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北村孝乃編:第四話 高度な駆け引き、引き続き

 俺と北村先輩が嘘ではあるが、彼女、彼氏。そんな懇ろな関係になって一週間が経った。その間にやったことと言えば、毎日北村先輩の家の前まで送っていくことがまず一つ。朝も二日に一回は登下校。昼休みは一緒にご飯を食べ、授業のわからない場所を北村先輩に聞いて教えてもらったり、それでもよくわからないときは二人で職員室へ向かうと言う理想的な関係になっていたりする。今度、生徒会から健全なカップル代表として新聞部へ紹介される手はずとなっている。やべぇ。

 週が変わった月曜日、六月も近づいてきているがまだお空から雨粒が降ってくるような天気ではない。少しだけじめっとした曇りだ。

「で、薬をくれた相手は何か言ってた?」

「探ってくれるとのことでした。ただ、盗んでそういったことが怒ったのならそれは自業自得だろうとも言ってましたね」

「う……た、確かにそうかもしれないけど。反省してるわよ。あたしが反省していることも伝えてくれたよね?」

「まー、それなりには」

「それなりって……こういうのは反省しているって姿を見せるのも大切なのよ」

「確かにそうですけど、それは先輩が言っちゃダメなんじゃ?」

 どこかすねた様子でウィンナーをお箸でつつく。たこさんうぃんなーだ。目もしっかりと海苔で作られていた。

「それ、先輩が作ったんですか?」

「ん? そうだけど? ただじゃあげないわよ」

 さっき反省している姿をうんぬん言っていた人とは思えないセリフだ。

「普通にすごいなぁと思っただけです。とったりしません」

「あんたも冷凍食品をしっかりチンしてお弁当にしてるじゃないの」

「まぁ、そのぐらいなら楽勝なんで」

 購買にパンも売っているが、燃費の悪い身体をしているからか結構な量を食べないと満足できない。たくさん食べると言う事は、当然それだけお金がかかる。今は親からの仕送りだけでぎりぎり生活できているが、これ以上となるとバイトをし始めないといけない。

「けど、そんな風においしそうなお弁当を作れるなんて意外でした」

「は? あたしには似合わないって?」

「そうマイナス方向ばかりに取らないでくださいよ。単純に、北村先輩って効率重視な人かと思ったんで、余計なものは省くっていうんですかね……」

「言いたいことはなんとなくわかるけど、あたしはこう見えて細部を気にする人間なのよ」

 そうかもしれない。そうじゃないと、彼氏彼女の関係を演じるのも難しくなるだろう。なんやかんやいいつつ世話を焼かれるときもあるし、バカなことを言った俺に対しても無視するでもなく反応してくれる。あまりふざけるとパンチが飛んでくるが。

「一つ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「何よ」

 ペットボトルのお茶を飲み始める北村先輩に、俺はとある質問を投げた。

「時雨先輩のどこに惹かれたんですかね」

「ぶっふうううっ」

 およそ、恋焦がれる女子とは程遠いであろう勢いのあるしぶきが屋上に虹をかけた。

「ぐえっへ、ぐへほっ」

「あ、大丈夫ですか」

「だぁれのせいだと思ってるのよっ……げっほ」

 異物を飲み込んでしまった化け物のごときせき込み具合にさすがの俺も心配になってしまう。

 背中をさすってあげるとある程度楽になったらしい。

「ふぅ……」

「すみません、NGな質問でしたか」

「……そういうわけじゃないけど」

「じゃあ、代わりにバストのサイズでも教えてもらえま……もちろん、冗談ですよ?」

「調子に乗るな。好きになった理由ぐらい、教えてあげるわよ」

「さぁすが北村先輩」

 座って先輩の言葉を待つ。

「……そうねぇ、好きっていうより、憧れなのかな。ああいう人間になりたいんだけど、なれないっていうか。彼ね、たいていの人が言う何の取柄もない優しいっていう評価をもらいがちなんだけど、案外芯の通っている人なんだよ。あたしも何度か助けてもらって、あぁ、あたしもこういう風に誰かをさりげなく救ってあげたり、支えられるような人間になりたいなって……だから、一緒にいたら自分もそうなれるんじゃないかって」

 屋上の曇り空、曇天の先を見つめる北村先輩の目は太陽でも見ているようだった。とても盗みを働く人間の目じゃない。きれいになろうとするのなら、案外人間というのは汚れることも厭わないのかも。

「案外、いい理由なんですね。向上心があるのが見えます」

 それなのに惚れ薬を使おうとするんだもんなぁ。北村先輩にとってはいい結果かもしれないな。自分が目指していた人間をゆがめてしまう結果になるだろうし。まぁ、霧崎先輩にとってはひどい目に遭っているわけだけどさ。勿論、俺も巻き込まれているし。

「あこがれ、うん、憧れかぁ……」

「いきなり反芻しはじめてどうしました? まさか、さっきのせき込みで言語中枢に異常が?」

「なんだかその言い方だとロボット扱いされてるみたいで気持ちが悪い」

「……北村先輩、実は俺、ロボットだったんですよ」

「じゃあ、ロケットパンチしてみなさいよ」

 そういって右手を天へと向けるおちゃめな先輩だ。

「ぷっ、ロケットパンチとかいつ世代っすか。時代はレーザーっすよ、レーザー」

「……レーザーも割と昔からある気がするけど?」

 言われてみればそうかもしれない。

「うーん、なんっていうか、二人とも案外色気ない会話してるんだね」

「おわっ」

「え?」

 いきなり現れた霧崎先輩に二人で驚いてしまう。

「ちょ、ちょっと、今はご飯を食べているんだから絶対に変なことしないでよ? もったいないじゃない」

「うん、ひょいっと」

 そういってたこさんウィンナーを失敬していた。

「あーっ……俺だってもらえてないのに霧崎先輩、ひどいっすよ!」

「そ? はい、どーぞ」

「ぱくうっ……あ、うまい」

 霧崎先輩から手づかみで食べさせてもらった。これってよく考えたらあーんの上だよな。彼女が偽りとはいえ、出来た上に、余所の彼女様からこんなことをしてもらえるなんてすんごい人生じゃないだろうか。

「こら、あんた何勝手に食ってるのよ」

「いえ、これは違いますよ? 俺は霧崎先輩からもらったんで。善意の第三者です」

「ダメでしょ、盗ったのを知ったんだから」

「へーい、すんません。よかったら俺の冷凍食品、食べますか?」

「ありがとー冬治君」

「って、霧崎先輩にあげたんじゃありませんって」

 俺が霧崎先輩の手を掴むよりも先に、相手のほうが素早く口に放り込んだ。

「ふふーん、もう口の中に入っちゃった。これ、取れる?」

「くっ、子供みたいなことをっ……」

「ごちそうさま……あいたっ」

 偽りの彼女様がチョップで霧崎先輩の脳天を成敗していた。

「霧崎、あたしのお弁当ならまだしも、冬治の物をとっちゃだめでしょ」

「えー、お友達だし」

「友達ぃ?」

 疑問と言った表情を見せた。

「だって、そうじゃん? 割と話すし、恋のライバルとはいえ、友達って認識でも間違いないでしょ? 友達のおかずをくすねるぐらいのいたずら、許してくれるよね?」

 今度は俺に視線を向ける。

「ま、まぁ、本気で怒ってるってわけじゃないですし」

「ほら、許してくれた」

「許してはくれてないけど……ふぅ、そうね。あたしもちょっと強く叩きすぎちゃったわね。ごめん」

「うーうん。もとはと言えば私が悪いんだし。ごめんね、たかのちゃんと冬治君。二人が仲良くしているところを見ると意地悪したくなっちゃって」

 霧崎先輩は素直に謝れる人か。なんだか毒気も抜かれるような人だし、ナチュラルに人と接することが出来る人ってうらやましいな。

 この人が惚れ薬の対象となって逆に良かったのかもしれない。

「邪魔して悪かったから、今回はおとなしく帰るね」

「……そうね」

「んじゃ、冬治君もまたね」

「あ、はい」

 右手を上げて霧崎先輩は走っていった。短いスカートのお尻をじっと見ていたら北村先輩の視線が頬に突き刺さる。

「あんた、その視線どうにかしなさいよ」

「え、わかっちゃいま……罠ですよね? 俺がどこを見ていたかなんてわかるわけないし。これは誘導して俺を沼地に落とし込もうってことだ」

「……それもう自分で言っちゃってる気がするけど、まぁ、いいわ。あんたがどこを見ているかなんてすぐにわかるわよ。霧崎のお尻、見てたでしょ。あわよくば、下着が見えないかなって」

「よくわかりまし……その、人差し指でぐりぐりするのやめてください」

 こめかみをすらりと伸びた指の腹でぐりぐり押される。

「ふん、そのくらいわかるわよ。仲良し、ねぇ」

「霧崎先輩が言ってたこと、気になるんですか? 嫌だとか?」

「嫌ってわけじゃないわよ。あんた、相当おめでたい頭してるし」

「え、そうすっかね?」

 されるがまま、なすがまま、先輩一体何が楽しいのか、俺のこめかみを変わらず触っている。

「……あたしは何かを盗まれたら絶対にそいつを許さないし」

「あぁ、それですか。まぁ、なんだかんだで北村先輩と馬が合うし、細かいところに気づくし、反省しているようですし」

「あんたは私を許してると?」

「はっきり言われると微妙なところですけどね。俺もきっちり決めているわけじゃないんです」

 自業自得な状況だし、細かいところを気遣ってくれる先輩でもある。

「ま、今のところは今日のウィンナーでチャラにしてあげますよ」

「……そう」

 昼休みはそんな感じで別れ、昼からの授業は転寝しつつ聞いていた。

「ここの問題、誰かに解いてもらおうかなぁ……んじゃ、四ケ所」

「ふぁ、ふぁいっ」

 体がびくっとなってしまった。周りのクラスメートがくすくす笑っている。

「じゃなくて、その隣で寝てる只野だ」

「ぐぅ……」

「……呼ばれたら目を覚ませよ、まったく。おい、四ケ所、只野を起こしてやれ。問題は七色に解いてもらおう」

「えぇ? あたしちゃんと聞いてましたよ?」

「お前が聞いているのは音楽プレーヤーだ。そいつは没収」

「ひどいっ」

「だが、問題を解けたらすぐに返してやろう」

「あ、ちょろいっすわ。この先公」

 隣で寝こけている只野を揺り起こしている間に、七色は先生からあいにくこれはひっかけ問題だと伝えられてショックを受けていたりする。

 不真面目な俺ら三人組は先生に資料室へ世界地図を持っていくように言いつけられた。

「あーやれやれ。当てられる前に起こしてくれよ、冬治よー」

「俺も半分寝てたんだってば」

「ちぇー」

「えー、でもこの程度で済んでよかったじゃん。お前ら全員今日の分補習だって言われるよりはましだって」

「まぁ、確かにな」

 地図も三種類。特に重たいものでもないし、先生も本気で怒っていたわけじゃないんだろう。

「なぁ、冬治。そういえば北村先輩だっけ? 年上の彼女ってどんな感じだよ」

「んー? あぁ、それな」

 そういえばこの二人に細かく説明していなかったな。

 説明、したほうがいいかな。変に事情を知っている人間を増やすとぼろが出るかもしれないし。

「黙り込んでどったー?」

 七色にぺしぺし叩かれて、俺は払いのけるよりも素直に彼氏として答えることとした。

「茶化し無しで答えるとすげぇ気配りのできるいい人だな。一緒にいても変につくろわないし、背伸びしてないって言ったらいいんだろうか……まぁ、短い付き合いだけど、話しても、話さなくても居心地がいい相手なのは間違いないな」

「くっさ、青春、青臭いにおいがする。反吐が出そう」

「ほー、うまくいってるんだな。不幸になっちまえ」

「……お前さんらなぁ、もうちょっと言い方あるだろ」

 ぎゃいぎゃい騒ぎなら曲がり角を曲がり、俺たち三人は資料室へとたどり着いた。資料室の中に入って地図を所定の場所に置く。

「ここってさ、鬼の手とか河童の手とか、化け蟹の腕とか置いてあるよな。民族的価値があるんだろうか」

「どれも作りもんだろ?」

「おばあちゃんから聞いたことあるけど、全部羽津市で見つかったんだって。それが事実だったらどんだけ化け物密集してるんだって話だよ」

 資料室から出てくると霧崎先輩と鉢合わせした。

「あれ、冬治君じゃん」

「あ、ども」

「只野君と七色ちゃんも一緒か。いいね、仲良し三人組」

 なんやかんやで霧崎先輩とおバカ二人は知り合って仲がいい。

「そういう関係ではないですけどね」

「冬治ぃ、ひどいぞ?」

「ほんそれ。こんなに仲良しなのに」

 右手と左手に抱き着かれる。鬱陶しい。

「ははー、いいよねぇ、友情。フレンド、最高」

「霧崎先輩にもこんな面倒な友達が?」

「うん、いるよ」

 いるんだ、面倒な友達が。

「ま、でも今年で卒業だし、その友達とは年代が違うからこれまで通りってわけにもいかないかな。思い出、ちゃんと残さないとね」

 どこかしんみりとした調子で言われた。

「あ、そうなんですか」

「他人事っぽいけど、冬治君、たかのちゃんの彼氏でしょ? 学生服、もう見納めだよ?」

「あぁ……そうっすね」

「いい? 卒業してきてもらってもうそれはコスプレだから。現役って大事だから。もう、なんっていうか、心構えが違うんだって」

 そういって霧崎先輩がいなくなった。何を力説されたのやら。

「変わった先輩だよなぁ」

「本当本当」

「お前さんら、いい加減自力で歩けや」

 俺が引きずるような感じで二人を教室まで連れ帰る羽目になった。

 放課後、俺のところにやってきた北村先輩にスマホを向ける。

「ん?」

「写真撮っていいですか?」

「まぁ、いいけど」

「あ、おこらないんすね。何撮ろうとしているんだって」

「怒りはしないけど、疑問はあるわね」

 割と自然体な感じで写真を一枚とることができた。先輩は背後から俺にくっつくようにして写真を確認する。

「で、なんで撮ったの?」

「記念に」

「記念?」

「ええ、そのうち先輩、卒業しちゃうんで。来年になると忘れちゃうでしょうし」

 まぁ、卒業する前にみやっちゃんが問題を解決してくれそうだし、先輩と会わなくなる日も近いうちにやってくるかもな。

「ふーん」

 深く説明しなっかった俺に追撃することなく、ちょっとだけ考え込むようなしぐさを見せたがそれも数秒。

「ま、いいわ。ほら、帰るわよ」

「へーい」

 今日もいつも通りに先輩と一緒に帰る。

「カラオケ行くでしょ?」

「おっけいっす」

「つーか、放課後デート、あんたのほうからも何か提案しなさいよ。あたしばっかりが決めてるじゃない」

「じゃあ、水族館に行きたいっす」

「この町にそんなもんはない」

「じゃあ、動物園」

「ねぇよ」

「遊園地」

「……町はずれに廃れた遊園地があるけどね」

「それ、肝試しになりませんかね」

 カラオケまで向かうと、先輩が手早く飲み物を探し、その間に俺は先輩がいつも一発目に歌う曲を入れた。どんな曲を歌うのかはすでに決めていたので分業みたいなものである。効率がいいと先輩は言っていた。

「あー、あー、さぁって、いっくわよーっ」

「いえーぇえいっ」

 霧崎先輩の目を気にしなくていいと言う事で、彼氏彼女の偽りの関係なんて気にする必要もない。ただ騒ぎたいだけの状態なのでタンバリンを猛々しく取り扱ってぎゃんぎゃん大暴れだ。

 今日は二人だったが、今度は友達とも来てみよう。そのうち、卒業しちまうからな。


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