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北村孝乃編:最終話 二人よろしくこれからも

 俺が孝乃先輩にお願いした内容はそのまままるっと戻ってくるのが一年後の話だが、今日は俺からのお願いをした週の土曜日だ。

 お昼過ぎからお邪魔することになっており、手ぶらで行くのもなんだろうと駅前でケーキを買ってきた。ずらっと並ぶケーキに俺は孝乃先輩が好きなものを想像して無難なものを買っておくことにした。

 二人分だけ、というのもどうだろうか。一応、先輩のお母さんの分も買っていくことにした。

「あら、もしかして冬治君じゃない?」

 ケーキを選んでお会計が終わると聞き覚えのある人の声が耳に届く。

「あ、孝乃先輩のお母さん」

「久しぶりねぇ、今日、うちに来るんでしょ? ごめんね、ケーキ買ってきてくれているのね。私も来るって聞いて今来たところなの」

 困ったわねぇと笑っていたが、ある意味ちょうどいいタイミングだった。二つケーキを出されても食べることはできるが甘いものを多くとるのもなぁ。

 ケーキ屋で立ち話もできるわけでもないので、そのまま二人で孝乃先輩の家へと向かうことにする。

「今日は家に呼ぶんだって孝乃ちゃん、はりきっていてね」

「そうですか、それはよかった」

「最近、勉強も頑張り始めてくれたし、そのことで彼氏に怒られたって言ってたわ」

「あ、すみません。怒ったつもりはなかったんですけど」

「ふふふ、いいのよ。いい子が彼氏になってくれてよかった」

 まだ会うのは二度目だが、割とふんわりとした印象のお母さんで話しやすい。タイプ的に孝乃先輩と違うきもするが子供なんてそんなもんだろう。

「ただいまぁ」

「おじゃまします」

「あれ、お母さん? と、冬治? 一緒だったの?」

「ケーキ屋さんでね、一緒になっちゃって」

 運がよかったわぁと笑っているおばさんに俺もうなずいた。

「ちょうど会って、よかったですよ」

「せっかくだし、買ってきてくれたケーキを食べましょう」

 コーヒーを淹れるわねとおばさんに告げられ、奥のほうへと向かっていった。

「冬治、あたしの部屋はこっち」

「あ、はい」

 腕を引っ張られ、孝乃先輩の部屋に案内してもらう。

 中に入ると、割と落ち着いた感じの畳部屋だった。余計なものは特になく、本棚に本が並べられており、後はタンスや和風のベッド、机ぐらいだろうか。

「片付いているんですね」

「そりゃあね、あんたが来るのならちゃんときれいにしておかないと、で、いきなりで悪いんだけどこっち来てくれる?」

「はいはい? なんです?」

 顔を近づけてきたところを見ると内緒話らしい。

「うっかり、というかあたし、冬治が来るってことお母さんに話しちゃってね。それでさ、その、今日は二人っきりでイチャイチャできないのよ」

「え? イチャイチャするために呼んだんですか?」

「え? 違うの?」

 しばし、二人で向き合った。

「じゃあ、あんた何のために来たのよ」

「遊びにですけど。あと、勉強するのも悪くないかなって思って、勉強道具も持ってきました」

「真面目ねぇ。冬治」

 あきれ返った顔をされた。

「そりゃ、この前勉強してくれといった側ですからね。孝乃先輩がスケベなだけなんじゃないですかね」

 途端に顔を真っ赤にし、すごい勢いで食って掛かられる。

「す、スケベって何よ、スケベって。あたしはイチャイチャしたいだけなんだから」

「あ、はい」

「あんたと出会ったから、やりたいことをやりたいうちにやるっていうことを学んだの。これってとても普通なことでしょ?」

「……物はいいようですね」

「そしてあんたの扱い方も最近わかってきたわ。あんたは説得力さえあれば割と従ってくれるってね」

 どうよと言わんばかりに不敵に笑ってくる。元から遠慮のない性格だったが、こうしてみると彼女の長所だ。

「まぁ、そうですけど孝乃先輩のお願いなら多少、わがまま言っても聞きますけど?」

「えー、冗談でしょ」

「いやいや、割とまじです。孝乃先輩がいいんなら二人でどこまでもってわけですよ」

 しばらく考えて孝乃先輩は俺の真意を見逃すまいと手を出してくる。

「握手」

「はい」

「抱きしめて」

「はい」

「んっく……」

 体に多少を力が入って、こわばっている。しかしそれも数秒。先輩も自ら俺の背中に手を伸ばして抱きしめ返してくれた。

「じゃ、じゃあ、キスして」

「いいですけど、あの、さすがに先輩のお母さんが見ている前ではちょっと……」

「え?」

 俺の言葉にようやく気付いたようで妙な声を上げた。

「お、お母さん……」

「コーヒー、淹れたわよ」

 にっこりと母親がこちらを向いてそういった。

「ごめん、お母さんあっち行ってて。今、彼氏といいところだから」

「それはさすがにダメよ」

 俺たちの今後に関係してくるわけで、待ったがかかるのならそこで終わるしかない。離れようとしたものの、こればっかりはもう一人の意見と一致しないといけない。

「やぁっ、するの」

 そういって駄々っ子のように俺にしっかりと抱き着いてくる。驚くことに、両腕だけではなく、俺の腰に飛び乗るような感じで足でもホールドしてくる。

「はぁ、もう、ダメだって言ったのに。聞き分けのない子ねぇ」

 慣れた様子で母親は一回だけよと言ってこちらに背中を向けている。

「うわぁ、わがまますぎますよ」

「あんたが多少のわがまま、聞いてくれるって言ったじゃない」

「言いましたけど」

「それにさ、別に恥ずかしいことをしようってわけじゃないし」

 意見の相違があるようだ。孝乃先輩って恥ずかしい気持ちを持っていないらしい。

「あのー、俺は恥ずかしいんですけど」

「見ている人はいないわよ」

「わかりました、今だけですよね?」

 さすがに母親が見ている前で要求されるようになったら断るしかない。

「え、えぇ? その、いっつもやりたいっていうのなら……その、頑張るけど」

 その言葉を聞いたとき、俺はすごい人の彼氏になってしまったのかもしれないと少し諦め気味に思ったのだった。

 ことをすませて、というのは語弊があるものの、終わった後にコーヒーとケーキが準備されたテーブルについた。俺の心境としては針の筵である。何言われるかたまったもんじゃあない。

「ごめんね、冬治君。娘がわがまま言っちゃって」

「ははは……なんといっていいのやら」

 その眼は本当に何か言いたげで、テーブルの埃でも拭き取ろうとしたのか指をすーっと動かした後、俺のほうへと向いていた。

「それでね、冬治君に提案があるんだけど」

「はい」

「娘のこと、お願いしますね」

「……あ、はい」

「あのね、お母さん。そんな心配無用よ」

 ふふふと笑う娘が不思議だったのか、どうしてという顔をした。

「冬治ってばね、大学を卒業したらちょっと同棲してみて、それから結婚を考えようかなって。子供は三人を予定。三十代ぐらいでマイホームを予定しています。共働きで、幸せな家庭を築きたいですね、ええ、って前に言ってくれたのよ」

「へぇ」

 ここで母親ポイントがだいぶ稼がれたようだ。俺の反応を見て、その言葉を言ったのは本当だと思ったっぽい。確かに言ったが、それはあくまで惚れ薬に関係していた時にだ。何も今の孝乃先輩に対して本気で言ったものではない、ないのだが……この場を切り抜けるというのは難しいにもほどがある。

「まぁ、いいか」

 度胸があるというよりもどこかあきらめた感じで俺はコーヒーを口に含んだ。

「で、あなたたちはどこまで進んでるの?」

「ぶーっ」

 超有名な場面であるといえよう。このタイミングで狙ったようにそう言われては吹き出すのが礼儀といえる。

「うわぁっ、冬治のすっごくかかっちゃった」

 よからぬ場所に拭いてしまったようで、孝乃先輩は顔を拭いている。よこしまな気持ちを瞬時に切り捨て素直に言うことにした。

「ちゅ、ちゅーまでです」

「……」

 見極めようとする視線が孝乃先輩にそっくり。母親だ。

「そうなのね、もっと進んでいるのかと思った」

 実際に進んでいたら、どういわれていたのだろうか。すごく気になるが、恐ろしい気もする。

 気づいたら食べていたケーキも結局味がわからなかったし、ほとんど孝乃先輩も話をしなかった。俺と先輩の母親で話をしていたのをみているだけで、ケーキとコーヒーを味わっていたわけだ。

 ただ、終わりは見極めていたようで三人のケーキとコーヒーがなくなったところで率先して皿を片付け、俺の手をひいた。

「さ、行くわよ」

「いってらっしゃい」

 先輩のお母さんは何やらわかっているようで、俺のほうをちらりと見た。

「冬治君、また遊びに来てね。今度は私がおいしいケーキ、買っておくから」

「……はいっ!」

 なんだかその言葉だけで許された気がして、俺は返事を一つした後引っ張られていった。そして家を後にした俺たちはとりあえず駅前へと向かうこととする。

「うちのお母さんがあんなふうになったら下手に話さないほうがいいわよ」

「さすがに初手からスルーはできないっす」

「え、そう?」

 んじゃあ、俺の両親と面通ししても大丈夫ですかね、なんて言わなかった。受験生だし、変な気をもませても嫌だ。

「まぁ、そのうち慣れるわよ。あの感じ、なかなか好感触ね。さすがあたしの彼氏」

 なんだか慰められるようにして肩をたたかれた。

「あれー、冬治君に孝乃ちゃんじゃん」

「こんにちは」

 さぁて、これから先輩と二人で何しようかと考えていると、見知った二人の先輩が俺たちの前へと現れる。時雨先輩と亜美先輩だ。

「あ、ども」

「こんにちは。二人ともデート?」

「うん、そう。そっちも?」

「そだよ」

 自然と亜美先輩と孝乃先輩が話し始めて、男二人があぶれるような感じになる。

「あのー、時雨先輩」

「ん?」

「えっと、デートってこれからどこに行くんですか?」

「ははぁ、敵情視察ってやつだね」

「いやいや、敵って何ですかそれ。実は孝乃先輩の家に行ってたんですけどちょっと出てきちゃいまして」

「あ、そうなんだ。これから僕たちは図書館に行くんですよ」

「図書館?」

「うん、勉強するために」

 ご立派である。と、言いたいが受験生だしそうだよなぁ。うちの彼女は大丈夫だろうかと不安な気持ちで視線を向けると向こうの二人も話が終わったらしい。

「時雨くーん、これからカラオケ行こうよ」

「うーん、負けたね、うちの彼女」

「……すみません」

「君が謝ることはないよ。ここはぱっと切り替えてさぁ、一緒に行こうじゃないか」

 肩をたたかれ、俺は満面の笑みを浮かべている彼女をどう見たものかと思いつつ楽しむことにした。

 終始、カラオケでマイクを握りっぱなしだった孝乃先輩であったが、終わりになると何やら黙りこくった。その雰囲気に時雨先輩に亜美先輩も何かあるのかと静かになる。

「あ、あのね。実は二人に謝らないといけないことがあって」

 俺が一体それは何なのか、容易に想像がついた。

「その、深くは説明しても証明できないことでね。いっても信じてもらえないことだと思ってる。原因はもう、冬治が何とかしてくれたんだけど……結果的に二人に迷惑かけちゃったんだ。ごめんなさい。謝って済むようなことじゃないし、その、間違ったことになって後で気づいたあたし……あたし、亜美に許してもらえなかった。本当にごめんなさい」

 頭を下げた孝乃先輩を、亜美先輩と時雨先輩は一度だけ顔を見合してうなずきあっていた。

「わかってるよ、全部」

「え?」

 時雨先輩は優しく微笑んだ。その言葉に驚いたのか孝乃先輩は顔を上げて二人を見ている。

「この件、冬治君もかかわっているよね?」

「……はい」

 ここで逃げるわけにも、否定するわけにもいかない。なんであれ、俺が関係しているのは時雨先輩の言うとおりだからな。

「悪いけどさ、僕、見ちゃったんだ」

 見た、見たって何をだろうか。

「ワープだよね?」

「あ、うんうん。ほら、自販機前のことだよ。ついこの間のことじゃん」

 人差し指をくるくると回し、亜美先輩が得意げに言った。

「冬治君は謎の存在で、実はワープ技術を僕らの学園で試していたんだ……そしてそれから……」

 その後、時雨先輩の一通りの通常では考えられない言葉についていけなくなったところで亜美先輩が値を上げた。

「ねー、その話ってもっとかかる?」

「え、まぁ……うん」

「いいじゃん、もう。冬治君も孝乃ちゃんも楽しそうでさ。許してくださいって言ってるんだし、何かこっち、不幸な目にもあってないんだし」

「まぁ、僕は最初から何か言うつもりはなかったよ」

 がっつりしゃべり終えた後なんだけどなぁと思ったが言える立場もないので黙っておいた。いい話を聞けて良かったぁという表情だけはしておいた。

「ちょっと気になることはあったけれど、それは思い過ごしだったし。そろそろ時間だから出ようか」

「そだねぇ。あ、そうだ。これから図書館で勉強するんだけど二人も来る?」

 俺は遠慮願いたいなぁと思っていたわけで、今度は顔に出てしまったらしい。

「亜美ちゃん、やめておこう。これから二人、用事があるんだって」

「あ、そうなんだ」

「ね、冬治君」

 時雨先輩からのパスにうなずいて、俺は首をこくこくうなずく。

「はい」

「そうなんだ。じゃ、今日はこれまでだね」

 カップル二人に別れを告げて、俺たち二人はまた駅前をふらつくわけだが、知り合いに会いそうだという考えのもと、徐々に人通りの少ないほうへと向かっていく。

「冬治」

 名前を呼ばれ、足を止める。もうほとんどあたりに人はいなかった。

「なんですか?」

「あたしさ、あんたから物を盗んで、ほかのカップルにちょっかいだして、それだけじゃなくって、冬治に押し付けるようなことしちゃって悪いと思ってる」

「……今日は孝乃先輩、謝ってばっかりですね」

「うん、あんたが許してくれるっていうのもわかってる。だけどね、やっぱりそれじゃあたしの気が済まないっていうかさ、あたしは……」

 たまらず、自分の彼女を抱きしめる。

「いいんです」

「え」

「いいんですよ。俺はこの先、孝乃先輩の人生にちょっかい出していきますから。そんで、孝乃先輩が気のすむまであの二人にも幸せをおすそ分けしてあげましょう。それでいいじゃないですか」

「冬治、あんたやっぱちょっと重……あ、ごめん。そうだね、ありがと……あいたたた、あんは、へんはいにむかってほっへをひっはふなんて……」

 怒る孝乃先輩のほっぺを好きなだけ揉ませてもらい、俺は一つため息をついた。

「はぁ、もう。真面目モードだったのに」

「ありがと、冬治」

「……いえ、当然のことを……」

「ものすっごく自然に抱きしめてくれて!」

 そっちか。俺は自分の彼女にかなわなさそうだともう一個深いため息をついてしまった。

 それから俺たちは一年間、割かし真面目にお付き合いし、俺が受験生になった時は同じ大学へ通うことになった先輩たちからお世話されることになった。これがもう、時間を三等分してくれているあたり、しっかりと考えられている。ただまぁ、亜美先輩と二人っきりになることはなく、必ず孝乃先輩に見られていたりするのだが。

 ある時、俺は嫉妬してくれてるんですかねぇと時雨先輩にこぼしたことがある。

「ああ、それね、惚れ薬を盛られるんじゃないか心配しているんだってさ。あはは、面白いことを言うよねぇ」

 全然笑えない冗談を聞いた後、俺は一人、たまには今度からかってやろうと両手の指をほぐしておくことにしたのだった。俺の少しエッチな仕返しはその後、大変な事態を招く。具体的には母親に目撃され、そのままゴーをマジか冗談か、彼女に言われるという最悪な結果だった。


今回分の投稿で惚れ薬編、終了です。正直言うとリスタート自体が自然消滅するところだったなぁと。さすがに飛ばして次の話へ行くわけにもいかず、危なかった。データのバックアップってちゃんととっておかないとと思いつつも、かといって頻繁にやるのも面倒で面倒で。節目に挟むぐらいがちょうどいいと思っていましたがいったいどこへしまったやらと探すのもいいやとなっていました。いや、ここまで全部いいわけなんですけどね。次回からは惚れ薬の後、転校した冬治の行く先に手また別のお話が繰り広げられる予定です。元で書いていた惚れ薬が割とBADENDよりだったので、それから続くお話、よってリメイクとなる今回ではほぼ違う話(いや、細部をいじりすぎてもはや別物なのは毎回なんですが)となりましょう。

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