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天導時空編:第八話 青い空

 そして日曜日、約束の時間に迫りつつ、場所にも近づきつつあった。

「お前さんなぁ、連絡も取れないし、マンションは大家さんが今日まで会わないっていわれてるからって入れさせてももらえないし……」

「ごめんってば」

「本当は俺が会って話をしたいんだが、空を信じろと言われた以上さ、さっきも言った通り、お前さんとみのりさんが会って話をするしかねぇ……それで空もいいんだよな?」

「うん、任せて」

 自信満々といったところだが、一戦やらかしそうなやる気を感じさせる。これ以上拗らせたら修復がなおのこと大変になりそうだなぁ、おい。

 小言を言うのも違う気がするし、だからといって俺ができることはほぼないな。住宅街を抜けて向かう先は少し小高い山方面。立派な建物が見えてきたわけで、うーむ、なるほど、ありゃすごい。

「あ、そうだ。一つお願いがあるんだけどいい?」

「なんだよ? 今更帰るとか無しだぞ?」

 約束を破ったら確実にみのりさんが切れそうだ。そういうのすんごいうるさそうだし。それに最後に会ったとき、完全に空が来るものだとどこか期待していたようだし。

「勇気を出せるおまじない、千鶴に聞いたんだけど……冬治にしてもらいたいなって」

「嫌な予感しかしないんだが?」

「へー、そんなこと言うんだ? 内容も聞いてないのに? 私のことを信じたいんでしょ?」

 底意地の悪そうな笑みを見せた。それがこれから会う相手をちらつかせるんだから親子といえる。やっぱり、親子そろってずるいところがある。

「オーケー、素直に聞きましょう。何ですかね」

「やった! ここからちょっと言った先に展望台があるんだよね。そこでキスしてほしいんだ」

 これから大事なことがあるっていうのに、マジかよ。

「明日とか、明後日とかでもいいんじゃないのか?」

「それはダメかな。だって、このタイミングで言うの、なんでだかわかる?」

「さっき言ったように勇気を出すためだろ?」

 だよな、千鶴が言ってたとか口にしてたし。月曜日、膝にもういっかい座ってやるか、余計なことを言いやがって。

「違います」

「違うのかよ。じゃあ、なんだよ。おっけ、わかった、展望台だから町が一望出来てロマンチックだからだな?」

 脳内にひらめくものがあったので言われる前に言ってみた。勇気の出るおまじないとか胡散臭いものよりもそっちのほうが納得できる。

「ぶー、違います」

「わからねぇよ。じゃあ、なんなんだよ」

「それはね、絶対に冬治が言うことを聞いてくれるタイミングだから」

「浪漫のかけらもねぇな、おい」

 目ざといというか、なんというか。しかし、確かに空の言うとおりだ。聞くしかない。みのりさんからは空を連れてくるのは俺となっているわけだし、その約束を破ったことになるだろう、なにせ、空を連れてくることを話しているからな。さらに空を信じなさいとまで最後は言われている。連れてこなかったら何を言われるかさっきも言ったが本当にわかったものではない。

 勝手知ったる場所なのか、どんどん腕を引っ張って連れていかれる。そして到着してなるほど、空の言う通りここは景色がよかった。

 青空も彼方に続いていて町も一望できる。人もそれなりにいて、カップルばかりだ。

「さぁ、やって」

 勝手に想像していたが俺たち以外、人がいないと思っていた。いや、そんなことねぇよなぁ。

 そんな、そんな難しいことじゃねぇよな。ちょっといろいろと状況が重なってパニックになってるが、落ち着くんだ。

「すー……はー、すー……」

「ちゅっ。元気出たよ」

 あれ、今俺たちのファーストキスが終わりませんでしたか?

 空は俺に背を向けて走り出しており、追いかけないわけにもいかない。

「待て、今のは無しだろ。もういっぺんやらせろこら」

「えー? もう時間ないよ?」

「まじだ。どうしてこんな時間に?」

「展望台に寄ったから。こっちさ、ちょっと道が逸れてるんだよね」

「くそー、覚えとけよ、空」

「あはははは!」

 楽しそうに走る空の背中を追いかけて、割と気合を入れて両足を動かす。坂道であり、季節は夏に近づいている。

 二人して汗を流しながら団体の施設に入り込む。良い印象か、悪い印象かで言えばこれって悪いんじゃないのか。

 とりあえず、受付の人には手紙を渡してみせた。こっちが結構汗だくなのと、息が荒いことに呆れている。

「聞いてます。どうぞ」

 四階に行くよう指示されて、二人して巨大なエレベーターに乗る。空は俺の腕をつかんで放さず、かすかにふるえているのが分かった。

「ここで、みんなに見られながら……さよならしたんだ」

「そっか」

「けどさ、よく考えてみれば……今は良かったって思ってるよ。どうしてって思うかもしれないけどそれがなかったらお母さんの背中だけしか見えてないからね」

 俺の腕を放して、空は耳元でささやいた。

「大船に乗っていたつもりでいてね?」

 そして四階につき、そこは大ホール。円状の広場があって俺は心底驚いた。人がいて、視線が俺たちに注いでいる。

「よく来てくれたわね、二人とも」

 正装の女性が歩いてきた。当然、みのりさんだ。何とも言い難い服装だが、感想は口にすまい。

「冬治さん、それで、決断はできたかしら?」

「はい。空が話をします」

 若干、ホールの人たちがどよめいたがすぐさまみのりさんが右手を上げて静かにさせる。

「そう、じゃあ、あなたは一階で待っていてくださるかしら?」

「俺が降りるんですか」

「ええ、こちらはそちらの意見を聞かなくて、帰ってもらってもいいんだけれど……どうかしら?」

 観衆の視線は痛い。この人数の中、よくもまぁ空は頑張れたものだし、みのりさんはまとめあげられるもんだ。

「……わかりました」

 みのりさんのご機嫌を損ねたら一発アウト。ここはおとなしく従うしかない。空は俺に安心しろと言ってくれた。

 エレベーターを使い、自分で一階を押す。ドアが閉まるとき、力強い空の頷きを見届けた。

 結論から言おう、空を一人にしたら抑えがきかなかったらしく、母親と別室で二人気になって思いっきり怒り、そして思いっきり泣いたそうだ。感情に訴えかけるのが狙いだと思ったが、ただ単純に彼女がそうしたかったと聞いた。ただただ話をできなくてあんなことをしたことが悲しいと暴れたそうだ、駄々っ子となったとのこと。みのりさんが折れて話が進んだらしい。

「で、どんな感じで仲直りしたんだ?」

「それは……内緒」

 デートに行きたいといったが結局二人していつものスーパーに足を延ばしている。理由としては泣いた後の顔をあまり人に見せたくないから。んじゃ、スーパーも微妙なんじゃないかと思ったわけだが、そこは別にいいらしい。違いが判らない。

「これはデートだからね」

「スーパーでか? 鮮魚売り場だぞ、ここ」

 普段から釣りをしているタイプなら、やだこの鮮魚めっちゃあざといーとか、やだこのタコめっちゃぷりっぷりしてそうとか、そんな感じで行けるか。いや、いけねぇな。

「……あー、キスが欲しいなー」

「どこにも売ってないぞ」

「そうじゃないんだよなー」

「ここは人前だからな? わかってるよな?」

「わかってるってば」

 その、なんだ、はいはい、私はわかってますよ、あとでね、っていう感じを出すな。

 いや、待てよ、いろいろと問題があったわけなんだが、それも全部終わって、俺も別に空に対して何かするべきこともないっていうか、とりあえず学園生活を楽しめるようになったんじゃねぇのか、これ。彼女のお誘いに遠慮する必要ないんじゃないの。

「よ、よし、空、あのな……」

「あら空、もうお買い物に来ていたのね」

「うん、お母さん」

「……はー。そうだよな」

 タイミングのよろしいことである。うーん、尾行されていたんだろうなぁ。みのりさんのしそうなことだし、実際にやったわけだ。元から娘と仲直りしたかったんじゃないのか、この人と今では思っている。今の掌を返したような態度を見てわかるとおりだが、一つ俺に対して寛容だったのも空との仲直りのため、ひいては用済みとなった俺に対してはきつくあたってくるかも。

「安心して、冬治君。そんなことはしないわよ」

「……そうですか」

 考えている内容もお見通しなんですねとは言わず、んじゃあ、どうしてお邪魔虫したのか思ったりもする。

「どうして声をかけてきたのかという顔をしているわね? あなたと冬治君にもう悩む内容もない。ただ、そうなってしまうと先々不安になってしまうの。別に、私の孫ができようともそれは問題ないですもの。お金ならたくさんあるわ」

 なるほど、そうだな。いや、でもまた、どっちかというとそういうのは止める立場じゃないんですかね。

「それにね、二人とも何か大変なことがあっても大丈夫。私の団体で一時的に預かることだってできるし、私も孫の世話をしたいの」

「そうだよ、冬治。何も心配することないって」

 何だろう、この二人が組むと非常に厄介かもしれない。

 健全な学園生活、節度あるお付き合い、そういった言葉を言われると思ったが何だろうか、いろいろとハードルが低くなっているらしい。それではいけない気がする。空にすべてを頼り切る状態なんてちょっとダメだろう。

「……いや、やっぱり俺はしっかりと社会的な立場を持つまでは清く正しい状態を保ちたいんです」

 そうだ、学園の次は大学に通って、バイトをしつつ学業を両立。卒業したら会社に入って、そんで空を幸せにしようじゃないか。

「大丈夫よ」

「え?」

「男の人ってそうよね。社会的な立場を気にするもの。私の団体に入ってくれれば役職はしっかりと用意させてあげられるわ。とりあえず私の付き人から始めましょう。周囲の理解を得て役職を持てば信頼関係も築けているし、何よりバックアップもできるわ。今日の出来事で頼りがいのある子だという評価ももらえているし、私が声をかけても何もおかしなことはないでしょうに」

 この人そこまで考えていたのかよ。さすがに偶然が重なった状態だと思っておきたいがやりかねないな。

 ずぶずぶであり、コネは大事だなぁという感じだった。

 みのりさんからは学園を卒業するまで、大学に行ってその後でも構わないといわれた。長い付き合いになりそうだからねと言われた以上、空からは逃げようと思っても逃げられそうにない。

「別にお母さんのところに行くのは反対しないし、逆に行かなくたって私はいいんだけどね」

「……だよな。さすがに職場まで世話になる必要ないよな」

「私がそれ相応の役職、準備しておくから」

「あ?」

 どうしてそんな準備をできるんだと疑問に思った。

「あ、そっか。言い忘れたけど卒業したらお母さんの団体の施設の一つ、そこの施設長になるんだよね。そこで子供たちの世話をするつもり……まー、子供たちの世話を前からしてみたいっていうか、していた時期もあったし、別に団体所属の人だけじゃないから幼稚園みたいな感じになるよ」

「施設長?」

「うん、冬治がもしも就職に失敗したら副施設長ね。仕事できないとやっぱり下におろしちゃうけど私はそれで全然オッケー。あ、でも毎日施設の掃除は義務ね。たくさん愛してもらう予定でからよろしく」

 これは、将来的に全く頭があがらなさそうな予感がする。いや、俺よ、あきらめてはならない。今からでも学業で好スコアをたたき出し、良い大学に入って大企業に勤める。そしてコネを作って上にのし上がっていって、社会的立場のてっぺんに行くことで空に対しても自慢できるんじゃないんだろうか。

 ただ、それは空の倍以上走り続け、ちなみにいうのなら土台も、今後の展開もすべて空優位になるわけだ。元からその天と地ほどの高さを越える頃には結構な年齢に到達していそうだ。


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