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西牟田紗生編:第二話 友達からの架け橋

 惚れ薬で南山さんをどうにかしようという気持ちが再度上がってくるよりも先に、代わりに薬の餌食になった女の子はどうなったかと考えてしまったりする。そう、どう考えても都合よく物事が進むはずもない。

 そうなってしまえば人間、そっちに考えがとらわれてしまう。次の日、割り切れない俺は薬をぶつけてしまった相手であるおかっぱの女子生徒を探しに行こうと考えていた。

「冬治、ねぇ、ちょっと話があんだけど」

「七色? どうかしたのか」

 朝、珍しく俺より登校していた友達と言うより悪友よりの七色虹が下足箱に背を預けて俺を待っていた。

「そのまえに、おはようだ」

「おはよう、で、話があんだけど」

「今日はいつもより早いんだな。まぁ、爽やかな朝だからついつい、早めに登校しちまう気持ちもわかるよ。それで、俺に何か用事か?」

「うん、だからさっきから言っているように話があるんだってば……爽やか系の意味不明な対応をやめろっての」

「悪いが……俺はちょっとやらないといけないことがあって忙しいんだ。おはようとあいさつを交わす程度の時間はあるけどな、それ以上を求められるのはちょっと困る」

 友達と話をするのはコミュニケーションを円滑にするため、とても大切なことだ。しかし、それより大切なのは惚れ薬で全く関係のない人を巻き込んでしまう事。

「ま、そんなに時間はかからないからさ。さ、教室まで行こうよ」

 俺の鞄を代わりに持つというので渡すと、速攻で鞄を開けて中身を確認しやがった。

「ちぇー、面白くないやつ。エロ本の一冊でも仕込んできたかと思ったら普通でやんの」

「俺はお前さんと違って割と真面目な好青年を目指してるんだ。そんなもん、学園に持ってくるわけないっつーの。それにな、今はデジタルな時代だ」

「ほぉ、さてはスマホに?」

「ないない、入ってないぞ。と言うかな、人の鞄を勝手に見るのはどうかと思う」

「友達の鞄だし」

「それでもだめだ」

「親友の鞄」

「なおさらダメだろ」

「彼女ならおっけ?」

「余計駄目だ」

「あたしのぉ、セクシーショットをスマホで撮らせてあ・げ・る……これなら?」

 誰が貧乳女子のセクシーショットを取りたがると言うのだろうか。

 だが、今の時代、身体的特徴を上げ連なって小ばかにするとどこに潜んでいるのか知らないが、それは個人ではどうしようもない事であり、人間としてどうかと品性を問うてくる輩もいるからな、ここは丁寧に断っておこう。

「いらない」

「もー、照れ屋さんなんだから」

 肩を叩かれつつ、過剰なスキンシップを取ってくるあほを引き連れて俺は教室へと向かう。この女、ない乳を軽く揉んでやろうか。

「よぉ、おはよう」

 教室へと続く扉を開けると、こっちに手を振ってくる男子生徒が一名。

「おはよう、友人」

「今日は同伴出勤? 何、どれくらいご機嫌とったら女の子に鞄持ってきてもらえるわけ?」

 わかって聞いてくる友人にため息が出た。

「なんでも、こっちの美人さんが俺に話があるそうでね。朝から下駄箱で待っててくれたんだよ」

「七色が話ねぇ。冬治、お前はしっかり財布の口を占めておいた方がいいぞ。パンチラ見せるだけで空っぽになるかもしれない」

「……こいつのパンチラですっからかんはごめんだよな」

「わかるわー」

「本人を前にしてずいぶんと剛毅なこと。先生に二人に弄ばれましたって言おうかな」

「ほぉ、学級裁判でけりをつけると?」

 小学生みたいなことやるつもりか。くだらねぇ。

「そんで、美人の七色さんは俺にどんなご用で?」

「あ、そうそう。ねぇ、冬治って西牟田紗生って子、知ってる?」

「西牟田……紗生?」

 俺は右に首を傾け、左に首を傾ける。

「わりぃ、まだクラス全員の名前は覚えてないんだ」

「別にクラスメートだって言ってないけど、その調子じゃ知らないよね。あんたに会いたいって言う後輩の子がいるの」

「後輩って言うと一年生か。クラスメートの名前も覚えていない俺に後輩の女の子ねぇ」

 そう言いつつ、あの眼鏡の子なんじゃないかと思ったりする。

「何、後輩の子にちょっかい出したのか」

「……」

「え、冗談で言ったのにこれは当たっちゃう感じ?」

 この転校生、思ったよりも行動速いなと言った具合に友人が驚いていた。

「いや、どっちかと言うと迷惑をかけちまったほうだな。相手の予期せぬ動きが見事にマッチングして、そんなにうまくいくぅ? って感じでさ」

「迷惑かけたのならその場で謝れよ」

「そ、そうだな。その時はつい、ごまかしてしまった」

 友人に正論を言われたため、ぐうの音も出なかった。

「だから、俺もちょうどその子を探そうと思っていたんだ。その子のところに、案内してくれないか」

「いきなり上級生が一年生のところに行っても迷惑でしょ。放課後、近くのファミレスでどうかな?」

「おっけ、セッティングを任せていいのか?」

「うん、いいけどあたしもついていくね」

 七色もか。

 めんどくせぇのがついてくることになるのか。ちょっと大変だな。

「仲介料として、パフェおごってもらおうと思って」

「はぁ?」

「だって、あたしがいないと冬治は無駄な時間を使って後輩女子を探すことになるんだし」

「その子も俺を探しているんだろ? それならその子に……」

「後輩におごってもらえと?」

「む……まぁ、無理だよな」

「でしょ。それにね、冬治におごってもらうことに意義があるの。男子におごってもらえるあたし、すっごいじゃん」

 目を少しだけ輝かせてそんなことを言う。

「こいつ、そのうちおっさん相手にいかがわしいバイトをし始めそうだな」

「そうだな、ま、忠告だけはしてやろうぜ」

「ああ」

「しないっての」

 俺らにけりを入れて、七色はスマホで誰かにメッセージを送るのだった。

 放課後、七色の言葉通りに二人で校門を出る。

「二人でこうして放課後一緒になるのは初めてだな」

「そうだね、冬治君と一緒に帰れて虹、うれしいよ?」

 くるりとその場で笑って清楚感抜群の笑顔を見せてくる。そういえば、七色虹っていうちょっと変わった名前だったな。

「え、なになに? ぼーっとしちゃってさ。心ときめいちゃった?」

「いいや、似合わねぇなって……」

「んだとぉ、こっちは冬治にあわせてやってるんだからそこはもう見ていて気持ちが絶頂しそうになるほど悶絶かわいいですっていうところじゃん」

「悶絶かわいいって……まぁ、かわいかったことは認めるよ」

「ぶひひ、冬治ってばちょろすぎ。画面見ないで、現実の女の子見ようよ」

 ひねくれた人間が俺の目の前で笑っている。あぁ、さっきの清楚ちゃんはどこに行っちゃったんだろう。

「女子は二十前に汚れ、二十台でもっといい男が寄ってくると信じ、三十台で相手されなくなるから二十台までにはいい男を見つけないとね……」

「男は? 幼馴染でも見つけりゃいいのか」

「幼馴染ぃ? よほどのことがないと、就職したらお互い忙しくなって疎遠になるってさ。親戚のねーちゃんが言ってた」

「ほー?」

「男は金をためて、世間をまだよく知らない社会人なり立ての女の子に経済力アピールして自分色に染めるのが一番だってさ。」

 なんだかものすごく汚いものを見た気がする。大人の世界って怖いんだな。ただ、偏見に満ちた意見だと思ったりもするけどさ。

「そんで、これから会う女の子も七色みたいにひねくれた感じで、なおかつすれちゃった女子か」

「ううん」

 あっさりと七色は首を振る。

「純朴ってわけじゃないけど、割と夢見るタイプの女の子、かな。ちょっとねじがはずれたところもあるけど」

「どこで知り合ったんだよ? タイプが違いすぎやしないか」

「まぁ、幼馴染みたいなものかな」

 後頭部を掻いて思い出に浸っているのか、それまで見せてきた下卑た印象がかなり引っ込んだ。

「……何をしたか知らないけど、あんまりひどいことをしたのなら許さないよ」

「なんだ、お前さんの妹分か」

「違うっての。幼馴染だってば」

「うらやましいよなぁ。俺もそんな妹分が欲しいなぁ」

「だから、そういうのじゃないんだって」

「七色の小さいころねぇ」

 子供のころの七色は割と素直でいい子だったりするんだろうか。ついつい、そんな妄想をしていたら腹を殴られた。

「いてぇな、なにしやがる」

「なんだか失礼なことを考えていそうだし」

「別に失礼なことなんて考えてねぇよ。小さい頃の七色はかわいいだろうからはむはむしたいなって思っただけだよ」

「きもっ」

「きもくて結構、周りに疎まれても幸せが手に入るのなら俺はいばらの道を突き進むのみよ」

「そんなこときいてねぇっつの」

 騒ぎつつ、目的のファミレスまでやってくると店内には図書館で被害に遭った子がいた。

「ありゃりゃ、俺の杞憂に終わってくれるわけがないか」

「やっぱり、知り合いなんだ」

「まぁ、迷惑かけちゃった相手だな」

「そこんところ、今日はちゃんと聞かせてもらうからね」

 知り合って間もないが、普段の七色からは想像もつかない真面目な態度、鋭い視線、そして言葉が出てくる。

「……ま、本当は話したくないんだがしょうがないな」

 南山さんに惚れ薬は後回しにするしかない。もっとも、下手すると話が伝わりそうな気もするけれど、いまは件の女子生徒がどういった状態なのか知る必要がある。

 店内に入るとなかなかかわいいウェイトレスさんが俺らを案内にしてくれた。去り際、そのお尻を眺めていたら七色に耳を引っ張られた。

「あのねぇ」

 呆れ顔だ。

「何をするためにここに来たのか、覚えてるよね」

「あぁ、わかってる。つい、な?」

「あの……改めてですが、初めまして」

「ん?」

 俺の想像しているような展開にはならなかった。てっきり、俺に対して惚れ薬の効果で惚れているのかと思ったら普通の態度だった。

「私、西牟田紗生って言います」

「紗生ちゃんね。俺は四ケ所冬治。二年生だ」

「あのー……先輩が私にかけたものって、あれ、惚れ薬ですよね」

 一発目で当ててくるあたり、勘がいいのか、それとも効果を実感したのかな。しかし、そうなってくると俺と目があったのにこっちに惚れている様子はないしなぁ。

「そうだな、その通りだよ」

「惚れ薬って……マンガじゃあるまいし」

「信じられないのも理解できるけど、あいにく、本物だ」

「私もそう思います」

「え、本当?」

「はい」

 胡散臭そうに俺を見ていたが、七色は紗生ちゃんがうなずくと信じられないといった調子でこっちを見てくる。

「そうだよ。とある業者からもらってね」

「……あのさ、ちょっと不思議なんだけど紗生に使うってことは冬治が紗生を見て一目ぼれしたってこと?」

「彼女にあたったのは偶然と言うか……事故だ」

「事故であんたに惚れたってわけ?」

 呆れた様子を浮かべたのちに、心配そうな視線を紗生ちゃんへとむけていた。

「それがその、ちょっと違うんです。確かに、四ケ所先輩なんですけど」

 申し訳なさそうに紗生ちゃんが手を挙げた。

「違う? でもさ、あたしが想像しているような惚れ薬って……しゅき、しゅき、冬治のことだいしゅきぃ……みたいな?」

 聞いているほうが恥ずかしい声を出して体をくねらせている。俺と紗生ちゃん、ドン引き。

「……お前さん、よく人がいる前でそんな声を出せるな。すげぇよ」

「んっふっふ、ありがとう」

 皮肉が全く通じない女、七色虹。こいつは将来、大物になるかもしれないな。

「あ、あれか。この恋は偽物……だけど、薬の力で冬治のことを見るといてもたってもいられない……ってな感じ?」

「それも違うんです。私が見たのは正確に言うと、鏡に映った冬治先輩でして……」

 その言葉に俺と七色は少しだけ固まった。

「鏡に映った状態に対して恋をしているってことか」

「はい、その通りなんです」

「七色、鏡って持ってるか?」

「女の子の嗜みだもん、あったりまえでしょ」

 そういって手鏡を渡される。

「ほー、お前さんは女の子だったのか」

「ははぁ、失礼な口はこれかな? おしぼり、失礼しまーす」

「んがが……こほん、今のはさすがに言い過ぎた。本当、すまん」

 躊躇ないおしぼりに口を犯され、俺はどうにか七色に謝ってから話を進めることにする。

「どうだい?」

 鏡に映った状態の俺を紗生ちゃんに見せるとみるみる顔が赤くなった。

「ぽっ」

「あ、目の奥にハートが。これはマジだわ」

「はぁ……はぁ……先輩……ダメ、先輩のことが……」

「俺が……なんだって?」

 手鏡を隠して俺がニヒルな声を出して見せる。すぐさま、紗生ちゃんの顔は普通に戻ってしまった。

「いえ、四ケ所先輩ではないんです、すみません」

「申し訳なさそうに言われるとつらい」

 まさか、俺より先に鏡の中の俺に軍配があがるなんてなぁ。

「馬鹿な冬治は置いとくけどさ、これって割と大変なことじゃないの? 現実にいるわけじゃないし、どうするのよ」

「そうだなぁ」

「そうだなぁって……あんたまるで他人事じゃないの。あんたの責任でしょ」

「大丈夫、考えてるから」

 本当はうまく答えなんて出てないし、俺が作った薬でもないから対処のしようがない。ここはひとつ、みやっちゃんに話をするしかない。

「紗生ちゃんには悪いんだけど、これからたまに連絡とっていいかな? 惚れ薬を解毒する薬が手に入ったときなんかに連絡を取りたいから」

「大丈夫です。お願いします」

「悪いね、変なことに巻き込んでしまって」

 惚れ薬を使うような人間だからな、一般的に見てもちょっと怖い相手だ。信じがたい薬を持っているうえ、自分の力じゃなくて薬の力を、同意なしの相手に使おうとしているんだからさ。

「いえ、本当はちょっと、悪用されないか心配だったんですけどいい先輩でほっとしました」

「悪用?」

「その、今の状態って何でも言うことを聞いてしまいそうで、あんなことや、こんなことをさせられるんじゃないかって」

 人間の屑だと言われてもしかたないから、その考えもわからなくはない。

「ぷっ、それはないない。こう見えて冬治はいいやつだから」

「ここで意外なところから援護射撃が」

「だってさ、そういう下衆な人間ならとっくにあたしが犠牲になってるって」

 胸を叩いて妹分にウィンクして見せる。

「本物かどうか、試したかっただけだと思う。こいつ、馬鹿だし」

 ここはぐっとこらえておこう。事実、考え無しだったからな。

「そうですよね、虹さんの友達はみんないい人たちですし」

「そうそう、変なことされたらあたしに言いなよ。冬治何てぐーぱんでワンパンだよ、ワンパン」

 口でシュッシュと言いながら俺の肩を軽く叩く。

「お前さん、人生楽しそうだな」

「まーね。あんたが本気でひどい奴ならもっと被害も出ていただろうし……主に、あたしに」

 まんざらでもない顔をしているのはなぜだろうか。

「薬の件は本当にごめんね」

「いえ、いいんです。なんだか貴重な体験をしているようですし、四ケ所先輩のおかげで恋を知ることが出来ましたから」

 この子、精神がかなり強いな。

「じゃ、紗生ちゃん。今日から一つ、よろしくね」

「はい」

 こうして俺は、被害者の西牟田紗生ちゃんと言う女の子と知り合いになった。出来るだけ早くこの子に解毒薬を渡してあげたいのだが、肝心の頼みの綱であるみやっちゃんからはちょっと今気分が乗らないと言われてしまったりする。


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