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天導時空編:第四話 決まり手 冷凍食品

「ごめん、追い出したりなんかして」

 謝罪から入るのは何となく珍しい気もしつつ、そこまで俺たちは同じ時間を共有していないと考える。ただ、彼女にとっては過ごした時間より、その質なんだろう。初日から俺を振り回されていたっけか。

 パンフレットをさっさと鞄に入れておいたのが功をせいしたのかもしれない。もし、ちらとでも見せていれば彼女は察していたはず。

「……お母さんと会ってたの?」

 俺にはわからないが空は確信した様子でこっちを見ている。

「ああ、だが、どうしてわかるんだ」

「あの人、いつも同じ香水つけてるから」

 思い出すだけでも嫌だという顔を見せた。俺にはコーヒーのにおいしかわからないと言おうとして、あの狸か狐の生まれ変わりの女性がしてやったという表情で脳内から微笑みかけていた。

「変な団体に入るよう、誘われなかった?」

「……いや、そんな時間はなかったよ」

「そっか、そうだよね。基本的に女性しか入団できないし」

 俺がいかに母親の話を聞いていなかったのか、ちょっと思うところがあった。しかし、彼女もただ電話番号を伝えたかったように見える

「でも」

 そこで若干空の目が険しくなった。

「団体のこと、知ってるみたいね? 普通、団体なんて言葉使われてもぴんとこないと思うけど」

 目ざといというか、俺の反応をわざと見たかったのか、はたまた俺の言葉にぴんときたのかどっちだろうか。

「そっちの話は軽くだけされたからな。お前さんの母親として、今日は会いたかったらしい」

「ふーん……?」

 じと目で返されたが動じることはない。事実なので堂々と視線を受け止め、俺はコーヒーを飲む。

「あ、私も頼んでいい?」

「どうぞ、奢るよ」

「やった」

 お前さんの母ちゃんの金だしな、そう言おうとしてやめ、コーヒーを飲んだ。

「ね、ご飯食べていこうよ」

「あ? ご飯だ?」

「うん、晩御飯。一緒に食べられないかなって思ってたし。よく考えたら私、冬治に連絡先も渡してなかったし」

 そういやそうだ。母親の方の電話番号をゲットしているなんてちょっと変わっている。

 メニューを頼んだところで空が一つ軽いため息をついた。

「はー……」

 いかにも聞いてほしいという感じだ。

「どうしたよ?」

「……うん、あのね、冬治が私に対して素直でいてくれるのならその、私さ、私のこと何でも話そうかなって」

「また懐に入ってきつつも相手に態度を強要するような真似を見せるねぇ」

 最初は度肝を抜かれたが、慣れてきたのか俺も思ったままを口にできる。人はだれしも程度の差はあれ、空気を読み、相手の顔色をうかがう。この子はそのセンスが抜群にいいのかもしれない。

 母親であるみのりさんと話す時とは打って変わって、俺は特に考える必要がなかった。これはみのりさんのアドバイスも大きい。彼女に対して小細工は逆にやめておくべきだ。

「よし、んじゃ、聞いていくかね……まずひとつめ」

 ふと、そこまで言って本当に踏み込むべきかと思った。今、踏み込んだところで俺は彼女に対しては将来的に裏切る行為をしてしまうかもしれない。

「母親とはどうして仲が悪いんだ?」

 しかし、気づけば言葉が出ていた。

 無視して通れぬ道だろう。入り口から奥地にたどり着くまでに何度母親の存在をどかして話すことなんてできやしない。

「……やり方が気に入らないの。強引っていうか、自分のやり方を押し通すために何でもするっていうか、人を取って食ったような方法してくるもの。嫌だって言ってもあなたのためだとか、きちんと説明してくれないでごまかすし」

 今日初対面の相手に対してそういう思い込みをするのは失礼なんだが、俺もそう思うよ。でもそれを肯定することも否定することもまだまだ難しそうで、母親であるみのりさんのいうことは正しいんだろう。

「お待たせしました」

 これからという段階で頼んでいたメニューがやってきた。ウェイトレスさんを見て空ははっとした表情を見せてうつむく。委縮していて他者に対しては圧倒的な壁を築いているその態度は学園の彼女によく似ていた。

「ごめん、冬治。今日はもう……」

「うん、飯食って帰ろうぜ」

 飯の最中は至って静かで、他愛のない会話を俺がふって空はちょっとした相槌を打つ程度。

 会計を済ませ、外に出るころには闇が近づいてきている。そんな時、話しかけられた。

「あのー、すみません。もしかして、アイドルの……」

 話しかけてきたのは高校生ぐらいの女の子だろうか。俺たちの通っている学園のものとは違う感じで、実直な感じのセーラー服。ふむ、そういえば隣町ぐらいに立派な宮廷のような学校があったからそこの人だろうか。

「えっと、はい。そうです。もうやめてしまいましたけど」

 俺は初めて見る空のきちんとした態度。そこには先ほどのか弱さを垣間見せることはなく、大人びたそれでいて清楚さを感じさせるものだった。

 とても人を殴ってきたり、金的をかましてきそうなそぶりは一切ない。

「わぁ、やっぱり。あ、すみません。私ったらつい嬉しくって……」

 そういって彼女はノートを取り出した。勉強に使っているんだろう、名前欄にしっかりと自身の名前を書き込んでいた。珍しい。

「申し訳ないんですが、これにサインをいただけませんか?」

「いいですよ」

 にこりと微笑んで手慣れた様子でサインをし、ついでに握手もしていた。流れるような動作、手慣れている。

「今日はこのぐらいで。連れがいますんで」

 俺を見て相手に行った。相手も察したようで、俺に一礼すると去っていく。

「スタイルいいねぇ……ぐはっ」

 去り行く少女の尻を眺めていると脇腹に肘を入れられた。にこやかでいて凄みのあるその微笑みに満点をつけよう。

「あんたには私がいるっての」

「……はは、俺って愛されてるよ」

 愛というよりも執着じゃないんだろうかと聞いてみたかったがやめておいた。蹴られそうだ。

 溺れる者は藁をもつかむ。つかんだ藁が、藁じゃないのかもしれないが。

「私さ、アイドルじゃなくって、本当はお母さんの団体の、ちょっとした受付みたいなものだったんだけどね」

 空の家へと向かって歩く道中、彼女はそんな感じで話し始めた。

「結構前に、そういうツテのある人が私のことを気に入っちゃって、そのおばさん、お母さんと話をしていてアイドルなんてどうかしらって。最初はお母さんも断っていたんだけど、お金が置いてあってね」

「金?」

「うん。最初はお母さんも断っていたんだけど額がどんどん大きくなって。なんっていうか、際限なかったよ」

 そんなことがあり得るのかよくわからないが、相手は全力で取りに行く姿勢を見せたんだろう。

「……あとでわかったんだけど断られたことでプライドを傷つけられたっぽいんだよね。それから、お母さんが代表を務めていた団体も乗っ取られちゃって」

「ちょ、ちょっと待った」

 現段階で母であるみのりさんは代表だと名刺に書かれていた。あれは昔のものだったのか?

「いや、もらったお金でもう一回団体を別に作って、またある程度大きくしちゃったの。ノウハウはあるからとか言ってたけど、怖いね」

 この怖いがお金のことなのか、自身の母親に関連したことなのかわからなかった。聞くのが俺も怖かった。

「そこで、もっと大きくしたかったのか、私をアイドルにしちゃってね。こればっかりは気づかなかったよ。お母さんと一緒に買い物に行った帰り、そのまま事務所に向かっちゃってさ。驚いちゃった。それからはもう、とんとん拍子で、私もその気になっちゃって、若いのにしっかりしてるねなんて……大人から見た理想の子供、だったら輝かせてあげようか、みたいな感じで持ち上げられたんだ。やっていてすごく大変だったけど、楽しかったよ」

 そして短期間だがアイドルをやったらしい。

「たださ、基本的に大人の人とのやり取りばかりで同世代とはなかなかね。人気を出すためのアイドルじゃないんだって……お母さんの団体のパンフレットなんかにはたくさん載っているけど、一般的にはほとんど知られてないんじゃないかな」

「そうなのか? さっきの子は知ってただろ」

 俺だって知らなかったよ。ニュースぐらいは見てるんだけどなぁ。

「ここはね、お母さんのお膝下だから。隣町なんだけど、十分ここも活動圏内。私が一人暮らしをしていられるのも管理人さんがお母さんの知り合いだから」

「つまり、アイドルを団体の広告塔みたいに扱って、そのことに対して空は怒ってるってことなのか?」

「……ううん、お母さんは強引だったんだけどまぁ、そういう人だって思ってたんだけど。お母さんがやってた団体が乗っ取られたって話の方に関わってくるかな」

「そうなのか」

「私が契約した際にちょっとしたお金が出てね、それでどうやったのか知らないけどかなり稼いできたらしくて……団体を取り戻したの。今は吸収合併しているからもっと大きくなってる。お母さんもプライドが高くって、乗っ取られたのが許せなかったんだ」

「それをどうして空が知ったんだよ?」

「教えてくれた人がいてね。長年お母さんの下で支えてくれてた。乗っ取られたからといって娘を利用して、やるのは間違えている。娘の私にならそれを止められるかもしれないってね。間に合わなくって、結果、お母さんからしたらすべてうまくいったんだろうけれど一部の人たちはやめちゃってね。まぁ、一部の人たちっていうのはその人プラス、私の派閥だったっていうか何というか」

 母親派、娘派、なんてあるのね。どこも組織が出来上がってくると内部で線引きができちゃうんだなぁと考えさせられた。少し気になったのはそのことを教えてくれた人か。何だろう、ちゃんとした情報が空に伝わっているか怪しいものだ。

「結果、私は離れたわけなんだよね。母といえど、そこはきっちりとしてくる人だからもう永久追放。当然、アイドルも立ち消え。学業の専念の為となったわけ」

「もう、今日は情報量がいっぱいで、夜眠れるか超不安だわ……」

 複雑すぎてるし、経緯がごくごく一般家庭で過ごし暮らしてきた俺には予想外のどろどろ加減。複雑すぎて煮込みすぎたカレーみたいになってませんか、これ。

「こんな家、出てってやるって言ったとき、内部情報は口外しないと約束するよう言われたけど、約束できないって言い返した」

 言いそうだ。

「だから、口外しないと約束させられてね、その代わり、一人暮らしをする権利をもらった。その時、契約を結んだとき。私は……私は会員すべてを呼んだ場所の中央で、皆にみられながら書類にサインしたわ。それから大人数の中にいるのが怖くって。注目浴びられなくなったんだよね。笑っちゃうでしょ」

 否定的な他者の視線にさらされながら、それをするのがどれだけ大変なんだろう。俺には全く想像もつかないし、やれるかわからない。あまりにも代償が大きすぎるようなもので、会う順番が違えば、娘に対してどうしてそんな真似をしたんだとみのりさんがこの場にいたら食って掛かっていた。

「……なるほど、だから会いに来たのか」

 最初からそうしたことを踏まえたうえで、母親の存在を知らなかったアプローチをかけてきたのかもしれない。余計な情報を与えずに一方的に知っておいてほしいことは伝えたつもりなんだろうな。電話番号を渡したのも、俺に行動力がなければ無用の長物だが、文句の一つぐらい言えるよう、こっちに権利を与えたつもりだ。

 そしてそれはそっくりそのまま、下手をすると俺も会員全ての前で何かしらの契約書を書かされるかもしれないんだ。そして空の言った通り、ここらは彼女のおひざ元。影響力強くあるわけで、学生が相手するにはどうにも強力すぎると来た。

「空は俺が転校してきたから興味、持ったっていうことか」

 転校生だから、偶然、自分と同じ日に転校してきた相手である俺ならば、疑り深い空が十分に相手の様子を確かめられたわけだ。アイドルのことを知らず、母親の息もかかっておらず、完全に関係のない人間の俺。よそ者という転校生が空にとってはある意味都合よい相手だったのか。

「……うん、まぁ、最初はそうだったんだけど、冬治ってお人好しで馬鹿だったから」

「お人好しは認めるが、馬鹿ではないと思う」

「そうだよね。だからさ、最後に、っていうのはおかしいんだけど……お母さんからパンフレットもらった? 特別な奴、あの人の連絡先が載っているような名刺とか……ね? 嘘とか、全然ついていいんだ。私は冬治の事を試したし……別にそっちが何か私のことを試しても……」

「もらった。これだ」

 話をさえぎってもらったそれを差し出した。しかし、パンフレットを出した時、なぜだか濡れていてふやけていた。軽く乱暴に出したのが問題だったんだが、どうしてそんなにも容易く裂けたんだろうと疑問に思った。

 冷凍食品に付着していた氷がとけ、引っ付けるように置いてあったパンフレットに直にダメージを与えたらしい。え、そんなことってあるか。もうちょっと先に溶けていてもいい気がしたが。

「……しまった、お母さんの名刺って水分で溶けるの!」

「え? なぜに」

 急いで名刺を取り出せば、内部事情にお詳しい娘さんのお言葉、正しいと理解。後ろ暗い人間が好みそうなもので、いざとなればすぐさま処分できるような代物なんだろう。

 どれだけ頭の回る人間が先回りしても、時に策に溺れることがある。意味の分からない冷凍食品の詰めの一手によって、なんだかいろいろと破綻しそうになった気がしたのだった。


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