天導時空編:第六話 学園長先生
以前、みのりさんが揉めたという大人の世界のどろどろとした団体名もわかった、その時の名前は次世代への温もりという母親たちが安全に子供たちを育てるための相互扶助を目的とした協会だったようだ。平たく言えば見守りやら、所有している施設での子供の預かりをより簡単にできるものとしていたと。
まー、その途中から何かあって、みのりさんが立ち上げたであろうここを相手が奪い、別の団体を作って争いが起きたと。結果的にみのりさんが勝利し、基本構造が同じだった組織は一本化。なぜだか名前が白き神々のほほえみに変わったらしい。別に、名前に神様入れなくてもよくね?
それは直接本人のネーミングセンスを問いたいところだが変なところでご機嫌を損ねるのもどうだろう。まぁ、知っておきたいところは大体何も書いてなかったんだが、画像の方だといくつか空がヒットしたもんだから一度広まったものは全部消すの難しいんだなと思ったり、思わなかったり。それでいてやっぱりアイドル的な活動もしていたんだろう。そっちはまぁ、結局調べなかった。
「ふわ……ねみぃ」
朝から学園長とお話をするという約束があったんだけど、おかげで寝不足。パンフレットを水で駄目にしたおかげでいろいろと変な回り道をしてしまっている気がしてならない。空から話を聞いた後、その日の晩にでも電話していれば、みのりさんに聞けば大抵のことを答えてくれたり、彼女にとって都合の良い言葉で俺に説明してくれただろう。
「羽津ー!」
「ふぁいお、ふぁいお、ふぁいおー」
朝練を全力で実行するおそろのTシャツ部員たちに頭が下がる。続いて、読書部、ふぁいお、ふぁいおと聞こえてきたときは耳を疑ったが俺は寝不足だから聞き間違えたんだろう。ハードカバーを持ち続けるために鍛えているんだろうか。
学園長のお部屋なんて、入るの二度目じゃね、一度目は転校する前だったなぁと考えつつ、ノックをしてみる。
「どうぞ」
凛とした女性の声が響いて失礼しますと扉を開けた。大きな机を前にし、白いカーテンからは外の景色が一望できる部屋へとやってきた。
「今日は生徒としてではなく、団体についてと話を伺っていますよ」
どうぞとソファーを進められ、腰かけるとこちらへと学園長先生も移動してきた。初老の女性で、かなり上品な感じの人だ。空が転校してきて、転校してきたことに関してクラスになじみやすい雰囲気を出したいといっていたのは肝入りだったからか。てっきり、転校生に優しい学園なんだと思っていたからなぁ。
まぁ、もはやそんなことはどうでもいい。十分クラスに彼女は馴染んでいる。そして、俺もだ。
「団体というよりは空に関係してっていうのが正しいです」
「そうね、その通り。ごめんなさいね。空ちゃんとは仲良くやっているようで安心しているわ」
「疑問がいくつかあるんですけど、質問する感じでいいんですかね?」
「ええ。答えられる範囲で答えますし、私の方からも聞きたいこと、話したいことがあります」
それでもお先にどうぞという雰囲気を崩していないので俺は頭の中から言葉を引っ張り出した。
「大家さんからは空の保護者だと聞きました。空は団体を追放されましたが……元から追放するつもりだったんですか?」
俺の言葉に学園長先生は目をつぶり、すぐに開いた。
「ある程度の情報を握っていると聞きましたけど追放されたことまで知ってるんですね。いいでしょう、順を追って話します。まず、団体……代表から勧誘を受けたものとは別の組織がありました」
「調べてきました。次世代への温もりっていう名前の方ですよね」
「お勉強はしっかりとできるようね。あとは成績、いいえ、生活態度に反映されると言うことないわ」
「すみません……」
そっちはちょっと難しそうですとは言わなかった。勉強頑張ってるから態度の方は見逃してほしい。
「親の問題、家庭の都合、そういった状況を打破するために、子供たちのためにと作り出したものだった。けれどね、ある程度大きくなってくると皆、山頂に登りたくなるのよ。あまり子供たちに話しておきたいことじゃあないんだけれど、みのり様に取り入ろうとした人がいてねぇ」
様付けときた。
「結果を言ってしまえばうまくいったのかしら。取り入った結果、組織内での意見を取りまとめていたり、みのり様に意見を出したりと権力を手に入れるともっと、もっとと人は欲を出しすぎてしまう」
「学園長先生はそれが原因だと?」
俺の言葉に彼女は首をゆっくりと振った。彼女だって深くかかわって様付けをする相手の団体をかき乱した存在を悪くは思っていないようだ。
「これはね、悪いことではないのよ。人が成長するうえでとても大切な要素。人が次の段階へとステップアップするためにはただ能力があるだけではだめなの。欲のない人間は目標を失いやすいもの。例えば、勉強をすればまた別の知らないことに当たるでしょう? そうしたらそれもまた気になって調べてしまう。次から次へ、人は目標がないと立ち止まって勢いを、輝きを失ってしまうものよ」
確かにまぁ、それはそうかもしれない。
「もとはもっと組織を良くしようとしていた人だったんだけれど取り入って力を手に入れてしまった結果、金銭がかかわるトラブルが発生。それを団体の代表であるみのり様の責任として処理しようとした」
クーデターが起きたのか。
「一時的にそれはうまくいったんだけれど、当然そういった強引な手段をとると反対派も出来上がる。みのり様は反対派のトップを買って出たわ。怒ってね。家をとりあげられてしまうと怒って、取り戻すと派閥のみんなに宣言したわ。目的としては子供たちの為だったんだけれどねぇ。みのり様にとっては団体自体も大切で、権力に取りつかれていたのよ」
「今は何かにとりつかれてるんですかね?」
「さぁ? 離れてしまった私にはもうわからない。ただわかることはその方法はずっとついてきていた私たちに同じ姿として映ってね。戦いに勝ったとしても、やり返したこと自体、間違いじゃなかったのかと疑問に思って……。それで、団体を離れてしまった」
「空と一緒に離れたって彼女に聞きましたけど?」
彼女の話と食い違う気がする。
「ああ……それはね、そう、ね。確かにそうなんだけどちょっと理由があるの。こればかりは話さないほうがいいでしょう。たとえ、空ちゃんが大切にしていたとしても、みのり様が気に入っていたとしても話すわけにはいかない。直接ご本人が話したいことでしょうから」
相手は話したいことだけ話したもんだろうか。話はだいぶ端折られた気がするし、手品の種明かしをしたのちにさらに別の問題がぽこぽこ出てきている気がしてならない。それを知りたいというよりは、知らなければ次に進めなさそうだ。そしてそれはみのりさんに会うことにつながる。
「年を取るとだめね、わからないものに対して優位に立とうとしてしまう。知っていることを全部教えてあげて、アドバイスをあげればいいはずなのに」
「うーん、じゃあ、みのりさんに対してのアドバイスだけもらえませんか? 俺、正直掌の上で踊り続けているような気がしてならないんですよ。気持ちが悪いってわけじゃないんですけど、空に話していないことも結構あるような気がして、それが後々、響いてくるんじゃないかなって」
「もっとな意見ね」
うなずいたのち、学園長先生はじっくりと考え始めた。彼女は彼女なりに空とみのりさんに対して思い入れもあるようだし、親身になってよりよいアドバイスをくれそうだ。
「簡単に言ってしまえば問題が解決するまで空ちゃんと一緒にいて、みのり様と会うときは必ず空ちゃんを同席させるといいわ。今度会うって聞いているわよ」
「けど、団体からは追放されたって……」
「ふふ、そうね。ただ、娘が母親に会いに行く。たったそれだけの理由でいいじゃない。受付の女性に……ちょっと待ってなさいな」
悪戯を思いついた子供のような表情で机へと向かい、何やら手紙を書き始めた。立派な朱印を押したのち、俺に手紙を渡してくれる。
「紹介状よ。私の名刺も手渡して頂戴ね。水につけてもちょっとやそっとじゃなくならないから安心していいわよ」
こりゃ、団体側にも確実に水で名刺をダメにした子だと認識されてそうだ。
なくさないよう、鞄に入れて学園長室を後にした。家に帰ってじっくりと考えたいところだが、あいにくとこれから勉強がある。
「……帰りてぇ」
教室に入って自分の席に向かうと千鶴が登校してきて、空と話をしている。俺に気づくと渇望した餌が入ってきたであろうライオンの表情を見せる。
「すげぇな、今度は学園長先生と仲良くなったんだって?」
「……ああ、まぁな」
もはや何か言い返す言葉も準備できず、鞄を置いて机にぺたりと額を付けた。耳を引っ張ってくる隣人を無視し、背中を引っ張られるのも無視する。
無視し続けるともっと面倒なことになるので俺は一つ、話をすることにした。
「俺はな、実はな、宇宙人を見たことがあるんだ。宇宙人というのはなぁ、意外とほっそりとしていて、指先なんかも細い。足も細いんだ。よくよくみると足なんて数本、いや、数十本ぐらいある。人間を襲うとかそういうことはなく、ただただ話がしたくて宇宙をさまよいまくった挙句、目についた地球を我が物にしようとしているだけなんだよ」
適当な話を冗談っぽく言ったのに、どうしてこういうときだ人はみな、優しい表情をしてくれるのだろう。
「疲れてるんだな、お前。」
「冗談に決まってるだろ」
「先生、保健室につれてってもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
ほれ、行くぞと腕を引かれてそれに空もついてくるわけで、クラスメートのただただ残念そうな表情をして見せている。何より、クラスのお調子者が最近真面目になったという噂を耳にしており、一説によると転校生の奇人っぷりが目立ちすぎ、自分のお調子者具合が足りていないと判断しての引退らしい。
ベッドに押さえつけられ、保健室の先生にたまにこういう子がいるんだよなぁと愚痴られてきわどいところまで触られた。結果として疲れてベッドで天井を眺めている。
「宇宙人さん、気分はどう?」
元偶像である空の呆れた表情に一つ、ため息をついてやった。
「俺はな、実はな、学園長先生とあっていたんだ。学園長先生というのはなぁ、意外に茶目っ気があったりしていて、話は案外短い。今日の朝あったんだ。よくよく考えるとその時に空と一緒に、いや、お前さんを連れていくべきだったよ。お説教されたとかそういうことはなく、ただただ空のことを思っているような人でさ、言うか迷った挙句、結局こうして空に話しちまった。ちょっと、待て待て、どこに行くんだ」
「ちょっと、スカートをつかまないでよ」
「俺の背中は引っ張るくせに、俺がスカートをつかんじゃだめだってのか。それって不公平じゃないか?」
「警察を前にしてそんなことを言える余裕があるといいわね」
「誤解だ、俺はお前さんに対して何かするつもりなんてこれっぽっちもありゃしない」
「……ないんだ?」
途端に弱気な顔で上目遣いをしてくる。どこか拗ねたような口調が俺をとがめていた。
「へたれ」
「ぐ、ぐぬぬぬ……」
しかし、これは好転したと思うしかあるまいて。話を戻し、冷静に空と話し合う。場合によっては母娘の仲を修復させることができるはず。
おこがましいかもしれないが、ここまでかかわってしまった以上、俺のできる範囲でやるしかない。保留、見送り、詰めの甘さは今後空と会う以上、彼女、そして俺にとっての溝の一つになりかねない。
「なぁ、空。今度の日曜日、お前さんの母親と会うんだ」
「……へぇ? 誰と会うとか言ってくれるんだ?」
温度が下がる、冷たい視線にそれでもなお、屈しない。両手を合わせて頭を下げた。
「悪いが、俺にチャンスをくれ」
「どうしてお母さんと私に関わるの?」
「それは……」
「ごめん、今の言い方悪かった。お母さんのことはいいの。冬治は、私のことについて考えてくれればいいのに」
その言葉に一つ疑問がある。ただひたすらに俺に本心を見せ続けるのはなんだか違う気がするんだ。なんというか、父親に対しての甘えというか、よくわからんがそんなもんを感じる。これを指摘するのもいけない気がして、彼女にとっての拒絶に当たるかもしれない。外れたらオッケーなのだが、母親関係のものよりもおいそれと聞ける問題ではない。父親という言葉がこれまで出てこなかったことに多少なりとも疑問が残る。
「それじゃ足りんさ。お前さんが俺のことを想ってくれているのなら、俺も空に対して全力を見せたい。本気で取り組む姿勢を見せるよ。この問題は、お前さんと、母親、この二人がそろわないといけないんだろうがそれじゃ上手くはいかない」
そしておかしい話だが、ここまで上手くいっているのは母と娘がきっかけを探しているから綱渡りでもやってこられた。
「余所の、家庭事情に突っ込むとどうなるかわかってるの?」
「わかってる。だがな」
空の手をつかんで腰に手を回す。少し引き寄せるだけですんなり距離は縮まった。
「そっちが先にちょっかいかけてきたんだろ。だから俺も本気になった。俺が支えになったのなら、もう少し俺を頼るのを試してくれたっていいだろう? これからどれだけつらいことがあったって、俺がお前を支えて見せるさ」
真一文字の唇に、照れて目をそらした空の負けだ。
「う、うん。ってか、恥ずかしいこと言うな、馬鹿」
こちらに体重を預けて顔を見られまいと俺の肩に顎を乗せる。抱きしめる形となったので少しだけ強く抱きしめようとしたところでカーテンの隙間から口をぽかんと開けている保健室の先生と目が合った。
向こうも察したであろう顔であったがしばし悩んだ末に立ち上がる。これって、こっちに来る流れでしょう?
「冬治?」
俺からいったん体を放したところで先生がカーテンを少しつまんで顔を覗かせた。
「あー……こほん。本当に、本当に申し訳ないが、邪魔をしているのは自覚している。野暮なことをしているのはわかっているんだ。ただな、これは教師としての立場から絶対に止めねばならない。そこをわかってくれ」
空も忘れていたんだろう、放心状態で先生を見ていた。
二人して清く正しい学生のお付き合いについて教えていただき、お昼休みには学園長室まで呼び出されたりする。お説教ではなく、私も若い頃はねぇと、乙女チックな話をされ続けただけだった。




