天導時空編:第三話 その上の塊
一癖ありそうな、いや、もっとありそうな転校生、天導時空は俺のクラスの後ろの人。一緒に晩御飯でおてつきオーケーという気概を見せられたものの、俺のビビりによってそれはご破算。まぁ、その後もなんやかんや家具作りを手伝わされてその都度晩飯を食べていけば作った家具やら掃除やら、今では風呂掃除を空いた時間でこなし、二週間程度たっていた。
最初は一週間そこらですべての家具を作り終えるだろうと思っていたのだが、意外な問題が発生したのだ。作業をしようと思えば空がちょっかいを出してくるので意外とすすまないのだ。
「ねー」
右腕を捕まえようとしてくるもんで、上げて避ければ体をよせてくる。そのまま床やら作りかけの家具やらに突っ込みかねない。俺が避ければ確実に突っ込むだろう。
「お前さんなぁ、学園じゃそんなべたべたしてこないだろ」
そう、こいつは学園では相変わらずだらけた感じであり、授業中もおそらくさぼっている。それでいて小テストやら不意に当てられた時やらすべて答えるので不公平感がある。相変わらずの勉強に運動に、抜群の結果を残すのだ。
俺に気がありますよ的なことを言った次の日はちょっとばかり学園でもアプローチしてくるかと思いきや、さらさらしてた。
「あ、おはよ」
こんな感じだった。話しかけても上の空で、興味なさげだった。
「珍しいねー、冬治の方から天導時に話しかけるなんて。しかも結構がんばってんじゃん」
千鶴の一言に俺はむっとしたもんだ。これではまるで俺が意識しているみたいではないか。
「え、ちょっとなんでそんな怒ってんの? 友達に話しかけるのってそんなに言われるとむかつくもんなん?」
千鶴の一言に別に怒ってないよと答えて見せたが、いや、まぁ、確かに俺と空は友達だし、話すことは変じゃないんだよなぁと思っていたり、そうじゃないんじゃとも首を傾げたり。
昼飯も三人で食べていたらまじまじと眺めてしまった。
「……私の顔に何かついてる?」
こう言われてしまっては歴戦の勇者に夢川冬治も語るに落ちたかとつぶやかれる。
「あ、ついてるー! うさぎのマー……」
詳細は省いたが、昼飯を食っている最中、クラスでリズミカルに踊り始めたら奇人のそれ。季節はまだまだ初夏を迎えたばかり。極寒のごときクラスメートの視線に対して見返してやって言ってやった。
「俺の顔に何かついてる?」
もう僕は残念なことにこのクラス人たちとお友達だからな。
俺は決してお調子者ではない、クラスメートにお調子者はほかにきちんといる。そんな彼がそそくさと目をそらして聞こえなかったふりをしたのを俺は見逃さなかった。なんだよ、ちょっと寂しいじゃねぇか。
「ちょっと冬治、無視すんなっての」
これまでは回想、こっからは現状。ぼーっとしていた俺の首に自身の腕を背後から回して引っ付いてくる。
こうなってはもう好きなようにさせておいた方が作業も進む。電動ドライバーを使用するたびに、耳元でふあああああ、なんて言われても動じることはない。否、正確に言うのであれば動じた素振りを見せてはならない。そうなればつけあがるのは間違いなしだ。
劣情に任せて行動するのも時には必要だろう。ただ、今回ばかりはそんなことは別の問題が浮上しているのだ。どうにも俺は空の掌の上にいるんじゃないかと思う。
最近、誰かに見られている。これは間違いないことで、しかも相手は学園から俺の住んでいるアパートまでばっちり把握しているっぽい。ただ、プロではないようだ。
てっきり最初はおふざけのすぎた空の仕業かと思ったが違うっぽい。何せ、背中の引っ付き虫なら、ばれたと気づいたらさっさと出てきそうなものである。
じゃあ、いったい誰なんだと考えたところで答えを俺は持ち合わせていない。それでいてちょっかいをそれ以上かけてくる様子もなく、こちらが気づけばその日は追ってこないでそれっきり。
いったい、なんなんだろう。
「えいっ♪」
「おうふ」
好き勝手させていたのがまずかったようで、人差し指を俺の耳に突っ込んできた。
「く~……お前さん、何が狙いだ」
「別に、何も。ただのスキンシップ」
「うそこけ、俺の学ランの中に何の用事だ。」
さすがに放置できなくなった右手をつかんでするりと躱す。
「だってさぁ、さすがに私が男子だったらおそらくそうはならないって。ここまで何しても動じないなんて、あんたこそ本当にどういう考えなわけ?」
「質問の意味が分からないぞ。どういう考えってどういうことだよ。具体的に説明してくれ。こら、目をそらすな、赤くなるな」
真正面から向き合えば空は案外弱いようで視線を逸らす。口を何度か開閉したのち、目を左へとずらしていった。
「いや、その、遠回しに私の事、拒絶されてるのかなって怖くなって」
「……ここにやってきたときの強気はどうしたんだよ?」
俺が言うのも違う気もする。しかし、ここには俺と空しかいない。
「あれが最終兵器っていうか。それをしても反応ないってどうなの? あんなふうにして見せた後なら、何をしたって恥ずかしくないっていうか、学園のあんたの方が恥ずかしいっていうか」
俺もそこを突かれると弱いんだけどさ、そんなに俺は変なことしてないと言いたい。確かに、一度吹っ切れてしまえば限界は超えられると思ったりもする。確かに、空のあれには確かな気迫があった。いったい何を考えているのかと思った。
しかしまぁ、短期間で買い物を済ませたり、家具も二人で買ったし、いろいろと質問もされて学園でも基本的には一緒にいる。そう考えると初日から案外、べたべたされている気もする。ここは素直に最近思っていることを伝えてみようと思い立った。
「実はなぁ……」
話してしまえば問題が解決するかと思いきや、そうではなかった。
話すうちにみるみると空の顔色が変化していき、そう、それは激怒だろうか。恥ずかしさと、怒り、さらには暗い表情をまぜこぜにした何かを見せたのだ。
「……ごめん、用事できたから今日は帰ってもらっていい?」
「え?」
面食らった俺をしり目に彼女はいったんキッチンのあるほうへと歩いていき、冷蔵庫を乱暴に開けて閉め、戻ってきた。その手には冷凍食品が握られている。なぜだ?
「これ、かえって温めて食べてね」
割りとひんやりした食品に、あ、涼しいと、わからぬうちに初夏を感じ、目の前で扉が閉まったところで我に返る。
気づけば俺は冷凍食品を抱えたままマンションの廊下へと押し出されていたのだ。
あの態度的に空の関係者に間違いはなく、そうなってくるとこの立派なマンションの賃貸料などをいったい誰が出してくれているのかという問題から親に行きつく。
ただ、それをおいそれと尋ねるのはご法度だ。確実にこの問題はデリケートな物であり、正直言って彼女にとって何よりも優先される事っぽい。それは初日に聞いた話に関わるだろうさ。
こればっかりは空がおちついて話してくれるのを待つか、はたまた俺の方から時機とご機嫌と、もう少し彼女のことを知らなければきつそうである。
「ふあああああ……」
深い深いため息を一発出した後、俺たちは友達なんだよなぁと実感しつつ、それでいて何かできることがあるのかねと夕暮れを見上げた。いや、さすがに踏み込みすぎなんじゃないのか。
結果、思いのほか早く見つかった。というよりも、何のことはない、相手の方が次の段階に入ったんだろう。冷凍食品をもって町を歩く俺の前で、転んだ中年女性がいたのだ。
「あいたたた……」
自他ともに優しい人間だと認める俺だ。そんなことをされればたとえ見え透いた演技であろうと相手をするしかない。がっつりこっちを見てくる上品そうな中年女性を見過ごせるはずもない。
「あのー、大丈夫ですか?」
さっと駆け寄って、このために神が与えてくれたであろう冷凍食品を捻挫したであろう足のあてがおうと心に決めていたがそれはやんわり阻止された。
「すみません、足をくじいたみたいで。ちょっと手を貸してもらえますか、あの、ファミレスまででいいんで」
なぁに、目の前にあるのだから準備のいいことである。
「どうってことないですよ」
肩を貸し、冷食を片方で握りしめ……ることはゆるされず、鞄の中におとなしくしまって女性をファミレスへと連れていく。
「ちょっと、お手洗いに……」
コーヒーを頼んだところで女性はさっそうとトイレへと向かっていった。もはや最後の方はこちらに気を遣う感じなく、演技でしたと言わんばかりの状況だ。流れるようなこの立ち振る舞いに女性に声をかけて十分たっておらず、俺が稀代のナンパ男ならそこそこの回転率を誇ったことだろう。
「こんにちは」
「……どーも」
何せ、十分以内に別のお上品そうなおばさんにバトンタッチしてきたのだからびっくりだ。
ちょうど運ばれてきたコーヒーに手を付けつつ、そのしぐさも相当な金持ちと見た。金持ちっていうのは態度に余裕というか、衣食住事足りてマナーだとかに視野が向かうのだ。
態度で人を見極めるというのだろうか、これががんがん行く感じの人だったら尾行なんてせずに直球でやってきただろう。
「さて……」
このさては俺と相手、どちらが言ったのか、はたまた別の何かだったか。視線を交わして互いに何者であるのか、知っているようでもある。目じりがどことなく空に似ている。
「あなた、神様をご存じ?」
なかなかの先制パンチときた。俺が何かを言う前に、鞄からパンフレットを取り出してにっこりと笑って見せる。
何かのジョークかと思えばそんなことはなく、パンフレットには、白き神々のほほえみの会と書かれていた。
「ふー……うっふっふ。はー……」
特にこれといって言うこともなく、だからといって相手の言葉に対して反論もとっさに思いつかないだろう。攻守ともにそろったような一言であり、イエスといえばパンフレットを紹介され、ノーと言えばパンフレットをずいと押しやられ、実はいるのよと言われそうだ。
自身の言葉を押し付けてくる、問いかけに対しての答えは問いかけ。なぜなら相手には話す気がないから会話は成立しない。
「空さんの、お母さんでしょう?」
相手は、パンフレットを戻して柔和な表情を見せたのち、うなずいてくれた。
「ええ、そうですよ」
「じゃあ……」
「一つ、質問に答えたのだからわたしの質問に答えてくれるかしら?」
この場に一つルールが出来上がったようで、聞いてもらったのなら、答えてもらったのなら相手の意に沿うほうが今のところよさそうだ。
「はい」
「あなた、空の彼氏かしら?」
「今はまだ、違います」
「そう。じゃあ、空の母としての話は終わりね」
相手がそういったのならその通り。これ以上俺が踏み込んでもいなされ、躱され、拒絶されでドロンでおしまい。もう二度と顔を合わせて話せる機会はなさそうだ。
「はい、これ」
有無を言わさず押し出されるパンフレット。先ほどのものとは打って変わって程よいラメ入りの気合の入ったパンフレットだった。さらに右上には名刺も入っており、代表、天導時みのりと書かれている。
「代表……」
ただものではなかった、そう見た俺の観察眼はほめてほしいが、まさか代表であったとは想像できなかった。しかし、母が作った団体的なことも口にしていたはずだ。
「こちらの団体の代表をしています、天導時みのりと申します」
深々とお辞儀をされ、名乗られた以上は答えるべきだろう。
「はじめまして、夢川冬治です」
「存じておりますわ」
知っていると来たもんだ。こっちはそんな団体の詳しいことすら知らなかった。もはや、空が元アイドルだったことも、というよりも仲良くなっているほうが大事でそんなこと気にも留めなくなっている。空の住んでいる場所で時間を過ごすことが多くなっていたからか。
その後は右から左に抜けていくような感じで話の内容をなかなかに理解させてもらえなかった。難解かつ、癖のある説明に立派な社会人を目指していた俺の心をくじきそうな甘美な言葉をちらつかせつつも、それでいて事務的な手数料のお話はさっと切り上げてさしたる負担にもならないのですよといってくる。時間にして数分程度、要点のみだが帰りたい。
月々おいくらで俺がうんざりとした表情を見せたところで相手は笑った。
「まぁ、気が変わったらこちらに……」
そういって俺が即捨てそうなパンフレットの右上、名刺の裏側を見せてくれた。そこには電話番号が書かれている。団体の番号のほかに、直通と書かれて携帯電話の番号が記されている。
驚かせるのが得意なタイプらしく、その点、娘に似ているのかもしれない。裏表が激しそうで、してやったりという表情を俺に見せた。
「一つ質問が」
「なんでしょう?」
「どうして空とは……」
「代表として、そのような質問には答えられませんわ」
「すみません、では、空のお母さん、空はあなたに対して、というよりも俺に対してやったこと、察したようで怒ってましたよ」
こんな風に話してもはぐらかされるかなと考えていると、そうではないようで穏やかな表情を見せてくれる。しかしまぁ、どこか困った色もしているのも事実か。
「わたしには一つの目標があり、それに行きつくための手法がありましたわ。ただ、あの子からみればそれが目的であり、手段として利用されたと思ってしまったのです。母と子と、きちんと話せる時間もままならない状態でしたからね……母から話せることはここまででしょう」
そこまで言ってああ、そうそうと呟かれた。
「彼女を抜きにして、あまり彼女のことを探らないほうが身のためでしょう。あの子、そういうの嫌いますから」
非常に説得力のある一言であった。真一文字に口を結んだ俺を見てみのりさんは立ち上がった。
「今日のところはそろそろ帰らせてもらいます」
「え、もうですか?」
「あなたはどうやら、悪そうな子ではなさそうですから」
そりゃあ、そうだろう。どこにでもいる生徒に尾行をつけるぐらいする人よりは悪さをしたつもりはない。
「迷惑料も兼ねていますから、ここはわたしが持ちますわ」
そういって桁を一つ間違えたお札が置かれる。彼女は俺の方を見ることなく去っていき、俺は数分後、息を切らして店内に入ってきた空を見てまだ母親と出会って三十分も経っていないことに気づく。鮮やかな彼女のお手並みにコーヒーを飲み、苦笑するしかなかった。




