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西牟田紗生編:第八話 騒動の後に

「このヘタレめ」

 ぐりぐりと俺のほっぺを七色がつつく。

「あのさ、紗生のことが好きなんでしょ?」

「うぬが言うことは我にはよくわからぬ」

「そんな劇画チックで愛を知らなさそうな顔をしてもダメだから」

 運ばれてきたパフェを今度はつつきはじめ、頬杖をついていた。

「あのさ、紗生にお前さんのことは何も思ってないからなんて言っちゃだめだよ。紗生ってああ見えて人の気持ちに機敏だったりするから」

 おわかり? そんな感じで俺を見てきた。

「わかった、わかったけども、俺は別に紗生ちゃんのことを好きってわけじゃ……」

「……あっそ、じゃあ、冬治。あたしと付き合ってよ」

「ごめんな、七色。俺には心に決めた人が……年下で、本が好きでさ」

「掌返しがむかつくんじゃい」

 俺の鼻にフォークが突き刺さった。

「いつから好きになったの?」

「知らねぇ、気づいたら気になってた。ただ、この気持ちが好きなのかどうかはわからないんだ。それに、紗生ちゃんには悪いことしちまったし」

「それ、どうにかならないの? 九〇年代の骨なし系主人公じゃん」

 見ていてイライラすると言われる。

「好きな子には惚れ薬を仕込もうとするぐらいなんだからそのぐらいの気概がないと現代を生き残れないと思うけど?」

「知らないのか、七色。最近は物騒なんだぞ。ナンパで声をかけるだけで文句を言われたりするし、本気で警察呼ぼうと思えば来てもらえるんだ」

「あー、それ何かで聞いたことあるかも」

「肉食系の時代は終わった。顔が不細工、性格が不細工だと自覚があるのなら来世に期待だ」

「それで、あんたは来世に期待するの?」

「……そうだなぁ」

「紗生はあんたの来世に絶対いないと言い切れるけど?」

 それはやってみないとわからないだろう。

「前世からの付き合いですなんて言われたら大体の女子は気持ち悪いと思うよ」

「あぁ、俺も誰かにそう言われたら間違いなく危ない人だと思うよ、うん」

 とにもかくにも、俺の心の中では紗生ちゃんのことが気になっている。気になっているものの、だからと言って迷惑をかけすぎた相手にこんな俺と付き合ってくださいと言えるわけもない。

 普段の俺なら後先考えずにいけしゃあしゃあと君のことが好きでふと言えただろうさ。

「んじゃ、試しに俺が紗生ちゃんに告白する感じで言葉にするから返事してくれよ。紗生ちゃんになりきれよ?」

「よく意味が分かんないんだけど」

「役になり切ってくれ。ただ、それだけだ」

「……はいはい」

「返事は一回」

「はい」

「よし、やるからには徹底してやるから……ちょっとお花摘みに行ってくるからそれまでにメタモルフォーゼでもして見た目も紗生ちゃんに変えといてくれ」

「んな無茶苦茶な……」

 七色の相手なんてまともにしていられない。話を聞いてくれるのはうれしいが、七色と一緒にいても解決はしないだろう。

 それに、紗生ちゃんのことで心配させていたし、友達としてまた何か七色を面倒ごとに巻き込みたくないからな。

「っしゃ、七色をこれ以上心配させないように俺から紗生ちゃんに話をしないとな……」

 洗面台で顔を叩いて気合いを入れる。

「……嫌われてもしょうがないが、当たって砕けるしかない」

 そんときゃ、惚れ薬を使えばいいさ、うん。

 トイレを出て元の席へと戻る。

「んもー、遅いってば。どんだけ待たせるの?」

「……うん?」

 目の前にいる七色は紗生ちゃんそっくりだった。目頭を押さえて一度視界をはっきりさせたが、まごうことなき紗生ちゃんに見える。

 いや、見えるだけでこれは視覚を偽造させているだけかもしれない。もしくは、俺が冗談で言っていたメタモルフォーゼをやってのけた可能性がある。背格好、胸の大きさじゃなくてちいささ、仕草までそっくりだ。

「告白の練習、するんでしょ? ほらほら、ぼさっとしないで口にして見せてよ」

 ぶっきらぼうながら、七色っぽい言葉だな、うん。目の前の女の子は見た目が紗生ちゃんに見えるだけの七色虹に違いない。

「……君のことが好きでふ」

「もうちょっと気持ちを込めて告白してください。冬治先輩が私のことを好きだったなんて。うれしいですけど、全然気づきませんでしたよ」

「な、七色……七色だよな?」

「そうですよ?」

 よかった、目の前の女の子は七色だ。確認したし、普通に頷いたし。うん、この人は七色虹だわ、間違いない。

 多少の頭痛はあったものの、二人でファミレスを出る。

「……もしかして、お前さんは紗生ちゃん?」

「違いますよ、七色ですよ」

「だよねぇ」

 俺の疑問もこんな感じで軽くいなしてくる。

「趣味は読書?」

「読書? 本なんて読んだことありませんし、私はおバカですから」

 後で彼女、怒られないだろうか。いや、誰からってわけでもないからさ。

「男遊びが好きです」

「……そ、そう」

「人生はロックンロールです」

「……あ」

 曲がり角の向こうからすごい顔でこっちを睨んでいる知り合いの女子生徒がいた。第一印象、頭が悪そう。

「どうかしたんですか、冬治?」

 敬語だけど名前呼び捨ててってなんだか斬新だな。

「いや、今後のお前さんの処遇が……何でもない」

「それより、これからどうしますか? 一緒に本屋にでもデートに行きましょうか」

「それはちょっと……お前さん、七色だしな。ほら、俺も一応紗生ちゃんのことが好きだし、そういうところを見られたら気まずくなったりするかもしれないし」

「よくラブコメとかでありますよね。付き合いたての二人の仲に入り込んでくるいらないお邪魔虫みたいな感じで」

 うんうんと頷いたのちに、七色はこっちを見てきた。

「じゃあ、これから……告白イベントですか」

「いーえ、今日はもう遅いので普通に帰ってそれで終わりという日常イベントです」

「……あ、なるほど。読めましたよ」

 目が軽く光ったのちに、知的キャラがたまに見せる鋭い眼光をして見せた。

「花火大会や夏祭りが近いですからね。さては、そういうタイミングで告白をしてくれるんですね」

「案外、ロマンチックなものが好きなのかな?」

「べたですけど、あこがれます」

「そ、そっか。じゃあ、アドバイスに従おうかな」

「浴衣に対して結構興奮しますか?」

「俺は別に」

「じゃあ、ちょっとオタクチックなバニーや看護師服?」

「俺がもし、うんとかいったら紗生ちゃんが夏祭りか花火大会にそんな格好で来てくれるとでも?」

「……いやぁ、無理です」

「だよねぇ」

「でも、冬治先輩がお願いしたら気合いを見せるかもしれません」

 ちらりとこちらを見てきたので俺はちょっと考えたのち、彼女の両肩を掴んだ。

「出来る女教師スタイルでいけるかな?」

「じゃあ、私は冬治先輩にダメ男っぽい服装で来てもらいたいです」

 その後、二人で冷静に考えたらその状態で告白をしたり受けたりと言う事になるのであほらしくて却下となった。もし、現実にそれがうまくいったらヒモじゃないか。

 別れ際、七色に手を振る。もちろん、背が小さくなったままの相手にだ。

「じゃあな」

「はい、さようなら」

 この後、たまらなく紗生ちゃんに電話したかったりもする。七色が消えて数秒後、彼女は七色虹の姿をして俺の目の前に現れた。

「どうだった?」

「……結果としては最高の時間を過ごさせていただきました」

「よろしい、言わなくても何かくれるよね?」

 腕組みをしている友達には頭があがらなくなりそうだな。

「何が欲しい?」

「お金?」

「出来たら感謝を表したいから何かもっと別のものがいいだけど」

「うーん、じゃ、これからデート、しようよ?」

 そういって腕をとられた。貧相な胸(それでも紗生ちゃんよりあるが)を押し付けてくる。

「あのな……」

「いいじゃん、別に。ちょっと晩御飯を付き合ってほしいだけだし」

 毒気を抜かれるような笑顔を向けられては断ろうにも難しい。そもそも、俺のことを考えて、紗生ちゃんを読んでくれたんだろうし、わがままに多少付き合うぐらいはいいだろう。

「ま、晩飯ぐらいならいいか」

「やった、冬治がおごりね」

「おっけ、どこで食うんだ? ファミレスはもう行ったからラーメンか?」

「あのね、あたしを女の子として扱ってよ。デートなんだからさ」

「って、言われてもなぁ」

 腕を組まれた状態で、後頭部を掻いてみても煩悩のせいでいい考えが浮かばない。うへへ……。

「ちょっと、しまりない顔になってるけど?」

「よし、今日は奮発して駅前のフランス料理店に入ろう」

「え、大丈夫なの?」

「おう、鼻の下伸ばした俺についてきとけば大丈夫だ」

「自分から言うんだ……」

 調子に乗った男の子をなめるんじゃないぞ。後先考えずに突っ走ってしまうときがあるからな。好意的な見方で言うのであれば、怖いものなんてな、なぁにもないさ。

 そして俺は散財し、支払い後にやっちまったと思ったりする。

「あー、おいしかった」

 どっかで一度きりのバイトをしないとな。

「……そうか、満足してもらえたようでよかった」

「ん、元気ないね?」

「ちょっと食べすぎたかなって」

「そう? 思ったよりも出てこなかったけど」

「ちょびちょびしたものが出てくると割と腹に溜まるじゃん」

「ふーん、よくわかんないけど、もう帰る? それとも、市街が一望できる夜景の綺麗なスポットでも行ってくれんの?」

「デートは終わりだ。さぁ、良い子はもう帰る時間だぞ」

「へーい」

 そういってまた俺の腕に自身の腕を絡めてくる。

「この位置、案外悪くないかもね」

「誰かに見られたら恥ずかしいぞ」

「あたしだって恥ずかしい」

「じゃあ、離せばいいだろ」

「鼻の下伸ばした冬治を見ておきたいからこのままでいい」

 別に伸ばしていない。そういうのは、心に余裕があるときだけだ。

「ま、財布分は堪能させてもらおうかな」

「え、何かいった?」

「いいや、なーにも」

 こんなところを紗生ちゃんに見られるわけにもいかないが、後日、七色がちくりやがった。


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