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西牟田紗生編:第一話 注意しても事故につながる

 俺の名前は四ケ所冬治。ちょっと陰があって渋めの生徒を気取りたい。まぁ、先日、親戚の女の子から惚れ薬を手に入れた。

 ちょいと気になる女子生徒に対してその惚れ薬を使いたいと思っているんだ。

 この眉唾物のお薬を準備してくれる女神がいた。俺の親戚のみやっちゃんという女の子だ。彼女は以前からちょっと危なげな雰囲気が漂っており、その薬を信じるのは十分だ。

 健全な男子生徒なら惚れ薬なんて頼りにせず、学園のイベントなり、自分の努力なりで気になるあの子と仲良くなるのが筋ってもんだが、手元にある道具を使わないのもお利口じゃないと俺は思う。

 薬を使いたい相手はクラスメートの南山葵。南山さんは割と真面目でいながらとっつきやすく、分け隔てない。クラスの連中にも好印象を持たれている。人を惹きつけるカリスマを十分に持っている逸材だ。

 そんな相手に日ごろから近づいて、信頼を勝ち得るころにはいろいろと時間が経っちまう。だから俺はさっさと使うことにした。何も、惚れ薬だからと言って液体だったり、何かに入れる錠剤だったりはしない。今回使用する惚れ薬は粉タイプだ。忍者の煙球を想像してもらえば簡単かもしれない。

 これを対象者が吸ってしまえば、それから約六十秒以内に見た相手を好きになる。ひとけのないところで相手の体にぶつければ煙は広がるので、ことを進めやすくなるはずだ。

 もっとも、場所を間違えればほかのやつにも薬がいきわたるため、妙なことになるのは必須。失敗をしないよう、使用予定の場所と南山さんの一日の多い場所を少しの間、調査してみた。

「やぁ、南山さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいい?」

「あ、四ケ所君。どうしたの?」

「放課後って何してる? こっちに転校してきてまだ日が浅いからさ、割と遊びに行くタイプの人ならおすすめの場所を教えてほしいし、そうじゃなくて勉強するのならどういうところで勉強すればいいか教えてくれない?」

「なるほどね、ちょっと待って、考えてみるから……、私の意見としてはね……」

 彼女に調査したところ、一人で遊ぶ場所は駅前にいってお店を見るぐらいしかなく、あまり彼女は行かないらしいが、ゲーセンぐらいらしい。勉強するのなら学園の図書館がベストだそうだ。利用者があまりおらず、静からしい。

「ほーん、そりゃまた、どうして?」

「この学園の図書館ね、希少な蔵書があるらしくて規則が厳しいの」

 くるくると人差し指をまわして話してくれる。

「声は基本的に出しちゃいけないし、特殊なガスで覆われた部屋もあって、一般開放されているエリアは蔵書が少ないわけじゃないんだけど、あまり好きな生徒はいないからね。それと、いたずら防止のために監視カメラまでついているから」

「へぇ、そりゃすげぇ」

 普通に面白そうな場所じゃないの。惚れ薬を使うって理由だけじゃなくても、時間があれば調査してみたいね。

「そういった理由でね、よほどの本好きか、図書委員じゃないと一般の生徒はほとんど近づかないよ。それに、静かだから一人で勉強するのには最適じゃないかな。私はたまに使ってるよ」

「ほーん、いいね、それ」

「なんだぁ、冬治が珍しく勉強しようとしてるのかよ?」

「あはは、笑っちゃう無駄な努力だ」

 そこで、友達の一人である只野友人と七色虹がやってきた。あほと不良っぽい女子生徒だ。まぁ、残念なことに二人とも授業中は割と真面目にノートを取っているが、勉強をしないタイプで成績は悪いそうだ。

「お前さんらは図書館に行かないタイプか?」

「あー……この学園の図書館はつまらないからな」

「そだねぇ、変な本は置いてないし」

「基本ね、学園の図書館に変な本は置いてないものよ」

 呆れたと言わんばかりに南山さんがため息をついていた。

「変な本を探しているのなら本屋さんに行ったほうが早いからね」

「ま、そうかもしれないけどね。あたしはもうちょっとゆるーい感じの本を置いてほしいな」

「変な本が制限エリアにはあるらしいけどな」

 友人がそんなことを言う。

「変な本?」

「なんでも、呪術とか羽津市に現れた人ならざる者の記録とか……さすがの俺でもそんな本がおいている学園には近づきたくないな」

「変な本ってそっちか」

「どっちだと思ったんだ」

 変な本とか言うからちょっとエッチな本かと思ってしまった。たまにあるよな、芸術系統の本でそういうジャンルの物がさ。

「噂は噂だろ?」

「あぁ、それって本当らしいよ。あたしの知り合いが図書館の制限エリアに最近入って見つけたって言ってたから」

「制限エリアって言いながら、普通に入ることは出来るのかよ……」

 羽津市に現れた人ならざる者の記録か。何が現れたんだろ。

「へー、私もそういうの、探してみようかな」

「南山さんが呪術ねぇ……」

「単純な知的好奇心で気になっちゃって。真面目な人たちが集めている眉唾物の本だから、何か理由があるのかなって」

「確かにね」

 今日の放課後、行ってみようという言葉を俺は聞き逃さなかった。

 放課後、俺はさっそく図書館へと向かっていた。

「はねつー、ふぁいおっ、ふぁいおっ」

「……ふむ」

 転校して来たばかりだが、二年生のためにいまさら部活に入るつもりもない。かといって、友人たちと遊びに行くつもりはない。

「人間って言うのはどうして手に入れた道具をすぐに使いたくなるんだろうねぇ」

 惚れ薬の煙幕が入っている小瓶をしげしげと眺めてしまう。

 後先考えずに破滅しちゃうのもそういう傾向があったりするからな、うん。まぁ、使わず腐らせて後悔するよりもここはやって後悔しようじゃないの。

 南山さんが図書館へ入っていったのを確認したのち、俺も図書館へと入る。そこには受付に眼鏡の女子生徒がいた。

「入館カードの提示を」

「入館カード?」

「あ、もしかして転校生の方ですか」

「あぁ、うん。最近転校して来たばっかりだから……そういうのが必要なのか」

 俺の言葉におそらく図書委員の巨乳ちゃんは頷いていた。

「はい、この図書館には貴重な本がありまして、勝手に持ち帰らないように、割と厳しいチェックがされているんです」

「そこらへんは何となく聞いたことがあるよ。確か、監視カメラもあるんだよな?」

「ええ、そうです。ほかにもちょっとしたものがありますね。入館カードは本来、一年生のオリエンテーリングの際に作るのですが転校生だと最初にここへ来た時に作っています」

「ほー……学生証じゃダメなのか?」

「残念ながらダメですね。学生証は卒業してしまうと同時に回収してしまうので。入館カードは卒業後も使用できます。一般の方と違って、学園のOB、OGの方だと学園の記録についての蔵書も確認していただけるんですよ」

 少し自慢げに説明してくれるのは誇らしげに思っているかもしれないな。

「なんというか、そこまですごい本があるのなら近くの大学で保管してくれていてもいい気がするけど?」

 大学って大体どこも図書館に地下がある気がするんだよなぁ。学園よりも大学においてあったほうが教授たちの研究に役立てそうだし。

「大学のほうにもコピーはあるそうです。こちらでは蔵書のオリジナルを保管しているって言う話を聞いてます」

「オリジナルね。あ、別に敬語を使わなくていいよ」

「そう? えっと、先生の中にはデータにして持ち歩いている方もいるんだけど、本を見なければいけない仕掛けがあるとかで……」

「仕掛け?」

 本を見なければいけない仕掛けね。なんだか変わってるな。

「あれか、絵本みたいに山折り谷折りのお化けが飛び出してくる、みたいな?」

「ちょっとそこまでになると私もわからないね。先ほどの話は偶然聞いてしまっただけだし、その話を聞いた先輩が調べて……その、消えちゃったことがあるんで」

 これ以上、話を広げるのはやめたほうがよさそうだ。

 親切でおしゃべりな図書委員さんに入館カードを作ってもらい、俺は少し遅くなってしまったが南山さんを探した。

「……正直、南山さんの捜索はやめて制限されているっていうエリアに入ってみたい気持ちが強い」

 衝撃を与えればたちまち弾けて煙を出す玉を瓶から出して手で弄ぶ。

「あ、いた」

 南山さんは何かの本を手にして読んでいた。どんな本を読んでいるのか気になったものの、今は彼女自身に注意を向けておこう。

 図書館への探究心は今回脇に置く。今は目の前の獲物にブツをあてるだけ。

「……それっ」

 俺の手から放たれたそれはまっすぐ、南山さんへと向かう。自慢じゃないが、コントロールはいい方なんだ。

「くしゅんっ……」

 しかし、未来予知なんて能力は使用しちゃいない。まさか、彼女がくしゃみをするなんてな。

「え?」

「ん?」

 そして、彼女がくしゃみをして頭を下げた少し先の曲がり角から眼鏡の女の子が現れた。入館ゲートにいた少女とは違い、胸が小さく、おかっぱっぽい髪型だ。

「やばい」

 いまさらどうこうできることもなく、目の前で煙に包まれる。天井まで届くことはなく、それは一メートル七十程度だろう。

「わわ、なんですかこれ……くしゅんっ」

「え?」

「まずい……南山さん、こっちに来てくれ」

 声のしたほうを向こうとした南山さんの手を引く。南山さんを惚れるなんて、妙な恋敵が増えることになる。

 困惑する南山さんを無理やり引っ張って、今度は哀れな被害者に声をかける。勿論、姿を見られないように本棚越しだ。

「おーい、そこのあんた、大丈夫か?」

「あ、はい。何があったんでしょうか?」

「わ、わからないな」

 嘘です、俺が犯人です。

「とりあえずな、そのまま天井を一分ぐらい見ていてくれ」

「え? あ、はい。あの、そっちの本棚とかは大丈夫だったんでしょうか? 鏡を見た感じ、大丈夫そうですけど」

「……鏡?」

 俺はあたりを見渡す。どこにも鏡なんてない。

「どこにあるんだよ」

「鏡は天井にありますよ。ここ、天井が鏡になっているんです」

「嘘……?」

 上を見上げる。見上げる俺を、鏡の中の俺が見ていた。そして、図書館内の二つ先の本棚まで見ることが出来る。

 何とはなしに、相手がいるだろう方向を確認してみる。

「あ……」

「あっ……」

 相手と目があってしまった。眼鏡をかけたおとなしそうなおかっぱっぽい女の子。

「いや……鏡だし、大丈夫だろ」

 何もびびる必要はない。何せ、鏡ごしで見ているからな。惚れ薬の効果が見た相手そのものになったら変装をするだけで効果が切れてしまうってことになる。

「そのまま少しじっとしといてくれ」

「は……はい」

 もじもじと、俺から顔を反らした。

 これは、あれだ。惚れ薬がばっちり決まったってわけじゃないな、うん。おそらくあれは俺が外を歩くには恥ずかしい顔をしていたからあらやだ、この人なんでこんな顔で外を歩けるんだろうって意味の恥ずかしさに違いない。

「ちょっと、何があったの?」

「いや、特に何も」

「えぇ?」

「大丈夫大丈夫、気にすることじゃないって」

「……誰かと話してたけどもういいの?」

「えぇ、ぼくちん、誰とも話してないって。ほらほら、おとなしく今日は帰ったほうがいいって」

「そう?」

「そうそう。行きますよ、奥さん」

「おくさんじゃないし」

 いぶかしむ南山さんの背中を押してその場から逃げ、俺はちょっとだけ自分の軽率さを悔いたのだった。


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