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東風平佳苗編:第九話 切り札無しの種明かし

 部活が終わった後、俺は佳苗を連れて駅前の喫茶店までやってきた。理由は簡単なもので、惚れ薬のことを話そうと決めたからだ。

 みやっちゃんには報告し、彼女も来るといった。喫茶店で佳苗をモニタリングするそうだ。

「で、話って何?」

 店に入ってコーヒーを注文し、俺たちは席に着く。

「待て、前に座れよ」

「やだよ、腕組めないじゃん。それに、いっつもここがわたしのポジションだし」

 俺は開いている手で後頭部を掻いた。どうしたもんかね。

「あのな、佳苗」

「冬治君が相手を説き伏せたいときって、あのな、から始めるよね」

「……そういうのはいいんだけどさ。惚れ薬って知ってるか?」

「惚れ薬? もちろん知ってるよ」

「それさ、現実にあるんだわ。それでな、佳苗は間違ってそれを飲んでしまって、俺に惚れたんだ」

 さて、どういう反応をするのだろうか。

「……へぇ、ふーん」

 思ったよりも相手に浸透していないような気がしてならない。

「さてはお前さん、わかってないだろ。そもそも、惚れ薬って言うのはだな……」

「や、わかってるって」

「本当かよ」

「うん」

「じゃあ、説明してみてくれ」

「飲んだら惚れる。違う?」

「そうだなぁ」

 ものすごくシンプルでわかりやすい説明された。読んで字のごとく、惚れ薬。

「俺がいいたいのはな、今の佳苗はおそらく……まだ、惚れ薬の効果が切れていないんじゃないかって思う」

 そういって俺は携帯電話を取り出す。勿論、みやっちゃんに連絡をするためだ。店内にいるのはわかっているが、今の感情が間違ったものだと言う事を伝えてほしい。

「ちょっとおでこ出してくれ」

「ん」

「熱はないな」

「冬治君に相変わらずお熱だよ」

「重病だな、こりゃあ……お医者様でも治せるかねぇ」

「……きた」

 俺らの前に、みやっちゃんがすわった。佳苗はきょとんとしていたが、俺のほうはほっと胸をなでおろしている。

「こいつに説明してほしい」

「……冬治、説明しても無駄」

「そりゃまたどーしてさ。お医者様が投げちゃったらそこで患者終了だよ」

「……惚れ薬の効果は、すでに消えている」

「でもよ、こんな状態だぜ」

 佳苗は俺の腕をつかんで離さない。

「……冬治がそうであるように、一緒に生活しているうちに情が芽生えた」

「つまり?」

「……本心から冬治のことが好きってこと」

 みやっちゃんからそういわれ、俺は電撃を落とされたような気分になった。

「いや……いやいや、ちょっと待った。俺さ、好かれるようなことしてないって」

 隣に佳苗がいることを忘れて俺は手を振りたくった。むっとした表情の佳苗が、突然俺の首に抱き着いてくる。

「もー、そういう事言わないでよ。目をかけてくれたくせにぃ」

「お、おい、見られてるだろ」

「相変わらず照れ屋なんだから。別にキスしてるわけでもないんだよ?」

「あのな、俺はお前さんが惚れ薬を間違えて飲んだからと思って、そういうことをしないでおいたんだよ。将来的に惚れ薬の効果が切れるってわかってたからな。そのあと、佳苗が本当に好きな人が出来たら絶対に後悔するだろ」

「冬治君はわたしのことを思ってちょっかいを出さず、ずっと我慢していたと?」

「おう」

 気合いと根性でお触りはしてない。それに、夜になると佳苗がうなされないかって不安が少しあったからな。そっちのほうが比重大きかったから変な気分になることが比較的少なかっただけかもしれないが。

「結局わたしは冬治君のことが好きになったよ? 後悔なんて、してないよ」

「ぐ……どこら辺を好きになった」

「さぁ、どこだろう。でも一番は、わたしがうなされていた時に起こしてくれて、優しくしてくれたこと」

「あれは……その、たまたま……」

 つい、言葉の後ろのほうは濁してしまった。

「偶然だっていう割にはうなされたときは必ず抱きしめて、大丈夫だって耳元でささやいてくれてさ……」

「うわぁあ、おい、そういうことをこういうところで言うのはやめろ」

「冬治君の声、大きいよ。みんなに見られてるって」

「うう、すまん」

 佳苗に怒られ、俺は少し自制することにした。

「……一緒に住んでいなければそういう事もなかったかもね」

「ま、まぁ、それはもういい」

「うん、わたしは冬治君のことが好きだよ」

「そ、そうか……」

「それでさ、わたしは冬治君のことが好きだけど……冬治君は、わたしのこと……好きなの?」

「え?」

「わたしは好きを押し付けるつもりはないよ?」

「今のこの状況は?」

 俺がその気になればキスできるほど距離が近いし、周りからは首から女をぶら下げているダメ男のようにしか見えてないと思う。

「これは胸を押し当ててるだけだよ」

「よくわからないな」

「もー、照れちゃって」

「いや、照れてるんじゃねぇ。マジでだ。みやっちゃん、胸が大きくなる薬は……」

「……薬に頼っちゃダメだよ」

 まぁ、それもそうか。薬の騒動がひと段落ついた後だし。

「一日だけ考えさせてくれないか。答えは、明日必ず出すから」

「うん、わかった」

 そういうと佳苗は俺からするりと離れ、コーヒーを飲んで出て行った。

「帰るのかよ」

「冬治君がそう言ったら待たなきゃね。約束、必ず守る男なんでしょ?」

「あー……そうだな」

「だよね、じゃ、またね」

「ああ、さよなら」

 俺の言葉に佳苗は止まる。

「ね、冬治君」

「なんだ」

「さよならって言わないでほしいな。あれさ、ものすごく怖かったよ。なんだか、もう冬治君に会えないんじゃないかって」

 いつものように笑ってはいるが、元気がなかった。

「……悪いな、あの時の俺にはそれしか選択肢がない気がしたんだよ。こんなことになるなんて思っていなかったから」

「今はさ、あるんだよね?」

「さぁな……じゃ、またな」

「うん、さよなら」

 お前さんはいいのかとちょっと思ったが、引き留めるのも悪い。

 佳苗がいなくなった後、みやっちゃんは俺にいった。

「……記憶も取り戻してる」

「そうか。なんでだろ」

 俺と会ったときは何か言いたげな感じだったが、佳苗がすでに記憶や感情を残しているのなら三人組に対して俺のことを知らないなんて言うはずがない。

「……たぶん、冬治に新しく渡した薬が原因だと思う」

「やっぱりか。てっきり、佳苗が全力で走れるようになると思ったんだが、どういうこった」

「……薬は正常に効果を発揮したんだと思う。もっとも取り戻したいもの、それを冬治が勘違いしただけかも」

「俺が?」

 そうなると、全力で走るよりも佳苗は俺を優先したってことになる。

「そっか」

 佳苗はそこまで俺のことを想ってくれていたのか。

 みやっちゃんと別れ、俺は家に帰ることにした。

「おかえり」

 家の前には佳苗が立っていた。夕焼けに照らされた彼女はいつもより数倍かわいく見える……気がする。

「ただいま。佳苗、どうして俺の家にいるんだ」

「ね、あの日の最後、何でも言う事を聞いてくれるって言ったよね?」

 俺の言葉を無視して佳苗が確認してくる。

「そうだな、言ったよ、言っちまったな」

「うん、じゃあここに泊めて」

 佳苗の部屋でこれまで住んでいたし、約束を守るためには相手の条件を飲むしかない。

「……まぁ、断る理由はないか。これまで一緒に過ごしてきたんだ」

「やった。夕飯はわたしが作るね」

「おぅ、いつものようにうまい飯を頼むよ」

 後ろ手に佳苗は買い物袋を隠していたようで、最初からここに入り込むつもりだったんだろう。

 一体何を作ってくれるのかわからなかったが、佳苗の腕前はとっくに知っている。手持無沙汰だが、おとなしく料理を待っておくとしよう。

 晩飯は肉じゃがで、これで好感度は間違いなくマックスだと言っていた。一体、誰の好感度がマックスになったか知らないが、その必要はないんだがな。

 料理を作ってもらったので、食器を洗うのは俺の仕事だ。いつも通りの家事分担に、一緒に生活してきたものが染みついてきていると感じてしまう。

「佳苗、コーヒー淹れたよ」

「あ、うん。ありがとう」

 佳苗の前にマグカップを置き、俺も隣に座る。テレビでは今隣で座っている人物が好きだったドラマが最終回を迎えたようだ。あらすじは学園に奇抜な見た目と性格をした女の子が転校してきて、好きな男の子のために徐々に性格や見た目が変わっていくというものだった。最終的には清楚系でいいとこのお嬢様っぽい感じになってしまった。

 最近では珍しく、ハッピーエンドではなくフラれて終わりだった。変わる前の君が好きだったと言われて、エンディングが流れ出す。

「くっつかなかったね」

「そうだな」

「あぁ、残念。好きな相手のために変わったのにひどいよね」

「相手のために代わってしまうって、自分を見失っちまうことも一つなのかね」

「ねぇ、冬治君。それ、わたしに言ってるの?」

 真面目な感じで佳苗に聞かれ、俺はあたりを見渡す。

「お前さん以外に誰かいるっていうのかよ」

「ううん、いないよ」

「だったら、答えてくれよ」

 俺の言葉に佳苗は少しだけ首を傾げ、半笑いになった。

「そういう難しいことは、わからないよ」

「そうか」

「うん」

 佳苗は俺の右腕を抱いた後、自分の胸へと誘導した。

「お、おい、いきなり何してるんだ」

「ねぇ、すごくドキドキしてるよね?」

 薄い胸、その中央に誘導されて佳苗の鼓動を感じる。激しく脈打ち、まるで心臓が飛び出しそうだった。

「そ、そうだな」

 自身の胸に俺の右手を当てたまま、座っている俺の真正面にまたがり、顔を近づけてくる。

「……冬治君はわたしと一緒にいるとき、変に紳士ぶっていたんだよね」

「別に紳士ぶっているつもりは……」

「わたしはさ、しましま、猫、ちかみたいに胸はないけど……やっぱり、それじゃダメかな?」

「ダメってわけじゃないぞ」

「……そうかな? 自信、もてないよ」

「そう思うのなら、俺の胸を触ってみろよ」

 そういって佳苗の左手を掴んで俺の手に押し当てる。

「うん? 男の子だから胸はないよ」

「そういうことを言っているんじゃなくて……どうだ? 佳苗がこんなことするからすげぇ心臓が鳴ってるだろ」

「あ、そういうこと……ごめん、今日は何もするつもりなかったけど、目をつぶって」

「……おう」

 俺は悩んだ挙句、目をつぶった。

「あ、ごめん。やっぱり目を開けて。話したいことがほかにあったから」

「……え?」

 俺の葛藤すべてが吹き飛ぶような明るい声だった。さっきまでの少しシリアスな雰囲気はどこかに吹き飛んでいった。

「冬治君はわたしがうなされていること、知ってるでしょ?」

「ああ」

「悪夢を見ているんだけど、その原因は少し前に全力で走っていたらこけてね」

 その話を佳苗からされるのは初めてだ。結構前に佳苗の周りの人間から聞いているのだが、俺の心残りでもあった。

「それ以降、怖くて全力で走れなくなってた。だけど、冬治君と一緒にいる間にもう一度自分を見つめなおす機会があった」

「あったっけ?」

 俺と一緒にいただけだった気がする。こっちが知らないだけで、そんなことを考えることがあったのか。

「もー、すぐ忘れちゃうんだから。そのあと、合宿に行って冬治君が落ちそうになった時……全力でまた走れたんだ。冬治君を助けたいって一心でね」

「そうか、じゃあ……夏休みが終わるころには全力で走れるようになってたのか」

「うん」

「やったじゃないか」

 気づけば俺は佳苗を抱きしめていた。

「い、痛いってば」

「悪い悪い。でも、本当に良かった」

 あれ、ちょっと待てよ。

 佳苗の記憶を奪った後、俺は全力で走れるように薬を使ったんだよな。あれは無駄だってことか。いや、そんなはずないし、そうなると佳苗が取り戻したかったのは俺との記憶になるってことだよな。

「佳苗、一つ聞きたいんだけど……」

「えっと、なに?」

「……ううん、何でもない」

 走ることと、俺のこと、どっちが好きかなんて聞けるわけもない。

 俺たち二人は今のところ単なる友達関係だからな、うん。

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