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東風平佳苗編:第三話 類は友をおそらく呼ばない

 昼休み、俺のクラスに乗り込んできた佳苗と一緒に飯を食っている間、俺はクラスメートを睨み続けていた。はやし立てようとした連中は殺気で黙らせ、面白いおもちゃを見つけたと寄ってきた友達である只野友人と、女友達の七色虹は腕力にものを言わせてゴミ箱に入れておいた。

「冬治君、やりすぎだよ」

「たとえやりすぎだと思われても俺は構わんっ。いいか、今の状況に対して何か言いたいことがあるやつは一か月後ぐらいに声をかけてこい、ただし、健康でいられると思うなよ」

 それぐらいには惚れ薬の問題も解決していることだろう。

「呆れた、四ヶ所君ってそういう人だったんだ」

 風紀委員である南山さんが本当に呆れた感じでこっちへとやってきた。

「まさか、私もゴミ箱に突っ込む感じ?」

 できればこの人には見られたくなかったんだが。クラスメートである以上、しょうがない話ではある。

 しかし、冷静に考えてみれば惚れ薬を南山さんがちゃんと飲んでいてもこんな感じになっていたわけだ。結局のところ俺の手に余る相手になるのは間違いないだろう。

 考えてもみろよ、ダクトを通って移動してくるわ、瞬間移動したっぽいわで一人の時間はろくに取れそうにない。そんなの、面倒くさそうだ。

「おーい、ぼーっとして大丈夫?」

「あぁ、ごめんごめん。俺は紳士だから女の子にそんなことしないよ」

「あたしは女の子っ、いえいっ」

 そういってゴミ箱から七色が復活してきた。

「あぁ、悪い……つい、な」

「はっ、さては女の子だと認識してない感じ? あっちの空き教室で、じっくりねっとり、教えてあ・げ・るっ」

「ねぇ、冬治君。あの子って面白い人だよね。彼女持ちを誘惑しているように思えたよ」

 佳苗の目は笑っていなかった。

「と言うか、佳苗の彼氏が四ヶ所君?」

 疑惑の目を向けられた。

「な、なんだい、おかしいのか」

「んー、だって、佳苗って男の子に興味がないって言ってたし」

 その様子を見るに、南山さんは佳苗と友達のようだ。

「ま、そうだけど。冬治君は違うかなぁ。ある時からビビっときて彼のことを考えるとすっごくせつないんだ」

 深く考えているのか、顎に手を置いて唸っている。

「これが恋、なのかなーって」

「へー、そうなんだ?」

 ほかの女子たちも佳苗に群がり始める。そのまま、彼女は話をはじめ、俺は友人と七色のほうへと近づいて行った。

「んだよ? こら」

 二人ともにやにやして俺を見ている。

「へい、チェリーボーイ。彼女とはどこまでやったんだ。収穫されちまったのかい? ははぁ、不機嫌なところを見るに、逆にいれられたか」

「おいおい、ボビー、そっちは出る穴、たちいり禁止だ。ねんねの彼女にちゃんと教えてやんなよ」

「今の俺と茶化すと余裕ないから次はゴミ箱じゃ済まんぞ」

 焼却炉行きだぞ。

「おー、怖っ。しかし、あれだな。よくもまぁ転校して一か月以内に彼女を作ったもんだ。クラスメートの顔と名前を覚えるよりも早いんじゃないのか」

 友人の言葉ももっともだ。

「この早漏野郎、ぺっ」

 七色は口が悪いな。素行も悪いようだし、こんなもんか。

「あ、ちょ、やめて、ゴミ箱にまた突っ込もうとしないで。あたし、女の子。優しくしてよ。フェミニストなんざましょ?」

「あいにく今は男女平等の時代だ。都合のいい時だけか弱い振りしたって無駄だからな」

「しょんなー」

「悪いと思ったら謝りな、突っ込むのだけは勘弁してやる」

「は、初めてなんだから……優しくしなさいよね」

「容赦はしない」

「本当、マジでごめんなさい。茶化したり、汚い言葉でからかったりはしませんので」

 素直に謝ったから許してやろう。

「しかしよ、一つ疑問があるんだがいいか?」

 友人が首をかしげていた。

「なんだ。スリーサイズ以外なら教えてやるぞ」

「男のスリーサイズなんていらん。ついでに言うのならお前の彼女のスリーサイズも必要ない」

「あたしは?」

 七色が手を挙げていた。なんとなく知りたい気もする。

「あいにく、俺は聞こうとして恥じらう態度を持つ人だけ興味があるんでな。自分の秘密をあっけらかんと伝えるあほの子は相手にしたくないね」

「あ、それはわかるかも」

「話がずれたけど、初めて彼女が出来たのか?」

 友人の質問に俺は首を動かす。

「ああ、そうだ」

「その割には舞い上がってないんだなって」

「は? 舞い上がる?」

 どういうことだと首をかしげると、七色が俺を指さす。

「あ、それわかる。普通はさ、自慢するわけじゃん。東風平って人、身体の凹凸はともかく、顔は悪くないんだしさ」

 お前も大して変わんないじゃんと言った友人の顔に七色の拳が突き刺さっていた。

「……まぁ、かわいいな」

 クラスメートと話す佳苗の笑顔はとびきりいい。南山さんにも負けちゃいない。

「自慢とか普通はしそうだけど、どっちかと言うと触れられたくないみたいな?」

「裏でもあるの? 弱みを握ったりしたとか、絶対服従契約させてるとか」

 変に鋭いな、こいつら。

「俺は……あれだよ、ちょっとしたことじゃ動揺しない大人なんだ」

「えいっ」

 そういって七色は俺の右手を掴むと自分の胸に躊躇なく押し付けた。小ぶりとはいえ、制服越しでもなんとなく柔らかかった気がする。

「……おおお、お前さんはいきなり何するんだ」

「いいよ、別に。あたし、冬治君のこと好きだし」

「えええええ? え? ええええぇ?」

「おい、動揺しない大人はどこに行った」

「この人に腹芸は無理だねぇ」

 友人の言葉に俺は七色を見る。

「は、謀ったな? くそ、男の純情を弄びやがって。覚悟しろ」

「本当に好きだけど?」

「そそそそ、そうなのか?」

「う、そ」

 俺の心に雷が落ちた。

「おい、童貞野郎」

「また騙された……」

 俺は四つん這いで涙を流した。いきなりおっぱい触らせてくれた後に好きだと言われたら大人だって動揺するだろ。

「怪しいなぁ……おーい、東風平さん」

「あ、おい、やめろ」

 いぶかしんだ友人が佳苗を呼び出す。気づいた佳苗がこっちに来てしまった。

「なになに?」

「ね、こいつのこと、本当に好きなの?」

「人を指さすもんじゃないぞ」

「冬治君のこと? もちろん好きだよ」

「どこら辺が?」

 その程度では納得できないと、七色が喰いついていた。女の勘ってやつか。

「んー……」

 似たような質問は南山さんからもされていたが、どうでるだろうか。

「一目ぼれかな。ぶつかった相手に親切にしてくれたし、なんだかんだ言いつつ心配して保健室まで連れていってくれたもん」

 惚れ薬があるので俺を否定するようなことはしないだろう。俺が否定したらこの場で血祭りにされそうだ。

「へぇ、そういう一面が。ぶっきらぼうで近寄りがたそうな雰囲気を出していそうなのに?」

「え、嘘」

「あ、それあたしも思った。やばい不良が転校して来たって思ったよ」

 それはさすがにひどいぞ。

「俺ってすごく親しみやすそうな顔してるじゃん。ね、南山さん?」

 風紀委員に公正な判断をしてもらうことにした。

「んー……一見するとものすごく不機嫌そうな顔をしていることがあったりするかな」

「それは違うよ、眠たいだけだよ」

 眠たいのか、不機嫌なのかってよく言われるけど、眠たいだけだよ。

「おいおい、話がずれちまった。お前の印象なんてこの際いいんだよ。逆に、冬治のほうはどうして東風平さんと付き合おうって思ったんだ?」

 割と厄介な質問が飛んできた。

 ただ、いつかされるかもしれないので準備はしている。

「行動力だ」

「え?」

「追っかけまわされてな。屋上で追い詰められて決心した」

 あれは洋画の化け物かと思った。

「押しに弱いと?」

「そういうわけじゃないんだが……特殊部隊かと思った」

「大げさだなぁ」

 周りの連中は笑っているが、実際に体験したやつとの落差は大きい。しかも、これは軽い表現。人外の相手をしたときのような怖さだった。

 そしてそれ以後は特に問題も起きず、初日の放課後。俺は佳苗に連れられて陸上部へと向かうことになった。陸上部のテリトリーはグラウンドの隅っこだが、それなりに広い場所だ。割と立派なトラックがある。

「こっち」

「あ、うん」

 少しだけそれをみていたら佳苗に腕を引かれた。その先には、ぼろいプレハブがあった。

「あれ、佳苗じゃん」

「隣の人はあれか、昨日教えてくれた彼氏か」

「うん」

 眼鏡をかけたおそらくは陸上部員が右手を挙げていた。ほかにも二人、俺たち二人を見ている。

「ごめん、三人とも冬治君の相手してて」

「へ?」

 佳苗はそういうと、俺の肩を叩いてプレハブ小屋の部室へと姿を消した。俺は目の前の巨乳三人組へと視線を移す。

「はぁい、ボーイ」

 三人組の一人、眼鏡巨乳がフランクに話しかけてきた。

「……はーい」

「もー、ノリが悪いぞー」

 絶対にこの人たち面倒くさそうな人間だろうなぁ。髪留めつけている人はにやにやしているし、もう一人の人はこっちを注意深く観察してるし。

「そんなこと言ったってなぁ。誰だっていきなり放り出されりゃこうもなるさ」

「ビビってる?」

 次に髪留めで背が低く、ネコ目をしているボインが茶化してくる。

「ビビっちゃないけどさ」

 まぁ、見た目がショートカットでひまわりのイメージが強い。さらに、おっぱいも三人ともでかかった。尻もいい感じだ。

 佳苗は上からストーンだからな。どうせなら目の前の誰かが惚れ薬を飲んでくれれば今頃楽しめていたかも、な。

 もっとも、下手な感じになったら刺されるおまけ付きだから何とも言えないが。

「あの、名前はなんっていうんですか?」

 見た目的には巨乳でほかの二人のような特徴のないショートカットの女子が聞いてきた。

「四ヶ所冬治だ」

「いいお名前ですね」

「ありがと、お前さんらは?」

「私は佐川由香子」

 眼鏡をかけた巨乳が答えた。

「佐川さんね……そっちの人は?」

 次に、俺は髪留めのボインに尋ねる。

「あたしは大和美穂」

「大和さんか」

 最後に、三人の中でも特徴のなさそうな、立派な双丘の部員に尋ねた。

「……えっと、紅蓮灯火……まちかっていいます」

「しっかし、三人とも体つきがいいね」

「すげぇ、この人まちかの名前をスルーしたよ。普通は絶対にすごい苗字だよねとか言っちゃうのに」

 絶対いじったらダメな感じだよな。なんだか、ほかの二人に比べておとなしそうだし。

 そう思って紅蓮灯火さんを見ると、笑っていた。

「ふっふっふ、紅蓮灯火まちかは見抜きましたよ、この子はいいひとだと言う事を」

「あー、はいはい、そうだねー」

 佐川さんが軽く馬鹿にした感じで紅蓮灯火さんの肩を叩いていた。

「んじゃ、このままいい感じで答えてもらおうかな。いい人そうだから仲良くなろう」

「え?」

 ふと、佳苗との関係を聞かれるのかと思ったりする。しかし、佳苗とのやり取りを思い出しても知っている感じだ。

「まずはこの、佐川由香子が先陣を切りましょう」

「はぁ……」

 まるで出陣する姫武者みたいだ。

「私のあだ名はなんでしょうか? あ、美穂とまちかは答えちゃだめだから」

 答える気満々だったようで二人はちぇーと言っていたりする。

「あだ名ねぇ……当たったら何かくれるのか」

「当たったらパンツ見せてもいいよ」

「え、マジで? じゃあ、当てに行きますんで」

「当たらなかったら八千円もらうから」

「え、マジで?」

「マジの大マジ。取ります、徴収しますとも」

 冗談を言おうかと思ったが、そういう条件なら頑張ってやろうじゃないの。まさか、女子のほうからパンツ見せてやろうかと言うとんでも発言が飛び出るとは思いもしなかった。

「しましま」

「……当たり」

 俺から目をそらすしましま。

「じゃ、つぎはあたしね」

「おっけ、次は大和さんね。大和さんは当てたら何を見せてくれるの?」

「んー、むしろ、何が見たい?」

「手品」

「まったく予想だにしない答えが返ってきた。てっきり、下着姿に剥かれるのかと思った」

 別にパンツが見たくてやっているわけでもないからな。それは差別だぁとしましまが何か言っているが、無視だ。

 今時、パンツが見たいのならネットで検索して簡単に見れるわい。どうせお触り禁止だからな、それなら平面でも何の問題もない。

 正直に言うのなら、変に佳苗を刺激して惚れ薬の副作用っぽいことが起こったら大変だからな。若いリビドーを暴走させて、化け物を暴走させるなんてどれだけリスキーか。

「いいでしょう、当てたらやりましょう」

「え、美穂って手品出来たっけ?」

「出来る出来る。人間だれしも、その気になれば人体切断やら空中浮遊やら火をつけられても箱から脱出なんてちょろいちょろい」

 この女の子はノリで出来ているのかもしれない。それでどれだけの人間が身を滅ぼしてきたのか知らないようだ。

「さぁ、ずばっと答えをはずしちゃってください」

「猫、かな」

「……さぁ、冬治君。この右手をぉ、よぉく、見ておくれ」

 そういって右手と左指の親指あたりを引っ付ける。どうやら問題のほうはあたりらしい。

「親指が千切れちゃっとぅあー」

「……へぇえ」

 白ける俺と、他二人。

「えええええっ?」

 しかし、部室から出てきた佳苗は大変驚いていらっしゃった。平安時代ぐらいから貴族を連れてきてテレビを見せたときぐらい驚いていた。まぁ、実際に連れてきたことはないんだけどさ。

「え、え? 嘘、美穂、大丈夫? 救急車呼んだ方がいい?」

「あ、あぁ、うん。これは手品だから大丈夫。タネがあるから」

 やっていた本人も予想だにしない喰いつき具合に引いていた。

「佳苗は純粋すぎるなぁ」

「まー、だからからかって面白い存在でもあるんだけどね」

「もう、あほにしか見えない」

 勝手に惚れ薬入りのスポーツドリンク飲んじゃうし。

「で、最後は紅蓮灯火さんか」

 この人はあだ名なんてないだろうな。苗字のインパクトが強いから、紅蓮灯火ってまんま呼ばれてそうだ。もう、火属性間違いなしだよ。

「あー、ごめんなさい。特にないんです」

「あ、そうなの?」

 申し訳ないといった具合に紅蓮灯火さんは頭を掻いていた。

「それと、苗字じゃなくて、まちかって呼んでほしいんですが」

「まちかさんね。おっけ。いい名前だね」

 俺がそういうとまちかさんは微笑んでいた。

「何、どうしたの?」

「あぁ、ちかって名前が褒められることないからね」

「え?」

「わたしと由香子はちかと最初、出会ったときに紅蓮灯火ま、までが苗字だと思っててね。ちかが名前だろうって勘違いしてた」

「さすがに苗字に平仮名はないんじゃないかな」

 全部が平仮名ならまだわかるものの、紅蓮灯火ま、ならかなり中途半端だ。

「だからさ、ま、が魔法の魔かなと思ってね。異世界からやってきた人かと」

 紅蓮灯火魔、ちか。何かのタイトルみたいだな。

「いや、この世界で生まれましたし」

「それに、出会ったときは右手に宿りし虚無の炎がどうたらこうたらって……」

「うわああああっ……初対面の人がいるのに何てことをっ」

 まちかさんは雄たけびを上げながら大和さんに襲い掛かっていた。

「陸上部ってすげぇところだな」

「ま、みんな自由にやってるよ」

 佳苗は苦笑しながらも、近くでストレッチをしていた。その向こうでは走っている生徒もいる。もっとも、一人は音楽を聴きながら……は、まだわかるが大きな声で歌っているし、その隣でハードルを飛んでいる奴は一つ飛ぶたびに一枚ずつ服を脱いでいっている。

 傍から見たらふざけて見えるのだが、なんというか目が真剣だ。ふざけたことを真面目にやっているように見えて仕方がない。

「すげぇな、ここ」

「個性を出していきたいって」

 どうしてああなってしまったのだろうか。

「なぁ、なんであんな感じの人たちがいるんだ?」

「答えてあげるから、助けて、四ヶ所君っ」

 大和さんに助けを求められたので、血走った目のまちかさんを落ち着かせることにした。

「まぁまぁ、まちかさん落ち着いて」

 羽交い絞めして引き離すが、いまだにまちかさんは暴れている。

「放せ、下郎め。こやつは我が恥を初対面の人間に話そうとしたのだ。きゃつのエナジーをドレインせねば我が右手の興奮、殺意が収まらぬぅ」

「それそれ、ちか、自分から言っちゃってるから」

「……はっ」

 そこで我に返ったのか、おとなしくなった。

「ここここ、これはその……」

「あー、大丈夫だよ。冬治君はこの程度で物おじしないから」

 知り合って大した月日もたっていないが、佳苗には俺の何がわかるのだろうか。逆に言うと、俺のほうは佳苗のことに興味がないので知っていることはものすごく少ない。

 ただ、佳苗が言ったことに関しては正しい。何せ、俺は惚れ薬を使っちゃう人間だからな。

「似たような奴の相手をすることもあるから、どんな癖を持っていても何の問題もない」

「……え、本当?」

「本当」

「あ、あの、じゃあ、今度一緒に設定考えませんか?」

「ちか……まだやってるんだ?」

「ぐ……や、やってないし……みんなの前じゃ」

 じゃあ、いつやっているんだろう。

 あまり触れてほしくなさそうなので、まちかさんのことは脇に置いておくとしよう。

「佳苗は走らないのか?」

「あ、うん。走ってくる……」

 そういって佳苗はトラックへと向かう。

「しましま、佳苗の元気がないようにみえたが……」

「あ、四ヶ所君には話してないのかな」

「何が?」

 しましまがそういって他二人を見ていた。話していいかどうか悩んでいるらしい。

「彼氏だよね?」

「……まぁ、ね。大和さんにはそう見えない?」

「なんだかはっきりしないね? 違うの?」

「いや、彼氏だ」

 今のところはな。

「もしかしたら一人で抱え込んじゃうかもしれないね。彼氏が相手の心を実は読み取れるって設定なら問題ないよね」

 まちかさんがうんうん頷いている。

「かなが言わないのは四ヶ所君の手を煩わせたくないのかもね。なんというか、世話好きそうな顔をしてるし?」

「俺が?」

「そそ」

「そうかぁ? 俺はこう見えて面倒くさい人の相手はしたくないんだが」

 そもそも、俺と佳苗が出会ってまだ一週間も経っちゃいない。お互いのことを知るよりも先に、この生活は早めに終わるんじゃないかと俺は思っている。

「じゃあさ、軽くまちかと設定の話をしてよ」

「は? まぁ、まちかさんがいいならいいけど」

 にっこりとまちかさんが微笑み、人差し指を立てる。

「あれですよね、紅蓮灯火が火炎を操るとしたらやっぱり、対抗馬としては水属性が欲しいところ。その場合、どんな名字がいいでしょうか」

「……ふむ、蒼穹水滸なんてどうだろう。四文字で、それっぽいし」

「ほぉら、合わせてくるじゃん」

 満足そうにしましまに言われた。

「いや、やれって言ったのはそっちじゃ?」

「やれと言われて合わせられる人間はそういない」

「さてはこの筋の者……」

「勘違いです」

 俺はノーマルです。

「次、いけ、美穂」

「よろしいにゃ」

 なぜか語尾がにゃになっていた。

「四ヶ所君、どうして由香子はあだ名で呼んでいるのにあたしはあだなで呼んでくれないのにゃ?」

「猫って言われるの抵抗ない?」

「ほー、つまるところ気を使ってくれたと? うれしいにゃ。けど、猫って呼んでほしいにゃ」

「……猫」

「にゃっにゃにゃーん」

 その言葉はちょっとやばいにおいがするぞ。あと、語尾ににゃをつけるのは年齢を考えろよ。

 俺の周りをぐるぐる回る大和さん改め猫と、いつの間にか蒼穹水滸に年齢やら下の名前、住んでいる場所にその他もろもろを追加してしゃべり始める

「しましまはこういった癖のある感じがないんだな」

「まー、私は四ヶ所君側でね、四人をまとめてるほう。普段から面倒な人間を相手にしてるとね、自分の物差しがずれちゃうこともあるんだよ」

 普段から面倒な人間に、七色と友人が脳内でエントリーしていた。

「……友達関係を見直そうかな」

「おっと、猫と四ヶ所君はもう親友にゃ」

「そうだ。我らはもう盟友ソーンフレンド。共に渡り歩いた戦場いくさばを懐古しつつも明日の平和を希求しようではないか」

「よくもまぁ、佳苗はいたって普通に過ごせるもんだな」

 巨乳組に挟まれてこんなにうれしくないなんて、男子が見たら俺を襲いたくなるかもしれない。

「あの子はマイペースだからね」

 しましまの言葉に納得しつつ、俺は走っている佳苗を見る。

「やっぱり、佳苗は全力で走ってないね」

「軽く流しているわけじゃないのか」

「うん」

 猫人間から普通の人間へと戻ってきた猫がそういって佳苗を見ていた。俺が本気で逃げているときに奴はぴたりとくっついてきていた。あれはあくまで惚れ薬の力なんだろう。

「以前は全力で走っていますけど、事故があったんです」

「そうなんだ?」

 そういえば保健の先生も足がどうたら言ってたっけ。

「ここじゃなくてグラウンドを全力で走っているとき。穴が開いてて、佳苗はそれを知らずにトップスピードで……」

「そのまま、ばたん。頭を打って、一週間ほど入院。ぶつかったときは鼻血がひどくてね、口の中も切っていたみたいで顔中血まみれ」

 その様子を想像して、少しだけぞっとした。

「ま、その後だけど顔の傷はうまく消えて、足のケガも完治したんだ」

「それはよかったな」

「……まぁ、うん」

 ただ、歯切れが悪い。

「何か問題が?」

「うん、心の問題。全力を出そうとすると、足元がなくなるような感覚が錯覚で起こるとか何とかで走れないんだってさ……私たちからしたらたかが一回こけただけ、なんだけどね」

 トラックを走り終わったのか、途中で切り上げた佳苗はこっちへとまっすぐやってくる。

「ねぇ、冬治君に何か話した?」

 少しだけ、深刻そうな感じで聞いてくるが、俺以外の三人は首を振っている。まるでその顔は無邪気な子供そのもの。世の穢れを知らないようでいて、本質では人間の汚さを十二分に理解している表情だ。

「いーや、パンツの話をしていたところだよ」

「は?」

「そうそう、しましまのパンツを見る権利、四ヶ所君が実は持っていてね? 彼女がいるのにそれはどうかなーって話をね」

 けろっとした顔で猫がそんなことを言う。

「止めたんですけどね。四ケ所さんがどうしてもと言うので、一応、彼女である佳苗さんに確認したほうがいいって話をしていました」

 え、なんだかこれって俺が悪いパターンになりそうなんだけど。

「冬治君」

「な、なんだよ」

 佳苗の瞳を見るが、いつも通りだ。それに少しだけほっとする。

「パンツが見たいの?」

 本当に疑問そうな顔でこっちを見ていた。

 空気を読めと言う三人組の視線も追加される。だが、おとなしく従ってやる必要はない。

「別に」

「じゃあ、四ヶ所君に聞くにゃ」

 猫がふざけた口調になっていた。

「女子のパンツと、男子のパンツ……みたいのはどっちにゃ?」

「そりゃ、女子のパンツにゃ」

 つい、語尾が移ってしまった。案外、感染力があるかもしれない。

「はい、アウトです」

 まちかさんもにっこりと微笑んで手をクロスさせた。

「見事に回答を間違えてしまった四ヶ所選手は彼女の熱いおしおきと説教をお楽しみください」

 そういってしましまが猫とまちかさんの肩を叩いて逃げ出していった。

「あいつら……」

「一日目で仲良しになるなんてすごいねー」

 佳苗のほうはあきれた様子もなく、感心しているようだった。

「本当はさ、しましまのパンツの話なんてしてなかったよね?」

 勘がいいのか、佳苗は苦笑した感じで俺を見てきた。誤魔化したほうがいいのかなと思ったが、この間を入れてしまっては俺らが嘘をついていたのなんてすぐにわかるだろう。

 ぼけぼけしていそうだが、この女の子、勘だけは鋭そうだ。

 変にごまかそうとしてもこじれるだけだろう。惚れ薬を飲んでいる以上、俺から離れることはないだろうが、無理心中をはかる可能性が出てくる。

「ああ」

「だよね。あたしのことだよね?」

「そうだよ」

「そっか」

 どこか吹っ切れたように、そして覚悟を決めたのか、偽りの彼女は俺に言うのだった。

「あたしのパンツが見たいのなら、そういってくれればいいのに」

「……は?」

「よっし、部室に行こう? あそこならふたりきりになれるから」

「あ、いや、そういう話じゃなくてだな」

「隠さなくっていいって。男の子なんだもん。今朝だってあたしに何かしたかったんだろうけど理性が邪魔して何もできなかったんだよね」

「あれは違うぞ」

「ううん、大丈夫。今朝のことを休み時間に三人に話したらそれは相手が我慢しただけって言ってたから」

 こ、こいつ……あいつらにそんなことを話しているのかよ。

「本当、立派に我慢してるって言ってたよ」

「我慢はしてないって」

「嘘だぁ」

 そういって俺の手を引っ張っていく。

「冬治君的にお触りなしならいいんでしょ?」

「お触りも何もパンツを見るわけにはっ……」

「いいから、いいから。彼女相手に恥ずかしがらなくていいって」

「あ、ちょっと……」

 俺は抵抗したものの、むなしく引っ張られていくのであった。

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