西牟田紗生編:第四話 非日常、隠れていますよ
不思議な体験をした次の日の放課後、用事は済んでいないのでまた図書館へと二人でやってきた。
「おやおや、また一緒に来たの?」
「はい」
「今日もお勉強?」
「そんなところです」
そういうと受付の図書委員はいやらしい表情をした。
「やぁっぱり保健体育だぁ」
「違いますよ。この前も否定しましたよね」
「ちぇー、そっけないなぁ」
「カード、勝手に取ってしまって問題ないですか?」
「どーぞ、真面目な西牟田ならやらしいことに使わないだろうし」
紗生ちゃんをいじっても楽しくないと感じたのか、今度はこっちに目をつけられた。最初は知らなかったが、この人はダブりの二年生らしい。つまり、俺より一歳年上になる。
「図書館はどう? 気に入ってくれたかな?」
「あ、普通に接してくれるんですね」
「そりゃね。好感度が一定になると割と雑に接するようになるけど」
「はぁ、好感度?」
妙なことを言い出した。
「まずね、何気ない会話から接してもらってー、その後は姫あつかいしてもらってかーらーのー……デート、みたいな?」
「あ、誘ってくるんですね」
それはそれで面白そうなイベントだな。
「ちっちっち。どーして女の子のあたしが誘うわけ? 違う違う、君が誘うんだよ」
「あ、俺がですか」
「そそ、だけどね、もちろん、最初は断るよ」
「え、断るんですか」
嬉恥ずかしの初々しい瞬間だと思うんだ。
「だって、軽い女だって思われたくないし」
「そうなんですか」
「そうそう、誘ったら来る、なんて思われるの絶対嫌だし。だから、何度か断るんだけどぉ、ちょっと気があるみたいな行動をして、男の子の気をひいちゃうから覚悟してね」
この人はおそらく、ろくな人間じゃないな。俺個人の感想だが、この考えを改めなければ後に苦労しそうだ。
腐っても鯛だということわざがあるけれど、腐った鯛に用事があるのはゲテモノ食いの気にしないタイプの人間だけだよ。
「冬治先輩、いきますよ」
すでにカードキーを手に入れている紗生ちゃんがこちらに声をかけてくる。
「おう、じゃ、失礼します」
「あー、ちょっと。まだ話してる途中じゃんかー」
話聞いてけよーという声を無視して俺は紗生ちゃんのお尻を見ながら追いかける。
カードキーを使用し、制限エリアに立ち入る。さらにそこからエレベーターに入るまで紗生ちゃんは静かだったが、扉が閉じてから口を開いた。
「あの先輩には気を付けてください、冬治先輩」
「面倒くさそうな性格だってのはよくわかった」
「同意しづらいですけど、男性にかまってもらいたいタイプですからね」
姫扱いとか言っていたもんなぁ。顔は悪くないんだが、顔がいいからと近づいて性格がおかしかったら意味がない。
「仲いいんだね?」
「そういうのじゃないんですけど、駄目な姉のような感じでして。すでに四回、お金を貸してくれと頼まれました」
「え……後輩に? カツアゲ?」
「ダメだと言ったらあっそといって興味をなくすんです。ただ、相手が男の子だと……その、だますというかなんというか」
なるほど、将来的に結婚詐欺師にでもなりそうだな。
「まぁ、俺もよく考えたら惚れ薬を使っちゃうぐらいは悪い奴だから騙されないよ」
「どうでしょうか。そうは思えませんけど」
「そうかね?」
「ええ、あの日も虹さんが言ってましたけど、悪い人ならとっくにいろいろ好き勝手していそうですから」
「そうだな」
少し物騒なことを言う後輩の言葉にうなずきながら、エレベーターが目的の階についたことをアナウンスしてくれた。
目的の地下室に来たのは二回目なので、ふざけてクリアリングしてみると後輩から微妙な視線を向けられた。
「何してるんですか?」
「何か異形……敵対心を持つ生命体がいないか警戒していたんだ」
ちょっと恥ずかしいけど、笑われてもここにいるのは俺と紗生ちゃんの二人だけだ。
「……なるほど、本物の魔術の本となるとそういったものが召喚される可能性もありますよね。無事にここまでこられていますけど、もしかしたらそんなこともあるかもしれない……冬治先輩は危惧しているんですね」
冗談で言ったことが真に受けられてしまうのも恥ずかしいもんだ。
それ以後、注意しながらかたつむりみたいにゆっくりと進む羽目になった。また、余計なことを紗生ちゃんにしてしまったようだと後悔しつつ、目的の場所へと到着する。
「では、眠りますので」
「……待った、先に俺が眠るよ」
「え?」
「戻ってくる方法がわかっていないんだよ。だから、まずは俺が眠って、その場を動かないから数分後に揺り起こしてくれないか?」
夢の世界だし、さっき冗談で言った化け物が徘徊しているかもしれない。
「わかりました」
最初はそれも確認してなかったからな。もし、紗生ちゃんが俺と同じで屋上から飛び降りる、なんてことをしたら大変なことになっちまう。
本を枕に数秒後、俺は昨日と同じように目を覚ます。眠りに引き込まれるような感覚を覚えたので、あの本自体もこの世にはびこる不思議な本なのだろう。
「……うーむ?」
立ち上がってあたりを見渡すと、本棚に収納されているはずの本ががたがた揺れていた。本棚から出ようとしているようで、ものすごくやばい雰囲気がする。うまく感覚を伝えられないが、本から何かが出ようとしている感じだ。夢の世界だから、何が起こっても……おかしくはない。
「先輩、起きてください」
「うぁ?」
そして、地続きのようでいて、さっきのは夢だったことに気づくという奇妙な感じを体験して目を覚ました。
揺れていた本は当然、本棚にしっかり収まっている。立ち上がってその本を読んでみたが様々な妄想の産物の化け物が書かれているだけの本だった。うっすらとほこりもついているので誰かが抜き取ったり、動いたということもないんだろう。
「……夢ってのは怖いもんだな」
好奇心は猫を殺す、そんな言葉が頭に出てきた。
「どうかしたんですか?」
この子は猫になるかもしれない。夢だからと言って、何かに挑戦するのは危ない気がする。
「紗生ちゃん、やっぱりここでやるのはやばそうだよ」
「え、私じゃダメってことですか?」
「そうじゃないよ。俺がこの鍵の本を、紗生ちゃんが鍵穴の本をもって図書館のテーブルで読もうじゃないか……急ごう、ね?」
「は、はぁ」
手を引いて出来るだけ早くその場を後にすることにした。
地上一階まで無事に戻ってこられた俺は、なんとなく安堵のため息をついた。
「何か、夢の世界であったんですか?」
「ううん、何でもない。えっと、本を読むことに集中して、学園内をさまよわないように。昨日の俺を見たよね? あれはたまたま運がよくあそこで目を覚ましただけで、想像もつかない場所で目を覚ますかもしれないから」
「は、はい」
「だから、まずは本を読めることを確認するだけにしよう。五分後に紗生ちゃんを起こすよ」
「なんだか、じれったくないでしょうか」
紗生ちゃんの意見ももっともだが、人知を超える何かが絡んでいるっぽいので慎重に行くのが無難だろう。
「紗生ちゃん、こういう時にせっかちを起こすと大体どうなるか……本が好きな君なら展開が読めるんじゃないかな」
聞き分けの悪い子じゃない。真摯な態度で挑めば俺の思っていることがなんとなくでも伝わってくれるはずだ。
「え……そんな、本当に何かが……いるんですか?」
おそらく地下にある本を開けてしまうのは絶対にNG。ただ、彼女を変に怖がらせるのもよくない。恐怖心が好奇心に変わるってこともあり得るからな。
「まぁ、気分だよ、気分。ちょっとした非日常を味わえるんだから、ここはじっくり行こうじゃないの、ね?」
「そうですよね」
安全に危険を楽しむというスタンスで行こうじゃないの。その安全はいったい何に支えられているのかわからないけどさ。
惚れ薬以上にやばい状況になったんじゃないかとちょっと思ったりするが、本を読んでそこで終了。この本はすぐに元の場所に戻しておこう。たぶん、危険なものだ。
「じゃ、眠りますね」
「おう」
眠った紗生ちゃんの横顔を見つつ、時計の針にも気を配る。五分経ったところで揺り動かすとゆっくりと目が開いた。
「本は読めたかな?」
「はい、ばっちりです。冬治先輩を信じていなかったわけじゃありませんけど、こんなことが……本当にあり得るんですね」
すごく興奮しているようで、目を輝かせていた。惚れ薬なる物よりも、そっちのほうに興味が出てきているように思える。
「じゃあ、図書館の地下の他の本も……」
「紗生ちゃん、察しのいい君なら理解しただろうけど、あっちも本物がいくつか混じっている」
「で、ですよね。うわぁ、本のような世界が……」
「……だから、危ないと思う」
「え?」
「近づかないほうが無難だよ。利口な君なら言葉だけでわかってくれると思う」
「は、はい、そうですよね」
うんうん何度も頷いているところを見ると、理解してもらえたんだろう。
「じゃあ、次は本を読んできます」
「おっけ、一時間たったら起こすけど……書くものもないのに頭にだけ詰め込んでくるかい?」
「はい、一応、さっきもちょっと見てみましたけど、そんなに覚える場所はなさそうです。今回は解毒薬のページを探すだけでいいですから、一時間じゃなくて三十分もあれば」
結構頼もしいことを言ってくれた。本当なら俺が読みたいところだけど、ここで抑止して後に地下室で問題が……なんて起こったら嫌だしな。
不思議な力を手に入れるっていうことはそれだけ世界に奇妙な力が配布されていることになる。それはもちろん、危険と隣り合わせなことが起きるだろう。
眠っている後輩が無事に戻ってこられるように、俺は彼女の無事をこの世の誰かにお願いしておいた。
三十分後、揺り動かすと無事に戻ってきてくれたようだ。ほっとする。
「怪我は?」
「本を読んだだけですよ、そんなに心配そうな表情をしないでください」
「それならいいんだ」
よかった、ちょっとぐらい覗いてもいいだろうという子じゃなくて。
「それで、わかったかな?」
「はい、ばっちりです。ほかのところも読みましたけど、解毒薬はやっぱり数種類しか数がないようですね」
「数種類?」
「作り方がいろいろとあるようです」
それはいい。ダメな時にはほかの方法を試せるからな。
「で、作り方は?」
「一番簡単なものが吸血鬼の唾液、吸血鬼の血液、魔女の涙、狼男の毛でした」
「……簡単でそれかぁ」
「吸血鬼さんを見つければ実質、三つでいいですよ」
一般の人間には無茶だと言える代物だった。魔女の涙は美魔女と呼ばれる中年の女性でもオーケーだろうか。
「こんな本があるんだから、世界のどこかに絶対吸血鬼と魔女と狼男はいますよね」
「……だ、だろうね。しかし、一般人として生活しているから見つけるのは相当苦労すると思うよ」
「難しいなぁ……会ってみたいなぁ。ここの近くにいないかなぁ」
もう、興味が惚れ薬の解毒薬から人間を超えた存在に移動しちゃってるよ。だからと言って、会いに行かせるわけにもいかない。そうなったら俺も同行しないといけなくなりそうだ。
「そっちはまぁ、置いとくとしてだね。ほかの解毒薬の作り方は?」
「二つ目が炎龍の牙、小鬼の角、創生光龍の瞳……」
「もうゲームの装備作成欄だよ」
しかも最後のやつ、絶対ラスボスあたりの素材じゃねぇか。
「三つめが創生闇龍の邪眼、古き者の体液、聖樹の枝、蛮勇の旗だそうです」
「裏ボスチックな奴まで出てきた」
現世で手に入るような素材はないのだろうか。というか、蛮勇の旗とか期間限定のクエストで手に入りそうなものじゃないか。
「どうしてこんなに素材が難しそうなんだ」
「それは、作る側も惚れ薬を簡単な素材で解除されたら意味がないからではないでしょうか」
「……適切な答えをありがとう」
そこでふと、関係している本は近くに集められている……なんて、紗生ちゃんの言葉を思い出した。
素材として、関係している……なんてな。
「……まさかな」
「どうかしたんですか、先輩」
「ううん、とりあえず素材に関しては紗生ちゃんが言う通り、吸血鬼のやつと魔女のやつと、狼男のものが必要なんだよね」
「ですね」
「そっちを探す、のも難しいからおとなしく俺の知り合いのほうを待とうか。それが駄目なら、一緒に吸血鬼たちに会いに行って分けてもらおう」
「わかりました」
「よしよし、君が素直に言うことを聞いてくれる相手でよかったよ」
俺は一つため息をつくのであった。
次の日、また図書館に集合することになった。なんてことはない、テスト勉強のためだ。
「と、冬治先輩、ケガしてませんか」
「あぁ、ちょっと階段で転んじゃって……それより、昨日の惚れ薬の、三番目のやつね。気持ち悪い奴の邪眼をどうとかってやつは、蒸し返すようで悪いんだけど材料を集めてきた後にどうすればいいかまで読んだかな?」
「鍋で煮込めばいいそうです……それがなにか?」
「あぁ、いや、どんなふうにしたら出来るもんなのかって疑問を覚えただけだよ。それじゃあね」
思ったよりも簡単な方法でよかった。古代の魔女を探せと言われないだけましだ。
「料理みたいだな……」
よし、あとで家庭科室を借りて素材をぶち込むとしよう。




