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西牟田紗生編:最終話 雨男は紗生とともに

 紗生に告白する予定日である花火大会。

 前回夏祭りと同様で、今回も情緒あふれる音を小刻みにならしながら雨が降って居た。

 当然のことながら花火大会は延期となり、紗生と二人で空を眺めていた。

「雨、降っちゃいましたね」

「そうだなぁ」

「花火、延期になっちゃいましたね」

「ああ、中止にならなくてよかったよ。延期なら、また少し待っていられるから」

 さっきからグループチャットのアプリ更新を知らせる振動が俺のポケットで感じられる。どうせ俺のことを雨男だなんだとののしっているようなものに違いない。

「静かですよね、とても」

「本当、雨の音以外は何も聞こえないよな、ここ」

誰もいない神社の境内はムードがいいわけがなく、俺たち二人は他の人が見かけたら怪異か、もしくは肝試しのためにやってきたカップルと思われるはずだ。

「紗生、風邪ひくといけないから帰ろうか」

「……それは、できません」

「え? さすがにこんな雨降りの中、無理してうろうろすると風邪、ひいちまうぞ」

「その時は冬治先輩に移して治します。だから……これから、学園に行きませんか?」

 俺の手を引く力は弱かったが、彼女の目は強く訴えかけていた。

「わかった。一つ言っとくけど、今度の花火大会までもう待てないかもしれない」

「はい、私もです」

 俺たち二人はそれぞれの傘に入り、学園へと向かう。

 雨が降って居るおかげか、大して暑さを感じることのない。ただ、湿気はすごかった。学園に向かう間、車は何台か通り過ぎて行ったものの、時間帯や天気も相まってか途中で誰かと会うこともなかった。

 校門についたが、人はいない。まだ閉められておらず、職員室には誰かがいるのだろう。

「で、ここからどうするつもりだ」

「私たちが初めて出会った場所に行きませんか?」

「と言うと、図書館か」

「はい」

「入られるかな」

「たぶん、大丈夫ですよ」

 厳重管理がなされている図書館に入り込むことが出来るのか、多少疑問に思ったものの、紗生の足は止まらない。

 学園内には普通に立ち入ることが出来、図書館もまぁ、普通に人がいた。もっとも、いたのは司書をしているあの女子生徒だ。

「いらっしゃい。もうそろそろ閉店だけど」

「ここ、お店じゃないですよね」

「そうそう、お店じゃないね。夜は九時まで営業中」

「結構図書館としては遅いんですね」

「もともと、研究員さんたちが使ったりする場所だからね。九時以降は防犯が理由だし、必要ならコピーを取って帰ってもらうから……それで、二人してどうしたの? 本を借りに来たっていう表情はしてないけど」

 それだけ言って、俺たちの表情を交互に見ていた。

「実は……その、冬治先輩に告白されるんです、これから」

「は?」

 紗生が突然言い出した言葉にきょとんとしていた。

「えっと……え? それは西牟田の勘違いではなく?」

「違います。ですよね、冬治先輩」

「まぁ、そうだな」

「うん? これから告白するから場所を図書館にって指定した感じ?」

「あー……いえ、本来は花火大会だったんですけど、ほら、雨が降って延期になっちゃって」

「そこはまぁ、納得いくけどさ、事前に今日告白しますなんて言わないよね?」

 司書さんの言う通りではある。あるのだが、ちょっと特殊なんだよなぁ。

 どう説明したものかと首をかしげたが、説明すると長くなりそうなので割愛させてもらった。

「あのさ、西牟田に聞くんだけど……ちなみに告白を受けてオーケーすんの?」

「はい」

 強い意思のこもった頷き具合だった。

「それさ……私が言うのも間違えている気がするけど、ここでは濁さないとダメじゃないかな。彼に伝わっちゃってるよね、それ」

「こういうのはムードと、場所が大切ですから。たとえわかっていても、冬治先輩から雰囲気の良い場所で告白されて初めて意味を成すんです。一種の儀式ですからね」

「儀式ねぇ……西牟田、怪しい儀式や魔法は妄想の類だとか言ってなかったっけ?」

 ちょっと意外なことに、紗生はリアリストな面もあったらしい。

「そうですけどね、自分がいざその目に遭ったら信じるしかなかったですし、冬治先輩と一緒にいれば自分の知らない世界を見ることもできるんじゃないかなって。一緒に過ごしていてよく思いました。それに、人間としても尊敬できる部分があります。確かに、ちょっと特殊な方法で女性を自分の思うままにしようとしていたこともありますけど、そのあとにはちゃんと責任をもって対応していますし、私のことを好きになった後は卑怯な方法を取ろうとしませんでした。一緒にいて、頼りになる冬治先輩のことが……私、好きです」

 紗生は俺のほうを見ていた。司書さんも俺のことを困惑した表情で見ていた。

「ごめん、冬治君。なんだか……えっと、そもそも君、告白できてないよね?」

「考えていた方法とはちょっと違うけど、俺がこうあってほしいって思っている通りに物事が進んでいたら今頃紗生と一緒にはいなかったから、これがベストだよ。今の俺たちならね」

 そういって俺は紗生に向き合った。

「俺、紗生のことが好きだよ。一緒にいて、単純に心が安らぐというか……うまく説明できなくて悪いんだけど、これからも一緒にいたいんだ。だから、俺の彼女になってください」

「よろこんで……」

 紗生は頷いた後、俺の胸に飛び込んできた。抱きしめて、二人で見つめ合った。

「あのー、お二人さん的にはそれでよかったの?」

「はい」

「こっちもこれでよかったと思ってるよ。花火が見えなかったのは残念だったけどさ」

「そ、そう……えっと、何か本でも借りてく? 男女の仲をよくする本があったと思うけど」

 俺たちの告白を見届けた幸せな生徒さんはそういって気を使ってくれたが、紗生が首を振った。

「大丈夫です。本を読まなくても、冬治先輩とはうまくいきそうなので。あの、これから家に来ませんか」

「え、いいのか」

「はい。晩御飯を作るので冬治先輩に食べてもらいたくて。実は、もう雨だってわかっていたのである程度準備しているんですよ」

「そっか。思えば紗生の手料理は初めて食べるな」

「期待しないでくださいね」

「はは、そりゃ無理だ」

「じゃあ、私たち帰りますね」

「あ、うん」

「お邪魔しました」

「……爆発しろ。見せつけた上に何しにきやがったんだ、あいつら」

 そんな言葉が後ろから聞こえてきた気もする。まぁ、気のせいだろう。

 傘は一本だけ置いて帰ることにした。二人で一つの傘の下にいれば濡れることはない。まさか、あの時であった図書館にいた女の子と肩を合わせて歩いているなんてな。

「あの……冬治先輩」

「ん?」

「腕を組んで歩いていますけど、歩きづらくないですか?」

「多少はな」

「えっと……すみません」

「何が?」

「胸が小さくて」

「……気にしてないぞ。小さくたって、俺はぜんっ、ぜん気にしてないから」

「その割には声に悲しみが満ち溢れていますけど」

「これは喜びに満ち溢れているだけだよ」

 大丈夫、大きくしたいときは……みやっちゃんに頼めばたぶんオーケーだから。まぁ、ちょっと怖いからやめといたほうがいいかもしれいないけどさ。

 悲しみと幸せに包まれたような気持ちで紗生の家までやってきた。

「どうぞ、入ってください」

「お邪魔します」

 一軒家で、日本家屋だった。ぼろい……ではなく、趣のある古民家だ。暗がりから座敷童がバックスタブを取ってきそうな雰囲気があった。

 畳の部屋へと案内され、比較的大きめなちゃぶ台に腰を下ろす。

「ちょっと待っててくださいね。今、温めますから」

「何を作ってくれたんだ」

「カレーです」

「カレー……ね」

 てっきり、ちょっと手の込んだものかなって思ったりする。

「すみません、実はあまり料理が得意ではないのと、冬治先輩の好みを聞き忘れていて」

 どうやら顔に出てしまったようで、ちょっと反省。

「悪い、そういうつもりだったんじゃないんだ」

「いいんです。だって、これから学べばいいですから。読書少女は本で勉強できますから」

「そうだな」

「それに、冬治先輩って料理できるらしいですから教えてもらえます。彼女の特権ですよ」

「ああ、俺が出来る範囲で教えてあげるよ」

 カレーが温まるたびに、いい匂いがしてきた。得意ではないと言っていたが、十分おいしく食べられそうなにおいだ。

「あの……冬治先輩」

「ん?」

 途中で手を止めて俺のほうへとやってくる。その表情はどこか儚げだった。深層の令嬢でも通じるようなものだ。

「……キス、してくれませんか」

「え? まだ俺たち、付き合い始めたばっかりだろ。いいのか?」

「関係ありません。キスは、雨天中止になりませんよ」

「そりゃそうだけどさ」

「カレーを食べてもらった後だと、その……カレーの匂いがしちゃいますから」

 それはあるかもしれない。

 最初のキスがカレー味だったら紗生も嫌かもしれないな。

「目を閉じてくれ」

「……どうぞ」

 目を閉じてこちらに体を預けてくる紗生を軽く抱きとめる。そして、口づけを交わした。二人で顔を見合わせて、少しだけ笑ってしまう。

「冬治先輩、私でよかったんでしょうか?」

「え?」

「惚れ薬、私に使ってませんし、先輩に惚れ薬が必要だとは思いませんけどね」

「……そうかもな。人間、楽な方向に進みたがるもんだよ」

 おかげで、遠回りする羽目になったけど、一緒にいて居心地のいいひとが見つかったからそれでよかったよ。

「俺より、紗生のほうだよ。惚れ薬を使おうとする人間が彼氏になったんだから、そっちの方がおかしな気がするけどな」

「ふふ、そう思うのは冬治先輩だけじゃないでしょうか。冬治先輩が私の知らないところでいろいろしてくれたこと、聞きましたから」

「聞きましたって、誰に?」

「それは……秘密です」

 そういって人差し指を自身の唇に当て、ウィンクしてきた。

「ごめん、抱きしめていい? 可愛いから」

「遠慮なく、好きにしてください」

「そう? じゃあ、遠慮なく……紗生―っ、かわいいよ、さおーっ」

「すみません……その、静かに抱きしめてください。勢いありすぎです」

「すまん、つい、な」

 言われた通り、静かに抱きしめた。

 多分、みやっちゃんあたりが紗生に話したんだろうな。まぁ、特別何かしたわけじゃないけどさ。

「これからは変な薬を使う前に努力しましょうよ」

「でも、紗生とこうして出会えたんだからまたいいことがあるかもしれないな」

「それはあり得ないですよ。あったとしても、許せませんから」

「はは、惚れ薬はもう使わないよ」

「本当ですかねぇ」

 今一つ信用されていない俺は、残っている惚れ薬を紗生に渡すことにした。

「これ、捨てちゃっていいんでしょうか」

「いいと思う。元の所有者からは処分も含めて任されてるからな」

「じゃ、捨てますね」

 紗生がそういってゴミ箱へと放り投げた。

 安易に薬を頼るもんじゃないな。ただ、紗生と出会えたことはプラスに考えよう。

 隣で笑う紗生を見て、俺はそんなことを考えるのであった。


今回で西牟田紗生編、終了となります。気になるあの子と惚れ薬の際では反転の薬が微妙に違う効果になっていましたが、それだと面白くないので変えてみました。惚れ薬は割と改変が多かったりと個人的にはいい具合に変えられているかなと思っています。感想、評価、メッセージ等、良ければよろしくお願いいたします。さて、今後の予定としましては、惚れ薬編の最後を終わらせた後、リスタートで追加となった三人の陸上部の話と七色虹編をちょっと作ってみようかと思っています。

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