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東風平佳苗編:最終話 凡日、徒然

 佳苗に返事をする日、答えを出すべき時間がやってきてしまった。

「来たよ」

 俺と佳苗、役者はそろっている。人気のない校舎裏だから、たとえ時間をかけたとしても誰かが来るなんてことは多分、ないだろう。

「ね、冬治君」

「何?」

 佳苗に返す言葉を考えていたら、先に問いかけられた。惚れ薬で答えを強要されるのかと思ったが、とっくに薬の効果は切れている。思えば、佳苗と出会った日には追いかけられたっけな。身の危険を感じたのは久しぶりだ。

「わたしと一緒に過ごしてた時、楽しかった?」

「えっと……どうだろ。途中からそれが日常になってて楽しいとか考えることはなかったな」

「そっか」

「それがどうかしたのか?」

「うん、冬治君がわたしのことを嫌いなら楽しくなかったって答えるだろうけど、特に何も感じなくて、それが当たり前だって思うのなら……」

「思うのなら?」

 佳苗はそこで胸を張った。

「わたしたちは最高のカップル。もう明日から改めて同居しても何の問題もないね」

「は? いや、おかしいだろ」

「え、おかしくないよ」

 冗談で言っているのかと目をのぞき込んだが、その目は真剣そのものだった。場を和ませようとして言ったわけではなさそうだ。

「……どういうことか教えてくれ」

「惚れ薬をわたしに飲ませたんだよね?」

「飲ませたんじゃねぇ、お前さんが勝手に飲んだんだよ」

「ま、そこはどうでもいいよ」

 どうでもよくはないと思うぞ。一番重要なところだ。

「惚れ薬を飲んで、冬治君のことがわたしは好きになった」

「その通りだな」

「それで、わたしは冬治君に告白をした……そうだよね?」

 犯人を特定した私立探偵みたいな顔をしていた。

「ああ、違いはないな」

「そう、これだけを見ても冬治君はわたしのことが好きなことに違いない」

 俺に人差し指をつきつけて、終盤に差し掛かった探偵のようにきめている。

「え、なんだかいきなり話が飛んでわけがわからないんだけど?」

「だってさ、本当に嫌いな相手なら告白を受けないじゃん」

「それは……いや、出会った相手をすぐさま嫌いだってことにもならないだろ」

 すごく怖かった、とは言わないでおこう。

「うーん? そうかなぁ」

 佳苗と俺とでは感性が違いすぎるのかもな。

「ね、一番大切な部分を聞いていいかな?」

「なんだ?」

 一体何を聞かれるのだろう。予感はしたけれど、彼女の口から言葉が出るまで待つことにした。

「冬治君は、わたしのこと好きなのかな?」

 佳苗の口から飛び出てきたのは予想出来ていたものだった。

「ああ、残念ながらな」

「なにそれー」

「本当に、残念ながらな。本当はこんなはずじゃなかったんだよ、くそぅ、横やりが見事に突き刺さってそっちが気になってしょうがなくなっちまった」

「うん、メロりんころりってやつだね」

 よくわからない言葉を使うなよ。

 俺に近づいてきた目の前のおバカは、唐突に俺の手を掴んだ。

「な、なんだよ」

「冬治君、わたしと付き合ってください。あなたの彼女にしてください」

「それは……こっちから言うつもりだった」

 つい、ぶっきらぼうに言ってしまう。ぐずぐずしていた俺が悪い。

「ごめんねぇ、こういうのは早い者勝ちだから」

 笑う佳苗に呆れた俺は、ちょっとだけ軽いため息をついた。

「ね、キスしてよ」

「こ、ここでか?」

「ロマンチストの冬治君なら最高の舞台だと思うけどね」

 なんだろう、そんなことを言った記憶があったり、なかったり。

「恥ずかしいならおへそでもいいよ」

「お前さん、ちょっとアブノーマルな気質があるのか」

「そんなわけないよ? でもねぇ……いいかもしれないじゃん。やってみたら癖になるかもよ?」

「おでこはしてやったな」

「うん、だから今度はこっち」

 そういってへそをちらりと見せてくる。

「ね、お願い」

「マジかよ、マジでやるのか」

 俺はしゃがみ込み……そこで、きれいな肌をした佳苗のお腹を見る羽目になる。

 軽く、なぞってみたら思ったよりも柔かった。

「ひゃっ」

「あ、悪い」

「ううん、思ったよりも……悪くないかも」

 こいつの反応を見たらドキドキしてしまった。

「じゃ、じゃあ、行くぞ?」

「う、うん」

 多分、どうってことないことだろうが、二人でこういうことをしてドキドキすることが大切なんだな。

「二人して何してるにゃ?」

「うん?」

「はい?」

 俺らのあほらしい行動をまじまじと見ている猫がいた。

「お腹触って、照れて……なにしてるにゃ?」

「好奇心は猫を殺すぞ、猫」

「この人、頭がおそらくおかしくなったにゃ」

 語尾ににゃをつけるお前さんのほうがおかしいんだと俺は声を大にして言いたい。

「ははぁ、さては……」

「これはな、違うんだよ」

 どうやって言い訳しよう。

「妊娠プレイかにゃ。その年齢でそれは上級者すぎるにゃ」

 すごく違う方向で勘違いされた気がする。

「ねー、いた? あ、いるじゃん」

「どうも」

 そこにしましまとまちかさんがやってきた。

「ね、喧嘩していたみたいだけど仲直りした?」

「喧嘩は別にしてないけど」

「そうなの? よくありがちだとは思うけど、どういう事で喧嘩してたわけ?」

「よかったら相談に乗りますよ」

 任せてくださいとまちかが胸を叩く。

「あ、今、ちかの胸見てたよね」

「そりゃ、叩くんならちょっとは見るだろ」

「やらしい視線してたよ」

 佳苗にジト目で見れられた。

「そういう軽めの視線を向けられるのは初めてだな」

「そうかな?」

「これからはやきもちを焼かれるのか」

「どうだろうね、案外、わたし以外の相手は出来そうにないけどね」

 俺もそう思う。佳苗のことで精いっぱいだから、他の女の子のご機嫌を取るのは難しそうだ。

「はーい、じゃあ二号さんその一」

 しましまが手を挙げると、他の二人も順番に手を挙げた。

「二号さんその二にゃ」

「二号さんその三です」

 なんだその分け方は。二号じゃないだろ。

「え、もうこんなにいるの?」

「ふぅはははー」

「すでに冬治さんは私の虜です」

「やつは巨乳に目がないにゃ」

 絶望的な表情をする佳苗の周りを三人がぐるぐる回っていた。何かの儀式だろうか。

「何故すんなりと信じてしまうのか」

「だってー」

「安心しろ、こいつらには持っていないものを佳苗は持ってるから」

「自己アピールタイムの時間ーです。各自、冬治君にアピールをー」

 そういってしましまが手を挙げる。

「TPOをしっかりとわきまえ、冬治君を喜ばせるアシスト力を私は持ってるよ」

 しましまがどうだと言わんばかりに胸を張った。

「猫にはあざとさがあるにゃ。見た目も幼いし、ハートは割と頑丈だからこの年齢でも語尾ににゃをつけられるにゃ」

 そういって猫がうにゃーと言う。

「はい、普段は清楚なイメージを振りまいていますけど、裏では邪眼が発動するの……ふふ」

 灯火さんは右手で右目を抑えていた。

「ほらぁ、魅力的な子がいっぱいいるぅ」

「……俺からしたら微妙なんだけど……うぐぅ」

 猫にお腹を殴られた。割と痛かった。

「さてはお前、犬派閥の者かにゃ。しましま、ちか、やってしまえにゃ」

「猫の時代は終わったワン。消えるワン」

「そうだワン」

「にゃ? すでに内部分裂が始まっていたのかにゃ……」

 まちかさんとしましまはさっそくキャラチェンジしていた。

 その場でそれ以上騒いでいたら教師に怒られそうだったので、俺たちは駅前のファミレスへと場所を移す。

「ねぇ、今度皆で遊びに行かない?」

 しましまが注文を終えるとそんなことを言い出す。

「遊び? 遊園地?」

「ふ、遊園地って……冬治は案外子供にゃ」

「む、猫に言われたくないぞ」

「すーぐむきになっちゃうなんてかわいい子にゃ」

「くっ、こいつめ……腕相撲で勝負だ」

「上等にゃ。左手では指相撲をしながらやるにゃ」

 そういって変則デスマッチは猫が卑怯なことをしたので俺が負けた。腕相撲に集中しようとして指相撲を無視していたら胸まで腕を持っていかれて佳苗が怒ったんだ。殴られたけど柔らかかったから良しとしよう。

「かなちゃんがあんなに怒るの初めて見た」

「本当だね。今後はこっそり冬治君を楽しませよう」

「は? 今誰が言ったの?」

「いやいや、からかわれてるから」

 佳苗を落ち着かせて改めて話を進めることにする。

「んで? どこに行くって?」

「温泉旅行」

「そりゃすげぇな」

 この年齢で温泉旅行か。鄙びた旅館に泊まって、ゆっくりと楽しむと。大人な楽しみ方だ。浴衣姿の四人を想像した。

 うん、大人な楽しみ方だっ。

「楽しみですね、冬治さん」

「そうだなぁ……って、いきなり決まったことになったのか。ほかはいいのか?」

「うん」

「右に同じにゃ」

 場所や日時をその日のうちに決めてしまうのではなく、後日また話し合うことになった。

 ファミレスを出て帰路についていると、しましまが近寄ってくる。ねことまちかさん、佳苗は前のほうで話し込んでいる。

「どうした?」

「友達って言葉を頻繁に使いたくないけどね、冬治君は私の友達だって思ってるから……かなのことで何かあったら私に相談してよ。頼りにならないかもしれないけど、頑張るからさ」

「ありがとよ」

 俺はいい友達を持ったもんだ。

 みんなと別れ、家にたどり着いた俺なのだが……何故だか佳苗がついてきていた。

「おい、今日は家に帰ったほうがいいんじゃないのか」

「ここが私の家です」

「違うだろ」

「違うはないんじゃないの? ここはもう二人の愛の酢」

「なんだか今、巣の発音がおかしかった。お酢のイントネーションだった」

「そうかな?」

「そうだよ。すっぱそうだな」

 佳苗を追い払うなんてできなかった俺は、結局部屋に挙げてしまった。

「いろいろあったね」

「そうだな、いろいろあった」

「振り返ってみて……どうだった?」

「……佳苗に振り回されてばっかりだった気がする」

「でも、それがよかったと?」

「結果的に言えばな」

「素直じゃないねぇ」

「そうだな、お前さんの言う通りかもしれない。俺はもっと、素直になるべきかもしれない。佳苗、キスがしたい」

「おぉ、さっそく素直になった」

 驚く佳苗の手を掴む。

「割と強引だね」

「ダメならもちろん放すさ」

「ううん、今度は放さないでよ」

 なぜだか、ホラーの展開の一つを思い出したりする。

 さすがに家だからな。今度は邪魔が入らないだろう。

「佳苗、目を閉じてくれ。そんなギンッギン目をあけられていると恥ずかしいから」

「そう? どんな顔をしてするのか見たくて」

「えぇ?」

「あ、じゃあやっぱりおへそがいいな」

「……わかった、してやる」

「やった」

 そんなにされたいものなのか。

 俺は自分で佳苗のシャツをめくる。

「……するぞ?」

「うん」

 そして俺は意を決してやった。覚悟を決めてやったためか、こんなものかという気持ちだけが残ったりもする。あの時に比べてドキドキは半減だ。

「どうだった、佳苗」

「おでこがよかったかも」

「……こいつめ」

「いだぁっ、割と今本気でデコピンしたよね?」

「今度してやる」

「今じゃないんだ?」

「今日はもうそういうことは絶対しない」

「そうだったそうだった、ロマンチスト、だもんね?」

 あぁ、あの時適当なことを言うんじゃなかった。こりゃ、ずっと引っ張られるぞ。

 二人きりだから、どちらかがしゃべらないと静かだ。ただ、悪くない雰囲気。

 ちょっとだけ惚れ薬を使わないほうがよかったかもと思っていたが、結果を見れば悪くはなかった。

「こんど、みやっちゃんにもお礼を言っておこう」

「え、何か言った?」

「いや、何でもない。これから楽しい日々が始まるんだろうって言っただけだ」

「うん、二人で楽しんでいこうよ」

 俺の言葉に、佳苗は笑って頷いてくれた。

今回で東風平佳苗編、最終回です。いやー、長かった。普段の投稿よりも短いですが、準備をして見直して、面白くなかったので今回も作り直しました。そちらは佳苗が全く目立っておらず、サブキャラ三人がわちゃわちゃしているだけで十話終わってしまうというお話になっていました(そっちでは三人組に冬治が服を脱ぎながら走る人についてからかわれました)。リメイクと言う事で、元のお話の惚れ薬よりも出来が良くなったと思っております、はい。ただ、基本的な話の流れは今回変えているつもりはなく、勢いをつかせて、あれ、もう終わりか? 案外短かったな。と思えるようなお話になったのなら幸いです。悪いのは佳苗ですが、それを割り切れない冬治と言うなんだかなぁというお話を予定していましたがどうだったでしょうか。

そういえばこの作品も長いことでそろそろ五年目に突入と言うところです。百作品目記念でーと言う事で投稿しましたが、まさかこんなに長くなってしまうとは……まぁ、まだ作り直していないお話があるのでがんばっていきますので、よろしければ応援、お願いします。

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