北村孝乃編:第一話 狙われた惚れ薬
惚れ薬という薬を知っているだろうか。
読んで字のごとく、この薬を使った相手を魅了するお薬である。もし現実に販売されていたら第一類医薬品として薬剤師の処方なしには買えないだろう。値段も製造元が独占し、欲しけりゃくれてやるが、お金を持ってきてねと言う事でべらぼうな価格に違いない。
そんな惚れ薬を俺は親類の女の子からもらった。
「……あげる」
「サンキュー」
こういった感じのやり取りでもらえた。ガム食う? もらうわぁ、みたいな感じの手慣れた関係ではあるものの、惚れ薬なんてものをぽんと人にやるのもどうかと思う。
くれた相手はいったん置いておくとして、こちらの惚れ薬。まがいもんじゃない。種類はいくつかあって、液体、錠剤、粉末などなどだ。効き目やそのほかの効果もまちまちらしく、詳しいことはほとんど教えてもらっていない。
「……ハーレムを作りたいのなら」
「いや、一人でいいし」
この国が一夫多妻制と言うわけでもないし、そこまでしてほしいわけでもなく……まぁ、なんだろうか。新しく手に入ったものを使いたくなった、と言うのも一つあったのかもしれないな。
だから、惚れ薬をなんとなーく、ほんのすこーし、気になっていた女子生徒に使おうと思っていたのだが、クラスメートと仲良くやっていくうちに今のところ、惚れ薬はいらないかなと言う結論に達した。
女の子に好き勝手する、そんな男なら叶えたい妄想もあるにはあるが、それよりも友達とバカやっていたいなぁと感じたのが理由だ。
それじゃあ、惚れ薬はどうするべきか。持て余していたわけで、放り捨てるわけにもいかず、かといってすぐに返してしまうのもなんだかもったいない。お守り的にもっていたわけだが、トイレで手を洗うときに水道から流しちまうかと思いつつ、おいていたら消えていた。
そう、置いていたら消えていた。惚れ薬の中身が消えるのなら、あらやだ、賞味期限が過ぎたのかしらと思うだろう。だが、今回消えたのは液体を入れていたガラス瓶も消えた。小さなまりもが入っていそうな小さいガラス瓶にコルクで栓がされている。俺が別の場所に保管していてなくしたと騒ぎ立てるのならまだわかる。
取っていった相手が誰かは既に特定しており、その気になれば奪い返せるわけだが……特に自分にもう必要なく、盗んでいったと言う事はこの薬が必要と言う事だ。処分に困っていたわけでもあるし、惚れ薬のほうもこれでようやく自分が使われる日がやってきたと喜んだことだろう。
私物を盗んだことに関しては復讐を考えておくとして、惚れ薬のことはもうどうでもよかったので放っておくことにした。
そう、この時に俺が畜生、盗人め。ずたずたに引き裂いてやるぜ、一滴残さず、血も搾り取ってその身に後悔を刻んでやるぞ。
そんな風に主人公らしくしていればこの後起こる問題もなかったこととなる。
「転校してきてあんまりたってないけどさ、七色ってさ、ほら、あそこにいるデブ男子におっぱいの大きさ、負けてね?」
「はい、女性差別。女性擁護団体に言いつけてやる。震えて待て」
黙っていれば可愛いのに、騒ぎだすとうるさい女筆頭、七色虹。成績が悪い。だが、俺の大切な友達である。
「無理じゃねぇかなぁ……ほら、そういうのって自分たちに都合のいいことじゃないと団体ってそこに限らず動いてくれないんじゃないかね」
人差し指をくるくると回し、諦め口調の友達二番目。只野友人が一つため息をついた。
「えー、そっかな。普通に訴えたら勝てる内容じゃん。尻の毛までむしり取ってバットでも尻の穴に突っ込んでやろうと思ったのに」
「えげつねぇ……もっと可愛げがあるものにしてくれよ」
「そうそう、ここは普通に冬治に対して、ひどぅいい、とーくんってば、この前はやっぱりちっぱいだなって言っていたくせにぃってすりすりしてやるだけで一ころりだ」
「えぇ、まじ? 本当かよ」
胡散臭そうな顔をした七色が、俺を見て腕に胸を押し当ててくる。
「やめろ、マジ、すまんかった」
「はっ、これだから童貞は……もうドキドキしてるのかい?」
「ああ」
本当はむなしくなったからだとは言えない。あのデブ男子にくっつかれたほうがすげぇと感じられるだろうに。
「ふふん、いいでしょう。あたしの心は洗われました」
最後に中指を立てられた。
傍から見たら馬鹿らしく、つまらない会話。ただ、こんな会話でも友達がいなければ出来ないからな。
「しっかし、おっぱいの大きな女子は何を食ったらあんなに成長するのかね」
体育の時間、男女はもちろん別の場所だが、それでも走っている姿を見ることは出来る。天使の羽のごとき白色の体操服(上)、たわみ、はずむ、お餅と形容しても良いおっぱいの上下運動に男どもはボールを追うことを忘れて見入る者もいる。
たゆん、たゆん。そんな音でも聞こえそうだ。言っておくが、俺は断じて変態ではない、ここで興味を持たなければ、青春とは言えない。
お昼休み、またも三人で片寄せあって一つの机で飯を食う。学園生活今のところ些細な幸せの一つだ。何せ、転校してきたばかりの俺にはほかにろくな友達がいない。
「うーん、なんだろうねぇ」
親指、人差し指を曲げて顎に添え、七色が考えても答えは出てこないだろう。答えが出ているのなら、今頃不良おっぱいキャラとして俺たち二人に崇められていた。
「遺伝かねぇ。ほら、ハゲの子供は禿げるっていうんじゃん? クラスの、あいつと、あいつ。若くても薄いんだから、もうあきらめるしかないんじゃねぇかなぁ」
「諦めねぇ……」
俺もいつか薄くなるんだろうか。そう思って頭を撫でてみる。つんつんとしたひねくれた髪の毛はつやと凄い。雨に当たればライオンかハリネズミのようになってしまう髪の毛だ。
「最悪、ヅラかなぁ」
「ヅラって、怖くないか?」
俺らの声が聞こえたのか、クラスの若干数名がびくっと肩を動かしていた。え、まさか……。
「いつずれるのか、そわそわしそうだけど」
「髪の悩みって女性はあまり聞かないよな」
そう考えるとうらやましいよなぁ。
「あるらしいけどね。あたしのおばあちゃんはウィッグ使ってるし。はげたりはあんまりしないそうだけど、髪の毛、細くなるんだってさ」
「あぁ、テレビのCMで見たことあるかも」
それでもお年寄りならいいよな。結構後で考えればいいわけだし。若禿げにはつらい社会だよ。
「世に浸透しすぎたから、カツラって馬鹿にされるんじゃねぇかな?」
「と、言うと?」
友人の言葉に俺は首をかしげる。
「名称を変えればいい。MODとか、アタッチメントとか、オプションパーツとか」
「……まぁ、今でも立ち位置的には変わらない気がするけど」
七色のほうも何か考えているらしく、うーんと唸っていた。
「あ、簡単な事じゃん。解決方法思いついちゃった」
「どうせあほらしい答えだろうけど、言ってみろよ」
「髪の毛がある、なしで問題が起こるんでしょ? じゃあ、全員の髪の毛をなくしちゃえばいいじゃん。全部ハゲにしてやろうぜぇ」
さっき肩をびくつかせた男子生徒がまたびくつかせていた。
「極端だ。争いが起きる」
「極端すぎる。革命が始まるぞ」
俺と友人の意見は似ているようでおそらく違う。
「えー、全員禿げにして、ヅラをかぶるようにすればいいじゃん」
「いや、人と違ってそれでいいっていう素晴らしい言葉もあるし」
友人がそういうものの、なんだか微妙に違う気もするな。
「そこを突いていじめる人のほうが多いんだよねぇ。だって、その言葉が当たり前の社会ならいちいち取り上げられることもないし」
そう言われたらそうかもしれない。入り口がおっぱいの大きさだっただけに、そういう答えに行きつくなんて思いもしなかった。
「四ケ所―」
「うん?」
廊下の入り口に近い男子生徒が俺に向けて手を挙げていた。
「なんだ、どうしたよ」
「客。先輩がお前に用事があるってさ」
その言葉に友人と七色が微妙な顔をしていた。
「お前……いつの間に上級生と知り合いになってんだ。転校してきたばっかりじゃねぇか」
「いや、いないって」
「忘れもしない、小学生のころ。上級生の野郎があたしのおったてた砂山をぶち壊したことから年上は好かんなり。時代は同級生か下級生の女子がねらい目よん」
七色の言葉は現実味があったけど、その程度で年上を嫌いになるのはどうなんだ。
「人違いじゃないのか」
「しらねぇよ。もうそこにいるんだから、直接話してくれよ。俺は抜け毛の数を数えるのに忙しいんだ」
そんなことは家でやれ。学校ですることじゃないぞ。
近くの女子にきんもーと言われている男子生徒を横目に、俺は廊下へと出る。
「やっとでてきた」
立っていたのは赤いフレームのきつめの美人だった。おっぱいの盛りは残念なことになかった。スカートからすらりと伸びた足はなかなかいい具合だ。
「……はぁ。心を入れ替えたんですか?」
「は?」
俺の言葉に相手は首をかしげていた。そりゃそうだろう、が、しかしだ。こっちだって相手のことを詳しく知っちゃいない。知っちゃいないのだが、このタイミングでやってきた相手は男だろうと女だろうとただ一人だ。
「あれはある意味危険なものですからね。一般人がおいそれと手を出して使うと、大変なことになりますよ」
本命に使おうとして間違えちゃったり、あほが勝手に飲んじゃったりな。
「さ、さぁ、何のことだか……」
「大方、使う相手を間違えちゃって、面倒なことになったからすがりにきたんじゃないでしょうか」
「うぐ……」
明らかにそうだと言わんばかりの表情を見せたが、すぐに強気な表情を見せる。
「も、もとはと言えば、あんたがあんなものを……」
「そうかもしれませんけど、まさか、盗んで……ちょっと、場所を変えましょうか」
お互い、あまりいい話をするわけじゃないからな。周りに聞かれたら厄介だ。どのくらい厄介化と聞かれたら、部屋でパンツをかぶって全裸になって踊っていると周囲に知られるぐらいのやばさだ。
え、問題ない? それは剛毅すぎるぞ。
ちゃちゃっと場所を屋上に変え、俺と先輩は向かい合った。遠くからは
「まるで告白を受けるみたいだ……」
「あんた、頭の中が楽しそうね」
「ええ、まぁ。最近こっちに転校してきて友達が二人出来て、割とクラスメートとも仲良く慣れてきたかなぁって状態ですし」
「そう、それはよかった」
「でも、この学園は泥棒さんがいますよ」
「う……知っていたのならどうしてあの時にっ」
責任転嫁でもするつもりかと思ったので、遮ることとしよう。
「あ、待ってください。その前に……助けてあげてもいいですよ」
「ほ、本当?」
「ええ、でも、先輩を助ける前にやってもらうことがあります」
「何よ」
「そりゃもう、人様のものを盗んだ挙句に泣きついてくる。面倒ごとに間違いない。それでいて、自分は助けを乞うだけでなぁにもしない。不公平じゃあ……ありませんかねぇ?」
「くっ……た、確かに」
「幸い、先輩の体つきはとても熟れた……」
改めて考えて、俺はコホンと咳払いをする。一揉み、二揉みと考えてみたわけだがないものは揉めない。余計なことを言って今後の学園生活もめたくない。
「俺に、謝ってくれるだけでいいんです。私は盗みを犯しました。ごめんなさい、もうしませんって」
「はぁ?」
ほかのことでも要求されると思ったのか、肩透かしと言った表情でこっちを見てくる。運がよかったな、あんた。
「自分の口で間違えていたと言葉にするだけで、先輩は言葉に縛られます。まぁ、一種ののろいですね」
「……本当に、言ったら助けてくれるんでしょうね?」
「ええ、考えますよ。あ、他に要求することもないんで安心してください」
本当かしらと口にしてきたが、先輩は俺を前から見据える。
「私はあなたから惚れ薬を盗みました。すみませんでした」
心のこもっていない。いや、心が全く、これっぽっちもこもっていない反省の色何て一切見えない謝罪だった。心を込めてもう一度、なんて面倒なことはやめておこう。
「よろしいです」
「さぁ、助けなさい」
「誰も助ける、なんて言ってませんよ。考えるって言ったんです」
「はぁ?」
「それと、今の発言はボイスレコーダーで録音させてもらいました。今後、俺に付きまとうのならしかるべき場所に垂れ流しますんで」
「しかるべき場所ってどこよ?」
「ネットの海です。実名と住所、大好物から何歳までおねしょしていたかとありとあらゆるコネを使って調べ上げて、投下します」
「あんた、下衆ね」
痴漢でもされたかのような表情を俺へと向ける。なんて奴だ。
「でも、ですね。そんなかわいそうな先輩を助けてあげなくもないですよ。勿論、見返りを要求しますけど」
「……やっぱりね」
ふーっとため息をつかれた。
「断りますか?」
「……いいや、助けて頂戴。で、あんたに何してやればいいの?」
「まぁ、それは助けてあげてからです」
「普通に踏み倒すかもよ?」
「その時はあの女に弄ばれたって先生にチクります」
「さっきのに比べるとランクが下がりすぎでしょ」
でも、知り合いのいさかいなんてその程度でいいと思うんだ。それに、盗人の相手なんてその時だけで関わり合いを持たないのが普通だろう。
「で、間違えて使っちゃ相手はどこに?」
「たかのちゃーんっ」
屋上の扉が開け放たれ、結構かわいい女子生徒が現れた。
「ほらきたぁっ。あんた、なんとかしなさいっ」
「まさかの女の子かぁ……」
俺の後ろに隠れて震える先輩がほんのちょっとかわいく見えた。




