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北村孝乃編:第三話 敵情視察をおこなう!

 待ちわびていたというわけでもないが、設定上の彼女が俺の教室へと迎えに来てくれた。

「冬治、ボーっとしてないで行くわよ」

「……意外ですけど、迎えに来てくれるんですね。俺、これから先輩のところに迎えに行こうと思ってましたよ」

「あんたねぇ、あたしの教室、知ってるの?」

「知らないっす」

「そんなことだろうと思ったから、迎えに行くって言ったのよ」

 そういって人差し指でおでこをぐりぐりされた。

「あぁ、先輩ぃ、頭いい」

「きっもち悪い子ねぇ……ほら、さっさとしないと部活に行っちゃうかもしれないから見に行くわよ」

「がってんっす」

「なー、冬治。今日は一緒に帰んないのか?」

 友人がクルクル回りながら寄ってくる。ぴたりと手前できっちり止まることが出来るのって地味にすごいな。

「あ、悪い。今日は……こっちの北村先輩と一緒なんだわ」

「へー、ん、あ、昼に来ていた先輩か。へぇ、ほぉ、ふぅん仲いいんだな」

「うーん……」

 どうしたものでしょうか、そんな顔を北村先輩に向けると好きに答えなさいと言った視線が返ってくる。

 変に言ってしまうのも避けたいものだ。俺に好きな人ができたらまず真っ先に友人に自慢しちゃうだろうし、そうなったらお前、二股かけてんのかよぉとなってしまう。

「いや、な、北村先輩とは……」

「たかのちゃーんっ。もー、先に帰っちゃうなんてひどいよっ」

「……うん、孝乃先輩、彼女なんだわ、俺の」

 端的に言う。間が悪い。

 話が聞こえたのか、クラスメートたちはぽかんとしており、友人も驚いた表情を見せていた。

「へ、へぇ……転校してきて間もないけど、上級生と付き合ってるんだ」

「そ、そうだな」

「あ、そうなんだよ。冬治君って、まだ二年生なのに子供は三人で、三十代にはマイホームが欲しいなんてしっかりとした人生設計も持ってるんだよね。私、まだ大学を決めたぐらいなのにしっかりしてるよね。冬治君って、やっぱり進学するの?」

「あー……はい。とりあえずは。大学を出て、就職しながら孝乃先輩と一緒にもっと人生の細部を詰めて考えていきたいなって」

 うんわぁ、すごい顔で俺を見てくるよ、北村先輩。こりゃ、あとで詰められるのは俺だわ。人生詰めるんじゃなくてエンコ詰めされそうだわ。

「すげぇな、四ケ所」

「俺も彼女いるけど、そこまで考えてないぞ」

「しっかりしてるよね、四ケ所君」

 クラスメートからの評価が高くなっているようだけど……自分の首を絞めてないかね、これ。重いって北村先輩も言ってたし、ここはあくまで考えだって言わないとな。

「ま、まだ未来のことは……わからないし。遊びみたいなものですよ」

「え、たかのちゃんを捨てる気?」

 すごく、病んでる表情でこっちを見てきた。うわぁ、俺もここまでだれかにあいされてぇなぁ、畜生。

「はー、ったく、しっかりしなさい、冬治」

「あ、はい。頑張るんで、応援よろしく」

「さ、行くわよ」

「いへへへ、ほっへをひっはるのははめれふははい」

「あ、待ってよー、たかのちゃん」

「すげぇ、もう尻に敷かれてるぞ」

「あそこの家庭は安泰だな」

 後ろから聞こえてくる言葉を無視して、北村先輩はさっさと歩く。そのあとを俺が続き、さらに霧崎先輩もついてきた。

 しかし、それも途中まで。これからイチャイチャするから帰ってくれ、嫌いになるぞと北村先輩に言われたらすごすごと帰っていった。

「ふん、彼氏効果はなかなかのものね」

 割と堂々とした感じでそんなことを言ってくる。

「もう受け入れたんですか。割り切ってますね」

「そりゃね。伊達にあんたから惚れ薬を盗んじゃいないわ。度胸はあるほうよ」

「確かに」

 どっちつかずの行動力無しが盗みなんてするわけもない。褒められたことじゃないけどさ。

「で、件の好きな相手はどこに? サッカー部っすか」

「ううん、文芸部」

「なんだ、オタク系っすか。昔に比べてオタク系もいっぱい増えましたからね。パソコン部なんて名前しながらエロゲあさってるくず野郎もいたりしますからねぇ。情報系の刺客でも取る努力すればいいのに」

「そういうんじゃない」

 そういって俺を引き連れて文芸部までやってくる。こっそりと窓から二人してのぞき込むとそこには霧崎先輩がいた。

「あれ、霧崎先輩ですよね」

「……そうね」

「一生懸命霧崎先輩と話しているおとなしそうなイケメンが、想い人ですか」

「そうよ。よくわかったわね」

「そりゃ、まぁ」

「うんうん、さすがあの人ね。一発で見抜かれるぐらいすごいってことよ」

 男子、一人しかいませんけど。

 義理の妹っぽいツインテール、まさかのメイドさんが文芸部で給仕にいそしみ、霧崎先輩がなんだかんだと男子生徒と話している。

「あれ、ハーレムっぽいですね」

「……うっさいわね。ハーレムなんて彼がするわけないじゃないの」

「へぇ、あれでフリー。彼女もちじゃねぇのか。すげぇな」

 出来る男、なんだか人間じゃない雰囲気を持っている気がする。オーラが一般人と違うとでも言えばいいんだろうか。

「……いや、彼女はいるわよ」

「へ?」

「霧崎よ。霧崎亜美が時雨君の彼女」

「……そりゃまた、すごい相手を間違えて惚れさせちゃいましたね」

 三角関係かと思ったら、余所のカップルを巻き込んだ四角関係だとは。迷惑極まりないが、すでに彼女のいる男を惚れさせるのなら確かに惚れ薬が必要か。

 だからと言って惚れ薬を盗んだことが正当化させられるかと聞かれたらノーだ。勿論、無理やり相手に好きになってもらう惚れ薬の存在を聞かれたらそんなもん知るかと俺は言うけどね。

 彼女設定の先輩と肩を並べ、のぞき見、聞き耳をたてる。

「あたし、やっぱりたかのちゃんを探してくるねっ」

「あ、うん、いってら」

「やっべ、こっち来ますよ……って、もういないし」

 察知能力に関しては短時間で適応したらしい。俺のことを彼氏役として振り回せるぐらいだからな。今日会ったばかりの人間なのにそこんところはすごいと言うしかないね。

「あっれー、冬治君じゃん」

「あ、ども。さっきぶりですね」

「うん、たかのちゃんは?」

「どこかに行っちゃいました」

「そっか。ふっふっふー、チャンス到来、待っててね、たかのちゃああんっ」

 どこかの鮭の卵みたいなキャラの鳴き声をまねしながら走り去った。その後ろ姿に土煙が見えなくもない。

「俺のほうも残ったっていいことはないかな」

 文芸部のほうをちらりと見ると、思いを寄せているらしい時雨先輩とやらが、ツインテールとメイドさんに迫られていた。

「なんだかよくわかんないけど、亜美先輩、他の人に恋しちゃってるじゃん? これさ、私にチャンスが回ってきたってことだよね」

「ですねぇ、事、ここにいたっては時雨さんの心身のお世話をさせてもらっているお手伝いの私がもらい直しますよ」

「はっはっは、こりゃ困った。亜美ちゃん、マジでどうなってるだよ……助けてぇ」

「……これ、霧崎先輩のことをどうにかしても北村先輩に勝ち目ないんじゃないかなぁ」

 そっと手を合わせ、俺はその場を後にした。覗かれていることがばれていたらあまりいい気分じゃないだろうからな。

 北村先輩を探す気もないので、このまま自然解散でいいだろう。下駄箱までやってくると、背後から走ってくる音が聞こえてきた。

「冬治、あんた何先に帰ってるのよっ」

 言うが早いか俺の腰に手を回してぐるりと回るように減速。そのまま腰に抱き着いて背後へと隠れる。

「っと、北村先輩、情熱的っすね。こんなところで抱き着いてくるなんて」

「ばーか、後ろを見なさい」

 北村先輩が指さす先には霧崎先輩が走ってきた。まるで陸上部のようなきれいなフォームだ。

「たかのちゅわーんっ」

「男だったらエルボーで迎撃するけど、女子生徒相手なら難しいっすね」

「今は男女平等の時代よ、やりなさい」

「いや、さすがの俺でも無理っす」

「くっ、臆病者め。こうするのよっ」

 一時でも俺の後ろに隠れたあんたが迎撃するのか。そんな風に驚いていたらマジで相手に対してエルボーを食らわせようとしていた。

「廊下と愛でも語っていなさいっ」

「ふふん、甘い甘い」

 だが、向こうは何か子声でもあるのか……信じられないことに、迫る北村先輩の足元をスライディングで通過した。

 ほんの一瞬の出来事、北村先輩が反応しようとしたころには時すでに遅し。背後から抱き着かれ、制服の下からするりと華奢な腕を潜り込ませて何かを揉んでいた。

「ひいっ」

「チェックメイトだよねぇ」

 ぴったりとくっついているから、吐息も耳に当てている。

「うわ、俺も後ろからあんな風にされてぇ」

「ばっ……見てないで助けなさいって」

「困惑した表情がグッドっす。手元にカメラがあったら……あ、スマホのカメラで撮ればいいのか」

「あ、彼氏が見てた」

 俺の存在にようやく気付いたようで、むしろ、さっきまでは俺がいないとでも思っていたのだろうか。

「ごめんごめん、彼氏が見ている前で変なことは出来ないよね」

 あっさりと北村先輩から離れた。惜しい。

「案外、素直なんですね」

「そりゃね。ただ、ふたりっきりだと、歯止めが利かないからね」

 北村先輩は俺の後ろに隠れて霧崎先輩に対して唸っている。変に動かなければよかったといえる。

「たかのちゃんに嫌われるのも嫌だから、これにて撤退。またね、冬治君」

「は、はぁ……」

 霧崎先輩は手を振って走って消えた。おそらく、文芸部に戻るんだろう。

「はー……ったく、勝手に帰るなっての。危うく大変なことになるところだったでしょ」

「俺は別に悪くないとは思いますけど、大変なことになるって言うのは理解しました」

 二人っきりだと言ういい方は、自分の視界にほかの人間が入っていなかったらっていう事だな。集中しているときは人目があっても危ないってことだ。

「惚れ薬って怖い。やっぱり使わないほうがいい……普通の人間には過ぎたるものだ、そうは思いませんか、先輩」

「それはあくまで間違えて使っちゃったからだけだし。本命に当てればいいんでしょ」

「そりゃそうですけど、めげないですね、北村先輩は」

「まぁね。恋する乙女だからね」

「ふーん……そう、ですか」

「あ、今あんた馬鹿にしたわね?」

「してないっす」

 思えば、あのメイドさんもツインテールも恋する乙女か。ライバルは他にもいるっていうことを北村先輩は知っているんだろうか。

「ほら、帰るわよ」

「一緒に帰るんですね」

「あんた、今度こそ何かあったら助けなさいよ? 仮にも彼氏なんだから」

「絶対助けますよ……まぁ、今のを見せられたらさすがに一緒にいたほうがいいかもしれませんね」

 学園の中でも充分危険な行為だしな。さすがに外であんなことされた日には北村先輩も嫌だろう。

「手でもつないで帰りますか」

「……そうね」

 冗談で言ったらすんなりと通り、多少からかってやろうかと考えたらまるで暗殺者を警戒する人相で周囲を警戒していた。

 からかうと爆発しそうなので、そっとしておこう。

「あ、そうだ」

「はい?」

「これ、あげる」

 そういって鞄の中から缶ジュースを取り出し、俺に押し付ける。

「これは?」

「オレンジジュース。あんたが何好きなのか知らないから無難なものを……」

「そうじゃなくて、どうしてくれるんですか?」

「協力してくれたしね。あんたの機嫌が悪いと手伝ってくれないんでしょ?」

「そういうわけじゃないですけどね……」

 もっといいものが欲しかったとは言えない。先ほどのことがなければ俺もしもの方向へ向けて、しゅっしゅぽっぽしていただろう。残念な話だ。

「ふん、感謝はしてるし、あんたに言わされなくても盗んだのは悪いってことぐらいわかってるわよ」

 ぶっきらぼうな物言いで、そんなことを言ってくる。

「……そうっすか。じゃ、遠慮なくもらいますけど……北村先輩、のど渇いてません? さっき、全力で逃げてたわけでしょうし」

「まぁね」

「このジュース、飲んでください」

「そ?」

 いいのか、なんてこの人が聞くわけもない。乾いた音を立てさせ、プルタブをこじあける。そのままぐいっと飲み始める。

「ぷはっ……はい、半分残してあげたから」

「関節ちっすですよ」

「キモイ、いちいち意識するほどあんた、ガキじゃないでしょ。しかもなんだか間接の発音おかしかったし……」

 と、いいつつ少しだけ顔が赤くなったように見えるのは俺だけだろうか。

「へーい、いただきます」

 俺が気にしてもしょうがないのでぐぐいっと飲み干して見せた。

「おいしかった?」

「リンゴの味がしておいしかったっす」

「そりゃよかった……え?」

「それで、これからどうしましょうか」

「とりあえずあんたが彼氏面をしていれば問題ないでしょ。で、惚れ薬の効果って……どうやったら消えるの?」

「うーん、あれ、貰い物なんで俺も詳しくは知らないですね。くれた相手に聞いておきます」

「まじで、聞いておきなさいよ? あたしの未来がかかっているんだから」

「ええ、わかってます」

 かかっているのは先輩だけの未来じゃない。俺だってかかっているのだ。手をぶらぶらとさせて歩いていたら孝乃先輩の限界が来たようで、蹴られたのだがそんなことよりも対処法だ。孝乃先輩が話す姿を見ながら考えてみたが、やはり一人では思いつきもしなかった。


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