのだ」
俺の父親は基本的に嘘をつけない性格なのでこの情報も本当なんだろう。本当だったのなら俺が鈴蘭と反発しつつ、徐々にその記憶に持っていくような感じがいいのに、こんな風に言っちゃう当たり空気が読めないというか何というか。
「彼女についてより詳しい情報を知りたいのであれば教えようか? お前も年頃の息子。彼女の身体的特徴についても……」
「そっちはいい」
「ふむ……すまないな。父親として配慮に欠けた言葉だった。こういうものは自分自身で確かめようとするものだと友達から聞いたことがある」
「父ちゃんさ、母ちゃんとはどうやって出会って仲良くなったんだよ」
「そういうものは親に聞くものじゃないぞ、照れてしまう」
無機質なんだが、やっぱり言葉選びが変わっている親だ。それでいてそんなに聞きたいのならもう少しお前が大人になって答えてやると言われたので遠慮しておくと答えるに至った。
「地藤鈴蘭の父親だが、地藤隼太という。私のプロジェクトの仲間だ。直接会ったこともあるが、小さいころだった。あんなに小さくてかわいい子が、こんなにも立派に成長したのは感慨深い」
親ばかな父親は黙り込んだ。思い出に浸っているんだろう。しかしまぁ、父ちゃんの知り合いか。会ってまともに話が通用するような人かねぇ、かなり心配。
「あー、父ちゃん。これから会えないか?」
「私と? 会うのは無理だ……む、なるほど、そういう意味か。わかった。住所を送るからそちらに来てくれないか」
のんびりのびのび能天気な父親な性格をよくよく知っている俺はもうあきれ返るしかない。こうなってしまったのは俺が原因だと母親から聞いたことがある。
子供が生まれる前はかなり尖った性格だったわけで、俺が生まれた後に若干丸くなったらしい。そして、幼少の頃の俺と話をした際に後進の育成を優先事項としつつ、先進的な存在を目指すと宣言。
人を越えた存在、超越者となったのだ。まぁ、より簡単に言うと永遠を行きつつ、後進を育てるためにネットの海へとデータとして生きながらえたのだ。電子生命体と言った方がいいのか、実際何なのかはよくわからない。




