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西牟田紗生編:第九話 より身近な人たち

 紗生ちゃんに俺の気持ちがばれた状態でのんびりと日々を過ごせるのは七色のおかげかもしれないが、あまり感謝していると調子に乗ることだろう。

「冬治先輩、おはようございます」

 学園へと向かう道。約束している合流地点にはすでに年下の気になるあの子が立っていた。朝日を浴び、その姿は何となく神々しく見える。

「おはよう、薬の一件が終わったのにこうやって紗生ちゃんと一緒に過ごせるなんて嬉しいよ。七色に感謝しとかないとなぁ」

 あいつは物欲の塊だから、感謝の言葉を述べるよりも何かおいしいもんを食べさせたほうがいいかな。

「あの、一ついいでしょうか?」

「ん?」

「その、ちゃん付けが気になります」

「気になる? イントネーションかな」

 あがって、下がる感じで呼ぶのが嫌なんだろうか。すぁおっちゃんみたいな発音にしてみようかな。もしくは、さおちゃあぁんみたいにちゃんはいばーぶーみたいなプロの発音にしないといけないのかも。

「すぁおっちゃん……どうかな?」

「発音のことではないです。ちゃん付けなのがちょっと」

「そうかな?」

「なんだか子ども扱いされているみたいで。虹さんみたいに呼び捨てにしてほしいんですけど。すごく二人って仲がいいですよね」

「西牟田、野球しようぜー」

「……それだとなんだか男子相手に接しているようで嫌です」

「でも、七色は苗字呼び出し」

「……そこは、その、私と冬治先輩の仲って私が思っているよりも……深いと思いたいです」

 俺らはまだ付き合っていないけれど、一緒にいるのが単純に楽しい。落ち着き払った紗生ちゃんが少しだけ顔を赤くしているところなんてめったに見られるものじゃない。

「そっか、紗生がそういうのなら今度から態度を改めるよ」

「はい、そんな風に接してくれると嬉しいです。普段は虹さんとどんな感じのやり取りをしているんですか?」

「そうだなぁ……大して意識したこともないからいつも通りとしか」

「……でも、私とは違いますよね」

「まぁな。それがどうかしたのかよ」

 少しだけ不安を見せた紗生が言った。

「なんだか、冬治先輩を盗られそうで」

「俺を?」

 いつもよりも紗生の距離は近い。彼女の左手はさまようように俺の手へと伸びてきたが、触れることはなかった。

「考えすぎだと思うけど」

「おっはよー、今日も暑いね」

 噂をしていたためか、七色が背後から現れた。

「に、虹さん。おはよう」

「紗生もおはよー。っというかさぁ」

 呆れた顔で七色が紗生を見ていた。

「朝から物騒な話してるじゃん」

「え、聞いていたんですか」

「そりゃね。二人でどんな話をするのかなぁって興味があったから後ろからじっくりねっとり聞いてた。紗生があたしをそんな目で見てたとは」

 苦笑しつつ、俺の肩に手を置いてくる。

「色男だね。惚れ薬なんていらなかったんじゃないの?」

「なかったらいろいろと捗らなかっただろうし……使ったことを後悔していたりもするけど、結果的に見たらよかったかなって思ってるよ。紗生とも知り合えたし、案外、七色も面倒見がよくて頼りになるところが見られたし」

「うれしいことを言ってくれるねぇ、ま、あたしのほうも冬治のことを見直したけどさ」

 そういって七色は紗生を見た。

「安心しなよ、紗生。あたしは冬治を盗ったりしないから」

「虹さん……」

 よくわからないが、紗生の中の疑念は払しょくできたらしい。

「冬治が勝手にあたしに惚れるだけだから」

「それは……ないと思うので安心しておきます。冬治先輩が虹さんに泣きつかれていやいや付き合うんじゃないかって思ってるだけですから」

「んまっ、このガキは子供のころからちょいちょいあたしのことを見下してくるなんて失礼な後輩だよ、まったく」

「虹さんも私にしょっちゅう意地悪していましたし、おあいこですよ」

 こんな二人のやり取りを見ていて少しだけうらやましく感じたりもする。俺は紗生の過去を知っているわけでもないし、七色が子供のころ、どんな奴だったのかも少しだけ気になるからな。

「それで、あんたたちってどこまで行ったの?」

「は?」

「だぁ、かぁ、らぁ……ほら、男と女の仲っていろいろあるでしょ、ね?」

 興味津々なのか、俺のほうへと近づいてウィンクしてくる。

「あのですね、虹さん。私たちはそう言った爛れた関係ではありませんよ。健全な学生の……」

「いや、そもそもまだ付き合ってないし」

「え?」

 ぽかんとした顔で七色が紗生を見た。

「はい、そうですよ」

「おっと、この話はここまでだな。ちんたら歩いていたからそろそろ予冷がなるぞ、おい」

 七色が遅刻をするならまだいいけれど、紗生を遅刻させるのはまずいな。真面目な紗生が俺と知り合ってから不真面目になった、なんて噂を流されたらかなわないからな。

「ちょ、ちょっと冬治ってば。教えなさいって」

「はいはい、お昼休みに教えてやるから今は足を速めてくれよ。ほら、紗生もぼさっとしてないで行くぞ」

「あ……そうですね」

 この後、割と走ってギリギリ間に合った。紗生が先生よりも先に教室につけていればいいが、一階だから大丈夫だろう。

 そしてお昼休み、多少うずうずしていた七色が満を持して俺に飛びついてきた。

「ねぇ、冬Zii、教えてよー」

「わかったから離れろ」

 今、俺の名前の発音がおかしかったぞ。

「周りのやつから変な勘違いされたらたまったもんじゃない」

 すでに周りのクラスメートが俺たちを見てひそひそと話をしている。あまりこのクラスの連中とは……と言うより、七色と友人以外にはよく考えたらつるんでないな。紗生のことがあったとはいえ、ちょっと出遅れた感じがある。

 もっとも、すでに教師からは七色と友人と仲良くしているために不良のレッテルを貼られていたりするけどな。まぁ、実際のところは友達の輪とやらにうまく溶け込めていないだけだろう。

「よぉ、冬治。お前、いつの間に七色とねんごろな関係になりやがった」

「ねんごろって……お前さん、古いな」

「時代劇みたいな二人称を口にする冬治に言われたくないな。つーか、なんでお前さん、なわけ?」

「七色と仲がよくなったほうの話はしなくていいのか?」

「うん、まぁ、どっちでもいいわ。どうせ、七色が知りたいことを教えてほしいだけなんだろ」

 こいつ、説明していないのにわかっているのか。話がスムーズに流れて楽だな、おい。

「すごいな、お前さん」

「だろ、俺は空気を読むことにたけているからな」

「あぁ、そういえばこの前言っていたっけ」

「俺のことはいいんだ。さぁ、お前が何故、二人称をお前さんにしているのか教えてくれ」

 そんなことはどうでもいいと思うんだがなぁ。

「単純に、お前だとどうかなって思うだけだよ。さんをつけるだけでちょっと柔らかい感じになるだろ。返事するときにお前さんねぇ、とイントネーションを変えるだけで呆れたり、怒ったりって言うのを割と使い分けられる」

「ほー、なるほど」

「ま、俺がそう感じているだけで周りはそう思っていないかもしれないけどさ。自分じゃ気づかない口癖とかあるだろ」

 そういうとなんとなく頷いて見せた。

「あれだ、NGワードにされてどんどんお買い物金額が下がるやつだな」

「いや、別にそれってわけじゃないが……」

「ちょっとー、さっきから胸押し付けて、ほぼ冬治に馬乗りになっているあたしを無視しないでよー」

 俺の太ももにまたがっている七色であるが、いい匂いがする以外は今一つぴんと来ない。あれだな、心は紗生に向けられているからだな。

「ちょっとは恥ずかしがれっての。彼女持ちの余裕はむかつくわー」

「彼女? 冬治に彼女だとっ……あぁ、あの後輩の女の子か。この前はなんだか変な感じっぽかったが、あの後、うまくいったのか。よかったな」

「説明する手間が省けたし、絶対にあおられるか悔しがられると思っただけに素直に賛辞されると驚くわい」

 空気が読めるんだな、こいつ。いや、今のはどっちかと言うと空気が読めてないか。

「そ? じゃあ、お前みたいな男に女の子が出来るとか信じらんねー、俺も彼女欲しいなー……こんな感じ?」

「もうちょっと棒読み感をなくしてもらえたらそれで」

「演技にケチをつけられた」

「演技って言ってるしなぁ……」

 友達に祝福されるのはうれしいけど、よく考えたらまだ告白していないし、厳密に言うと彼女じゃないんだよなぁ。

「あぁ、先に言っておくがまだ紗生は彼女じゃないぞ」

「え?」

 俺の友達二人は目をぱちくりさせていた。

「本当それってどういうことなの? 朝、仲良く来てたじゃん」

「まぁ、待ち合わせはしてたけどな」

「じゃあ、付き合ってるんじゃないの?」

「別に待ち合わせしていたからって付き合っているわけじゃないよ。まだ、告白してないからな」

「なんだ、そうなのか」

 友人は納得したようだが、七色のほうは首をかしげていた。

「この前さ、紗生に気持ちを伝えたんじゃ?」

「俺が紗生のことを好きなのは知っているけどな。今度の夏祭りに告白しようと思って」

「ロマンチストだねぇ」

「思い出に残ったほうがいいだろ」

「別れたらどうするのさ」

「そんときゃ……どうすっかな」

 惚れ薬あるけど、あれを使うのはちょっと怖いんだよなぁ。リスクなしでリターンを得られる魔法の薬だと思っていたけど、リスクが大きすぎるんだよ。みやっちゃんはもっと改良するとかなんとか言っていたけど、紗生と付き合うことになったらもう使う必要ないし。

「夏祭りで告白かぁ……そういえば冬治にとってこの町で初めての夏祭りだよな?」

「そうだな。それがどうかしたのか?」

「ほら、そういうのって準備がいるじゃん。ここで告白しようっていう……なぁ、みんな」

 いきなりクラスメートに声をかけた友人であったが、クラスメートのほとんどがそうだね、そうだよと頷いていた。

「あー、そうなのか」

「そそ、と言うわけで、第一回、冬治君の恋を応援しようの会議を始めます。進行役はわたくし、只野友人が」

「書記はあたし、七色虹がやるんで」

 ささっと動き出して教壇へと立っている。七色はすでにチョークで第一回という文字を書き終えていた。

 その後はクラスメートを巻き込んで俺の告白する練習、告白する場所、やっちゃいけないことと、やらないほうがいいと言われているジンクス、食べちゃいけない屋台の食べ物をレクチャーされた。

 そのおかげか、割とクラスメートと打ち解けることが出来た。

「四ケ所君って結構怖いイメージがあったけど、割と普通なんだね」

「え、別に怖くないし」

「だって、クラスで話している人って基本的に南山さんか不良組の二人だけだし」

「本当、俺ってどんな風に見られてるんだろ……」

「近寄りがたい雰囲気もあるしなぁ」

 周りにそういうイメージを持たれていたのではしょうがないか。

 ここまでみんなにいろいろしてもらったわけだが、残念なことに当日は雨だったりする。お流れになり、第二回目の冬治君の恋を応援しようの会議が行われることとなった。

「今回はスペシャルゲストとして、彼の意中の相手である西牟田紗生ちゃんをクラスにお招きしました。皆さん拍手を」

「に、西牟田紗生です。その……まさかこんなことになっているなんて思っていませんでした」

 どこか落ち着かない様子の紗生を見て、俺も落ち着かない。

 なんというかね、クラスのみんなが俺たち二人をおもちゃにしようとしているのなら机だろうが黒板だろうが蹴っ飛ばしておもちゃにすんじゃねぇぞと言ってもいいが、パ〇ポで資料を作ってきたり、市の天気の情報や今後行われるイベントごとを紹介してもらうとものすごく居心地が悪い。

「ノリがいいだろ、このクラスのみんな」

「あ、ああ、正直熱が入りすぎてちょっと怖いぐらいある」

「そうだな、もし結婚することになったら連絡するといい。全員出席して心の中から祝福してくれると思うぜ」

「割と連帯感があるんだな」

「そうだな、みんなは一人のために、一人は皆のためにってやつだよ、うん」

 クラスメートのおかげで、紗生に告白する日は夏休みに入ってすぐに開催される花火大会になった。なお、待ち合わせの場所で告白すべきだ、いいや、花火が打ちあがったときに告白するべきだという意見でクラスが真っ二つに割れ、あわや紛糾と言うところまで行ったのを俺は忘れないだろう。


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