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天導時空編:第五話 外圧とずるさ

 学園にて。

「こら、夢川。授業中はきちんと前を見ていなさい」

「あ、はーい。すみません」

 窓の外、青空にぼーっと視線を向けていた現代社会の教師に怒られ、クラスの連中にぷーくすくすと笑われた。

 多少なりとも俺が外を見ていた、というよりもはたから見ていたら隣の千鶴を凝視していたように見えるのだからお前、何しているんだという状況と言える。

 正直、授業が頭に入ってこない。名刺が溶けて、連絡先はパー。しかし、個人的に聞きたいことが山ほど増えてしまった以上、空の母親であるみのりさんを見つける必要があるわけだ。

 便所に行くため、立ち上がるとケツをつかまれた。

「なんだよ、空」

「……いや、うん、ごめん」

 それでいて俺のお尻から手を放さないもんで、いったい何の用だろうか。その手を振りほどいて便所へと向かい、まず現実的なところを攻めることにした。

「すみませーん」

 放課後、空との買い物を断って向かった先は彼女のアパートの大家さんがいる場所。情報として空からここの管理人はみのりさんとつながっていることは聞いているわけだ。彼女との橋渡しをしてもらうのならチャンスが生まれるかもしれない。

「……はい?」

 そして写真で顔を見せてもらっていたので、心の中でほっとした。相手はこの前足が悪いと一芝居打ってくれた相手だ。事情も知ってそうだし、汲み取ってくれるはず。

 とりあえず連絡先をもらったんだが、水分で紙がぐちゃぐちゃになってしまったということを伝え、現物も見せてみた。

 結果、相手は非常に悩んでおり、一つ軽いため息をつかれた。

「確認してみましょう、代表に」

 崩れた橋が多少なりとも復活したことに手ごたえを感じ、俺はほっとする。

 結果として、俺をだました手前もあってか比較的電話でも俺側に立って話してくれていた。俺というよりは、空側だろうか。

「ありがとうございます、大家さん」

「いいえ、気にしないで。ところで、あなた、ご両親は大切にしている?」

「え、ええ。まぁ、ちょっと仕事で家にめったに帰ってきませんけど」

「そう、それはいいことよ。喧嘩はしないほうがいいわ。あなたが知っての通り、血がつながっているからこそ、家族の喧嘩は想像を超えることがあるの」

 何やら実感こもった言葉であった。そりゃそうだろう、代表であるみのりさんと、その娘の親子げんかに巻き込まれたようなものなんだから。

 電話番号をまた教えてもらう、ということはダメだった。ダメだった代わりというか、俺に言われたことは団体の施設に迎えというものだった。

「直接会って話をしたい。それならいいといただきましたよ。どうしますか?」

 ノーと言えばそれっきりかもしれない。ここはイエスと答えて日時を指定してもらう。今週の日曜、お昼の一時。場所に関しては大家さんが教えてくれた。あとは時間が来るまでに何をするのか考えたかったが、大家さんからは別の注文が飛んだ。

「二人の喧嘩をどうにかしたいというのなら、あなたの通っている学園の園長先生に会ってくるといいわ」

「え? どうしてですか?」

「彼女はそうね、いわばあなたが大切にしている空ちゃんの保護者よ。話は通しておくから」

 不思議なもので、さっきは空の母親と会話をしていたのに、俺からしたら保護者と母親は同じなものだ。

 失礼な物言いだが、おばさんからおばさんへ。学園長への連絡をすぐさま入れてもらうと明日の朝、時間を指定されることとなった。当然、俺のことは知っているわけで、俺が特別というよりもやはり、空が特別なんだろう。学園ではその長が、家に帰ればそのマンションの管理人が母親とつながっているように見える。さすがに俺のアパートの管理人とはつながっていないんだろうが、少し気になるところでもある。

 去り際、ダメもとで聞きたいことを聞いてみた。

「あの、どうして永久追放となった空をここまでみているんですかね? みのりさんやら大家さん、学園長先生だってそうなんでしょう?」

「あぁ、それはね、娘として心配なのよ」

 思いのほか返事が速く、それでいて即効性のある言葉だった。

 びっくりした俺の顔を見て、面白かったらしい。笑っている。

「一つ、勘違いをしているようだけれど空ちゃんを団体から追放した、これについては……」

 ここまで言って、管理人さんはおしゃべりが過ぎたと首を振る。俺に日時を忘れないことだけを伝えて扉を閉めた。

 マンションを出て、管理人さんが言ったことを考えてみた。追放したという話が気になる。

「あれー、冬治じゃん? 何してんの?」

 もしも神様がいたのなら、それはハプニングが好きなんだろう。千鶴が能天気そうにスーパーの袋を上に掲げた。

「あー……いよう。空の部屋に遊びに行ったところだ」

 とっさに嘘をつくのはまずいわけで、それはいつだってどこだってそうなんだろう。首にひやりとした汗がつたったのは千鶴の後ろから空がおっかけてきたのを見たからだ。

「……いなかったんだけどな」

「えー? 何言ってんだよ。天導時、冬治が帰っちゃったからこっちに買い物つきあってーって言ってきたぜ?」

 クレジット、という言葉がある。人の信用はこつこつと積み重ねる必要があり、それは瞬く間に崩れ去るものだ。何事も崩壊の時は一気にいく。

「何してたの?」

 空の一言は声音的に確認のはず、ここで千鶴の悪癖が出たのか、嗜虐的な表情をこちらに見せてきた。

「待て」

 ここは先に打って出るしかあるまいて。

 手のひらを見せて一瞬のスキを作りつつ、どうして友達相手にこんな思考戦を繰り広げる必要があるんだと考える。

 しかし、こうなった以上は引き返せない。空がそうであるように、俺がそうであるように、転校初日に戻ってやり直しなんて出来やしない。その場その場でベストを尽くせるようにするしかないのだ。

「空、あの件に関して新しい情報を得たんだ。ただ……ただ、ここで話すわけにもいかない」

 友達、そう、反射的に千鶴たちのことを俺は友達だと思った。空のことはともかくとして、千鶴は間違いなく友達だ。

 汗だくだく流れているだろう顔で千鶴に目で訴えかける。そう、人は視線で、言葉を交わさなくたって身振り手振り、何かを伝えようとすることはできる。

「ほーん?」

 そしてそれがたとえ伝わろうと、事情を知らぬ千鶴からすればからかう対象となる。ならば俺に対してとる行動は変わらないんだろう。

「さては、女のところに行ってたんだな」

「ち、ちげぇよ」

「ははぁ、テンプレ通りの返答頂きました。こいつは当たりのようだな」

「……冬治、それってどういうこと?」

 一瞬の顔色で相手は判断されたようだ。空の顔色は非常に悪いもので、脇腹に蹴りの一発お見舞いされそうな雰囲気。

 ただ、相手が空でよかったと思えることが起きた。

「空ちゃん? どうしたの? こんなところで大声出して」

「大家さん?」

 額に青筋を立てた大家さんが俺の背後に立っており、圧倒するような空気を出している。そう、これは大人の雰囲気。これから叱ってやるぞというまさしくそれ。大声を出していたのは俺と千鶴で空はたいして口を開いちゃいないんだがな。

 空の剣呑な雰囲気は瞬時に消え、気まずそうな表情を見せた。

「ご、ごめんなさい」

「……はー、ちょっと、こっちに来なさい」

「はーい……」

 場所で言えば大家さんの方が立場的に上だ。なにせ、住まわせてもらっている形だし。頭が上がらないようで、空はそれに応じた。大家は千鶴の方を見て気に入らなかったようで、鼻を鳴らして背を向ける。

「なんだ、あのお高くとまったばばあは」

 そして千鶴も失礼な言葉を言い放つ。しかし相手は聞こえているだろうに空を従えてマンションへと入っていった。

「空の母親かよ?」

「いや、違う。ここの大家さんだよ」

「……どうして冬治が知ってんだよ」

「俺がさっき会ってた相手はあの大家だよ」

「……お前、すげぇな」

「何勘違いしてんだよ、ばぁか。その大人の階段一歩先に進んだような目で俺を見るな」

「一歩じゃねぇよ、二歩も三歩も行ってるわ」

 レベルたけぇな、つか、階段なら一段二段だろと突っ込まれた。いや、まぁ、確かにお前さんの言う通りでもあるんだけどな。

 お説教されただろう空は実に気まずそうな表情で戻ってきて千鶴にあがるよう伝え、俺には信じられないことを言ってきた。

「冬治、今週の日曜日さ、お昼の一時からデートしようよ?」

 にこりと微笑むその表情はその裏に潜む感情を消し去ったようだ。いったい何を考えているのか。

 この言葉、まず間違いなく大家さんは俺たちの会話を聞いていて上手くまとまるように手を貸してくれたんだろう。だが、空に話した結果、俺に無茶な要求を伝えてきたわけだ。

「……ダメです」

 嘘に嘘を重ねた結果を先ほど秒で味わってまずい立場になった以上、ダブルブッキングはダメ、絶対。ならば素直に無理だということを伝えれば失った信用も回復するんじゃなかろうか。察してくれるタイプの空ならなんだかんだで分かってくれるはずだ。

「えー、どうして? さっき、冬治が嘘ついたじゃん。それの埋め合わせとしてデートしてもらいたいんだけど」

「先約があるから」

「女の人と?」

「うん」

「その人と私、どっちを取るの?」

 仕事と私、どっちが大事なの、みたいなどっちも選べなさそうな質問をしてきやがる。

「空に決まってんだろ」

 が、今回に関していえば似ているようで全然違う。俺は空の為だけに動いている。そもそも、会って話を何するかはまだ考えちゃいないんだ。

 ちょっとだけうれしそうな顔を見せたが、両手で顔をごしごしこすってまた無表情になった。

「だから、今度の日曜日はデートができない。また別の日ならいい」

「……じゃあさ、ここで私のことを好きだって言ってよ」

 上に行ったはずの千鶴がにやにやと笑っている。空もいることがわかって聞いているんだろう。俺がそういえないと踏んで、ごまかすか謝るか、はたまた他者の視線に屈して意見をまげてデートすると言わせたいのか……。

 そこまで考えてようやく合点が言った。何に対してかといわれたら空やらみのりさんやら、管理人さんとの会話であった。

「……なるほど、わかったよ。空、ありがとう」

「え?」

 あまりの嬉しさに相手の手をつかんで一気に引き寄せた。顔が近いけれども今この問題が解けたという喜びの前ならば空も許してくれる。

 外圧をかけて、空気を読ませるためにあえてみんなの前で空を追放した。空にできません、許してくださいと言わせるためだ。そしてその考えは空の意志の強さによって完遂され、誰もが諦めるという状況下の中、結果としていきつくところまで行ってしまった。まぁ、だからといってつながりが絶たれたかというとそうでもなく、団体の手厚い保護、そして母親の顔を見ることは必要としない。

 空の通う学園、住んでいるマンションをとりあえず押さえておけば基本的な行動範囲としてはオッケーだろう。近寄ってくるものに関してもここ二つで大体わかる。

 ただ、そうなってくると空を自由にさせているのに疑問がある。一度永久追放したとはいえ、団体の代表として会うことはしなくても母親として接するぐらいやりそうだ。面の皮の厚そうな感じだったし、追放した相手である娘には素知らぬ顔で今日は学園でどんなことがあったのと電話でもかけそうである。確認したわけではないけれど、大体こんなもんじゃないのか。

 いったいどうやって空と千鶴に別れを告げたのか思い出せず、夕暮れの道を一人気づけば歩いていた。無意識に向かっていた先が学園だったのはどういうことか。どうせ明日、もう一人の監視者的存在の人と会えるのだ。

 どうせ手空きの時間ができたのだから、やることは団体について一つ調べることだ。ネットですすすと調べることはできるだろうし、何より情報を仕入れておく、知っておくことも大切。

 ここまでトントン拍子でことが進んでいると思っているものの実際はみのりさんの手の内で踊らされているんだろう。彼女が俺に興味を失えば、そのあまりにも高い二枚、三枚といえる壁を突破することはかなわない。

 しかし、どうしてみのりさんは俺に譲歩してくれるんだろう。また一つ疑問が浮かび、通りの人々の間に消えていった。


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