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北村孝乃編:第二話 大役、その身に受けて

「ねぇ、たかのちゃん、その子、誰?」

 惚れ薬を間違えた相手に使い、しかもそれは女子生徒ときた。てっきり、間違えて男子生徒に使っていたと思ったがこれは……。

「うん、ありだな」

「いや、無しだし。ほぉらっ、ぼさっとしてないで、あの子の相手してよぉ」

 背中に張り付いて縮まる先輩。むにゅっと、背中に優しさが押し当てられる。これは……。

「ありだな」

「変な肯定の仕方はしなくていいから、さっさと相手しろっての」

「いてっ、小突かないでくださいよ……」

 うまくいったあかつきにはこうやって引っ付いてもらおうか。うるさそうな人だし、黙って押し当ててもらうだけでいいや。ないと思ったが、意外とあるのかもしれない。

 欲望みなぎってきたところで、戦闘開始である。うさ臭そうな視線を送ってくる上級生を見る。

「誰、あなた」

「ヴぁ、あー、こほん。俺は……四ケ所冬治って言います。二年です」

 爽やかな雰囲気を無理やりひねり出して、清涼感あふれる声を声帯から絞り出してみた。

「な、なんつー声出すのよ」

 しかし、残念なことに後ろの先輩にはお気に召さなかったようだ。ヴォイストレーニング何てしていないからおそらくモンスターみたいな声一歩手前かもしれない。

「そうなの? 私は霧崎亜美って言うの」

 割と明るそうで、いいひとそうな印象を受けた。首を少し動かして後ろの人を見る。

「別に、悪そうな人じゃなさそうですよ。俺の変な声での自己紹介をさらりと流すぐらいの度量と器量を持ち合わせています」

「あのね、悪そうじゃないっていう理由だけで仲良しこよしの一段上の相手には難しいでしょうが。あと、続けてきもい声を出すのはやめろ」

「今はいろいろと自由になっていきそうな時代ですし」

「そうだとしても、私には別に好きな人がいるのよ。そればっかりはしょうがないでしょ」

 何のために盗みを働いてまで惚れ薬を手に入れたのかわかってるのかとにらまれる。

「うん、まぁ、確かに」

 自業自得ではあるものの、ある意味での努力だ。努力は報われるというのを誰かが示してやらないと今後、努力なんてくそくらえ精神が社会に蔓延することだろう。

 見知らぬ先輩に一肌脱いで見せるため、首を戻そうとしたらまだ用事があると言わんばかりに両手で固定された。

「ぐがっ、力加減を考えてください。もげますよ」

「この程度でもげるのならよしよしって撫でられたら一発だっての」

 なぜか、よしよしとされた。悪くない、いい気分だ。

「もげないでしょ?」

「もげませんね」

 惚れ薬を盗まれるのも悪くないなとちょっとだけ思ってしまった。

「とりあえず、あんた、彼氏だといいなさいよ」

「無茶苦茶言いますね。えー、それ、絶対後で面倒くさくなりませんか?」

「ならない。そのうち、あんたを捨てたってことにするし」

 大丈夫かな、それ。いろいろと面倒ごとを増やしそうな設定ですよ。

 俺の考えはともかく、契約主がそういうのならそうするしかあるまい。彼氏という名目なら、一つ揉ませてもらっても構わないだろう。

「えっと、一応、この人の彼氏ってことになっています」

 そういえば、名前を知らない。知らない女子生徒の彼氏になるなんて、一生に一度……いや、ないか。

「彼氏?」

「あ、はい。といっても遊びじゃなくって、大学を卒業したらちょっと同棲してみて、それから結婚を考えようかなって。子供は三人を予定。三十代ぐらいでマイホームを予定しています。共働きで、幸せな家庭を築きたいですね、ええ」

「えっと、もうそこまで考えてるの?」

「あ、はい」

「へ、へぇ……重い」

 相手を多少たじろかせた。ダメージを与えたものの、重いといわれたら俺の心にも疲労が蓄積する。

「やってやりましたよ、少しばかり相手に動揺を与えました……あれ、なんで引いてるんですか」

「あんた、しっかり考えているっていうか……考えすぎなんじゃ?」

「設定ですよ、設定。嘘設定あると受けがいいですし……相手に本気なんだって思わせるのも大事でしょう?」

 この武器は最高峰の威力を備えている。一般的な敵に対して致命的な一撃を与えるものの、連発することはできないみたいな、そんな設定。

「そ、そうね。その調子でやっちゃいなさい」

「がってん」

 オーケーが出たのでこの路線で行かせてもらおう。

「ちょ、ちょっと待って。それなら、それならも、もう、ちゅ、ちゅーとか……済ませちゃってるの?」

 膝を軽くこすり合わせてもじもじする相手の顔がほんのり桜色になっている。

「うわぁ、かわいい。あの、彼氏候補に立候補しても……いでっ」

「真面目にやんなさい。設定とはいえ、あんたの彼女は私よ」

「そ、そうっしたね」

 こほんと一つ咳をして俺は相手を見る。

「キスは……まだです」

 そういうとどこかほっとした表情を相手は見せて、後ろからはあからさまに安堵した息が聞こえてきた。首にかかって、うひぃという情けない声も出た。

 キスがまだだという情報を得たからか、相手はどこか胸をはっていた。

「へぇ、じゃあ、最近付き合い始めた感じなんだ?」

「ですねぇ。あっちから告白してきて、どうしようもなく付き合ってあげています」

「はぁっ?」

 後ろから我、不満有りと言う空気の言葉が飛んできた。

「……いいんですか? 変な行動をとると怪しまれちゃいますよ」

「あんたが変なことを……」

「別に変じゃないでしょ。ここはあなたの……すみません、名前を知らないんで教えてもらえますか」

「ちっ、一応は彼女の名前なんだから知っておきなさいよ、ぐず」

「初対面ですし、名乗る暇もありませんでしたよね?」

「……確かにね。あたしは北村孝乃。好きなように呼びなさい」

「俺の名前は覚えてます?」

「ええ、何とか」

「復習しときましょう、俺の名は?」

「四ケ所冬治。あと、その名前の聞き方やめろ。なんだか他のとかぶって嫌だから」

「へいへい、それじゃ、うまくやりますんでさっきみたいに引っ付いててください。出来るだけ、相手に顔を見せないように」

 しょうがないといった具合に北村先輩は後ろに引っ込む。

「なんか、話し合ってなかった?」

「こほん、割と強情な人なんでどうしても俺から告白したっていう形にしてもらいたいようで……いってっ」

 また叩かれた。強情は余計だという言葉が聞こえてくる。

「お互いのこと、まだあまり知らないんですけどね。こうやって仲良くできているんで……まだ友達付き合いみたいなところもあります。だから、甘い雰囲気になるのは結構先なんじゃないかなって」

「ふーん? そっか。だからカレカノの雰囲気じゃないんだね」

 ここで変に仲が良い、キスはもうした、合体は既に終えて一心同体となっているなんて言っていたら突っ込まれていたかもな。

 人間、目が覚めてから一日のうちに相当数の選択をすると聞くが、実際そうなんだろう。今だって選択の連続だ。

「えっと……もう、いいですか?」

 あんまり突っつかれると設定の矛盾がひどくなるぞ。どうしたって目の肥えた読者は作者よりも把握しているときがある。

「うーん、彼氏ならしょうがないなぁ……」

 後ろ髪を掻いて、俺を見る目は半分諦めているようにも見えた。惚れ薬の力はこの程度なのだろうか、少し残念に思えるがもう必要ないし。北村先輩が使った時点で、こうやって好き好きアピールをしてくるわけだし、惚れ薬の力としては十分なんだろうけどね。

「でもね、私のほうは理解できても納得できない。たとえね、君みたいに彼氏がいたとしても……たかのちゃんのこと、好きなんだよ。だから、すぐに諦めてほしいなんて言われても無理かな。今はうまくいっているように見えるけど、もしかしたらたかのちゃん、冬治君と別れるかもしれないからね」

「まぁ、否定は出来ないっすね」

 可能性って大事よ。できるかもって思っておかないとそもそも始まらないからな。

「その時は私が孝乃ちゃんの彼女になれる……だよね?」

「まー、否定はしないっすね」

「おい」

「いつっ、見ての通り、今のところは俺に首ったけっす」

 調子こくなと首をぎりりと絞められる。そういうアブノーマルなのはちょっと……。

「とりあえず、今回は引くけどね。この気持ち、愛だから。君以外にもたかのちゃんのこと、好きな子がいるって覚えておいてよ」

「はぁ、わかりました」

 まさか名前も知らなかった先輩の恋の三角関係の一角に数えられる日が来るとは思いもしなかった。できれば俺に矢印を向けられていたかったが、現実とは悲しいもので俺の矢印はこの二人に向けられておらず、北村先輩の矢印も違うし、目の前の人がぐいぐい北村先輩に突き刺さっているという状況。

「じゃあね」

 そういって霧崎先輩が屋上からいなくなった。残されたのは俺と北村先輩だ。

「たかのん」

「なれなれしい」

 好きなように呼んでいいって言ったじゃん。嘘つき。

「たかちん」

「うざい」

「北村孝乃」

「先輩をつけろ、先輩を」

「失礼しました。先輩孝乃、たいへんっすね」

「前につけるなっての」

 ショートカットをがしがし掻いて、深い深いため息をついておられる。疲れたのだろう、俺も惚れ薬を使っていたら間違いなく別の人間にクリティカルを与えてみょうちきりんなことになっていた。

「根本的な解決にはならなかったし、冬治、あんた……これからも彼氏役をやりなさいよ」

「えぇ? もういいんじゃないんすかね。あと腐れないように最近付き合い始めたってことにしたんですよ?」

「……それじゃ駄目よ。いい? あの子ね、体育で着替えていたらあたしの……ごにょごにょをなめてきたのよっ」

「なめっ……そりゃあ、いかんですね」

 そうか、これが男子生徒なら相手を豚箱にぶち込めたが相手は女子。ちょっとした悪戯程度で済むのか。え、どこをって、聞いたら答えてくれるかな、無理だよなぁ。

「済む……済むかなぁ。あ、いや、駄目だと思うんで、もういっそのこと警察に連絡してぶちこんでもらいますか? そうすれば牢屋から出てきませんぜ?」

「そうはならないでしょ……たとえそうだとしても、あたしが間違えてあの子につかっちゃっただけだし、そう考えると悪いのはあたしだし」

 なるほどなるほど、落ち込んだ様子で消え入りそうな言葉を吐いた。

「そこんところの分別はつくんですね」

「引っかかる言い方だけど、当たり前でしょ……はぁ、最悪。なんであんたみたいなのが設定とはいえ、彼氏なのよ。見ず知らずの男子生徒とかマジ、あり得ないんだけど」

「あなたの発言は、俺の耳に届いています。その言葉を聞いて、快く思うでしょうか? 後々、俺の協力を得られずに後悔すること、あるかもしれませんよ」

「……あんたさ、その回りくどいっていうか、直接感情をぶつけてきなさいよ。やりづらいったらありゃしない」

 感情で物を言う相手に対して、その感情をくすぐらせるような言い方をするなんて愚の骨頂じゃないか。

「とりあえずは様子見をしておいた方がいいんじゃないでしょうか?」

「様子見?」

「ええ、惚れ薬がどのくらいの力を持っているのか俺もわかってないですし。何もないところでいきなり孝乃先輩を押し倒してことを始める……なんてことはなさそうですよね。それに、彼氏がいるのならって霧崎先輩も少しは遠慮していました。嘘とはいえ、彼氏がいるという効果、あるんじゃないですか?」

「そうね」

 過剰にべたべたくっつけて、俺たち、私たち、付き合っていますはやめておいた方がいいだろう。嫉妬の炎が地獄の業火に変わる日がくるかもしれないからな。

 痴情のもつれは刺殺の前触れ。のちにこんなはずでは、ちょっとした火遊びが大ごとになるのは世の常だ。

「でも、定期的に会ったり、休みは二人で遊んだほうがいいかもしれませんよ……って、そんなあからさまにいやな顔をしないでください」

「だぁってぇ」

「俺より一歳年上なんですから、現状を受け入れましょうよ。人生の先輩ですし」

「お前の人生を歩んだわけじゃないから勝手に人生の先輩にするな。歩幅が同じと思うな」

 うわぁ、確かにその通りだし、聞きようによってはいい事にも聞こえるけど、タイミングを間違えている気がしてならないよ。

「今年、先輩受験ですよね? あまり長引くとそっちに影響出てきちゃいますから。平穏な日々、受験を考えるのなら彼氏の振りするぐらい、わけないでしょ? 市の図書館なんかでデートって言っておけばいいですし、先輩が受験勉強している隣に俺がいればデートにできますから」

「……しょうがないか」

 お前さんが悪いんだよと言いたいところだが、言ったら言ったで面倒くさいだろうな。渋々ながら従わせた方がよさそうだし、俺のほうも勉強時間だと割り切ろう。あ、そうだ。友人と七色の勉強を代わりにやるから金をよこせと言えるかもしれない。

「呼び方、どうします?」

「はぁ?」

「孝乃先輩、冬治って呼び方でもいいと思いますけど、ここはやっぱり、たかのん、とーにゃん呼びでどうでしょうか」

 バカ丸出しだが周囲にも伝わりやすいだろう。あれ、待てよ、そういうことしてたら俺に彼女ができないんじゃ。

「……とーにゃんねぇ、あんた、よくそんな恥ずかしい呼び方をされて反応できるわね」

「そりゃあ、恥ずかしいですけど……」

「けど、何よ?」

 いぶかし気な北村先輩に俺は言ってやった。

「悔しそうにそう呼ぶ孝乃先輩のことを考えると悪くないなと思える自分がいます」

「あんた、ひどい考え方してるわね」

「はじめて言われましたね」

 すごくいやそうな孝乃先輩だが、俺の身にもなってほしいものだ。こんな自己中の彼女なんて、付加価値がなければやっていられない。

「ほかに彼氏役を頼める男子友達っていないんですか?」

「男子はほら、下品なことばっかり言ってるし、あいつら馬鹿だし」

 この先輩、中学生で止まってるんじゃないのか。いや、周りがそうなのかも。だとしたらかわいそうな話だな。

「本当ですかぁ? そりゃ先輩が潔癖なだけなんじゃ?」

「だって、お昼休みにいきなり、ぬぎまーすとか言い始めて脱いでぞうさんの物まねとかやってるのよ?」

 いや、本当にそうなのかよ。小学生だってそんなことしねぇよ。

「あー本当、他に好きな人がいるっていうのに……最悪」

「ん、まぁ、孝乃先輩側で考えたら確かにそうかもしれませんね」

 悪いことをしたが、まぁ、形はどうあれ謝ったわけだし、許してあげようと思う。

「ところで、惚れ薬を使いたくなるような相手って、聞いたら教えてくれますか?」

 俺の質問にちょっとだけ頬を赤らめた。

「そうねぇ、あんたになら教えておいても損はないかも。お昼休み、もう終わっちゃうから放課後にしましょう」

「あぁ、はい」

「先に帰らないでよ、迎えに行くから」

 背中を叩かれ、俺を引き連れながら北村先輩は屋上を後にするのだった。


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