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西牟田紗生編:第三話 本格的な対応の開始

 俺が紗生ちゃんと出会って一か月が経った。中間テストが近づいてきており、薬のこともどうにかしたいが、こちらもちゃんとテスト対策をやっておかないといけない。

 あれから微妙にやる気を出したらしいみやっちゃんは解毒薬を作ると告げて連絡が取れなくなった。俺のほうでも出来ることはやるつもりだが、とりあえずは剣呑な関係にならないよう、紗生ちゃんと定期的に遊びながらご機嫌を取るようにしている。

 まぁ、正確に言うと鏡の中の俺に定期的に会っておかないと精神的にきつくなる。衝動が抑えきれないと電話で告げられた時は俺の家のベランダから侵入して来たもんだ。

 効果の強い薬だと言う事を再認識した。うん、適当な覚悟で使用するもんじゃないね、これは。謝っても謝罪が足りない気がする。

 今日も、放課後は紗生ちゃんと一緒に図書館で過ごすことになっていた。入館ゲートの女子生徒とも挨拶がてらに言葉を交わすことも増えていたりして、申請してくれれば入室制限されているエリアに入れてあげられるよと言われたりする。

「中間テストに向けて、勉強のほうはどうだい?」

「初めての試験ですから一応、がんばっているつもりです」

「そっかそっか、そりゃいいね」

「冬治先輩は?」

 最初は四ケ所先輩だったが、気づけば彼女は下の名前で呼んでくれるようになった。関係としてはいい方だろう。

「そうだなぁ、上は目指せないけど中の上ぐらいは食い込みたいな」

「将来は大学進学ですか?」

「まー、そうね」

「将来の夢は?」

「そだねぇ、手堅いところを狙いたいから経理関係の仕事に就きたいね。これならどこの会社も必要だろうし。紗生ちゃんは?」

「私は図書館で働きたいです」

「あぁ、司書さん」

 似合いそうな雰囲気があった。

「じゃあ、進学するんだ?」

「はい。近くの大学で司書過程を受けようと思っているので、そこを目指して頑張っています」

 人生設計がしっかりしている子はすごいもんだな。この子の先輩なのに、俺ときたらただなんとなくと言った感じだし。

「二十代のうちに、結婚はしておきたいなって」

「そ、そっか……」

「はい」

 つくづく、他人の人生に横やりを入れてしまって申し訳ない。

「何か協力できることがあるなら言ってくれ。なんでもさせてもらう」

「ありがとうございます。今はこうして勉強に付き合ってもらっているからそれで満足してます。それに、鏡の中のあの人は今日も凛々しいですし」

「ははは……」

 本当、申し訳ない気持ちだ。

 熱にさいなまされていながらも、決して届かぬ恋。鏡の中に入る方法を将来的に見つけ、中に入りますなんて言われなくてよかった。

「いつか、鏡の中からあこがれの人を引きずり出せる方法の書いた本を見つけ出します。そうするためにも、司書は絶対条件なんです」

「思ったよりもアグレッシブだった。しかし、本ねぇ。そんな都合のいい本があるのか」

 首をひねった俺の前に、茶色くも分厚い本がおかれた。

「何それ」

「これですか? これは惚れ薬の作り方が書いている本です」

「は? そんなものが手に入るのか?」

 紗生ちゃんは頷いて立ち入り制限エリアを指さした。

「あそこからはいれる地下室にこれが」

「地下室にあるのかよ……ここ、すげぇな」

 だからと言って、これが本物とも限らない。勿論、こんなものが出てきてしまえば勉強そっちのけで興味が注がれてしまう。

 いつだったか、そんなうわさを聞いた気もするな。

「これ一冊で惚れ薬?」

「いいえ、どうやらこの本の著者がまとめた呪術関係のもののようです」

「……俺が言うのもおかしなことだが、そんな本があるもんかねぇ」

 年代物の本をつついてみる。何かが召喚されることもない。

「そこが狙いみたいですね。本物であったとしても、それを信じる人はいません。それに、中は……」

 開くと文字が書かれているものの、蚯蚓がのたくったような奇妙な文字だった。

「え、何語?」

「調べてみたんですけど、何語でもないようですね」

「未知の言語?」

 この世界は宇宙人に侵略されていた時期があったのかも。

「ではなくて、個人が書いた本ですからその人だけがわかるように書かれているようです。前書きのところにヒントが書かれています」

 五十音が書かれているのかと思えば、古文や英語、ほかの言語でもおそらく同じ意味が書かれていた。

「これは鍵穴。ほかに鍵となる本がある、か」

「どこかに鍵となる本があると言う事ですね」

 なるほど、これから紗生ちゃんと一緒に鍵を探すってことにすれば役立てるかな。

「ちょっと待っててください、取ってきますから」

「すでに見つかっていたのか……」

 張り切ろうと思ったのに、すかぶった。

「図書館持ち出し厳禁の本は制限エリア外だとたとえ図書館内でも一冊しか持ち歩けないんですよ。だから、取り換えてきますね」

「ああ、場所もわからないから待っておくよ」

「はい」

 それから数分後、テーブルの上に少し小さな本がおかれた。

「早かったね」

「今は蔵書がしっかりと管理されていますからね。受付にあるパソコンから調べればすぐにわかります」

「すげぇなぁ」

「最初は手作業で登録作業をしていたそうですから、その人たちは大変だったと思いますけど、こうして私たちがその恩恵にあずかれるのは彼女彼らのおかげです」

 感謝してもしきれませんと紗生ちゃんは言う。

「じゃあ、少しぐらいは読めるってことか?」

「それは何とも……」

 どうやら思ったよりも進んでいないらしい。鍵があるのに鍵穴が明かないってことがあるのだろうか。

「ちょっと見せてもらっても?」

「どうぞ」

 鍵である本を見てみるとやはり未知の文字が並んでいる。

「鍵穴と思っていた本も実は鍵穴がついていたっていう二段落ちだろうか」

「いえ、そうではないようなんですけど……ヒント、みたいなものはあるんですよ」

 そういって今度はあとがきの最後のページを俺に見せた。

「夢で、逢いましょう? ここは普通に判別出来て、いろいろな言語で書かれているのか。これをかいた人はロマンチックが好きな人だったんだろうな」

「ロマンチック……ではないと思います……けど、冬治先輩ってそういうのに対してロマンチックだって思うんですね、ふふ」

 似合わないことを言っていると紗生ちゃんの目が言っている。

「む、じゃあ、他にロマンチックな響きの例を出してくれよ」

「わ、わかりました。少し時間をください」

 案外苦手なことなのか、あーでもない、こーでもないと唸り始める。

 そうして数分後、紗生ちゃんは手帳に何やら書き込み始める。

「出来ました」

 手を挙げてそういってくる。図書館で騒いでいいかはわからないが、生徒は俺たち以外いなかった。

「……鏡を見ながら私はささやくんです。遠くて近い、あなたと私。触れると平面だけど、そこで確かに感じられる……どうですか?」

「浪漫を感じなかった」

「そんな……精一杯ロマンチックにして見せたんだけど」

 能力特化型は浪漫、キャタピラは浪漫、パイルバンカーなんて浪漫の塊じゃないかな、うん。

「話がずれたけどよ、やっぱり夢の中に出てきてくれるんじゃないのか」

「うーん、昨日、この本を見つけましたけど夢には出てきてくれませんでした」

「違う夢を見たのか?」

「はい」

「どんな夢を見たんだ?」

「それは……うふふ、秘密です」

 おそらく、鏡の中の王子様と遊んでもらったんだろうな。

「見つけるだけじゃ無理ってことか。これを枕に眠る……は、さすがにないかもしれないが、手元にあればいいんじゃないのかな」

「あの、ちょっといいですか?」

「うん?」

「現実的じゃないなって思うんです。本に特別な力があるのって、真面目な人だと鼻で笑っちゃうと思います。どうして冬治先輩は頭からすんなりと信じてくれているんでしょう?」

 単純に不思議そうな表情をして、俺を見てくる。

「……普通に考えたらそうかもな。だけど、俺の問題の起源は惚れ薬だ。それだって十分非現実的なお話だろう? それを紗生ちゃんは信じてくれたわけだ。それに、真面目な君がこんなことを言うんだからちょっと眉唾なことでも信じるさ」

「変わってますね。ほかの人に話したら鼻で笑われちゃいます」

「さぁ、話を戻そう。どうして昨日は駄目だったんだ?」

「単純に、この本が持ち出し厳禁なんです。だから、夢の中でヒントを得られるものだとしたら……無理だと思います」

 少しがっかりした表情を見せた紗生ちゃんに、とても簡単な方法を提示することにした。

「じゃ、ここで寝るしかないな」

「え……」

 驚いた顔をされたが、出来ることをすると俺は決めている。

「俺が寝て確かめてみる」

「えっと、いいんですか?」

「ああ、俺は紗生ちゃんの力になりたいからな。もともと、俺の責任だし、紗生ちゃんみたいに自分から調べようなんて気持ちがまずなかった」

 みやっちゃんに頼んでおけばそれでオーケー、みたいな。最初っから本を探すなんて選択肢も持っていなかったからな。やるやると自分で言っておきながら、受け身。ひどい話だ。

「この問題は紗生ちゃん一人の問題じゃない。俺の問題でもあるから」

「先輩……」

 何せ、目の前の少女と定期的に会っておかなければどこにいても出てくるし。将来的に恋人が出来ても今の関係が続いていたら単純に浮気を疑われてやばいし。

 彼女の問題は俺の問題だ。

「じゃ、おやすみ」

 本を枕に俺は目をつむる。

「……う、ん?」

 しかし、目を覚ましても場所は変わらず図書館だった。枕にしているものも変わらない。

「なんだよ、結局意味がなかったのか」

 すでに外は暗いようで、紗生ちゃんの姿は見当たらない。彼女が持っていた本もなく、手元にあるのは鍵の本だけ。

 めくってみても、変わりはない。

「何かまだ、足りないものがあるんだろうか。あ、もしかして本が読めるようになっているとか?」

 そう思ってめくってみたが、文字は相変わらずわからない。結局、ぱらぱらとめくりながら最後のページへと行きついた。

「うん?」

 もっとヒントはないかと夢で逢いましょうという文字をもう一度読むことにしたが、そこには鍵穴を探せと書かれた文字に変わっていた。

「鍵穴?」

 そうなると、今度は紗生ちゃんが最初に見せてくれた本になるわけだ。しかし、俺以外に人はいないために本の居場所もわからない。

「そういえば、受付にパソコンがあるって言ってたっけ」

 立ち上がって受付へと向かうと、確かにパソコンはあったが電源が落ちていた。本体の電源ボタンを押してもうんともすんとも言わない。

「……自力で探すしかないか」

 確か、地下室にあるって言ってたっけ。

 地下室に続く、立ち入り制限エリアへと向かう。ステンレス製のドアノブに手を伸ばすが、ひねる音がするだけで開いてくれはしなかった。

 カードを入れるようなところがあるが、電源がこちらも入っていないようだ。

「手詰まりか。扉を壊して入るとなんだかやばい気がするな……」

 何も力業で解決する必要もない。一冊ずつしか外に持ち出せないのなら、俺が鍵穴、紗生ちゃんが鍵となる本を持っていればオーケーってことになる。

 もっと手っ取り早くするのなら、地下室で眠って本を探せばいいわけだ。

 答えはわかったので、起きて紗生ちゃんにも話してみよう。

「……さて、どうやって起きればいいんだろう」

 十五分間、俺は悩んだ。

 多分、こういうのは刺激が必要なんだろう。試しに自分のほっぺをつねってみたが、効果はなかった。

「……ちょっと刺激的だけど屋上から飛び降りる、なんて夢なら一発で覚めるだろうし試してみるかな」

 よっこらせと立ち上がり、本は迷った末に置いておくことにした。不気味に静まり返った学園内をうろつくと化け物でも出てきてくれたらおもしろいのに、そういったものは一切ない。響くのは俺の足音だけ。

 俺以外の人間も見つけることは出来ず、ここが夢の世界なら学園内で誰かが眠っていればもしかしたら確認できるのかもしれないなぁと思っていたりもした。午後の授業に歩き回れば誰かがいるのかもしれないな。

「よいしょっと」

 屋上のフェンスをよじ登って飛び降りてみる。特に恐怖はない。夢特有の何でも出来そうな万能感をその身に覚えた。

 手を広げ、アスファルトの屋上を蹴る。風を切る音、近づく地面、そして、顔面に衝撃が走った。

「ぬがっ……」

 立ち上がってあたりを見渡すと俺が飛び降りた先の校庭だった。時間帯は夕方、近くに男子生徒がすごい顔を見て俺を見ていた。

「え? お、落ちてきた?」

「……目が覚めたようだ」

 とりあえず図書館にいかなくてはいけない。

「あの……え?」

「お騒がせしてどうも、手品部のタネづくり中でね。ほかに広めると面倒だから静かにしておいてくれよ?」

「け、けがは?」

 陸上部の女子生徒のようだが、見られたのはまずかったな。快活そうで、人懐っこそうな顔をしている。

「マジックだから、タネがある。怪我なんてしてないし、もしも屋上から人間が落ちたらこんなにぴんぴんしてないだろ?」

「う、うん」

「じゃあな」

 何事もなかったかのように図書館へ向かうと、紗生ちゃんがおろおろしていた。

「どうした?」

「と、冬治先輩。あの、冬治先輩がいきなり消えましたよ」

「よくわからないが、場合によっては危険だと言う事が判明した」

「そ、そうですか」

「誰かに起こしてもらうのが安全策だな。一人で試すのは危険だよ」

「それでその……鍵の内容はわかりましたか?」

「微妙なところだね。これを枕にして寝た後、鍵穴となる本を読めばオーケーだと思う。血制限エリアの地下に行くことって出来るかな?」

「大丈夫だと思います」

 俺の問いかけに彼女は頷き、一緒に受け付けへと向かった。

「あの、制限エリアに行きたいんですけど」

「本を返しに?」

「はい」

「そっか、彼氏さんと同伴だなんて、なんだかいやらしいことするつもりじゃ?」

 いたずらな表情を浮かべた図書委員だったが、紗生ちゃんは首を振った。

「いえ、私には心に誓った男性がいますので」

 ものすごくきっぱりとした態度だ。からかおうとしていた相手は少しばつの悪そうな表情になっていた。

「そ、そっか。け、けどさ、女の子だから男の子を手玉に取って遊んでも……」

 しかし、案外図書委員は粘っていた。

「冬治先輩はあくまでも先輩、ですので」

「あ、そうなの……じゃ、いってらっしゃい」

 そういってカードキーを渡される。ちょっとショックだ。いや、紗生ちゃんに毛嫌いされていないだけでもすごいことなんだけどね。

「行きますよ、冬治先輩」

「……おう」

 二人で制限エリア内に入るとちょっと変わった雰囲気だった。部屋の隅には除湿機っぽいのが置いてある。

「除湿機とか置いてあるんだな」

 その近くには加湿器もある。なんとなく、イメージだが本に加湿器っていけないんじゃないのかな。

「なんでも、紙の調子が悪くならないようにあるためだそうです。特殊なガスも放出されているそうで、部屋の温度や湿度を一定に保っているとか」

「へぇ」

 金がかかっているのはわかったが、ここの管理している人は眉唾な魔術書を保管しているということに気づいているんだろうか。

 その人がここにいれば気になるもんだが、所詮、学園の図書館だから偽物だと思っているんだろう。地下行きのエレベーターに乗って件の本が置いてある階へとやってくる。地下二階だ。

「初めて入ったけど、ゲームの世界に迷い込んだ気分だよ」

 地下蔵書施設、なんてゲームの舞台になったらすっごくテンション上がるよなぁ。絶対に強い敵が出てくるし、いいアイテムもごろごろしてそうだし。

「そうなんですか? 私はゲーム全然しないのでわかりませんけど」

「だよなぁ。映画とかでそういうところに主人公たちが向かう、みたいな感じだと伝わるだろうか」

「なんとなく想像は出来ます」

「いつかVRで体験したいなぁと」

「いま、現実に体験してますよ」

「おお、そっかそっか」

 むだ話をしながら保管されている場所まで紗生ちゃんに案内される。

「ここです」

 そういって、鍵となる本を鍵穴の本の隣に置いた。周辺にも十分怪しい本がおかれているものの、七割ほどはちゃんとした日本語であったり、どこどこ出版とかなになに社と言う出版しているところが判明しているものだったりする。

「あぁ、場所は隣同士だったのか……こりゃいいや」

「はい、関係している本は近くに集められているそうです」

「ほー」

 さっそく寝ようとすると手を取られた。

「ん?」

「今度は私が代わりに行っていいですか?」

 俺の話を試してみたいんだろう。まぁ、誰だって自分たちの住む以外の世界を知ったのなら興味を持つからな。

「うーん、いいけど……今日はやめておいた方がいいかもな。時間が時間だし、あの分厚さを察するに数分で終わりってわけにもいかないだろうし。明日にしよう」

「……そう、ですね」

 少し残念な表情を見せるが、これもしょうがない。いつまでもこの地下室にいられるわけもないだろうし。

「しかし、こんな変わった本があるなんてな。信じられないよ」

「私も見つけたときは実際にあるなんてと思いましたけど、本当の惚れ薬を持っている冬治先輩が言うと少し違和感がありますね」

「んー、それを言われると何も言えなくなるけど、自分が狼人間だったとしても、吸血鬼の存在は信じられない……みたいな?」

「わかりやすそうでわかりづらい例えですね」

「はは、忘れてくれ」

「もしかして冬治先輩って、吸血鬼でしょうか?」

「ないない、俺が吸血鬼ならとっくに紗生ちゃんの血を吸ってるよ」

 後輩と妙な会話をしながら、俺は地下室を後にするのだった。


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