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東風平佳苗編:第一話 始まりの日と愚かな犠牲者

 五月中旬。

 特に何も考えずに、本日、惚れ薬を南山さんに飲ませることにした。

 昔からよく言う、思い立ったが吉日。人はそれを考え無しと言うかもしれない。俺もそう思ったりするが、男なら当たって砕けろも大事だ。

 飲ませてしまえばこちらのもので、あんなことやこんなことをし放題、され放題だ。

「ぐっひっひ……」

 一人で声に出しながらテンションをあげ、どうやって飲ませるか考える。引っ捕まえて口の中に……はさすがに勢いの無駄遣いだと思うのでここは暗殺者っぽく考えてみようじゃないか。

 放課後の今、俺を縛るものは何もいない。まずはスポーツドリンクに惚れ薬を仕込んで渡してみることにしよう。

 考え方があくどいが、自分勝手にわがままに生きて何が悪いというのだ。惚れ薬と言うものが手に入れば、人間、誰しも悪魔に心を売っちまうさ。便利な道具は使えるうちに、だ。

 スポーツドリンクをピロティにある自販機で購入。近くに陸上部がいたが、気にせず薬を入れて校舎内にいるであろう南山さんを探す。

 この時間帯は見回りしつつゴミを拾っているそうだ。真面目な風紀委員と言える。

「おっと」

「あ、ごめん」

 その途中、曲がり角で一人の女子生徒にぶつかった。相手はしりもちをついてしまい、俺のほうも持っていたペットボトルを床に転がしてしまう。

 中身をぶちまけなくてよかったと思いつつ、相手のほうを見るとしきりに足を気にしていた。

「ひねったか?」

「あ、ううん。そうじゃない」

 相手を助け起こす。ショートカットで、見た感じ、かなり元気のよさそうな女子だ。身長も女子の中では高いほうだろう。胸は蚊に刺された程度と言える。

 そんな失礼なことを考えていると、相手がペットボトルを手渡してきた。

「はい、落としたよ」

「悪いな」

「ううん、大丈夫」

 そう言いつつも、右足を気にしていた。

 ここで見捨てて行っても別に良かったが、なんだかこう、あとでぶつかった相手は大丈夫だったかなと心配になるよりはいい。

「……やっぱり、保健室に行こう」

「え? 大丈夫だよ」

「あとで悪化したなんて言われたらたまったもんじゃないしな。肩を貸すから」

「いや、さすがにそこまでは……」

 遠慮しているのか、首を振られる。

「それが嫌だというのなら、負ぶっていくぞ?」

「うぐ……わかりました」

「よし、よろしい」

 相手に肩を貸して歩き始めたが、当然のろい。

「……ごめん、悪いんだが俺の背中に乗ってくれない?」

「え?」

 このままでは日が暮れてしまう。だが、惚れ薬を使いたい相手に逃げられたくないからと素直に言えるわけもないので俺は少し演技をすることにした。薬を入れる前なら明日でもいいかと思ったけど、新鮮なうちに渡したほうがよく効きそうだし。

「ほら、肩を貸して歩いていて見られたら恥ずかしいだろ?」

「まぁ、言いたいことはわからないでもないけどね、おんぶのほうが恥ずかしくない?」

「肩を貸すより圧倒的に恥ずかしくはない」

「君、変わってるね?」

「気のせいだ。最近の男子は皆、こんな感じのシャイが多い」

 相手に無理を言って背中に乗ってもらい、保健室へと向かう。背中に感じるとっても慎ましやかな柔らかさは悪くなかった。

「あ、君の分もペットボトル、持っておくよ」

「悪いな」

 それから走ることなく、女子生徒を背負って歩く。思えば、名前も知らないが、お互い様だ。どうせこの女子生徒は俺の人生にとってのモブだ。

「せんせぇ、急患。足がやばいっぽい」

「えっ?」

「大げさすぎ。ただ、ちょっと足が気になっただけだよ」

「……東風平さんね。陸上部なんだから気にするのは当然のことよ。それに、あなたならもっと気を付けないと……で、詳細を聞きたいけど、何があったの?」

「曲がり角でぶつかったんです。俺は大丈夫ですけど、そっちのえっと……」

「東風平、こちんだ。こちんだ、佳苗っていうよ。君は?」

「俺は四ヶ所冬治だ」

「冬治君ね」

 自己紹介をした後ににっこりと微笑まれる。悪い子ではなさそうだ。まぁ、悪い子ならばぶつかった時点でアウトだった。

「東風平がしりもちをついたんだ。足をすごく気にしているようだったから連れてきました」

「あぁ、なるほど連れてきてくれてありがとね」

「ぶつかったのは俺ですから」

「連れてきてもらったけど、足に関しては大丈夫。わたしの気にせいだったみたいだから」

 足に関しては何かあるのだろうが、知り合って間もない俺が聞かないほうがいいかもしれない。

「冬治君はなんだか急いでいるみたいだから、もう行っても大丈夫だよ?」

 俺にできることはもうなさそうだ。

「……そうか、じゃあ、悪いが行かせてもらう」

「うん、言ってらっしゃい」

「あー、そうだ。これ。同じ学園だから必要ないと思うけど、俺の電話番号ね。治療費が必要になったらここに連絡を。一応、先生にも渡しておくんで」

「真面目ねぇ」

「いえ、真面目ではないです」

 真面目な人間は惚れ薬なんて使わないからな。

 廊下を駆け抜けたかったものの、さすがにさっきみたいなことがあっては困る。

「いたっ」

 しかし、そういう必要もなかった。数分程度歩いたら向こうのほうから南山さんが歩いてくる。

「南山さーん」

「あれ、四ケ所君?」

「風紀委員、お疲れっす」

「あ、うん」

「これ、おしぼりです」

「はぁ……」

 けったいなものを見るような眼で見られたが、問題はない。いくら疑われようとかまわない。飲んでしまえばこちらのものだ。

「どぞ、新鮮なスポーツドリンクです」

「どうも……」

 あっけに取られているようだが、ここは勢いで行く。

「ぐいっと、新鮮なんで」

「……何かあるの?」

「いいえ、なぁにもありませんとも」

「うーん? あ、間接キスを狙っているとか?」

「ないない、さっき開けたばっかりです」

「味が悪いとか?」

「純粋な好意ですとも、ええ、ええ」

 にこにこと笑って揉み手をしていると不審そうに見られる。しかし、結局彼女は喉が渇いていたようでスポーツドリンクを口にした。

「いよぉっし」

 これで終わった。俺の勝ちだ。

 しかし、相手はガッツポーズをしている俺を見ているだけだったりする。おめめの中にハートは見えない。くまなく探しても、澱みない瞳ちゃんがこっちを見ているだけだ。

「……あれ、味も普通だ。てっきり何かいたずらされたとばかり」

「南山さん、俺のことを見て何か思わない?」

「ん? いや、とくには何もないけど?」

 首をかしげて、俺を見る。こっちも首をかしげた。質問の仕方が悪かったのだろうか。

「俺のこと、どう思ってる?」

「よくわからないけど……転校生でしょ。すこし、変わってるけど」

 どうやら、薬の効果がなかったのかもしれない。夕焼けの差し込む廊下で最高のシチュエーションなのに、俺の心の中では心臓がバクバクなり始めていた。残念なことに、それは彼女への胸の高鳴りではなかった。

 みやっちゃんの薬が偽物なわけがない。よく考えてみたら、俺が今日ぶつかった相手も全く同じスポーツドリンクを持ってなかったか?

「……えっと、南山さんが喜んでくれたのならよかった」

「うん、ごめんね。私も勘違いしちゃったみたいでさ。さっき、少し変わってるって言ってたけどテンションがおかしいだけに訂正させて」

「あぁ、うん、そういうのは気にしないでいいから」

 顔は笑って、心じゃ泣いてる。

 南山さんと別れて俺は、走って保健室へと向かった。

「あ、さっきの」

 保健室のベッドでゆっくりとまだいてくれた。心の底からほっとしている。都合がいいことに、保健室の先生もいない。

「……ちょっと、悪いんだが……東風平はスポーツドリンクを持ってたよな?」

「あ、うん。君も持ってたね?」

「俺、どうやら間違えてお前さんのを持っていったみたいなんだよね」

「ん? どーしてそう思うの?」

 当たり前だが、しょうがないな。

「それはな、俺は自販機で買ったのちにすぐさまとある液体を入れたんだ」

「とある液体って?」

 きょとんとした顔でこっちを見てくる。素直に惚れ薬を入れました、なんて言えるわけもない。

「え、液体の栄養の吸収率をより高め、味をめちゃくちゃよくするものだ」

「……うーん、それを信じろって言われてもなぁ。嘘かもしれないし」

 くそ、惚れ薬よりはましだが、ダメか。とろみ剤を入れたと言えばよかったか。

「わかった、それなら新品を買ってくるよ」

 これならいいだろう。

「あ、いいの?」

「あぁ、すぐに行ってくるよ」

 俺は保健室を飛び出してピロティの自販機へ。

「よかった、こういうときって自販機が売り切れってことが多いからな」

 俺、大体運が悪いからなぁ。そういうことがよくあるんだよね。

 先ほど、東風平とぶつかった曲がり角をかなり慎重に曲がり、途中で変な人間と会わないように祈りながら、罠を警戒しつつ、矢が飛んでこないことを願って、俺は保健室へと向かった。

「あ、お帰り」

「た、ただいま……」

「なんだか疲れてない?」

「疲れてない、大丈夫だ……そんなことより、新しいスポーツドリンクだ。はい、どうぞ」

「あ、どうも」

 手渡されたそれを彼女は一度くるりと回し、今度は俺に少し減ったように見えるペットボトルを渡してくれた。

「……もしかして、飲んだのか?」

「あ、ごめん。わかっちゃった? えっと、潔癖な人?」

「そういうわけじゃないんだが……体の具合とか、悪くないよな?」

「え? そんなにやばい薬が入ってたの? 体が腐っちゃうとか?」

「い、いや、そういうものじゃないんだけどな」

「じゃ、いいじゃん。一口ぐらい。こんな美女との間接キスなんだから、許してよ」

「……なんともないのなら、大丈夫だ」

 あれ、やっぱり南山さんが飲んだものが正しかったのかな。もしかして、飲ませるだけじゃなくて何か行動が必要だったのか。

 薬について惚れ薬と言う事ぐらいしか知らない。自分の無知を悔いるしかないが、あとでみやっちゃんと打ち合わせをしたほうがいいかも。

「うっ……く」

 一人でぶつぶつ言っていたら、突如、東風平が苦しみだした。

「お、おい、大丈夫か?」

「は、はぁ……はぁ、なにこれ?」

 顔が赤くなり、胸を押さえている。

「ど、どうした? 足? 足が痛みだしたのか?」

「う、ううん。違う」

 そういって、俺の手を掴んだ。

「……え?」

「すごく切ない」

「んんぅ?」

 すごく、嫌な予感がする。

「あなたのことが、好きになっちゃった。わたしと、つきあってください」

「ええぇ?」

 俺は考え無しで動いたことを悔いた。

「いや、ごめん、間違いです、無理です」

「ごめんって、言ったって駄目だよねっ。もう抑えきれない、あなたのことを愛してるっ」

「ひいっ」

 そういって両手を広げて俺にダイブしてくる。自身の潜在能力を全開放して、俺は無意識のうちによけていた。

「ふばぶっ」

 そして、相手は床に熱烈なキスをしている。

「わ、悪い……大丈夫か?」

 捕まったら終わりだと思ったんだ。なんだろうな、野生の勘と言うか、神様が俺に逃げろって。

「心配してくれてるの? さっすが、ダーリン」

「わわっ」

 素早く立ち上がるとまたもや両手を広げて抱き着いてこようとする。先日見たゾンビ映画さながらの恐怖だ。

 それをかわして俺は扉と窓を見る。近いのは扉だが、嫌な予感がして窓を開けて逃げ出した。

 一瞬遅れて、相手は廊下へ続く扉のほうへと倒れたまま飛びついていた。

「あ、あぶねぇ……扉のほうに逃げていたら間違いなく捕まっていた」

 予測して俺のことを捕まえてこようとするとは……これが惚れ薬の効果だろうか。俺は恐怖しつつ、この状況を打開するためにみやっちゃんに連絡を入れることにするのだった。

「……もしもし?」

「み、みやっちゃんに聞きたいことがあるんだ」

「……なに?」

 いつも落ち着いている彼女に俺はほっとする。すると、頭上から何やら音がして、数メートル先の天井にあるダクトから女の子が落ちてきた。

「逃っがさないよー」

 やつらはダクトを使って襲ってくるという言葉を思い出した。あれ、どこで聞いたんだっけ。少なそうで案外、多いからな。

「なんだありゃ、人間技じゃねぇな」

「……冬治、もしかして惚れ薬を相手に飲ませたの?」

「あ、ああ、飲ませたわけじゃなくて相手が自業自得で勝手に飲んだんだよ」

 この間に俺はとびかかってきた相手の動きを読んで避けた。相手は四つん這いで床に着地したが、次に壁を使って素早く動くと両手を広げてまたこちらに抱き着こうとしてくる。

 この動きはまさしく、洋画に出てくるモンスターの動きだ。面攻撃のできる武器で対処しないと倒すのは難しいだろう。

「……使おうと思っていた相手?」

「違うっ、無関係のやつだ」

 俺は何とか転がってそいつの攻撃を避ける。割と広い廊下ではあるが、それには限りがある。相手がカエルのようにジャンプしたところで股下を抜ける。一瞬だけ相手と視線が交差した。人間のそれではないように感じた。

「……相手を拒絶している状態?」

「ああ、違う相手だからな」

「……まずいかも」

「なんでっ」

 彼女の間を置くしゃべり方が今ではもどかしい。

「……身体能力は数倍に強化されて、対象者に何度でも愛を求め続けるから」

 改めて惚れ薬とは恐ろしいものだと思ったが、これって惚れ薬じゃ無くないか。

 俺はトップスピードで廊下を駆け抜ける。これなら大抵の人間が追い付けないはずだが、相手はしっかりと床に四つん這いで張り付きながら追いかけてきた。

「待ってよー、冬治君」

「……ホラーだ、まじりっけ無しのホラーだよ」

 後ろを振り返ると四つん這いでかさかさ動きながら天井、壁、床、壁、天井……と、ぐるぐる回りながら追ってくる。俺は階段に差し掛かり、数段飛ばしで駆け上るが相手は壁を移動しながら追いかけてきていた。

「愛してるって、本当だよ。わたしのこと、好きにしていいから」

 とても魅力的な提案なんだが、追いかけられると逃げちゃうタイプだ。

「な、なぁ、みやっちゃん」

「……何?」

「あの惚れ薬には体を強化する効果があるって言ったけど、人間のそれではないぞ」

「……うん。恋した相手がすごければすごいほど、それに合わせて強化されてる」

 つまるところ、恋する相手と同じくらいの身体能力になるのだろうか。

 逃げ続けて気づけば、屋上までやってきていた。夕焼けが非常にきれいで、無理やりドアをぶっ壊して出てきた甲斐があった。

「あー、そっか。屋上がよかったんだね。ここ、とってもムードがあるよね」

 相手は都合よく勘違いしている。追いつめられたと言っていい。

「みやっちゃん、俺はどうすればいいんだ」

「……薬の効果を消すには解毒剤を作る必要があるけど、時間がかかる。それまでは使用者の精神をを安定させないとダメ」

「安定?」

 俺が逃げられないと悟ったのか、相手はゆっくりと迫ってくる。にこにこと、微笑みながら頭を少しだけ左右に揺らしてくるのがまた怖い。

「どうすりゃいいんだ」

「……相手の要求を受け入れること」

「まじかよ」

 お、俺には南山さんと言う惚れ薬を飲ませたい相手がいるんだが……。おぉ、神よ。俺がよからぬことのために薬を使おうとしたため、このような罰をお与えになるんでしょうか。

「……大丈夫。冬治が飲ませた惚れ薬の効果は基本的に好きになった対象者の鏡になるから」

「鏡?」

 これまたなんとなく理解できそうで出来なさそうな言葉が出てくる。

「……冬治が強く求めれば相手もそれに応じるから、言葉だけで愛を語るようにすればいい。ただし、冬治が逃げるようなことをすると、相手が強く求めるようになる」

「そ、そうか」

 それなら安心だな。ままごとレベルの愛のささやきをしていればいい。その間に、みやっちゃんが解毒薬を作ってくれそうな流れだ。

「つーかまえたー」

「あはは、捕まっちまったか」

 東風平に捕まり、相手はにこにこと笑っている。

「大好きです、付き合ってください」

「……冬治、今は彼女を冬治の目の届く範囲にいさせたほうがいい。薬の力が暴走して、寝込みを襲われたら大変だから」

「寝込みを襲われるって……なんだ、夜這いでもかけられるのか」

 ちょっと冗談でそんなことを言ってみる。

「……ううん、あなたを殺して私も死ぬってパターン」

 あらやだ、最近の惚れ薬は過激なものにも対応しているのね。

「ちょっと聞きたいけど、想定としてはどんな感じ?」

「……体を縛られた後、あれを切り取られてほおずりされたり……」

「ごめん、やっぱりいいや。それ以上は聞きたくない。想定以上のやばい奴じゃん、終わったー」

 文章ですら表現がやばい感じのやつになるのね。

「しかしなぁ、素人の女の子だぞ、おい……」

 俺の首に腕を巻き付け、胸板にほおずりしている相手を見やる。

「……ある意味、冬治の精神力次第。解毒薬と儀式の準備が出来るまで相手の要求をのみつつ、駄目なところはのらりくらりとかわせばいい。自制心を保てばいいんだから」

「つまるところ、俺次第だと?」

「……うん。ただ、相手の要求を出す際に気を付けないといけないのは目の色」

「目の色?」

「……目の色が淡く青色に輝いたら聞いておいたほうがいい。これを断ると、眠れなくなるかも」

「そうか」

 それじゃあ、早めに作るからと言って電話が切れた。

「ね、付き合って」

 俺はさっそく、目の色を見てみた。淡く、青色に目が光っている。

「い、嫌……」

「えー……?」

 そういって、右手が何かをつかむような感じになって、俺の心臓あたりにつきたてられた。一切躊躇のないその動きはどうやら包丁を握り締めた後の挿入練習らしい。

「……あー、こほん。嫌、ではなく、いいや、こういうのは男から言うものじゃないかと思ったんだ」

「あ、そうなの? なんだ、早とちりしちゃった」

 おかしい、本来は元気っ娘のはずだ。俺の中では元気っ娘がヤンデレ即闇堕ちなんて聞いたことないぞ。

「で、どんなふうに告白してくれるの?」

「あー……東風平さん」

「佳苗って呼んでよー」

「か、佳苗。好きだお」

 最後のほう、噛んでなんだか変な感じになった。

「ぷっ、何それ……まぁ、うれしいから何でもいいよ」

 俺はほっと胸をなでおろすが、佳苗はいつの間にか俺に近づいて首に手をまわしてぶら下がるような感じになっていた。

「はい、ちゅー」

 そういって唇を近づけてくるが、俺はそれを止める。

「待った、付き合い始めてすぐにキスなんてダメだ」

「え、なんで?」

 相手の目を見る。よし、色が変わっていないから大丈夫だ。ここは理性的でまともな言葉を返すとしよう。

「いいか? 俺たちはお互いのことを知らない」

「うん、だけど愛しているよ?」

 その愛は薬によって強制されている愛です。本当の愛と言うのはお互いを知り合い、その後に発生する淡い気持ちを胸にしつつ、それでいて相手と一緒にいたいなと思った先にあるものです。

 薬に頼るの、駄目、絶対。

「そうだな、確かにそうかもしれないが、相手をより深く知ってからキスをしたほうが心を満たされると思うんだ。特に、ファーストキスがそうならうれしいと思わないか?」

「まぁ、そうかも」

「だろう?」

 へへ、ちょろい女だぜ。

「あ、じゃあさ、こうやってぶら下がったりするのはオッケーだよね?」

「ダメです」

「えぇ?」

 目の色が変わった。

「そのぐらいはまぁ……」

「ダーリン……えへへー」

「……あ、あははは……はぁ」

 俺は闇よりも深いため息をついた。きっと吐き出された息は俺の罪の重さぐらいはあるだろう。

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