西牟田紗生編:第六話 目で伝え、言葉にすること
さすがに紗生ちゃんを交えて当人に嫌われる方法を聞き出すわけにはいかず、話題は中間テストになったりする。
「中間テスト、みんなはどんな感じだ?」
「この話題はやめよう」
「え?」
「俺は勉強が出来ない」
「あたしもおべんきょ嫌い」
友達二人がそんなことを言うのならしょうがないかと思ったが、隣に座っている紗生ちゃんはそう思っていないらしい。
「ダメですよ、虹さんもしっかり勉強をしないといけませんし、そっちの只野先輩も真面目に勉強をしないと」
「おい、聞いたか冬治」
「何、どうした」
「只野先輩だって。後輩の女の子に先輩って優しく声かけられるのってこんなにうれしい事なんだな。今度から放課後は一年生の教室に通おうかな」
そして同じ過ちをそのうち繰り返すんだろうな。いいや、案外年下の前ではしっかりした先輩になるんじゃないのか、こいつ。
「おい、哀れむような眼はやめてくれ」
「……お前さんも大変だな」
「いや、俺もしっかり働ける男になったら逃げないから」
「じゃあ、年下を狙っていけばいいだろ」
「ロリコンになれと? ふ、アウトローだな」
確かに年下を狙えと言ったが法律を犯せとは誰も言っていないぞ。
「けど、ちょっと安心しました」
「ん? 何が?」
紗生ちゃんは俺のことを見ており、本当に心の底から安堵したような表情をしていた。
「だって、冬治先輩って聞いた話だと転校して来たばかりってことでしたので。でも、実際は私と一緒にいる時間が多いし、友達がいないのかなって思っていたんです」
「ぷっ、後輩から心配されるダメ先輩」
「友人には言われたくないが……ま、確かに紗生ちゃんから見たらそう見えるかもしれない。俺は君のことが心配だからな」
「えっと、そうですよね。すみません、事情があるのに友達いないなんて勝手に思ったりして」
「いや、気にしないでくれ。もとをただせば俺が悪いんだし」
「んん? どうした? なんだか怪しい感じがプンプンするけど」
事情を知らない友人が鼻を引くつかせていた。
「あの、冬治先輩」
言ってないんですかと言う視線の問いかけにうなずくと失言でしたと目をきょろつかせていた。
「……ま、男と女の間のことは聞かないでおくとするさ。全部終わったら冬治が教えてくれそうだし」
頼むぞと俺の肩に手を置いてくる。
「お前さん、本当空気読めるのな」
「ふふん、まぁね。しかし、冬治よ」
「ん?」
そう言った後、今度はこんなによさそうな子に嫌われたいのかと目で見てくる。確かに、本人を前にして言いづらいことだよな。
「……事情があってな」
「なるへそ、それは大変そうだ」
「あんたたち、目で会話が出来るの?」
七色のほうは今のやり取りが伝わっていないようで首をかしげていた。
「まずは中間テストを終わらせてからのほうがいいだろ、未来ある後輩よ、俺らのような先輩になるんじゃないぞ」
「あたしはあんたと違うっつーの」
「俺を七色、友人と一緒にするな」
「くっ、こいつら……空気読めよ」
「先輩たち、仲が良くてうらやましいです」
ファミレスから出た後は解散し、七色の手を友人が引っ張っていた。あぁ、変に気を使わせている気がする。
「ほら、おい、いくぞ」
「あんた、何よ。これからデートでもしようって言うの?」
「ちげぇよ、あほ」
「中間テストの勉強を一緒にしようって?」
「ちげぇよ。冬治と紗生ちゃんを一緒にさせようってことだよ」
「あ、なるほどね」
「察してくれよ」
「言葉に出しなさいって。目だけじゃ相手はわかってくれないっての。それは相手に対して甘えている証拠よ」
「さっき冬治に甘えたらすぐにあいつは察してくれたぞ、おい」
「あたしは冬治じゃないっつーの」
そう言いつつも、俺らに手を挙げて七色と友人は去っていった。
「デコボココンビめ」
「あの二人も仲がいいんですね」
「どうだろうな……紗生ちゃんは七色の幼馴染だったよな? あのおバカな友人を見たことは?」
「今日が初めてです。不思議な先輩でしたね。ちょっとだけ無理をしているような感じの」
俺より紗生ちゃんのほうが洞察力はあるかもしれない。
「あのー、冬治先輩。一つお願いしてもいいですか?」
「お願い? ああ、いいよ」
ほぼ、無条件で相手の言う事を聞いてしまうのは俺にやましいところがあるからだ。
「鏡を出して、あっちの先輩を見せてほしいんです」
手に入れられない相手に思い焦がれる少女の顔を見せ、俺にそんなお願いをしてくる後輩女子。こうしてしまったのは俺の責任だな。
「どうぞ」
「はい……」
瞳の中にはハートマークが見え隠れ。手鏡に映る俺はこっちの俺と同じく困惑気味だ。
「んーっ……」
そして、今日は初めてキスをしていた。もっとも、鏡なので彼女は見えていないだろうが鏡の自分と熱烈なキスをしている。
一分程度の長い口づけの後、どういう顔で相手を見ればいいのかわからなかったが普段俺と話している表情はしていなかった。うっとり、いいや、後輩なのに妖艶な感じか。
「ありがとうございます、冬治先輩」
「……」
「冬治先輩?」
「あ、うん」
頭をガシガシ掻いて、思考を切り替える。手鏡に映っているキスマークもズボンでこすって消しておく。
「今日はもうおとなしく帰ってテストに備えよう」
「そうですか? 私はまだ大丈夫ですよ」
「お、自信があるのか」
「はい。冬治先輩と一緒に勉強しましたから」
「うれしいことを言ってくれるねぇ。ただ、俺のほうがちょっとね」
いろいろと忙しいことが続いていたからな。
「じゃあ、テストが終わったら一緒に遊びませんか?」
「遊ぶ? うーん、紗生ちゃんと一緒に遊ぶか」
「その……もしかして、他の女の子とデートの約束でも?」
「あはは、そりゃないね。紗生ちゃんの言う通り、俺ってそもそも友達が少ないから」
一つため息が出てしまった。
「いやね、正直、読書女子が何をして普段遊んでいるのか想像できないな。普段、なにしてるの?」
「えっと、普通のことですよ」
普通ねぇ。
「本ジ〇ンガ? 一人だとつまらなさそうだね」
自分で積み上げて、それから引っこ抜いて上に置いて行くのか。
「違いますっ、そんなことしてませんっ。出来るレベルの本を見つけても重たくて引き抜けませんよっ」
割と本気で切れられた。もしかしたら図星だったのかも。
「じゃあ、ゲームブック?」
「その名前をほかの人から聞くのは久しぶりです。それ、他の人に言っても伝わりませんよ」
「あれって、まだあるのかなぁ」
「この前見かけたきがしますけど……普段は外を出歩いたりしていますよ」
「本を買いに?」
「はい、大きな書店に行くとテンション上がりますよね」
同意を求められてもちょっと困る。
紗生ちゃんとどこかに行くのなら本屋に一緒に行けばいいのかな。それだとちょっとつまらなさそうだから、最近映画になっている小説原作の作品を見に行けばいいかもしれない。
「おっけ、んじゃテストが終わったら一緒に遊びに行こう」
「はい、楽しみです」
紗生ちゃんと別れた後、俺は未来を勝ち取るために机へと向かう。
「ん?」
ノートに計算問題を解いている途中で電話が鳴った。相手はどうやらみやっちゃんらしい。
「もしもし?」
「……冬治、解毒薬はまだだけど、とりあえず反転の薬は出来た」
「反転の薬? それを飲むとどうなるんだ?」
「……惚れ薬の効果を反転させる」
「つまり、惚れ薬を飲んだ相手に飲ませると嫌いになると?」
「……うん」
ある意味、苦肉の策ともいえる効果の薬だったりする。中間テストが終わったら一緒に遊びに行こうと言っていたわけだ。嫌われてしまうとそんなこともできなくなるわけで、ちょっとだけ惜しい気もする。
「……迷ってる?」
「あ、いいや、そういうことはない。ま、しょうがないよな」
俺の気持ちよりも優先されるべきは紗生ちゃんのことだ。もともと、俺は彼女にとって厄介ごとを持ってきただけの人間に過ぎないし、俺からしてもこれでようやく肩の荷が下りるわけだ。
「あのさ、その薬って鏡に映っている相手から鏡に映らない相手を好きになるとかいう薬じゃないよね」
「……冬治の言っている意味がわからない。大丈夫。強力な薬で飲めば数分後に冬治のことが嫌いになる薬だから」
「そっか」
みやっちゃんが言っているのなら大丈夫だろう。最後に一緒に遊んで、終わりに飲んでもらえばいいか。
その日のうちに薬を渡してもらい、中間テストも特に問題なく過ごすことが出来た。
「神は死んだ……」
「あぁ……だが、暗い夜は明けた」
白目をむく友達二人に目もくれず、俺は紗生ちゃんに会いに行くために廊下へと向かう。
「ちょーっと待った」
「は?」
そんな俺の前に現れる友人。
「なんだよ」
「テストが終わりましたって話をしていただろ」
「いや、そんな話はしてない」
「してたよ」
友人の隣に七色までやってくる。二人で両手を広げて反復横跳びを始める。
「でぃーふぇーんす」
「どうせ紗生ちゃんのところに行くんだろ? 俺たち二人を突破してみろ」
「……ちっ」
「うわ、舌打ちされた」
「不機嫌さんじゃん。これまで舌打ちなんて一回もしたことない人が舌打ちすると怖いわぁ」
そりゃ、これから紗生ちゃんと一緒に遊びに行くんだから舌打ちぐらいするっての。これが最後なんだしな。
よくわからないが二人の反復横跳びは終了し、友人と七色が同じ方向へと首をかしげていた。
「こりゃー、本気でイライラしてるね」
「恋する男の子ってやつか」
「は? ぐだぐだ言ってないでそこをどけ」
「今日はどいてやろう。だが、明日の放課後は一緒に遊ぶから時間を空けておきたまえよ」
「わかっているのかね、ちみは」
そういって俺の頬をぺしぺしと叩いてくる七色。こいつもう、薬のこととかわすれているんじゃなかろうか。
「そうだぞー」
「おい、ほっぺをさわさわすんな」
「ほっぺだってさ。可愛い言葉を口にするね、君ねぇ」
開放してもらえるかと思えばなれなれしく肩を組んでくる二人にいらついていたら紗生ちゃんが廊下に見えた。
「あのー、冬治先輩。今日は大丈夫でしょうか? もしかして、虹さんたちと用事が?」
「ないない。こいつらに絡まれていてね。本当は紗生ちゃんを迎えに行くつもりだったんだけど邪魔されてて」
「ちぇー、俺らが悪い奴かよ」
「違う違う、お邪魔虫ってやつだね」
本当、友達を選ぶべきだったかも。空気読めやと友人に視線を送ったら目をそらしやがった。
「さ、行くよ」
「あ、はい」
紗生ちゃんの腕を引いて俺は学園を後にするのだった。
薬のことを話そうかと考えたものの、それはどうせ最後でいい。今日は彼女と遊ぶことに集中しよう。
一緒に昼飯をファーストフード店で食べていると、珍しそうにあたりを見渡したりしている。
「どうかしたの?」
「あまり来ないので」
「あー、なんとなくそんなイメージある。個人経営の喫茶店でコーヒーを飲みながら読書してそう」
「たまにやってます」
「似合いそう」
想像したらおしゃれな感じがしていた。
「冬治先輩は結構来るんですか?」
「俺もあまり来ないなぁ。どっちかと言うとファミレス派。ここのポテトって冷えるとおいしくないし」
「そうですか?」
「そうそう、誰かと一緒にいるときって話しながら食べるからね。味ってあんまり関係ないんだよ。楽しく食べられるから」
一人でここにやってきたことはないし、料理も誰かと食べたほうがおいしいからな。
食事を終え、紗生ちゃんに映画を見ないかと誘ってみることにした。
「ちょうど小説が原作の映画があってるんだよ」
「あ、すみません。実は私、今月お金なくて」
もちろん、そういうのも想定済みだ。想定していないのは紗生ちゃんが俺と一緒に映画を見たくなくて、お金を持っているのに持っていないふりをしているパターンだがな。
「大丈夫、俺がおごるよ」
「いいんですか?」
「うん、ま、最後だからね」
「え?」
「あぁ、いや、何でもないよ。気にしないで。さ、行こう」
二人で映画館へと向かい、俺はほんの少しだけ後悔することなる。自分のことばかり考えていたって言うのもあるが、俺たちは今日までテストを受けていたんだ。紗生ちゃんは割とまじめな方だろうから俺と一緒に勉強していたとはいえ、割と遅くまで起きてノートにペンを走らせていたんだろう。
「……ぐぅ」
隣から時折聞こえる寝息が気になって映画のほうは頭に入ってこなかった。昼飯を食べてお腹いっぱいになったであろう彼女はよだれを垂らしながら寝ていた。
エンディングの曲で目を覚まし、あたりを見渡した後で俺と目が合って顔から血の気が引いていた。
「す、すみません」
そしてすぐさま下を向く。単純に可愛い。
「いいよ、お腹がいっぱいで眠たくなったんだろうし。昨日、遅くまでテスト勉強してたんだろうし」
「……すみません」
蚊の鳴くような声でもう一度謝罪されたが、これも思い出になるだろうし。
映画館を後にした後、俺たちは喫茶店でコーヒーを頼んでいた。紗生ちゃんはばつが悪そうに顔を俯かせていたがもう時間だ。
「紗生ちゃん、これ」
「え」
不意を突かれた表情で俺が置いた薬を見る。
「先輩、これはもしかして?」
少し青ざめている。解毒薬だと思ったのだろうか。
「これは……解毒薬ではないよ。反転の薬だね。俺が惚れ薬をもらった相手が渡してくれたんだよ。これを飲めば、惚れた相手のことを嫌いになるって」
「えっと、錠剤なんですね」
「うん」
液体で一度ひどい目に遭っているからな、いまだにびびった表情を見せていた。
「ひどい味も特にしないと思うよ。糖衣錠らしいから」
砂糖で固めるなんて、最初に考えた人はすげぇよなぁ。
「わかりました、飲みますね」
こくんと錠剤をのみこんだ紗生ちゃんの様子を見るが、消化するまで時間が必要なのか変わったところは見受けられなかった。
「どう、かな?」
「う、うーん。よくわからないですね。とりあえず嘔吐感はありません」
「よかった」
「よく考えたらあの時、冬治先輩があたりをきれいに掃除してくれたんですよね? ありがとうございました」
「俺のせいだからね」
あの頃が懐かしいよ。一緒に何かすることもなくなるかもしれないな。
「で、効果はありそう?」
「ただ、鏡の中の冬治先輩には会いたい気持ち、変わってない気がします」
「そっか」
感覚的なものも変わっていないらしい。やはり、時間を置いたほうがよさそうだ。
それから二人で本屋に行って、時間をつぶし、公園へと場所を移した。
「手鏡で俺のこと見てよ」
「はい、すっごく会いたくなってきました」
手鏡の中にいる俺を見た紗生ちゃんは、躊躇なく手鏡を地面にたたきつけ、踏みつけていた。
あっけにとられた俺を見て、紗生ちゃんは爽やかだった。
「ふー、すっきりした。なんというか、大嫌いな人って許せませんよね」
「え?」
その目はうってかわり、恨みに満ちたものへと変わっていた。




