北村孝乃編:第七話 やろうと思えばできる、でもやらない
正々堂々告白する、そういったものがどんなものであるかよくわかったりはしない。今時珍しいラブレターを出すのは正々堂々ではないかもしれない。では、当たって砕けろの精神であなたのことが好きでしたと言うものなのか。はたまた、動物のように求愛行動を見せつけるのか。さすがに惚れ薬は正々堂々ではないんだろうな。非合法と言う言葉がぷんぷんする。
「いい? あんたは時雨君の前に姿を見せちゃだめよ」
「わかりました」
夕暮れ差し迫る放課後、俺は風を切って歩く先輩の数歩後ろを歩いていた。目的地は不明だ。決戦の場所へ向かうとだけ言われている。
「気取られてはダメ……いいわね?」
振り返ることなくそんな言葉を伝えられる。まるで潜入工作員か何かだ。それなら俺と一緒に行かなければいいのに。
「返事は?」
「またせたな?」
「ちがう、返事はハイ」
「はいはい」
「はいは一回」
「はい」
「よろしい」
前から女子生徒数名が話しながら俺らとすれ違う。
「今のあたしたち、さっきの人たちから見たらどう見えるかしらね」
「ただの生徒です」
ここでようやく先輩は振り返ったが、もの言いたげな表情をよこすだけで言葉は投げつけてこない。
「何か言いたいことがあるのなら言ってくれないとわかりませんよ」
あんたはしゃべりすぎよと言う目線をくれて先輩はまた歩き出していく。俺は先ほどよりも先輩と距離を詰めて歩くことにした。
先輩が向かった先は校舎裏だ。べただが、実際にこんなところで告白する人なんて見ない気がする。
俺には近くの壁にでも張り付いているようにと指示を出す。
「絶対に出てきちゃだめよ? あたしのかっこういい姿を頭に刻んでおいて」
「足、震えてますけど大丈夫ですか」
「これはね、歩き疲れて足がただがくがくいっているだけだから」
「汗もすっごい出てますし、顔色悪いですよ」
「拭いて」
「あ、はい」
とても告白する前の表情じゃない。なんだかホラーゲームで主人公が化け物に初めて出会ったときのそれと似ている。
「普通は胸がどきどき、気持ちむずむずしちゃうと思うんですが」
「そんな薄気味悪くて頭の悪そうなフレーズ思いつくのはあんただけよ」
「……」
「あのね、普通に傷ついた表情してこっち見ないでくれる? もっと言い返しなさいよ」
緊張しないよう、先輩なりに努力していたようだ。
「あ、先輩やつが来ましたよ」
「奴とか言わない。お里が知れるわよ」
時雨先輩があたりを見渡している。その手には白色の手紙が握られていた。
「手紙を出していたんですね」
「ええ、直接渡そうとしたらお手伝いさんに阻まれたわ。厳重にチェックされて、渡しておくと言われてね」
件の先輩にはお手伝いさんと呼ばれている黒ワンピースに白いエプロンを付けた女性が控えている。先輩は相変わらず手紙を見たり、あたりを見渡しているがお手伝いさんは隠れて窺うこっちを見ていた。
ばれているらしい、あのお手伝いさん、何者だろうか。ただ、幸か不幸か時雨先輩の後ろにいるので本人は気づいていないし、メイドさんも言うつもりはないらしい。
「じゃ、じゃあぁ、いぃってくるから」
「が、頑張ってくださいね」
言葉やらイントネーションやらおかしい先輩がとうとう動き出す。油の切れたロボットのようにガッチガチの動きだ。
隠れてずーっとみているなんてあまりいい趣味とは言えない。一生懸命な表情をしている孝乃先輩を見て、俺はその場を離れることにした。
自販機のある食堂までやってくると待っていたかのようにみやっちゃんが空き缶を入れる箱から出てきた。
「えぇ?」
「……薬の効果はきえた」
それだけ告げるとまた箱の中へと戻っていく。お礼を言い忘れたことを思い出して蓋を開けるが、そこには誰もいなかった。と言うか、空き缶がいっぱいで人が入る隙間なんざなかった。
「あんた、何してるの?」
後ろから孝乃先輩の声が聞こえてくる。
「あ、えーっと。説明をするのが非常に難しいです」
窓の外をみやっちゃんが歩いていく。俺はそれを右から左へ流して、片足を箱の中に突っ込んでみる。
「え?」
「ワープって出来ますかね」
「ワープ?」
「あ、何でもないんです。で、その……先輩の用事はもう終わったんですか」
「もちろん」
それだけ言って先輩は俺に背中を見せる。
「今日は、悪いんだけどもう帰る。一人でね」
「え」
「わかっていても、ちょっとぐらいは頭の整理がしたいから」
何かを言う間もなく、先輩は歩き出した。そう先輩に言われた以上、追いかけることもできないので俺は空き缶入れの蓋をもってボーっとしてしまった。
「やぁ、ちょっといいかな」
「え?」
一体、どこからやってきたのか。俺の後ろから声がした。振り返ると時雨先輩がにこやかぁに微笑んでいた。優男っぽい気がしてならない。
「えっと、俺ですか」
「君以外に誰かいるのかな?」
食堂にいるのは俺一人。この先輩に霊感があればまた話は違ってくるが、さすがにそれはないな。
「一つ聞いてみたいことがあるんだけど、いい?」
「あ、はい。どうぞ」
「どうして君、蓋を持っているんだい?」
「えーと……」
どうしても何も。
「ワープをしようかと思って」
「それは……すごいね」
まかり通った。
「君はワープが出来るんだね」
馬鹿にしたような感じではない、それは間違いなく尊敬のまなざしだ。まさか、こんな話でこういった目を向けられるとは思っていなかっただけにちょっと変な感じだ。
「君がよかったらでいいんだけど、見せてもらってもいいかな?」
「あ、えーっと……ちょっと人には見せられないんです。極力一般人として、生活をするっていう自分ルールがあるので」
「なるほどね。他人に話すのはオッケーってことかい?」
「え、ええ。実際に見せなければ嘘つきで通りますから。見られない限り、実行しない限り問題ないですからね」
「わかるよ、そういういうけど出来ないっていうことを相手に伝えるのは難しいよね」
なんだかこれ以上ぐいぐい来られるのも困るな。それに、なんだろう、姿は見えないけれど誰かの視線を感じる。おそらく、あのお手伝いさんがどこかにいるんだろう。まさか、空き缶の箱の中に隠れているんじゃ。
「まさか……ね」
「ん?」
「ん、あ、いえ、それで時雨先輩は俺に何の用事なんですか?」
「あ、名前知ってくれてるんだね。僕も気づけば有名人か」
まいったねこれはと後頭部を掻いている。
「君、孝乃さんの知り合いだよね?」
一歩先輩は俺に近づいてきた。すごくプレッシャーを感じるあゆみ。
「あまり良くないような噂を聞いてね。僕の勘違いならそれでいいんだけれどさ、何でも、使い方を誤ったらまずい代物を持っているとかなんとか。どうなのかな?」
二歩目で威圧感がさらに強まる。視界が狭まるような感じだ。思わず後ずさってしまった。
それもまた、不思議な話だ。目の前にいるのは単なる男子生徒なのに、自分で相手のことを優男だと思ったぐらいには侮っていた。それでいて、何故だか怖く感じてしまう。
ただ、圧力に屈している場合でもないので首を振る。
「いいえ。持ってませんよ」
「そっか。それは申し訳なかった。疑ってごめんね」
先ほどまでの異様な雰囲気は消え去った。目の前にいるのは単なる学園の生徒、一学年上の男子。ただそれだけ。
「信用してもらえたってことですかね」
「ん、君は悪そうな人じゃなさそうだ。もっとも、少しひねくれているところがありそうだけど」
一言余計だ。
「ごめんね、ワープの途中に話しかけちゃってさ」
「あ、いや、それは気にしなくて大丈夫です」
「孝乃さん、ちょっと最近悩んでいるっぽかったんだよね。話しかけても少し反応が今一つで。何か事件にでも巻き込まれているのかと思っちゃった」
惚れ薬の事件には巻き込まれていたが、それはこの人も無関係じゃないからなぁ。本来なら被害者になるはずだったが、現実はこの人の彼女が被害者だから。
「あのー、俺も一つ聞いていいですか?」
「何かな?」
「孝乃先輩と時雨先輩って友達、なんですよね?」
「そうだね、友達だよ」
一度頷いて何かを思い出すように腕を組む。
「時雨先輩から見て、孝乃先輩ってどんな感じの印象ですか」
「どこか君に似ている人だと思うね。素直じゃないっていうか、近道をしようとして遠回りしちゃうところがあるかなぁ。結果的にって感じだろうけれど」
「タイプが違うっぽいんですけど、どんな風に友達になったんでしょう?」
「それはちょっと話せないかな。孝乃ちゃんに怒られるからね」
そしてわざとらしく腕時計を確認している。
「おっと、そろそろ行かないと。じゃあね、冬治君。孝乃さんと仲良くしてね、あと、僕ともね」
左手を上げて彼は俺の横を通っていった。
「あ、ちょっと……」
振り返ったがそこには誰もいない。感じていた視線もどこかへ消えてしまっていた。狐にでもつままれた気分だ。
「何者なんだろうか、あの人」
孝乃先輩の不安の原因として、俺をまっさきに疑ったらしい。それで探りを入れてきただけっぽいな。
これ以上食堂で人と出会うのもおかしな感じだ。手にしていた蓋を元の位置へと戻す。またワープの話題を突っ込まれたら面倒くさいぞ。
「や、冬治君、何してるの?」
聞き覚えのある亜美先輩の声がしたので振り返る。右手を上げて俺に挨拶してくれていた。
「い、いや、特に何も」
「あ、わかった。時空間転移をしてたんでしょ?」
どう、当たってるでしょと言う言わんばかりの顔だ。
「違いますっ」
「えー、絶対そうだと思ったのになぁ」
「もう、ワープはいいです。どうかしたんですか」
「うん、のどが渇いてね。ね、奢ってよ」
「えぇ、後輩にたかるんですか」
「後輩以外に誰にたかるのさ、ほらほら、いいじゃないの。サービスするよ?」
俺の肩に手を置いて、そのまま自販機の前へと押していく。より取り見取りのサンプルが、俺たち二人を出迎えた。
「あー、もう、どれが欲しいんですか」
「全部」
「無理っす」
「じゃ、スゴ技見せてあげるからお金入れてよ」
なんとなく気になったのでおとなしく従うことにする。
「あーたたたたたたたたたっ」
高速ですべての商品のボタンを押していった。一度、缶の落ちる音がして、それっきりだった。
「あの、一つしか出なかったんですけど」
「そりゃあ、そうだよ。一つの分しかお金、入れてないでしょ。そういう悪いことはね、駄目なんだよ」
「え、スゴ技は?」
「見せたじゃん」
「てっきり、すべての商品が出てくるのかと思いました」
全部とかいうからボタン全押しで全種類出すのかと。しかも最初に押したジュースってゼリーを振ってぐちゃっとするようなタイプだ。あんまり見ないタイプだがおいしいのかね、これ。
「じゃ、サービスしてあげるね」
「はぁ、サービス?」
「えいっ、えいっ、えいえい」
そういって缶を振りまくる。胸を一生懸命揺らしているように見えるのだが、あいにく先輩の胸は大して大きくないので揺れなかった。
「どう? すっごかったでしょ?」
「そ、そうですね、すごかったです。もう、ガン見しちゃいました」
「え、どこ見てたの?」
「どこって……」
おっぱいを揺らして楽しませてくれたってわけじゃないのか。
「あー、もう、ちゃんと缶を見ててよ。すっごく、小刻みに動いてたんだよねぇ」
追及されるとさらに料金とられそうだからここは誤魔化しておこう。
「あの、ゼリータイプのジュースって飲んだことないんで、どんな感じになるか見せてもらえますか」
「いいよー、ほいっ」
のぞき込むように俺は缶の飲み口へと目を近づけさせる。
その瞬間、勢いよく液体が噴き出してきた。
「あ、ごめーん、これ、炭酸系であんまり強くふっちゃいけなかった。微炭酸でも、すごいんだねぇ」
勢いよくこけて、後頭部を強打した。パンチラを拝んだのと同時に、俺の意識は何処かへワープしたのであった。




