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天導時空編:第一話 偶像の始まり

 再度説明をしようと思う。何を? と思った人がいるかもしれないが、もちろん、俺のことである。

「はーい、みんな、今日このクラスにまた一人新しい仲間が加わってくれましたよ」

 盛り上がるクラス、スライドを快く受け入れてくれる引き戸、やってきたのは俺、夢川冬治。どこにでもいる二年生だ。

「どうも皆さん、初めまして。転校生の夢川冬治です。みんなーよろしくねー」

 満面の笑みを見せてみるが、みんなの反応は困っている人のそれだ。とっても困っているとみた。これはあれだな、キラキラおめめで僕、セミの死骸を集めるのが好きなんだと周りに自慢したら引かれた感じのやつ。それに対して一番仲のいい友達がフォローでなるほど、昆虫標本ってやつなんだなって言ったら、ううん、手足を引きちぎっていくのがたまらなく楽しいんだというような人の感じだ。

 自分で言っていて例えを間違ったが、度肝を抜かせるのは一応段取り通り。転校生の女の子について打ち合わせが行われて、学園長自らが陣頭指揮をとっていた。そんな中、俺が一発馴染みやすい空気を作ってやるという話をしたのである。もちろん、ちょっとした内申点がプラスされるとのこと。

 まぁ、内申点は差し置いて、なんと、転校生の女の子、元アイドルらしい。なるほど、それは馴染みづらいかもしれない。

 俺は挨拶を終えるとスマートに自分の席へと座った。何やら隣人はとっても面白おかしいことがあったらしくてヘドバンしながら楽しんでいらっしゃった。

「では天導時空さん、入ってきてください」

 その言葉に何人か男子がまじかよと言ったり、女子がいきなりセミを食べた人間見つけたような表情を見せたりした。

「……はぁい」

 根暗な感じの声が響いて、人が教室内へと入ってきた。それはみんなが想像していたのとは違っていたらしいようでどよめきが起こってひそひそ話が聞こえてきたりもする。

 俺の時と違ってなんというか、ちゃんとした反応をしてくれていませんか。俺の時は隣人に放り投げたくせに。

 かかわらないでおこうという空気が二割、しかしまだまだあきらめていない人もいるわけで。

「あ、あの」

 一人の男子生徒が手を挙げた。

「天導時空ちゃんって、もしかしてあの、天導時空ちゃんでしょうか」

 あのってどのだよという顔を何人かしたわけで、あのというのは端的に言うとテレビに出ているアイドルの天導時空、らしい。地方のアイドルだとのちに聞いた

 テレビ、しかもほんの一瞬だけ全国放送で流れた。いろいろとうわさが流れたらしく、ごくごく普通を最初は売りにしていたアイドルなわけで、奇抜さも特になく、清楚な感じで、演技がうまいかといわれたらそうでもない。そんなところが娘を持つおっさんに受けた。が、テレビに出なくなったので徐々に忘れられた。

 運が悪いことに似たようないアイドルの子がもう一人いたわけで、そっちに人気をとられたという評価だ。別に敵対しているわけでもなくよくテレビに出ていたおかげでなおのこと、天導時空ちゃんがよかった人もそっちの子へとシフトチェンジ。

 まぁ、あれだ、おそらくアイドルをやめるために転校してきたんだろう。みつあみ眼鏡とだ。もう一般人に戻りますという顔をしていらっしゃる。

 転校生が多いタイミングもそういうことかもしれない。協力するといった後に、奇人の後に凡人が来れば薄れるというものだ。先生が得意げに披露してくれた言葉を俺は一生忘れられないだろう。その奇人って誰のことですかね、そんな言葉はのどまで出かかってぐっと飲みこんだものである。

「そうですけど、学業に専念するということもあるからクラスメートとして仲良くしてあげてくださいね」

「はーい」

 先生の言葉に俺が真っ先に頷いておいた。先生のにこにことした顔が俺を褒めてくれている。そうだ、ここも打ち合わせ通り。一人が先に頷けば、大体の人がそれに倣う。用意された台本通り。

「よろしくおねがいしまーす」

「はい、じゃあ天導時さんはあそこね」

 一人だけ窓側、教室一番後ろのポジションへ。その前の席は俺。隣は不良少女。周りの生徒たちが残念そうな顔を見せるのを俺は見逃さなかった。話しかけようとすると俺がいるからな。いや、でもよく考えたらそこまで変なことは言ってないし、まだ立て直せるはず。

「まだ一日しかたっていないのに、お前、大丈夫かよ。そんなことでクラスになじめるのか」

 いらん心配を一日でしてくれる不良少女に憐みの視線を向けられつつ、俺はにこにことした表情を後ろへと向けた。

「俺も昨日ここにやってきた転校生なんだ」

「あ、うん。よろしく」

 触れてくれるなという全身全霊の表情を向けられたが、大丈夫だ。俺の方も友達に元アイドルがいるんだぜ、ぐらいにしか言わないだろうし、おそらく人当たりが気難しそうな感じだから好き好んでちょっかいを出したりしない、ようにしようと思う。

「なんだか素っ気ないねぇ。最近の若者っていうのはあんな感じか」

 でもまぁ、先生たちとのやり取りでクラスに入りやすいようやったのは事実だし、挨拶ぐらい返してもらいたいもんだ。

「失礼だと思うぞ、そういう言い方」

「……不良にそういわれるとは。いや、そうだな、確かに今のは俺が悪かった」

「ああいうのは金をもらって初めて成り立つもんだ。笑顔はただじゃないぞ」

 不良少女のそんなことも知らないのか、社会に出てみろという顔をされる。

「そういうもんなんか」

「そうだよ」

 休み時間、さっそく後ろの新人はトイレへと席を立つ。

「あー、天導時さん? ご覧のとおり、もう行っちゃったよ。どう、俺と話す?」

 転校生でも俺の方とは話をしたくなかったようでかすごすごと自席へと帰っていった。苦笑した顔がちょっとがっかりである。

「やっぱりクラスが温かく迎えてくれているっていうのに即座に席を立つってどうかと思うわ。俺はこうして待っているんだしな」

「ほー、変なことしたやつがよく言うよ」

「あれは……なんだ、ともかく、他人様と言うのは大事だよ。あの娘はなーんもわかっちゃいない。いいか、こういうことは本人がいる前で言うんじゃないぞ、絶対に怒るからな」

「聞こえてるんだけど」

 まぁまぁ、いつの時代もお約束というのは大切でありまして、潤滑に物事が進むよう神様か何かがうまく配置していらっしゃる。これは創作物でも現実でも変わらずそういうものでして、不思議な御縁といえましょうか。

「嫌われ具合じゃ、あなたのほうが上のようね。いったい、何をやらかしたの」

 眼鏡をくいと上げてみつあみを触れるさまは優等生。クラス委員は別にいるけれど、転校生のこの子のほうがよくよく似合っていらっしゃる。

「……別に、なんにもしてないよ?」

「こいつ、あたしの膝の上にいきなりすわったんだぜ、やべぇだろ」

 なぜ、そんなにも自慢気にこたえるのか。

「うっわ」

 これである。元アイドルと言えど、反応はごくごく一般の人と変わらないだろう。それはまるで言葉を覚えたての子が「ぱっぱぱっぱ」といったに「まーま、まーま」という流れのようだ。俺に対しての態度は一日も経っていないのにマイナス寄りに見て取れた。

 でも大丈夫、まだほぼ初対面だからこれからぐっと上がるかもしれない。

「で、どうしてそんなことしたの?」

「間違えちゃって」

「ほー、間違えたねぇ」

 やられた本人からしたらたまったもんじゃないんだろう、小ばかにした顔を向けられたので論点のすり替えとインパクトの強い行動で上塗りすることにした。

「わかった、んじゃ、今からこの学園でもっとやべぇ奴の膝の上に座ってくるわ」

「どうしてそうなるのか」

「ちょっと待ってろ。学園一のヤンキーでもさがしてくっから」

 クラスの中でまともそうでおとなしそうな子を捕まえて隣の安田という人がヤンキーっぽいと教えられたのでそっちへと向かった。

 のちに安田君はそう見えるだけだよとぶっきらぼうに答えた。そういえばという表情で、最近新しい情報を仕入れいたといい、そっちの方がやばいらしいぞと教えてくれる。それならその人へ会いに行ってくると言ったらお前、すげぇなをいただいた。

 そして結果、戻ってきたのは自分のクラス。自分の席へ。

「転校生でやべぇやつがやって来ているっていう話に落ち着きました。さすがアイドル。話題性が違う」

「お前だお前、学園一のやべぇ奴だ。ははっ、お前、自分の膝の上へ座って見せろよ。そうしたら昨日のことをチャラにしてやるから」

 いったい何が面白かったのかヤンキー少女の山野ちゃんはげらげらわらっており、落ち目だか元アイドルだかも笑っている。

 ふふっ、ようやく笑ってくれたね、君のその笑顔は素敵だよ。だけど、僕の笑顔の方が素敵だ。と言ったら学園一のやべぇ奴と再度言われるので歯茎をむき出して笑っておいた。

 きもがられたのでもう二度とやらないと心に誓ったが。

 二人の転校生がやってきたというよりもまじめそうな転校生が実は頭がちょっとおかしいんじゃないかという噂が学園内に広まっていたりする。二日目でそういった話をヤンキーから聞いてちょっとへこんだ。

「まじごめん、軽く話を持っていいふらしたわ」

「って、お前さんかい」

「え、なんていったの?」

 お昼もなんだかんだで落ち目とヤンキーと共にとる流れ。飯時に暴れられてはたまらないという周りの視線が痛かったものの、割と普通の人であるという認識もしてくれている。今後、奇行はとるまいと心に再度誓ってみる。

「体育中に女子のスカートとってはいたり、いまだ男子のズボンを下げようとしたり、下半身に異常な執着を見せるって」

「どうしてちょっとおどけた方向性に持っていけなかったんだろうか。あいつ、お調子者だよなぐらいで済まないよね、それは」

「別に、そのくらい大丈夫じゃね?」

 そういうことで大丈夫だった試しはもちろんないわけで、友達百人を目指すわけのない俺からしても正直言うと嫌なことだ。

 まぁ、もしかしたらまた転校が決まってしまう可能性があるので人の評価を気にしているわけでもない。評価を気にするべきは教師ぐらいなもので、友達百人できている頃にはうまく卒業か、転校している頃合いだろう。

 黙りこくった俺を見て意外と深刻な悩みととらえてくれたのか、落ち目が軽く笑っていってくれた。

「君がそんな風にやってくれて私は助かったけど」

「素直じゃないなぁ」

「そ、そう?」

「素直に言えよ、助かってるって」

 といったのはヤンキーなわけで、俺としては意外だった。何に意外だったのかは焦っている落ち目とうなずくヤンキーの態度だ。

 相性がいいのか、もう仲良くやっているように見えたんだ。俺が昼飯を買いに行っている間に結構話していたらしい。

「聞いたぜ、冬治。お前のその態度、演技だってな」

 いや、そんなことはないんだが。ここで軽く一筋の光、みちる。輪が目の前に垂れるその光の道筋、たどれば奇人評価から凡人評価へとつながるもの。いくら周りから好き勝手に生きているといえど、心無い一言に対しては傷つくものだから普通だという評価をもらえたら嬉しいものなのだ。

「空が目立たないように変人を気取っているんだって? しかもそれを秘密にしているとか?」

「……たまたま聞こえたんだよ」

 そこまで言って、落ち目のアイドルに影響与えないか顔色を窺ってしまい、目があった。相手は普通に笑ってくれてそれがなんだかうれしかったわけで、そんな顔を見られたくないなと思ったので俺はしかめっ面をしてしまう。



「もう私はアイドルじゃないんです。元がその、母親が作った団体の人集めとしてというの、私、自分がそんな風に扱われていたなんて知らなくて……もう、嫌なんです。」



 俺が一発注目を集めるためにやったことは意味があったと思いたい。

 その話を聞いたのは転校してきたからこそのタイミングというか、まー、そんじゃしょうがないかなと思ったのもある。偶然それを聞いてしまい、彼女は去っていった。

 ただのアイドルなら聞こえはいいだろうが、本人が嫌がり、母親が作ったよくわかんない団体が母体のアイドル。複雑すぎるわけな気がして、同じ転校生として肩身が狭くなるよりは協力し合える関係のほうがいいだろう。

 俺からの押し付けではなく、彼女にも相談して学園に慣れるまではお願いするといってくれた。それだけまぁ、アイドルを辞めたいんだろう。いや、もうやめてしまっているのか。

 なお、くれぐれも誤解されないように言っておくがヤンキーの膝の上に座ったのはまったくもって関係ない。

「いやー、見直したぜ。演技がうまいな」

「……まー、結果的に今のところはうまくいっているっぽいからいいけどさ」

 見直されるレベルの俺の評価がゼロに戻っていることに軽くほっとしつつ自分で言っておいて今後無茶ぶりを求められないか不安だったりする。

 放課後、さっそく無茶ぶりを要求されたので舌を巻いた。

「一人暮らしを始めたから、買い物手伝って」

 女子からのお願いというのはたいていがうまい具合に男子をこき使って、使えるだけ使ったら後はありがとう、言葉を投げてからのお別れがお決まりのパターンである。

 手伝わなければよかったという感情もひょいと顔を見せてくる。ひがみ根性があると思われるかもしれないが、成功したことのない人間というのは大体がそのパターンで、成功している人間がそんなこと言うのはほぼない。思う必要がないからな。

「何かくれるの?」

 ダメもとで、冗談めかして言って見せると晩御飯を一緒に食べようとのこと。これは非常にうれしい。ありがとうという手切れ文句よりも物理的にも、名誉的にも非常にうれしいものだ。

 荷物があるだろうからとロッカーにすべてを放り込んで学生かばんは、ほぼ空っぽに、俺の両親はめったに帰ってこない仕事大好き人間だからどうせいつも一人だ。ラッキー。大体の同学年の生徒たちは飯を食う時ぐらい、話せば何かしら答えてくれるだろう人がいるんだからましといえる。兄弟がいる人とかうらやましいもんだ。

 学園を出て二人で真っ先に向かったのがショッピングモール。学ランを脱ぐよう指示され、

「はい、これ」

「え」

「買っておいた服。制服姿じゃちょっとダサいし、着替えてよ」

「……はいはい」

 俺は準備された服、彼女は制服であったがすぐさまトイレへと向かって着替えてきたのである。アイドルっぽさは全くないが、清楚な感じの女の子が出てきた。

「どう?」

「似合ってる」

「そう、そっちもそれなりに似合ってるわよ」

「……そりゃどーも。しかし、用意がいいな」

「予定として決めてたからね」

 そういって手書きのメモ帳を見せてくれる。なるほど、今日は買い物と書いてあった。ただ、俺を連れてくるわけではなかったんだろうが、だれか男子に声をかけるつもりではあったのだろうか。

「スケジュールなんてほぼ使ったことないなぁ」

「仕事をしているとどうしてもね」

 俺よりも一歩も二歩も先に社会に出ている女の子の言うことはのほほんと勉強しているだけでいい身分からしたらただただ異質さを感じるというか、この時はまだ、住む場所が違うなぁという感想程度だった。

 荷物持ちばかりさせられるかというとそうでもなく、俺に求められているのは家具に対しての意見だったり、話し相手だったらしい。

「これ、どう思う?」

「こっちは?」

「実際に使ってみてこのテーブルの高さ、使いやすそう?」

「私は青色が好きだけど、そっちはどんな色が好き?」

「ごはん、普段どういうの食べてるの?」

 思ったよりも話しかけてくれるし、高飛車だったりするのかといわれたらそうでもない拍子抜けするぐらいに普通の子だという印象を受けた。

 家具はアパートへ全て送ってくれるという段取りを組んでおり、そのやり取りを傍目で見ている俺は不出来な荷物持ちだ。いや、もうお姉ちゃんの買い物についてきた弟レベル。にこにことした顔で店員さんが飴ちゃんを俺にくれたのは痛くプライドを傷つけられた気がする。

 ちょっと離れたベンチで飴ちゃんを舐めていると聞こえてきた会話がそりゃもうズタボロにされるような感じだった。

「一人暮らしされるんですか」

「はい」

「弟さん、ですかね? すごく心配そうにされてますね」

「ふふ、そうなんです。姉にべったりな弟で」

 俺のこと、同い年の、ほぼ初対面な俺のことを弟としてそれを通したのである。大した演技力だ。あの女、強かという評価に改めるしかない。


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